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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
246/312

第244話 役得を超越す

「中央王都の軍勢が、我らとカルバリの陣営の間を通過。現在は、設営中であるドートの陣営中央辺りかと。目標、第六要塞と考えられます」


 意味が解らないといった表情で、グレータエルートの副指揮官はケータソシアに報告する。


「編成については」


「突然の事態に把握しきれておらず、勇者と王国の剣騎士団、中央王都軍の一部に加え攻城兵器三機を確認しているとの報告が入っています」


 ケータソシアが冷静な声で返したことで、幾分か表情を戻した副官がゲージを確認しつつ答える。


 その時、後方に陣をかまえるテスニス軍のカムライエから、トゥームへと連絡が入ってきた。


「勇者近衛騎士団も先の一団にいるようです。中央王都の陣営から、新たに後続の部隊が出撃するようだと、テスニス軍から連絡が入りました」


「規模から考えて、第一陣は第六要塞への侵入口を確保するため。第二陣は制圧を主の目的として編成されていると考えるのが妥当でしょう」


 副官とトゥームからの情報を素早くまとめ、ケータソシアが状況を整理する。


 勇者達が軍を分けていることから、ケータソシアの頭の中では二つの予測がたてられていた。


 一つは、先の軍による要塞壁の破壊を最小限にとどめようとしている、というものだ。要塞が柱となって洞窟を支えていると『予測』されている現状で、大規模な躯体への攻撃は浅はかの一言に尽きる。


 彼らも理解した上で、洞窟全体を崩落させないように、壁の一部分を壊す作戦なのだろう。


 二つ目は、円滑に第六要塞へ突入するため、後続部隊が遅れて到着するよう調整しているというものだ。最低限の突入路を確保するならば、全軍が一気に雪崩れ込むことは不可能といえる。要塞の前で自軍による渋滞が発生し、指揮系統に混乱が生じるのを避けたと考えるべきだろう。


 これらを踏まえて、彼らが闇雲に進軍しているのではないのだと、ケータソシアには判断できるのだった。


「カムライエさんから対応について、サブロー、貴方へ至急指示を求めてきているわ」


「軍議での決定が不服だったからって、作戦の方針を無視して無謀に突撃しちゃうのか」


 騎士の表情となってトゥームが伝えると、音がするほどの勢いで額をたたき、三郎は呻くように言った。


「彼らなりの勝算があるのかもしれません。無謀と断じてしまうには、あまりにも用兵方法に冷静さを感じます。ですが―――」


 ケータソシアは、表情を曇らせて机上の事務用ゲージを見つめて言葉を途切る。


「心配なことでも」


 その様子に、三郎が怪訝な面持ちで聞き返す。


 顔を上げたケータソシアは、三郎の顔を確認すると、彼の背後へすっと目線を移動させた。


「シャポーさんから説明してもらうのが、より正確かもしれませんね」


 視線の先には、眠りから目覚めた魔導師の少女が立っていた。気合の入った顔をして三郎達の方へ、たたたっと走り寄ってくる。


 頭の上で丸まっている始原精霊は、駆けた勢いで転がり落ちると、シャポーのフードの中へ寝たままの姿勢ですっぽりとおさまるのだった。


「話は聞かせてもらったのです。ケータソシアさんの心配は、偵察部隊が把握しきれていない侵入検知の魔法が、あるかもしれないということだと思うのです」


 机まで来たシャポーが言うと、ケータソシアは肯定の相槌をうつ。


「更にですが、魔導によらない物理的な侵入検知の機構も、存在する可能性が大いに考えられるのです。もっと言えばですね、音や振動やら圧力などなど、検知する側が術式を作動させるものでなくとも、受け側が魔術的に機能していれば、立派な侵入検知の術式として機能するとも言えるのですよ」


