第250話 物理的に弾く
勇者を確保、撤退行動に移れ。
洞窟内を進んでいる軍の指揮官らに、ドワーフ軽騎兵団から報告が入った。
友獣シュターヘッドは、既に回頭して第六要塞から離れる行動に移っている。
時を同じくして、報告を受け取ったグレータエルートも進行方向を変え、洞窟入口を目指し始めていた。軍馬と友獣の体力差を考慮し、突出したドワーフ族と合流してからの転進では、自分たちが遅れて撤退の足を引っ張ってしまうと判断したからだ。
だが、中央王都の軍からは、進路を変更する気配が一切感じられない。
洞窟内では、不穏な微振動と地鳴りが始まり、第六要塞にある崩壊の魔法が発動しているのが明らかであるにもかかわらずだ。
「引き返しなさい。勇者の攻撃は失敗。これ以上の進軍は無意味です」
洞窟中央を突き進んでくる中央王都の者達に、ケータソシアは声を張って命令を飛ばす。
速度を緩める様子も見せない彼らを、グレータエルートは両の壁際へと隊を分けることで衝突を避けた。
「ごめん」
ケータソシアの横を通り過ぎる際、スビルバナンが一言だけ残して通過する。
「勇者の身は、ゴボリュゲン殿が預かっています。我々は引き返すべきです」
彼の声の響きに、勇者を置いては行けないという意思を聴き取り、ケータソシアは馬を急停止させて叫んだ。スビルバナンの短い言葉には、使命感や騎士としての責任までもが滲みでてた。
王国の剣や勇者近衛騎士団として、その行動が意味する所も理解できる。その上、目の前を通過する彼らの息遣いから、死を覚悟する感情も聞こえてしまっていた。
故に、グレータエルート族の撤退速度は、おのずと下がってしまうのだった。
「長大な洞窟全体を崩落させようとしているので、第一門要塞の時よりも予備の振動時間が長いようなのです。でもでも、洞窟長さと材質による強度を暫定値で計算して、精霊魔法などで崩れるのを妨害しながら脱出すると想定しても、既に犠牲もやむをえないぎりぎりの時間なのですよぉ」
馬の足を完全に止め中央王都軍を見つめるケータソシアの背中で、天井を見上げ何度も脳内でのシミュレート計算を繰り返しているシャポーが、震え声を上げた。
すぐにも進まなければ、グレータエルートの全滅も覚悟しなければならなくなる。しかし、第六要塞方面へと向かってしまっている王都軍の生存は、エルート族やドワーフ族の支援無くしては絶望的といえた。
下手をすれば、撤退に全力を注いでいるであろうゴボリュゲンの軽騎兵団も、中央王都軍の動きに妨げられて一歩も二歩も後れをとることになるかもしれない。
そこに考えが至った時点で、ケータソシアは馬の首を巡らせ、拍車をかけていた。
「考えることは同じでしたか」
隣に並んできたのは、シトスとムリューの二人だった。彼の偵察部隊として行動を供にしていたバジェン達も馬を寄せてくる。
「土族の方々には多大な恩を受けています。エルート族と同様『身内』と呼べる仲間ですから」
真剣な表情でケータソシアは前だけを見据えて返事をした。
トップスピードで駆ける中央王都の軍勢は、加速を始めたばかりのケータソシア達の横を次々と追い抜いて行った。
「グレータエルートは、洞窟中間点の崩落を可能な限り阻止するよう。ドワーフ族の撤退をもって、我々の作戦完了とする」
声の届く範囲の戦士に、ケータソシアは直接指示をあたえる。そして同様の内容を、ゲージから全グレータエルートへと送った。
「しゃしゃしゃ、シャポーも身内なのですから、ががが、頑張るのです」
かけられた声にケータソシアがハッとした顔をする。
