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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第249話 反省なんぞ後にせい

「勇気あるバカもほどほどにせい。だが、一度でも味方とさだめた者を見捨てぬ気概、さすがワシの見こんだ奴らだわい」


 背後からかけられた豪快な笑いに、三郎は思わず振り返った。


「ゴボリュゲンさん。よく追いつけましたね」


「軽騎兵団を舐めてもらっては困る。我らがスタミナ自慢のシュターヘッドが、軍馬に追いつけぬわけが無かろう」


 感心した風な口調の三郎に、ゴボリュゲンは得意げに答える。既に、トゥームの駆る馬と並走するまでに迫っていた。


 彼の言う通り、シュターヘッド達は疲れ知らずな様子で力強く走り続けている。


「たしかにっていうか、ドワーフ族には洞窟の補強をお願いしたと聞いてたんですけど」


「補強なんぞ、本軍ののろまどもに任せておけばよい。ワシらは、お前さんらが生き埋めにならんように、崩落し始めたら大地の柱でも使って、時間稼ぎの一つでもしてやろうかと来ただけじゃわい」


 当たり前だろうと言わんばかりの物言いに、感謝の気持ちが三郎の胸中にこみあげる。


「ありがとうございます」


 三郎の言葉に、ゴボリュゲンはにやりと返した後、髭もじゃの顎で前方を示す。


「んなことより、あの小僧を引っ捕まえるんだろうよ」


「殴ってでも連れ帰ろうと思います」


「げんこつか、気に入った」


 三郎が即答すると、ゴボリュゲンは更に不敵な笑顔で返事をしてシュターヘッドの速度をあげた。


 心なしか、引き離されてしまっていた勇者との距離が、縮まっているように三郎は感じる。


「勇者の馬、加速が終わったのかな」


「無理やりお馬さんの身体能力を向上させたので、急激なスタミナ減少をおこしたのではないでしょうか。加速がと言うよりも、ピーク時から減速し始めているみたいなのです」


 ケータソシアの肩越しからチラ見したシャポーが、両目を青白く光らせて三郎の疑問に答えた。


 第六要塞に到達するよりも先に、勇者の首根っこを掴まえられるとのおもいに、皆の表情は引き締まるのだった。


 背中に付いてきている一団の気配を感じながら、勇者テルキもまた自分の乗る騎馬が限界をむかえつつあるのを感じていた。


「バクソクユウシャゴウ、よくここまで頑張ってくれたね」


 テルキは、走り続けてくれている馬を労うように首もとを軽く叩いて語り掛けた。


 馬は僅かに鼻を鳴らし頭を左右に振る。


 まだまだ行けると答えてくれたような気がして、テルキはふっと笑ってもう一度首を優しく叩く。


 バクソクユウシャゴウとしては、その名を呼ばれるたびに拒否の動作を繰り返し見せているので、そろそろ名前が嫌なことに気付いてほしいところなのだが。


「ドワーフ族が追いついてきたみたいだ。あの二足歩行の動物、恐竜みたいな見た目と違って、バクソクユウシャゴウに迫って来るほど速いんだな」


 後方を確認したテルキが、愛馬に話すように言う。


 馬は耳を後方へ向けてぶるっと一回鼻を鳴らせた。


 負けないという意気込みを見せられた気がして、テルキも鼻で笑って「そうだな」と返す。


 バクソクユウシャゴウとしては『友獣』シュターヘッドと使役『動物』の馬を同じ土俵で比較してくれるなという想いを伝えたかったが、鈍感な勇者には無理だろうなというあきらめにも似た感情を胸にひた走るしかできないのだった。


「ここまでオレの体力を温存させてくれたことに感謝するよ、バクソクユウシャゴウ。もう少しで第六要塞だから、あとは自力で走れると思う。体力も限界だろうけど、万が一ってこともあるから、お前は出来る限り入口のほうへ行くんだ」


 そう言葉を残すと、テルキは体内魔力を循環させて、自分の運動能力を高める。次の瞬間、乗っていた鞍の上から勇者テルキの姿が消えた。


 バクソクユウシャゴウの前へ舞いおりると、魔力で全身を輝かせて猛然と第六要塞へテルキは駆けてゆくのだった。


 勇者の愛馬バクソクユウシャゴウは、エルート族の使役する精霊に「とっても危険だよ、引き返してよ」と言われたのを思い出し、速度を緩めるとくるりと反転して走りはじめる。勇者が降りた分だけ荷重も減り、疲れつつも軽やかな足取りで入り口を目指す。


