第240話 わいのわいのと困り顔
勇者テルキが、渋々といった表情をしつつも引き下がると、進行役を務めていたカルモラはここぞとばかりの勢いで軍議をまとめ上げにかかった。
まず、技研国カルバリの魔導師団とドワーフ軍の協力で、第六要塞を内蔵している洞窟の構造解析と重量積算を急ぐことが決定される。その間に、軍の再編制や協力体制についての詳細を詰める運びとなった。
最前線の防衛は、商業王国ドートの軍が担うとされた。王国の盾騎士団が存在していない今、防御の面ではドワーフ軍本隊に次いでドート軍が、装備や兵員数で全軍において高い水準であるためだ。更にカルモラ王が、人族であるセチュバー軍との戦争であるので任せてほしいと申し出たため、ドート軍が陣をかまえることとなったのだった。
幅広とはいえども、街道上に数万の軍勢がひしめき合うこととなるのだから、この時点で専門外の三郎が口を挟める余地など一片もない。
ゲージで共有されてゆく情報を眺めつつ、訳知り顔を作り見守っていたおっさんに話が振られたのは、軍議終了の直前となる場面だった。
「さてさて、慌ただしくもありましたが、方針も決定いたしました。全軍は速やかに行動に移るといたしましょう。総指揮官サブロー殿、問題なしとしてよろしいでしょうかな」
良い商談をまとめあげた商人の顔となって、カルモラが三郎に決裁を仰ぐ。
「そうですね・・・」
三郎は一呼吸置くようにして、右手で顎を撫でた。その様子に、仲間内以外の出席者から『何事かあるのだろうか』という視線が向けられる。が、当然ながらそうではなかった。
(えっと「では解散」とか俺がしめればいいのか。いや何か違う気がする。映画とかで作戦会議ってどんな風に終わってたっけか)
先日までは、ケータソシアやゴボリュゲンなどとの内々での作戦会議であったため、そこまで深くは考えておらずに賛成の意思を示していた。だがしかし、諸国の王や勇者の参加している会議で『良いと思います』だけではダメなのではと、ふと頭をよぎってしまい三郎は焦ったのだ。
「軍議の決定に従い、全軍には作戦行動を開始していただきましょう」
咄嗟に思いついたのが『閉会の言葉はカルモラに任る』という形の返答であった。
「ふむ、中央王都の方々もご協力をお願いいたしますよ。今軍議を終了といたしましょう」
カルモラは、余計な念押しをしつつ軍議の終了を告げた。
次の動きが明確となっている者達は、即座に立ち上がってその場を後にする。中央王都の軍幹部や為政者等も、不満を抱えた様子で天幕から出て行くのだった。
そんな中、ドワーフ軍のマイリュネン将軍が、硬い表情でゴボリュゲンに駆け寄り声をかけた。
「叔父上、相当怒っていたみたいだけど、よく最後まで我慢して座ってられたね。いつ怒鳴り散らすのかと思って、ひやひやしちゃったよ」
一軍の将としては、あまりにもラフな口調だ。
「怒っとりゃせん、我慢こそしていたがな。それよりもだ、将軍ともあろう者が、落ち着きない上にその口ぶりとは。またゲンコツでも食らいたいのならかまわんが」
ゴボリュゲンが右の拳に「はー」と息を吹きかけて見せる。
狼狽したマイリュネンは、必死に背筋を伸ばし将軍たる表情を作って言い直すのだった。
(おじうえ?ゴボリュゲンさんの姪っ子が将軍なのか。なら何の心配も無いか、心強いなぁ)
三郎も席から立ちつつ、左側で交わされているやり取りに耳を傾ける。ドワーフ族の声は大きいので、意識せずとも耳に入るのだが。
「サブロー理事、合流が遅くなり申し訳ありません」
左側に意識を向けていた三郎へと、右手側から声がかかる。聞き覚えのある高くも低くもないという特徴少ない声に、三郎は表情をほころばせた。
チラリと周囲へ視線を巡らせ、まだ天幕内に他国の者がいるのを確認すると、三郎は改まった口調で返した。
「合流有難く思います。カムライエ殿も、テスニス情勢をまとめられてこちらにいらしているのです。可能な限り早い合流とのお約束を守ってもらい、感謝するところです」
去り際の出席者の中には、三郎とカムライエの会話を気にする様子が見受けられたので、三郎はあえて大きな声で話した。カムライエも心得たもので、テスニス軍の敬礼をし「お言葉ありがたく」と返答した。
三郎達とカムライエは、常日頃からゲージでやり取りしており、軍議での情報共有が終わった今、特に新しく話し合わなければならない事などない。
二人は、当たり障りのない挨拶と情勢確認をしつつ、他の者が出て行くのを待つ。三郎の目の端には、何事かをこちらに伝えたげなスビルバナンの姿が最後まで残っていた。しかし、思い直したかのように踵を返し、スビルバナンも天幕を後にするのだった。
