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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第245話 気付きつつある不安の芽

 トゥームの駆る馬は、風を切って颯爽と進み行く。背中に捕まっている三郎の必死な表情さえ良ければ、絵になる姿であったことだろう。


 馬は、既にドートの陣営を抜け、岩の大地に打ちつけられる蹄の音を響かせていた。


「移動が速いわ。洞窟へ突入する前に追いつけないかもしれない」


 視界に映る範囲に中央王都軍の姿は無く、硬く舗装された街道上には、軍の移動した痕跡も感じとれなくなっている。


 巧みに馬を操りながら、耳に意識を集中したトゥームが三郎へ言った。だが、おっさんに答えを返す余裕なぞ一片もなく、返事は返されてこない。


 振り落としてさえいなければ良いと考えているトゥームは、はるか前方に移動する一団の気配があるのを察知し、更に速度を上げる。


「このままでは追いつけないわ。サブロー、落ちないように足で鞍をしっかりと挟んでおいて」


 中央王都の軍が、速度の速い部隊編成をしているのだと理解し、トゥームは三郎へ声をかけた。三郎が懸命に頷く仕草で答えた為、いよいよトゥームは本気となって馬に拍車をかけたのだった。


(安全装置の無い、絶叫マシーン。体力の限界がきたら、絶対に落ちるやつ。でも、勇者達に一秒でも早く追いつかないと・・・って、本当に辛くなったとして、声も出せない俺が、どうやってトゥームさんにそれを伝えられましょうか。終わった、頑張る一択しか残されてないっす。あれ、足が痺れてきたんですけど)


 三郎が、やばいやばいと頭の中で叫び始めた時、一頭の馬が後方から距離を詰めてきていた。


「この距離では、追いつけても洞窟内となってしまいそうですね」


 ケータソシアの声が、精霊に運ばれてトゥームと三郎の耳に届けられる。


「力づくでも引き返させる、それでいいのよねサブロー」


 何も言えなくなっている三郎にかわり、彼の考えをトゥームが代弁する。痺れ始めた両足で何とか鞍にしがみついている三郎は、細かく首を縦に振ることで肯定の意思を伝える。


「わかりました。ではトゥームさん、大気と風の精霊の加護を行使します。馬の駆ける速度が上がりますので、心積もりを」


 了解したことを告げ、ケータソシアが精霊達への語り掛けを始めた。


(え、ちょっ、これ以上速くなったら、落ちる)


 焦った三郎は、ピンチな状態であるのを伝える術を考えるが、良案は出てこない。


「助かります。何時でも大丈夫です」


 全身を程よく緊張させ、トゥームはケータソシアに準備ができたことを告げる。


(落ちます。大丈夫じゃありません。気付いて、誰かぁ)


 しがみつくしか術を持たない三郎は、乳酸のたまってしまった両太ももに力を込めた。


『自由なる大気の精霊、風の精霊達よ、我が友の行く先を壁として阻むことなく、願わくば友の背を優しく包み、進むべき道へと誘え』


 精霊語による詠唱が終わると、トゥームが正面から受けていた空気による抵抗がすっと消えて行く。その効力は馬へも現れ、一歩多めに前進したかのような加速感がトゥームと三郎へ伝わってきた。


「うああっ」


 尻が後方へとずり落ちてしまうような気がして、三郎は情けない声を発する。だが、速度が増すのを感じた後に、三郎の背中をそっと支える何かが発生したことに気付く


「んおお?」


 またもや変な声を出し、三郎は両腕にかかっていた負担が軽くなり、馬から伝わる振動もが和らいでいるように感じるのだった。


「改めて思うのだけれど、精霊魔法の支援は素晴らしいわね」


「だな。落ちるかと思ってたから、助かった」


 すぐにも精霊魔法の効果に適応し、慣れた手綱さばきで馬を駆るトゥームが感嘆の声を上げ、三郎がそれに相槌を打つ。


 戦々恐々といった面持ちで言った三郎に、トゥームは悪びれもせずに「落ちそうになったら、捕まえてあげてたわよ」と軽く返した。


「ですです、ケータソシアちゃんの後ろは、とても怖くないのです。まるで背もたれのある椅子に座っている気分なのです。揺れはしますけど」


 横に並んだ馬上から、馬に乗っているにしては珍しく、シャポーの元気な声が響いた。


「しがみついてる姿は変わらないけど、シャポーが普通にしゃべってる。すごいなケータソシアさんの精霊魔法」


 高さ的な恐怖感はぬぐえないのだろう。ケータソシアの背中にぴったりと張り付くように、シャポーがつかまっている。だが、ムリューの後ろに乗せられている時とは違い、表情に余裕すら浮かべていた。


「馬術には一日の長があるのかもしれませんが、精霊魔法としては特殊な効果を行使しているわけではないのですよ」


 皆の声色から、ムリューが比較されているのだと聞き取り、ケータソシアは謙遜した言い回しで笑って答えた。


「いえいえ、特殊だと言えるのえすよ。魔術的な視点から説明しますと、任意空間内を満たす気体の中を、物体が移動する場合にかかる圧力抵抗を減じて、更には慣性により物体、この場合お馬さんなのですが、そこから落下してしまう物を、この場合シャポーやサブローさまのことなのです、落ちないように背後に発生する渦のような風などを操作して、支えるように行使してくれているのです。魔術で実現するならば、気体を構成する物質の数値や、この場における粘性などの計算も組み込まねばならないので、大気全体に働きかけるのは難しいのです。魔導として行使するならば、移動する物質側から大気を押しのけるような術式を展開するのが効率的なのです。また、発生する渦のような風は、横揺れをともなうので、術式で安定させて背中を支えるには補正値を常に反転させる必要があるのです。精霊魔法と魔導術式魔法の大きな違いを感じずにはいられないのですよ」