「私としたことが、シャポーちゃんを乗せているのを忘れてしまっていました。どうしましょう。どなたか、シャポーちゃんを連れて脱出してもらってもよいでしょうか」
「ケータソシアちゃん!?」
あまりの衝撃的な言葉に、シャポーの恐怖心がどっかへ吹き飛んだ。
「後ろに乗ってもらっているのが、あまりにもしっくりしすぎてしまっていて・・・。グルミュリアさん、シャポーさんの安全をたくしても―――」
「忘れられたのは衝撃なのですが、それもビックリなのです。ゴボリュゲンさんとシャポーは仲良しですので、ここまできて仲間外れにされるのは心外なのですよ。しっくりしてるって言われたのは、嬉しいんですけれども」
ケータソシアの体をギュッと掴み、シャポーは決意の固い声で言った。
「しかし、エルートの守護者であるシャポーちゃんを、私の衝動的な行動に巻き込むわけには」
指揮官の顔ではなく、一人のエルート族としてケータソシアは困った表情をうかべる。
「あちらの守護者のお二人も、シャポーさんと同じ決意のようですね」
何かに気付いたシトスが方眉を上げて言う。
中央王都の軍に抜き去られると、反対側の壁際に回避していたトゥームと三郎を乗せた馬が現れたのだ。
ほぼ並走する位置にいることから、同じタイミングで方向転換をしたことが容易に分かる。
「皆が見えて安心したわ。サブローってば何も考えずに『行かないと!』なんて言うから、条件反射で私も馬を走らせちゃったのよ」
明らかにほっとしたという表情のトゥームが、ケータソシアらに合流した。
「あんな勢いの軍が行けば、ゴボリュゲンさん達も危ないかなって、つい」
「つい、ねぇ~」
三郎が申し訳なさそうに言うのに対し、トゥームが口元に笑いを浮かべてまんざらでもなさそうに返す。
その次の瞬間、彼らの向かう先から怒号と呼ぶにふさわしい野太い声が、雷鳴よろしく洞窟の壁や天井にこだました。
「愚か者どもが!何故撤退しておらん」
中央王都軍の先頭が、ドワーフの軽騎兵団に接触したのだろう。
「ゴボリュゲンさんに怒られてる」
三郎がぼそっと呟く。
「勝手に戻ってる私達も、怒られるかもしれないわよ」
馬を急がせるトゥームは、肩を軽くすぼめて三郎に返した。
かもしれないなと、心の中で三郎が頷いていると、再びの怒声が洞窟の振動する音をかき消すように聞こえてきた。
「コレはわしが担いでいってやると言うておろうが!黙ってついてこい」
何らかの問答があったのだろう、ゴボリュゲンの声からは怒り心頭であることがはっきりと伝わってくる。
中央王都の軍勢は、先頭の幹部連中が指示も出さずに急停止したが為に、隊列も押しつぶされたようになって崩れてしまっていた。流石に道幅いっぱいにまでは広がっていないが、即座に撤退に移れる雰囲気でもない。
追いついた三郎達は、少しの距離をおいて様子を伺うのだった。
そんな王都軍をかき分け、軽騎兵団のシュターヘッドが一匹、また一匹と隙間を抜けだして来る。
中央王都軍にもようやっと指示がでたのだろう、二つの騎士団は馬を反転させて隊列を整え始めた。
「隊列を組む時間などない。動き出せる者から脱出せよ」
あまりにも遅々とした動きに、騎士の表情となったトゥームが命令を下す。有無を言わせぬ凛とした物言いに、勇者近衛騎士団の中から撤退行動を開始する者が出始めるのだった。
「まともな指示を出す者がいるかと思えば、お主らか。なぜ戻ったと問うには、この状況をみれば無粋だの。素直に礼を言おう」
撤退を開始した王都軍の隙間をぬって、ゴボリュゲンが姿を見せる。肩にかつがれた勇者テルキは、ぐたりとうな垂れつつも剣をしっかりと握りしめていた。
