第248話 殴ってでも
グレータエルートの精霊魔法により、中央王都軍の中には行軍に遅れる者が現れ始めていた。
隊列は徐々に伸び、最初に魔法をつかわれた最後尾では、スタミナ切れをおこして足を止めてしまう馬もある。
大人しく撤退を受け入れる者も出ているなかで、下馬してでも進軍を諦めようとしない兵士も少なからず存在した。そんな者達は、描族らに首根っこを引っ張られて洞窟の外へと追い出されてしまうのだった。
後方で連行劇が繰り広げられている時、三郎達は洞窟の中腹において中央王都軍の先頭、勇者達の一団に追いつこうとしていた。
「王国の剣騎士団もさることながら、勇者近衛騎士団も精霊魔法の影響を最小限に抑えているのでしょう。これ以上、進軍速度を落とさせることは不可能なようです」
ケータソシアの言う通り、勢いよく抜き去ってきた一般兵の集団とは違い、王国の剣と近衛騎士団からなる隊列は乱れる様子も見られない。
しかし、大気と風の恩恵を受けている分、三郎達の乗る馬の方が駆ける速度が速いことに変わりなかった。
「このまま勇者まで追いつきましょう」
トゥームはケータソシアに答えると、前傾姿勢を強めて馬を走らせた。
幸いなことに、隊列の右側をかためている王国の剣騎士団は、グレータエルートに気付こうとも手を出してくることはない。
騎士団長であるスビルバナンの命令を受けているのか、王都奪還におけるエルート族に対する感謝の表れであるのか、いずれか理由あってのことだろう。
整然と駆ける王都軍を抜き去ると、勇者テルキの率いる中央王都軍の幹部で構成された部隊が姿を見せた。
「サブロー、もう声は届くはずよ」
トゥームに促されるも、三郎は嫌な汗をかいていた。
(やっばい。中央王都軍を上手く引き返させる言葉を考えておこうと思ってたのに、シトス達がかっこよく馬に乗るのを見ちゃって、すっぽり忘れてたぁ。ぶっつけ本番の説得とか、まったく自信ないわぁぁ)
頭を抱えたくなったが、許される時間はない。
引き返す距離や騎馬のスタミナ、破壊の魔法がいつ発動されるのかなどを勘案しても、危険なラインは間近だ。
即座に撤退を呼びかけねばと、三郎は焦りながらも口を開いた。
「えー、中央王都軍の皆さま、洞窟を崩落させる魔法が今にも発動される危険がありますので、いっしょに引き返していただけませんでしょうか」
気を利かせたシトス達によって、三郎の声は拡声されて勇者テルキにまで十分に届けられた。
「ちょっとサブロー、私を落馬させる気。危機感を全く感じないじゃない。どういうつもりなのよ」
「申し訳ありませんが、耳を疑ってしまいました。とりあえず何も考えておらずに話始めたということだけは、はっきり響きとして聴き取れましたけれど」
トゥームとケータソシアから同時に突っ込まれ、三郎は「くう」と唸って顔をふせる。
そんなやり取りすらも、王都軍の先頭をひた走る幹部連中に届けられてしまっていた。
(ノープランのおじさんの実力なんてこんなもんだって。今までは深呼吸して落ち着く時間を作ったり、長く考える時間を意図的に取れたりもしたけども、すぐに良い文句がぽんぽん出る人間なんて稀ですから)
などと考えつつ、三郎は起死回生の言葉は無いものかと思考を巡らせる。
だが、意外なことにテルキが三郎の呼びかけに答えを返してきた。
「貴方こそ、オレ達の邪魔をしないで引き返してください。この速さなら、第六要塞が壊れる前に侵入して、破壊の魔法を停止させられるんだ」
振り向きもせずに叫んだテルキの声は、後方にいる三郎達にも十分聞き取れる音量であった。
拡声の精霊魔法は、三郎達の声を大きくはしてくれど、テルキの声量の補助まではしてくれないはずなのだ。
「音の指向性を曲げているのですよ。前方に向かってしまう進軍の音などを極力抑えるよう、音域制御魔法十ノ術式を前方に展開しているようなのです」
シャポーが聞こえて来た声から、魔術による影響を読み取って説明した。
敵に行軍を気取られるのを遅らせる為、進軍で響く騒音のベクトルを、後方へ流すような術式が中央王都軍の前面に展開されているとのことだった。
進軍がばれぬよう、一応の配慮はしているようだ。しかし要塞側がこちらの動きを察知する術など、いくらでも存在すると聞かされていた三郎は、勇者らに十全な準備をする時間があったとは到底思えなかった。
「私達の動きはセチュバーにばれていると考えた方がいい。間に合わなくなる前に撤退しなければ、大変なことになりますよ」
気持ちを取り戻した三郎が、必死の思いで呼びかける。
「貴方がばらしているから、ばれてると言い切れるんですか。そうじゃないなら、協力してくれるのが味方として普通なんじゃないですか。攻撃がばれないように、音を要塞へ聞こえなくする魔法も使ってるし、この作戦は失敗しませんから」
