第242話 目を離した隙
三郎達が騒がしくも様々な再会を果たしていた頃、軍議の行われた大天幕の反対側へと出た勇者テルキたち中央王都の一団は、自軍の元へと歩みを進めていた。
スビルバナンは解散後の状況を最後まで見守っていた様子であったため、一団の先頭を行くテルキの隣には居なかった。シュカッハーレは、几帳面なスビルバナンのことなので、王都奪還作戦の軍から離脱して中央王都軍の指揮下に入る断りを、教会の理事にでも伝えるために残ったのだろうと考えていた。
(テスニス軍の者が近づいておったが、スビルバナン騎士団長にどのような様子であったか確認しておくべきか。だがしかし、カルモラ王が我らに背を向けたのは意外であった。あの様子では、完全に『敵』と見ておいたほうが良さそうだが。教会理事側に着いて、利するところがあるとでもいうのか。解せぬが)
テルキの斜め後方を歩きながら、シュカッハーレは軍議の場での不可解ともいえる流れの変化に考えを巡らせていた。
シュカッハーレの目線で、先だっての会議を要約するなら『王都奪還作戦の延長なので、勇者と中央王都の軍は旗印役として背後で見守っていてくれ』と言われたようなものだ。
勇者テルキは、諸王国軍のマスコットであれ。
蓋を開けてみれば、件の軍議は、その結論へ向けて進められていた様にも感じられる。
「やっぱり納得ができません」
前を向いたまま、テルキは鼻息も荒くそう言い放った。独り言として聞き流すには大きな声であったため、シュカッハーレは自分にかけられた言葉なのだろうと思い質問でかえした。
「納得がゆかないとは『何が』と尋ねてもよいですかな」
「何もかもですよ」
立ち止まったテルキが、シュカッハーレへと振りむく。勇者が足を止めたことで、勇者近衛騎士団はざっと足並みをそろえて停止した。
「勇者のオレが居て、全部の軍が、攻城兵器を持っているんですよね。通ってきた五個の要塞と壁の厚さが同じなら、オレは突き壊せる自信があります。もし足りなかったとしても、攻城兵器でオレが攻撃したところを追撃してくれれば、壁は壊せるとおもうんですよ。無謀みたいに言われて引き下がっちゃいましたけど、力があふれだしてる感じがする今なら、絶対に出来るって言い切れます。あの人たちは、勇者であるオレの力が解らないだけなんだ」
拳を握って悔しそうにするテルキを、シュカッハーレはじっと見つめる。
(グレータエルートや土族にも被害が出て、セチュバー兵の多くも戦死している。五百年前の勇者程とはいかないまでも、かなり多くの残留魔力に触れているのは確かといえるが。このところ発熱も見られない、ともなれば魔力を吸収するのも安定したと考えてよいか)
召喚された勇者は、戦場で死した者の魔力が流れ込み、その力を増大させる。
勇者召喚を担う部署において、文章などに残すことを一切許されず、一部の幹部のみが引き継ぎをうける一節だ。シュカッハーレの頭の中で、テルキの自信あふれる言葉が、あながち間違いではないのかもしれないという考えが鎌首をもたげていた。
「ふぅむ・・・」
もったいぶるような素振りで、シュカッハーレは二歩三歩とテルキを追い越して前に出る。
今は亡きセチュバーの王バドキンは、音に聞こえた騎士であった。鎧を装備したバドキンを貫通し、最高の防御力を誇る中央王都の城の壁に剣を突き立てたのは紛れもない事実だ。
その後、生真面目なスビルバナン騎士団長が訓練をつけ、テルキの剣の腕前は格段に上達していると耳にしてもいた。
(スビルバナンの言質をとっておく必要はあるが、サブローとかいう理事を出し抜く良い機会かもしれんか)
最初の勇者は、魔人族に占領された中央王都の門を一太刀で切り崩したと伝えられている。要塞の壁など、中央王都の正門に比べれば防衛魔力も強度も格段に低い。
「参謀官であるわたくしめにも、勝機が見えた気がいたしますが」
口元に歪な笑いを浮かべたシュカッハーレは、振り向くことなく答えを返した。
「じゃぁ」
「早速、作戦の立案に入るのが賢明かと考えますが」