 クレタス一の名馬と謳われるバクソクユウシャゴウは、洞窟の壁際を選んで進み、テルキを追いかける者達とぶつからぬよう横を通り過ぎるのだった。


「馬を降りおったわい」


「魔力解放で走り出したのです」


 ゴボリュゲンとシャポーが、前方で起きたことを察知して報告した。


「セチュバーのバドキン王を刺突で倒した時と同じことを?魔力が増えていたとしても、全力では要塞までもたないわよ」


 洞窟入口から第六要塞まで、まだ四分の一程度の道のりが残っている。修道騎士であるトゥームでさえ、体内魔力を使い全速力で駆けるには、距離が長すぎるのではないだろうかと思う程だ。


「勇者がセチュバー王を倒した際、後方から追跡していたにもかかわらず、彼の姿が消えたかと錯覚する程の速力であったと報告を受けています。彼の姿が目視出来ていますので、制御の範囲内での行動なのかもしれません」


 ケータソシアの言う通り制御下であったとしても、体内魔力の消費量が多い走り方であることに変わりはない。瞬発的であるならばまだしも、持続的にシュターヘッドが距離を詰めきれない速度を、テルキは維持しているのだ。


 彼の体内魔力量は、並みの騎士をはるかに超えていると誰に聞かずともわかる。


 それ故に、勇者の自信へとつながっているのだろう。それが故に、要塞への攻撃が成功すると妄信してしまっているのだろう。


「間に合うか?」


「わからん。が、最善を尽くそう」


 三郎の問いに、ゴボリュゲンが短く返す。


 ドワーフの軽騎兵団達は、ゆっくりとはいえ確実に勇者へ近づきつつあった。


 まだ、崩壊の魔法が使われる予兆はない。王都軍の隊列が長く伸び、一部が引き返し始めていることも相まって、法陣を発動するタイミングを逃しているのかもしれない。


 三郎達に都合よく考えるならば、第六要塞がもぬけの殻という可能性も微かに残されている。


 だが、進軍していることがセチュバー側に知られていないという可能性は、要塞が放棄されていない限りありえない事だ。


 第六要塞の姿が、緩やかなカーブの先に視認できた途端、勇者に一番近くまで迫っていたゴボリュゲンが叫ぶ。


「消えおったぞ」


 確認するまでもない。勇者テルキがゴボリュゲンの眼前から姿を消したのだ。


 テルキの行方を示すように、魔力反応による発光の筋が、大気中に一直線の軌跡を描き残されていた。


 線の先で、膨大な魔力が弾ける輝きとともに、巨大な金属音が洞窟内の空気を震わせる。


 勇者テルキが、体内魔力を循環させて光を纏うほどに攻撃力を高めた剣を、第六要塞の壁に振り下ろしたのだ。


 攻城兵器をも凌駕する威力の一撃が、要塞の強固な壁に、浅からぬ剣の痕を作った。


「え?」


 跳ね返された剣の勢いと、あまりにも予想外の出来事に、テルキは後方へ何歩もふらついてから立ち尽くす。


 目の前にある要塞の壁には、確かに攻撃した傷跡がくっきりと残っている。削り取った破片も周囲にちらばり、壁からもぱらりと欠片が落ちた。


 しかし、テルキの全力で繰り出した攻撃は、たったそれだけのダメージしか与えていなかった。


「何を呆けておる」


 背後から服を掴み上げられ、勇者テルキはゴボリュゲンの肩に担ぎ上げられていた。


「壁が、壊れる、はずだったのに」


 テルキの呟きに、ゴボリュゲンが鼻で唸って要塞の壁を確認する。


「ミソナファルタ熔解岩の礫だな。礫層からでも掘り出して、壁材として加工しおったんだろうさ。面倒なことをしおるわい」


「将軍!急ぎませんと!」


 ゴボリュゲンに向かって、軽騎兵団の団員が焦りを含んだ大きな声で言った。


「団長と呼ばんか。マイリュネンに将軍職は譲っておるわ」


 大声で返しつつ、ゴボリュゲンはシュターヘッドの首を巡らせ、要塞から離れるように駆けさせる。


 第六要塞に設置されていたであろう破壊の法陣が発動され、低い地響きと共に小さな揺れを引き起こし始めているのだ。


 要塞から発せられる振動が、テルキの刻み込んだ剣痕から新たな欠片をぱらぱらと落としていた。


「もう一回だ。もう一回攻撃すれば」


「馬鹿か。わしの腕も振りほどけんほど魔力を使い果たしておろうが」


 握りしめた剣を振ってゴボリュゲンの肩で暴れるテルキであったが、力が人族より強いとはいえドワーフの片腕を振りほどけない程、体内魔力を消耗していた。


 テルキは、ゴボリュゲンの野太い声に間近で怒鳴られ、我に返って現状を理解し始める。


「踏み込みも、完璧、だったんだ」


「知らん。反省なんぞ後にせい」


 テルキの呟きに、ゴボリュゲンは洞窟の天井を見上げて返した。


(後があればじゃがな)


 手にした剣を見つめ、うな垂れる勇者を担ぎ、元将軍のドワーフはシュターヘッドを急がせるのだった。

次回投稿は6月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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