第243話 一時の安らぎ
王国の剣騎士団長というスビルバナンの立場であれば、自分の知らぬところで作戦が立案されたことに、憤りを覚えて然りといえる場面であった。
だが、既に中央王都国王の承認までもが得られてしまっているとの事実をつきつけられ、怒りよりも焦る気持ちが大きく膨らんでいた。
勇者テルキを説得し、踏みとどまらせなければ。
王の命令を覆そうとする行為なのだから、必然的にスビルバナンは言葉を選びながらの発言を強いられる。
先だっての軍議で諸王国と交わした決議についてや、味方である諸王国軍の進める作戦を妨害する行動になってしまうことなど、列席する面々の表情をつぶさに観察しながらテルキに伝えた。
諸王国軍を味方だと表現した際、シュカッハーレが鼻で笑うような仕草を見せたのは、スビルバナンに不穏な引っかかりを感じさせた。
もやりとした感情を抑えつつ、スビルバナンは第六要塞の攻略にのみ注力してはならないとも言う。セチュバー本国までの間には四つもの要塞が存在するため、兵力の消耗を少なくするという方針の利点を付け加えるのだった。
「残る要塞は四つ。同等の功績をあげるなら、第六要塞は外せないですよね」
難しい表情を浮かべたテルキは、首を小さく縦に振って言う。
伝えたかった内容とは別の答えを返されたことで、スビルバナンはテルキの言葉が何を意味しているのか一瞬理解できなかった。
一呼吸おいて、ゴボリュゲンというドワーフ族の指揮官に『同等の功を持って出直せ』と突き放すように言われていたのを思い出す。スビルバナンからしても、三郎が五つもの要塞を短期間に陥落せしめたのは、驚異的な采配であったと受け止めざるをえない。
「それには及ばないと思いますが。かの教会理事ですら攻めあぐねているのです、第六要塞を落とせば同等以上の功績と認めさせるには、十分であると考えられましょうか」
口元に笑いを浮かべたシュカッハーレが、テルキの心中を察したかのように返した。
「第六要塞を絶対にクリアするのが、大切ってことですね」
意気込むテルキに、シュカッハーレがさも頼もしいといった視線を向けて「そうです、そうです」と頷く。
「戦に『絶対』はありません。剣術とともにお教えしているはずです」
あまりにも軽々しい二人のやりとりに、スビルバナンは我慢できずに口を挟んだ。テルキとシュカッハーレが、勝つことを前提にして話を進めているのを危険であると判断した為でもあった。
「スビルバナン騎士団長の言われる通り、絶対はないのでしょうが。しかし、これを見て頂ければ、確実性の高い作戦であると理解いただけますか」
シュカッハーレの指示で、机の上には一枚の図面が広げられる。上等な獣皮紙に描かれたそれには、情報総省の刻印が施されており、中央王都政府のなかでも限られた者しか取り扱えない資料であることが、スビルバナンにも一目で理解できた。
「これは・・・」
「第六要塞の図面ですな。とはいえ、セチュバーが反乱を起こす前に提出させたものであるからして、現状と一致しているとは限りはしないのだが」
声を詰まらせるスビルバナンに、シュカッハーレは事も無げに返答をした。
中央王都はクレタス全土をまとめる政治の中枢とされている。諸王国の経済や治政の状況などを管理している、情報総省が置かれているのも確かだ。
だが、セチュバー軍がクレタス防衛上の機密と位置付ける情報までもが、この様な形で納められているとは、王国の剣騎士団長スビルバナンも知るところではなかった。
「諸王国との軍議において、提示すべき資料だったのでは―――」
「求められたのならば開示も考えたであろうが。スビルバナン騎士団長も簡単に見せられる物ではないと、情報総省の刻印が意味する所は存じていると思いますが。そして、我々召喚省はこの資料を勇者の名のもとに『借り受けて』いるのです。迂闊な取り扱いができないのもまた事実。先の軍議では、諸王国の者達が『調べる』と申していたのだ、今の状況を正確に把握するのは調査するのが確実だろうと判断したまで。誤った情報を出す方がよっぽど危険であろうが」
「この図面が確かではないのなら、此度の作戦上も確実性に繋がる情報とは呼べないのでは」
こじつけるかのようなシュカッハーレの言い様に、得心できかねる表情でスビルバナンは答えた。
「ならばこれより、作戦の詳細について王都軍の指揮官殿に説明をしてもらいましょうか。スビルバナン騎士団長も『不可能』とは断じれぬことになると思いますが」
自信に満ちたシュカッハーレの表情は、スビルバナンを黙らせるだけの理由がある事を示しているようであった。
***
諸王国軍の合流は、迅速に行われていた。日が落ちるまでには、前線に陣をかまえるドート軍も設営を終えるだろうとの報告が三郎へ入っている。