「サブローさん、あのカルモラ王を味方にしているとは、初期の段階では気付きもしませんでしたよ」
ドワーフ軍の関係者は身内なのだと察したカムライエが、軍人然とするために両肩に入っていた力を抜いて言う。
三郎の背後では、ドワーフの一団がやいのやいのと大きな声で言い合いながら、被害状況などの確認を続けている。どうやら、ドワーフ軍の参謀官もマイリュネン将軍のとばっちりで、ゴボリュゲンに叱られているのが聞こえていた。
「カルモラ王の手前、あまり広められない内容で交渉してたからさ。カムライエにも伝えておこうかとは考えたんだけど、黙っていて悪かったね」
「いえ、サブローさんが判断したのなら、私は何も問題ありませんから」
三郎の物言いだけで、勘のいいカムライエは私的な内容なのだと理解した。諸王国会議にも出席していた身なので、下手をすればエルート族絡みなのではないかとさえ、情報機関トップの彼は推測しているかもしれない。
「しっかし流石カムライエだよ、会議の中で態度を合わせてくれるのが早くて助かった」
「場慣れだけはしていますからね。もし間違えていれば、エルート族の囁きの精霊魔法で伝えていただけると思っていましたし」
三郎が素直に感心すると、カムライエは笑って答えた。短い期間ではあっても、エルート族と共に旅をしたことが、カムライエの経験となって活かされているようだった。
「ここに来てるのが、シトスとムリューじゃないのに普通にそう言えちゃうのが、やっぱり流石だよ」
再会した仲間の頼もしさに三郎も笑いがこみ上げ、にやりと口の端を上げるのだった。
「そういえば『やっぱり』と言われて、二点ほどお伝えすることがあってこの場に残ったことを思い出しました。一つは言伝のようなものなのですが」
「言伝?」
カムライエが少しばかり楽しそうな声となったので、三郎が方眉を上げて聞き返す。
「ええ。グランルート族のパリィ殿から『やっぱりパリィさんが敏腕でした』と伝えてくれと、それだけ言えばサブローさんには分かるらしいのですが」
「・・・全くわからない」
助けを求めるように、三郎は隣にいるトゥームへ視線を向ける。
「私にも、それだけじゃ何のことだか分からないわよ。彼が事あるごとに『敏腕』って付けたがるってことくらいかしら」
トームも、何のことやらと肩をすくめた。
「敏腕ですか。それでしたら、パリィ殿に囁かれるまで、背後に近づかれたことに気付けませんでした。確かに彼は敏腕なのでしょう」
思い出すようにして言ったカムライエに、三郎とトゥームが「ああ、それか」と頷いた。
「同業者として、どちらの腕が上か知らしめるみたいに言ってたからな。多分それを伝えたかったんだと思う。十中八九それだな」
パリィの性格からして、間違いないと三郎は確信して頷いた。
「ご同業でしたか。では私は、二重にしてやられたという所でしょう。背後を取られた挙句、自分の敗北をサブローさんに言伝させられたのですからね」
「って割には嬉しそうだな」
カムライエが笑っているのを見て、三郎が突っ込みを入れる。
「嬉しいですよ。一回すれ違う程度で会話しただけにもかかわらず、パリィ殿は背後にまで来て『顔を覚えたぞ』といったんです。いやー同業の者とはいえ、一発で覚えてもらえるなんて初めてですから」
笑顔で語るカムライエに、三郎は微かに首を傾げる。
(それって、パリィとしては『勝った』うちの一つに数えられるんじゃ。三つ勝ちを取りに行ったら、一つが喜ばれちゃった感じか。顔を覚えられなかったのをパリィが一番悔しがってた気がするけど、まぁお互いに満足してるならいいか)
三郎は、種族を超えた友情が生まれそうなので、そっとしておくことに決めた。
「ところで、シャポーさんはずっと座ったままですが、大丈夫でしょうか」
カムライエに告げられて、三郎とトゥームが座ったまま硬直しているシャポーに気が付いた。魔導師の少女は、肩にめいっぱい力を入れた姿勢で、真っ直ぐ正面を見つめ続けている。
「ちょっと、シャポーってば。会議は終わってるわよ」
「だ、第六要塞に続く洞窟について!・・・っ、ほわ?」
トゥームが揺さぶると、シャポーは妙な言葉を発してから正気に戻った。どうやら、ゴボリュゲンに変わって洞窟の構造説明を終えた時点から、彼女は硬直したままになっていた様子であった。
「サブローさんの周りは、相変わらずな空気感ですね」
そう口にしたカムライエの視線は、三郎の背後へと向けられていた。
ドワーフ族達と毛むくじゃらの描族が、わいのわいのと騒がしくここまでの経緯を話し合っている中に、困り顔のケータソシアが加わっているのであった。
次回投稿は4月24日(日曜日)の夜に予定しています。