真面目な表情に戻ったシュカッハーレは、テルキへ向き直り先へと誘うように自陣の方へ手を差し向けるのだった。
移動を再開した中央王都の一団を、二人の人影が急ぎ足で追いかけている。
「スビルバナン騎士団長、教会の理事殿とお話をされなくて良かったんですか」
前髪をおっ立てた女性が、横を歩く上官に疑問を投げかけた。手には事務用のゲージと書類の束を抱えてはいるが、彼女も訓練された騎士である為、歩く程度では支障にならない様子であった。
「勇者近衛騎士団の件を相談させてもらおうと考えていたのだが、サブロー殿の顔を見たら、些末なことと恥ずかしくなってしまってな」
「団長が恥ずかしく思う必要なんてありません。あんな騎士団を作らせたシュカッハーレこそ、中央王都の恥ですよ。美しい女性ばかり集めて、勇者様のご機嫌をとるなんて。勇者様も勇者様です」
頬を膨らませると、副官である彼女は怒りも露わに返した。
「はは、口にしずらいことも、君はハッキリと言ってしまうな」
「私は団長の副官ですから。団長が言えない文句を、言葉にするのも任務だとおもってますから」
スビルバナンは目を丸くして副官を見やったが、すぐに前を向いて「ははは」と笑うだけだった。
「美女が集められたとは聞いているが、君にも声がかかったんじゃないのか」
突然、思い出したような表情をしたスビルバナンは、副官へと微妙な質問を投げかける。
「な、なにをいって・・・一応、貴族出身っていう条件は、満たしてますけど、美人じゃないですから」
頬を赤らめた副官は、動揺を隠しきれない様子で答えた。
「そうかな?」
鈍い騎士団長は、追い打ちをかけるように聞き返す。
「そ、そうですから。もし、仮に、万が一にも美人に入るなら、この前髪のせいで弾かれたのかもしれませんけどね」
「はは、かもな。それは悪いことをしてしまったな。責任を取らんといかんな」
「せ、せき・・・」
「む?」
耳まで赤くしてうつむいた副官ではなく、前方でこちらに頭を下げている人物がいることに、スビルバナンは気が付いた。
「召喚省の者が我々を待っているとは、珍しいこともあるものだな」
「・・・召喚省ですか」
低くなったスビルバナンの声を聞き、副官の女性もすっと鋭い表情に戻る。
「勇者様の天幕の方向を、示しているようです」
「うむ」
導かれるように、スビルバナンと副官は勇者テルキの天幕へと足を向ける。
「急がれませ」
召喚省の者の横を通過する際、二人はそう声をかけられるのだった。
上質な布で作られた天幕へスビルバナンが足を踏み入れると、中央王都から派遣されている幹部らが席に着いたまま彼に注目していた。
「スビルバナン騎士団長、急ぎ軍議を開始いたしますので、こちらへ」
中央王都軍の指揮官が、空いた席へ着くようにと彼を促がす。
物々しい雰囲気に、スビルバナンは黙したまま着席した。
「これより申し上げるは、口外することを厳禁といたします。クレタリムデ十二世陛下より受けました、正規の軍事作戦であること、重々ご理解いただきますよう」
外務省から来ている者が、密やかながらに全員に届く声で申し渡す。
(国王陛下より、極秘任務を与えられた。いえ、この場におられない陛下が、作戦立案をされるとは考え難い。何らかの作戦について許可を頂いた、と考えるのが正しい解釈ね)
スビルバナンの背後に控えた副官は、勇者も同席しているのを確認した上で、自分の頭の中を整理して心の準備を整えた。
すうと息を吸い込んだシュカッハーレに、皆の視線が集まる。
「国王名代である私が、直々に命を伝える。我ら中央王都の軍は、日の落ちる時を見計らい、第六要塞の攻略を開始する」
言葉を聞いたスビルバナンは、勇者の傍を一時でも離れてしまったのを後悔することしかできなかった。
王命として裁決の下されてしまった作戦について、覆す裁量を許されているのは、この場では召喚された勇者のみなのだから。
次回投稿は5月8日(日曜日)の夜に予定しています。