ドワーフ軍から、建設技術の専門知識を持つ者達が数名、カルバリ魔法師団とともに洞窟内の構造解析を開始していた。
自ら『諸王国軍の総指揮官である』と名乗りを上げる形となった三郎はと言えば、遅い昼食を取ったあと、エルート族の指揮官用天幕にその身を寄せるのだった。
「昨日までの慌ただしさが、嘘みたいだな」
どかりと腰を下ろしている三郎は、敷物の手触りを確認するように手で撫でつつ呟いた。
「そうね、人手が足りなかったから駆けまわっていたものね」
隣に座るトゥームが、カップを口に運びつつ答えた。エルート族の軍用の茶葉で淹れたお茶が入れられている。味は二の次で疲労回復などの効果を主目的としたお茶とのことだが、トゥームはその独特の風味が好みに合ったようで、休憩の際には必ずといっていいほど口にしていた。
三郎も元居た世界の緑茶を思わせる味に、懐かしさのこみあげる一品となっている。
「総指揮官って立場を公言しちゃったから、こういう時間も作戦とか今後の方針とか、色々と考えておいた方がいいのかな」
「当面の作戦は伝えているのだし、休める時には体と頭を休めておくのも指揮官の務めだと思うわよ」
微笑みつつ返事をするトゥームを見て、三郎は「そういうものかねぇ」と背に置いてあるクッションに上体を預けた。
先ほどまで行われていたような軍議の後は、トゥームの機嫌が良いことが多いんだよなと、三郎は何とはなしに考えていた。
「そういうものよ。あの子達を少しは見習うべきかもしれないわ。ちょっと安心しすぎな感じはするけれど」
笑い交じりのトゥームが指す方へと視線を移せば、丸まった描族のモにうずくまっているシャポーの姿があった。すやすやと静かな寝息をたてている。
当然、シャポーの頭の上には丸まったほのかが乗っており、戦場の前線としては平和すぎる光景がそこにはあった。
昼ご飯を一緒に食べただけなのだが、シャポーとモは旧知のように仲良くなっていた。
「シャポーは、治療に駆け回ってた疲れと、軍議の緊張から解放されたんだろうな。モだって、人族の会議に付き合わされてたんだから疲れたんだろうし」
三郎自身も、蓄積した疲労と軍議のせいで、体を重く感じているのだった。
「それに引き換え・・・」
言いつつ、三郎は首だけを動かせて机のある方へと顔を向ける。そこには、事務用のゲージを操作しているケータソシアの姿があった。
「お気になさらないでください。教会の方々のおかげをもって復調した者達を、部隊に再編しているだけですから。大した作業ではありませんので」
三郎の声に申し訳ない気持ちが込められていたので、ケータソシアはにこりと笑って返すのだった。
ケータソシアの言葉通り、教会の軍勢が治療に加わったことで、ドワーフ軍やグレータエルートの負傷者らが次々と回復しているのだ。明日には全員が回復するだろうとの見込みも報告されている。
ここには居ないゴボリュゲンも、ケータソシアと同様に自軍の再編をしていることだろう。
三郎達が、体を休める時間を作れているのも、教会の者達の活躍によるところが大きい。
「焦らなくても、洞窟の分析が終わったら嫌でも忙しくなるのだし、サブローも少し眠っておくといいわ」
トゥームの手が優しく肩に添えられると、じわりと三郎の体のなかに安心感が広がるのを感じた。
「カルモラさんが、夕食の時に方針を確認しようとか言ってたもんな。長くなってもあれだし、これだけ前線で動きがあれば、何が起きるかわからないし。ちょっと休ませて、もらおうかな」
理由をあれこれ並べつつ、三郎は軍議によって心身ともに削られていたのだなと実感していた。
「時間になったら起こしてあげるわ」
トゥームが安心させるような教会魔法を使ってくれたのではと思うほど、三郎は自分のからだをクッションに深く沈める。
しかし、三郎が眠りに入ることは叶わなかった。
「なぜ進軍を!」
自分用のゲージを手に、ケータソシアが音を立てて立ち上がったのだ。
トゥームも即座に反応し、ケータソシアの机へ駆け寄るとゲージを取り出した。
眠りかけていた三郎もがばりと起き上がり、トゥームに続いてケータソシアの傍へ急ぐ。
「私の方には、連絡が入っていません。セチュバーですか」
ゲージを確認したトゥームが、報告の確認を取っているケータソシアに聞いた。
三郎もただごとでは無い気配を感じ取り、ケータソシアの答えを待つ。
「勇者の旗を掲げた中央王都軍が、第六要塞へ向けて全速で進軍しているとの報告が」
無理に感情を抑えたケータソシアの返答と、血相を変えたグレータエルートの副官が天幕へ入って来たのは、ほぼ同じタイミングであった。
次回投稿は5月15日(日曜日)の夜に予定しています。




