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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第246話 馬に乗れる長官殿

「迫る私達の気配に気付いた様子ですね」


 ケータソシアは、少しばかり眉根を寄せて言った。中央王都軍の移動速度が増したのを感じ取ったのだ。


「攻城兵器の部隊が編成されているなら、最悪でも洞窟の浅い場所で、と考えていましたが・・・」


「入口付近でというのは難しいかもしれませんね」


 返すトゥームの言葉は苦々しく途切れ、ケータソシアは互いに走らせている馬の状態を確認した。


 なだらかとはいえ、上り坂の続いている洞窟までの道を、全力で駆け上がっているのだ。馬にこれ以上の無理はさせられないと、ケータソシアは判断する。


「間に合わなくなった、そう判断していいのか」


 二人のやり取りに、三郎が聞き返した。


 無理な追跡を強行すれば、エルートやドワーフ族に更なる犠牲をしいることになってしまう。三郎は、己が総指揮官だと軍議において明らかにしたのだから、追跡を断念するとの選択肢も考慮せねばならない立場なのだと改めて思い直していた。


(自分の言動がおよぼす影響の大きさを自覚しないといけないな。皆が協力してくれている、じゃなく、皆を動かしているんだって考えないと)


 追従してくれているグレータエルートとドワーフ軍の姿を目にし、感謝する気持ちとともに、自分が感情的に動き出してしまったのを反省もしていたのだ。


 そんな三郎の感情の迷いを聞き取ったケータソシアは、判断材料になればと把握できる範囲での情報を三郎につたえる。


目算もくさんとなりますが、洞窟中ほど、最低でも第六要塞到達よりも前に中央王都軍へ撤退を促がせるかと。洞窟の中腹辺りで追いつけるのならば、破壊の魔法が行使されたとしても、彼らの被害を少なく留めて脱出が可能と考えられます。中央王都の者達が、素直に従ってくれることが前提ですが」


 ケータソシアの言葉を受け、三郎は「うーん」とひとつ唸った。引っかかったのは『素直に従う』という一言だ。


 中央王都軍と諸王国軍が席を並べた件の軍議を思い返してみても、彼らが三郎の言うことをすんなりと受け入れてくれるとは思えなかった。


 悩み始めた三郎の進行方向に、六つの人影があることにトゥームが気付く。


「シトス達みたい。彼らが居るのなら、洞窟までの中間地点で間違いないわね。ケータソシアさんの言う通り、勇者達が第六要塞に攻撃を開始する前に追いつけるわよ」


 三郎が悩んでいるのを感じ取っていたトゥームが、確信を込めて力強く言った。


 その時、並行して進む馬上から鳥の鳴くような美しい高音が鳴り響く。


「ふわぁ。今の綺麗な音は、どうやったのですか。とっても澄んでいてとおる音だったのです」


 ケータソシアの背中にへばりついているシャポーが、目を丸くして感動の声を上げた。


「高音域に調整した歯笛です。シトスの部隊をピックアップする馬達に、指示を送っただけなのですが。綺麗な音だなんて言ってもらえると、何だか嬉しいですね」


 合図としか認識していなかったため、ケータソシアは意図せず褒められて嬉しそうに笑う。


 指示を出したとの言葉通り、ケータソシアとトゥームの操る馬を徐々に追い抜いて、六頭の空馬がシトス達の方へと先行してゆく。


 トゥームの肩越しにその姿を見送った三郎は、シトス達が馬を停止させて騎乗するものと思い込んでいたため、中央王都軍を上手く引き返させる口上を考えるのに八割がたの思考力を割いていた。


 が、近づきつつある人影にむかって六頭の馬どころか、全軍が速度を緩めることなく突進してゆくではないか。


「え、これって危険なんじゃ。凄い勢いで、突進してますけど」


 シトス達が馬を上手に停止させて乗り込んだとて、そこまで距離が開いている分けではないのだ。ドミノ倒しよろしく、衝突して大惨事にならないだろうかという不安が膨れ上がってゆく。しかし、要塞を攻略する際の、皆の挙動を思い出して考えを改める。