「洞窟に侵入したのを察知する方法はいくらでもありえる、と」


 手短な説明になるよう、ふんふんと鼻息を吹きながら説明するシャポーに、三郎は表情を硬くして問い直した。


「ですです。一緒に行動したので分かるのですが、エルート族の偵察部隊はとても優秀なのですよ。要塞本体を目視できるほど近づけるのは、ロドさん達だからだと言っても良いくらいなのです」


 洞窟の入口付近に留まっている偵察部隊長の呼称を口にし、シャポーは握り拳を振りながら言うのだった。


 三郎がケータソシアへ確認するように視線を向けると、彼女は深く頷くことで答えを返す。


「まずい!引き返させないと!」


 かっと上半身に血液がのぼるほどの危機感を覚えた三郎は、大声で言ったと同時に天幕の出口へと駆けだしていた。


 第六要塞を防衛している部隊が、洞窟への侵入を知ることが出来るなら、崩壊の魔法を行使してくることは間違いないだろう。ましてや、侵入者の位置まで特定できると仮定した場合には、最大の被害を与えるタイミングを見計らうのは間違いない。


 洞窟内の至るところに設置されている人工物が、敵の進行を遅らせるためのダミーである可能性も微かに残ってはいる。しかし、その望みは薄い。


 三郎達が現在把握している情報だけみても、崩壊の魔法が仕掛けられていると判断するには十分なのだから。


「外の馬を使ってください」


「分かったわ」


 ケータソシアの声に、トゥームが振り向きざまに答える。シャポーは、その場駆け足を踏んで、トゥームの背中とケータソシアの顔を行ったり来たり見返していた。


「中央王都軍を追うと各軍に通達。動ける者は即応するよう命令を。隊列と編成は、私が移動中に指示を出します。シャポーちゃんは私と一緒に」


「は、はいです」


 ケータソシアは武器を身に着け、副官へ端的に指示をあたえると、シャポーの背中を優しく押すのだった。


「戦い?モも行く」


 横を通りすぎるケータソシアとシャポーに、体を伸ばしていたモが続いて走り出す。天幕を出る際、ケータソシアは副官に残るよう言い渡し、各軍の状況や情報を統括して随時連携をとるよう、指示をだして天幕から姿を消した。


 いち早く外に出た三郎は、教会馬車のある方へと体を向けていた。


 御者であるミケッタやホルニの傷も癒え、クウィンスもくちばしにできた大きな傷以外、すっかりと元気に戻っている。慌てていた三郎が移動手段として思い浮かべたのが、乗り慣れた教会馬車であるのは仕方ないことだった。


「サブロー」


 近付くひづめの音に混じり、トゥームの声が彼の背中へとかけられた。


 振り返った三郎の目に、差し出されたトゥームの手が飛び込んでくる。咄嗟に掴むと、浮遊する感覚とともに、三郎は馬上の人となっていた。


「馬車で行くつもりだったの?」


 馬の首を巡らせて方向修正したトゥームは、拍車をかけつつ三郎に言った。


「あーうん。馬は一人で乗れないし、移動手段がそれしか思い浮かばなかった」


 よくよく考えてみれば、この状況が一番速いんだよなと、トゥームの後ろに乗って少しばかり気持ちが落ち着いた三郎は、冷静な思考を取り戻すのだった。


「崩れる可能性のある洞窟に馬車で入ったら、方向を変える時に周りを巻き込んじゃうわよ。クウィンスなら、強引に何とかしてくれそうだとは思うけれどね」


「確かに、おっしゃる、通り、でした」


 馬の速度が一気にあがったため、三郎は振り落とされないようにトゥームへしがみつきながら、反省の言葉を返す。


「もっとしっかり捕まって。舌噛まないようにしていてよ」


「あい」


 三郎が短い返事をするのが精一杯なほど、トゥームは馬を加速させた。必死過ぎて『役得だなぁ』などと考える余裕は、おっさんには生まれないのだった。

5月22日(日曜日)の夜に予定しています。

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