「急がないと、危険で危ないのですよ。もう構造強度の暫定的な最低値で計算した場合、脱出困難なのです」
ゴボリュゲンの無事を確認したシャポーが、警鐘を鳴らすように大きな声で皆に言った。
シャポーの言葉を証明するように、洞窟全体に巨石がずれ動いた振動と音が響く。振動は更に大きくなり、地響きも洞窟内部を反響して、逃げる者へと襲いかかるかのように勢いをましてゆく。
「軽騎兵団、壁側面を移動せよ。方杖構造体を一対一の角度で床から壁に伸ばせ」
シュターヘッドを駆けさせながら、ゴボリュゲンは大声で指示を飛ばす。
ドワーフ族は、隊列を壁際一列に組むと、精霊魔法によって斜め四十五度の柱を壁へと突き立てて行く。
「天所まで届かせるには、混ざりものが多すぎるわい」
踵を返した三郎達に追いつき、ゴボリュゲンがばつの悪そうな表情で言った。
混ざりものとは、魔力を受け付けないミソナファルタ岩石と同じ成分が、融解して形成されたクレタスの岩盤層の鉱物をさす。地殻変動などによって、岩盤が粉砕されて礫と化し、洞窟の地層に混ざり込んでいるのだ。
クレタスの地質学上では、魔法の影響を受けにくいとされる石や岩を総称して、ミソナファルタ熔解岩と呼ばれる。
現に、ドワーフ族の出現させている柱も、ミソナファルタ熔解岩を多く取り込んでしまったものは、精霊魔法が阻害さればらりと崩れ去ってしまうのだった。
「バジェン、大地の精霊に熔解岩を地中深く移動させられないか働きかけて。他の者は、落石に集中。致命傷とならぬように威力を弱めてくれるよう、精霊達に助力を」
落ちて来た石をメーシュッタスの剣で弾き、ケータソシアが仲間に指示を出す。
「やってみよう」
簡単に答えるバジェンだが、地中の物体を移動させるというのは、高度な技術を要する。魔力を受け付けにくい熔解岩ならば尚更だ。
「シャポーが、広域防壁魔法を展開してミソナファルタ熔解岩以外を防ぎますので、精霊さんには自然力を行使してもらって熔解岩をお願いしてもらいたいのです」
思考空間から防衛魔法の法陣を出現させ、シャポーが天井に向けて広範囲の魔法を展開する。降り注ぎ始めていた細かな石や砂が、シャポーの魔法でぴたりと止んだ。
しかし、ミソナファルタ成分の含有量が多い拳大の石が、防御の魔法をすり抜けて飛来する。
見るからに質量の有りそうなそれが、風に吹かれる木の葉のように方向を変化させて、洞窟壁面にぶつかって落下した。
「風の精霊達も、あれは嫌がって触れたくないみたい。自然現象で物理的に移動させることは出来るけど、正直消耗がきっついかも」
吹き飛ばしたであろうムリューが、実際に行った感触を伝える。
「私に向かって降ってくるものは、無視してもらって構わないわ」
鞍に備えていた修道の槍を外すと、トゥームは中央王都軍側へ馬を移動させつつ言った。彼らの頭上も、修道の槍の長さでカバーするとの意思表示だ。
同時に、地質がこすれ合う音が響いて地面が揺れる。天井面に出現した割れ目から、岩の欠片がばらばらと落ちてくる。
シャポーの魔法で壁際へと流される多くの落下物の中から、数個もの熔解岩が直線的にトゥームの方へと飛んできた。
「ふぅ」
トゥームは軽く息を吐き、視神経を強化して落下速度を見極めると、岩を弾き、軌道を逸らせ、刀筋でいなしてゆく。
放物線を描く無駄のない動きに、三郎は「おお~」と感嘆の声を上げていた。
「砕くのは最終手段ね。修道の槍の本体が長続きしなくなってしまうわ。魔力を送りこめられれば別なのだけれど」
手ごたえを確かめるように、修道の槍の状態を目で確かめてトゥームは呟くのだった。
次回投稿は7月3日(日曜日)の夜に予定しています。