(あーあれね、ぶつかる寸前に軽やかに避ける的な。・・・って、俺がしっかり捕まってないと振り落とされるじゃん)


 手の平にジワリと汗がにじむ感触を覚え、三郎は一人あたふたと慌てる。


 だが、それも杞憂に終わった。


「すっげ・・・あれ、かっこよすぎる」


 シトス達は、猛進する空馬に手を伸ばし、手綱を掴むと空中へひらりと舞った。馬の速度を落とすことなく、六人が見事に馬上の人となって見せたのだった。


 拍手したくとも、手を離せば流石に落馬してしまうので、三郎は心の中で歓声を上げる。


「サブロー、言っておくのだけれど、貴方も似た様な事しているからね。私が手を貸しはしたけれど」


 と言われても、三郎にはカッコイイ乗馬技術を披露した覚えがない。背中で「はて」と首をひねっている三郎に、トゥームがため息交じりに言った。


「貴方が指揮官用天幕を飛び出して、私が馬で追いかけたでしょ。速度こそ違うけれど、だいたいあんな風だったわよ」


「俺ってば、よく肩がぬけなかったな」


 トゥームに言われて、三郎から咄嗟に出た感想がそれだった。


 年齢から鑑みるに、関節が外れなかったとて、肩を痛めていてもおかしくはないと思えたからだ。


「無意識だったのね。ちょっとだけ、体内魔力の使い方が上手くなったのかなって期待してたのに」


 まぐれだったのかと、トゥームは更に深いため息をはきつつ呟くのだった。


 三郎が「さーせん」と誤っているところへ、馬の速度を調節したシトス達が合流する。


「中央王都の軍勢は、勇者を先頭に駆け抜けて行きました。遅れている者はいませんでしたから、走力の優れた部隊で編成されていると考えられますね」


 再会の挨拶を軽く済ませると、シトスは中央王都軍を直接見た様子を伝える。


「勇者近衛騎士団も一緒だったって聞いてたけど、間違いだったか」


 三郎は、美女ばかりが集められたかのような騎士団を思い出しつつ言った。三郎の素人目からすれば、剣術もさることながら馬術も優秀という印象は受けなかったからだ。


「いえ、王国の剣騎士団や中央王都軍の他に、勇者の紋を掲げている騎士団が居ました。彼女達がその近衛騎士団かと思いますが」


 三郎の疑問にシトスが答える。勇者の紋章を冠しているならば、三郎が軍議の場で紹介される羽目になった勇者の近衛騎士団に間違いは無い。


「見た目だけ、ってわけでも無かったってことか」


「曲がりなりにも勇者の騎士団よ。一応『それなり』に剣は扱えそうに見えたけれどね」


 三郎の認識を補足するように、トゥームが感想を付け加えた。彼女の『それなり』を強調した言い方によって、三郎は実力の程度をうかがい知る。


 トゥームの口調から、一般の兵士を上まわる程度とのニュアンスが伝わって来たからだ。


「それなり、ねぇ」


 困ったものだなと考えつつ、三郎はトゥームの言葉を繰り返した。王国の剣並みの実力ならばいざ知らず、一般兵よりも少しばかり腕が立つ程度だとするなら、窮地に陥れば被害も大きくなってしまう。


 出来る事ならば、勇者に華を添えるための式典用騎士団で、後方に残されるレベルであった方がよほどましだった。


「その他にも、法陣を模した紋を着けている者も見受けられました。勇者と共に馬を並べている数名だけでしたが」


 三郎は、シトスの観察眼の鋭さに脱帽しながらも、まさかねという思いが鎌首をもたげていた。


「シュカッハーレさんまでが、出張ってるなんて、さすがに無いよな」


「あら、腐っても召喚省の長官でしょ、有り得なくはないわ」


 三郎の常識で考えれば、おおよそ戦場が似つかわしくないシュカッハーレだが、トゥームからすれば出撃していてもおかしくは無いようだ。


「馬、乗れるのか」


「腐れてても長官なのよ、馬くらい操れなくてどうするのよ」


 トゥーム曰く、腐れた長官とのことだが、馬を巧みに操れているという点において、負けた気持ちになるおっさんなのだった。

次回投稿は6月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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