かなりの距離まで詰め寄ってきた三郎を一瞥し、テルキは言うだけ言って前方へと向き直った。
「音だけじゃダメなのです。洞窟のような閉鎖された空間であれば、物体が侵入したことによる内圧の変化や、地面や壁や天井の微振動、更には要塞の向こう側との大気圧の変化とかですね、大気開放下にある要塞とは違った検知方法がいくらでもあるのですよ。故に、この行軍は既に知られてていると考えるべきなのです」
テルキに返したのは、珍しくもシャポーであった。魔導師の立場から、対策が不十分であることをはっきりとした口調で伝える。
「グレータエルート族の偵察部隊が、要塞を直接見れるところまで行けたんだろ。魔法の罠とかも、洞窟内では発見していないって報告してたじゃないか」
「左様、我々の作戦を阻害し、功を上げさせまいとするならば、中央王都にて査問にかけますが。いかがか」
テルキに続いて、シュカッハーレが脅すような言葉を口にする。それでもシャポーは怯まない。
「グレータエルートの偵察部隊は優秀なのです。彼らが行えたからといって、私達人族が真似できるものでも、安全に同じ場所まで行けるものでもありませんので」
キッと聞こえそうな表情で、シャポーはテルキとシュカッハーレを真っ直ぐに見据えて言った。
三郎達は並走状態にまで追いつき、彼らの前へと出る準備を始めていた。
馬を寄せて、強制的に速度を落とさせることも、今ならば可能だからだ。
「勇者テルキ殿、グレータエルート族が危険を冒してまで伝えに来てくれたのです。この場は一旦退き、策を練り直すべきかと。我々は、彼らの偵察部隊の実力を知らず、軽々に見積もっていた可能性もあります」
これまで黙して聞いていたスビルバナンが、真剣な面持ちで勇者に進言した。
彼の喉に棘のように引っかかっていた不安が、シャポーの話を聞いてはっきりと明確化されたからだ。
「スビルバナンさんまで・・・」
裏切られたという表情のテルキと、三郎の視線が合ってしまった。
(あ、これはまずい)
三郎と目が合った途端、テルキの眼光は睨むものへと変わる。
「オレは主人公なんだ、要塞なんて簡単にクリアできる・・・お前になんかに負けるもんか」
ギリッと歯を食いしばると、テルキは馬に拍車をかけた。
テルキの体内魔力が、鞍を伝わり馬をも活性化させる。テルキの操る馬は、文字通り飛ぶように加速して、隊列から抜け出た。
「なっ」
「なにが」
スビルバナンとシュカッハーレが、驚きの声を上げる。
「おおおお、勇者に続け!勝利は我らが手中にある」
状況をいち早く飲み込んだシュカッハーレが、全軍を鼓舞する声を上げた。
「くっ、勇者殿を単独で行かせてはならない。我々も追う。王国の剣騎士団、速度を緩めるな」
テルキの身を守るため、スビルバナンは追うことを即座に決断する。王国の剣騎士団からは了解を伝える「はっ」という声が揃って響いた。
「サブロー」
トゥームが、三郎の判断を仰ぐように呼びかける。だが、三郎は完全に困惑してしまっていた。
(どうすれば、子供の癇癪につき合わせて、仲間を危険にさらすのか。いやいや、あんな少年を見捨てるだと、そんなことできるわけが。でも、指揮官なんだ、俺は指揮官として・・・)
一瞬の苦悩の末、三郎は口を開いた。
「だめだ、これ以上の、危険は・・・」
「サブローさん」
撤退を切り出そうとした三郎を、ケータソシアの優しい音が遮る。
その声は、精霊魔法で仲間内にだけ届けられる特有の響きをしていた。
「同郷の若者を捨て置けない気持ち、痛いほど分かります。アナタが後悔せぬよう、我々も全力でサポートいたしましょう」
三郎の言葉からにじみ出た痛みの響きが、ケータソシアには聞こえていたのだ。
それでも三郎は逡巡する。
「サブロー」
再びトゥームの声が三郎へとかけられた。馬の駆ける速度は僅かにでも緩められていない。
中央王都軍を抜き去り、既に勇者テルキの後ろ姿を追う体制に入っているのだ。
気付いた三郎は、己の心の奥を代弁されたような気持になっていた。
「申し訳ない。危険なことにつき合わせてしまって」
「慣れたわよ」
笑い飛ばすようにトゥームは答えた。
「皆、協力してくれて感謝の言葉もない」
三郎は頭を下げて、仲間たちに深く深く礼を言った。そして、迷いを拭い去った顔を上げ、声を張る。
「崩壊の術式発動を検知したら、即座の撤退を最優先。勇者は殴ってでも連れ帰って説教する」
はっきりと言い放つ三郎の言葉に、グレータエルート達から了解の合図が返されるのだった。
次回投稿は6月19日(日曜日)の夜に予定しています。