 瞳を輝かせて語るシャポーに、三郎は心の中で『うんうん、元気なら良かった良かった』と頷いて返す。


「同様の現象でしたら重力魔法なら。でもそれだと、使役する動物の負傷率を逆算しないと、強すぎれば吸い込まれることも考えられるのです・・・ぶつぶつ」


 ケータソシアの後ろに乗って、三郎へと存分に説明し終えたシャポー大先生は、同じ効果を魔術でどう構築するかという思考の深みへと迷い込んでゆくのだった。


 三郎もシャポーと同様で、必死にしがみつかなくても良くなった時点で、心に大きな余裕が生まれていた。


(吸い込まれるとか恐ろし気な言葉が聞こえたけど、やってみるとか言い出したら止めよう。そうしよう。それよりも何よりも、急な事態だったのに、かなりの数が来てくれたんだな。あ、まだ離れてるけど、あれってゴボリュゲンさんか。さすがドワーフ軍の軽騎兵ってところだな。エルート族に遅れずについてきてくれてる)


 三郎が首だけを必死に回し後続の者達を確認すると、グレータエルートだけでなく、ちらほらとシュターヘッドに跨るドワーフ族も混ざっていることがわかる。その中に、軽騎兵団の団長であるゴボリュゲンの姿も見て取れた。


 加えて、常に武装し待機していた修道騎士や修練兵が追従している。


「誰も乗ってない馬が、何頭か混じってるんだけど。いいのか」


 視野の中に違和感として、馬だけが走っているのが映りこみ、三郎は思わず声を出していた。


「あれらは、偵察の任に出ているシトスの部隊を拾い上げるための馬です。サブローさんの護衛として、ついてもらおうと考えています」


 三郎に答えたのは、指揮官であるケータソシアだった。彼女は馬を走らせつつ、支援の精霊魔法を行使し、なおかつ移動する軍の編成までもを同時にこなしている。そのうえで、三郎のふと湧いた疑問にまで答えてくれるのだから、恐ろしいまでの指揮官っぷりと言えよう。


「誰も手綱をひいてないように見えるんですけど」


「ふふ、ご安心を。隣を行く者が、きちんと指示を出していますので」


 二度見して確認した三郎が、手品でも見せられているかのように、どうなっているのだという表情で聞いた。ケータソシアは、三郎があまりにも心配そうに言うので笑って返してしまった。


 精霊魔法や魔導師の魔術をさんざん目にしている三郎が、今更、常識レベルの範疇を指摘するものなのだなと可笑しく思えたのだ。


 深慮の渦に飲み込まれている魔導師の少女と、自走する馬を三度見して感心しているおっさんを乗せて、諸王国軍の一団は中央王都軍を追うのだった。


***


「第二陣の出陣を、テスニスとトリアの軍が止めに入っているとの報告が。なお、グレータエルートの軍が我々を追ってるとのことです」


 中央王都の士官兵が、馬に拍車をかけて軍の先頭に追いすがると、受け取った内容を報告する。


「確かに、凄まじい速度で追ってくる者がいるようです」


 報告を裏付けるかのように、後方を確認したスビルバナンが、勇者テルキに伝える。


「追いつけたとて、我々が第六要塞に攻撃を仕掛けるあたりであろうが」


 鼻で笑いとばすように、武装したシュカッハーレが、思いのほか巧みに馬を操りながら言った。


 馬を走らせている勇者テルキの周りは、中央王都の幹部達がひとかたまりとなって軍を先導していた。


「気配は徐々に接近しつつある様子。洞窟入口付近で追いつかれるかと」


 手短に現状だけを伝えるように、スビルバナンは言葉少なにシュカッハーレへと答える。


「ぬむぅ。勇者テルキ様、かように申しておりますが」


 スビルバナンの騎士としての能力を高く評価しているシュカッハーレは、馬鹿なと言いたい所を飲み込んで、勇者テルキに視線を移した。


 中央王都軍は、一軍の進軍として決して遅くはない速度で移動を続けている。追いついてくるなどという芸当は、人族の軍では考え難いため、グレータエルート族の軍勢であろうと確信出来た。


「この作戦は、スピードが勝敗を分けるんでしたよね。それに、セチュバーのスパイが情報操作して、諸王国軍に邪魔をさせようとしているのかもしれない。速度を、上げます。はっ!」


 きりりと引き締まった表情で、テルキは大きな声を発し馬に拍車をかけた。


「勇者テルキ様に続け。攻城兵器は一撃のエネルギーを残し、全て移動に回させよ」


 シュカッハーレの命令は、復唱されて全軍へと行き渡る。


「行くぞ」


「はっ」


 曇った表情を崩さないスビルバナンは、テルキに遅れまいと馬を走らせる。王国の剣騎士団も、乱れぬ動きで速度を上げた。


 王国の剣騎士団の団長として、彼の行動は間違っていない。国王の命令を順守し、勇者を支える使命をまっとうしているのだ。


 しかし、一度は理解し納得した作戦であるはずの選択に、見落としとも呼べる不安が付いて回っていることに、彼は既に気付きつつあるのだった。

次回投稿は5月29日(日曜日)の夜に予定しています。

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