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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第238話 重要とされるもの

 三郎は、真っ直ぐ突き刺さってくるような、純粋さの込もっている勇者テルキの視線を正面から受け止めている。


(そんな悪意の無いキラキラな瞳を向けられたら、おじさんには眩しすぎるんですけども)


 内心ではふざけたことを呟きつつも、三郎は勇者君をどういさめたものかと考えを巡らせていた。


 安易に突き放してしまうのは簡単なのだが、テルキの『勇者』という立場をないがしろにするのは難しい選択だ。せっかく沈黙してくれた中央王都の者達が、好機と口をはさんでくる可能性は大いにある。


 何より勇者テルキは、これから戦線を共にする軍の総大将と呼べる立場なのだ。現状を理解しておいてもらわねばならない相手といえよう。


「二つに分かれた、と勇者殿は申されたましたが、正確には指揮系統に対して『本来の形に戻した』のですよ」


 三郎は、敵ではないですよと言わんばかりの営業スマイルを満面に浮かべ、ゆっくりとした穏やかな口調になるよう気を付けながら答えを口にした。


「本来のかたち?」


 疑問符の張り付いた表情で、テルキは首を傾げつつ聞き返す。


「そうです。勇者殿の名の下に、中央王都の軍はセチュバー討伐に向けて編成されました。一方私達は、中央王都奪還から引き続いてセチュバー軍の追撃をしている軍勢です。指揮系統が混乱せぬようにするのは大切なことですから、第六要塞を攻める前に整理したとお考えください」


 テルキが言葉を繰り返したのを良いことに、三郎は肯定の姿勢を強調するように深く頷いてから言った。


 先にテルキの指揮下となる中央王都軍について伝えたのも、分離したという印象を少しでも与えぬようにと配慮してのことだった。


「そうなんですか?」


 三郎の答えに疑いを持ちつつ、テルキはシュカッハーレに向けて正否を確認する。


「・・・はい、概ねですが」


 忌々しいと言いたげな表情を隠そうともせず、シュカッハーレは渋々答えるしかなかった。


 三郎が口にしたのは、利権などをすっきりと排除した『現状』に他ならなかったからだ。


 この場における主導権争いや、戦後における政治的な上下関係をつくるための布石など、テルキを再び立てようと説明すればどろりとした黒い物が見え隠れしてしまう可能性は大いにある。いや、カルモラや三郎が居るのだから、言葉の端をつつかれて更に面目を潰されるとさえ考えられた。


 正義感の妙に強いテルキのことだ『政治なんて考えてる場合じゃないでしょう』などとも言い出しかねない。シュカッハーレは、自身の手駒をこれ以上失わないよう立ち回ったのだった。


「シュカッハーレさんが言うんだったら、間違いないんだろうけど・・・」


 テルキは、腑に落ちない点を残しながらも、納得した様子で引き下がった。


「では議題を、第六要塞の攻略へとうつしましょう。現状報告からおねがいいたしますよ」


 ここぞとばかりにカルモラが商談を進めるかのごとく、軍議を次の段階へと進めにかかる。せっかく掴んだ主導権を誰にも渡すまいとする意気込みが、真実の耳を持たぬ者達にも明らかに聞き取れるのだった。


(っくぅ、この短時間でよくやったよな。めっちゃ頭つかったんですけど。でも安心できないな、勇者君がまた何か言い出したら、カルモラさんは絶対に俺にふってくる。百パーセント確信できる)


 三郎は嘘をつくことなく、さりとてシュカッハーレや中央王都の為政者等が、難癖を挟むことの出来ない答えを求められる場面で、ほうほうの体ながら乗り切ることに成功した。次が来ないことを祈りつつ、三郎は大きなため息をひとつはいてから、軍議に意識を戻すのだった。


 第六要塞の情報は、グレータエルートの偵察部隊が集めたものであるため、ケータソシアが報告をしていた。


 洞窟内に建設された要塞であるという人族の既知としていることから始まり、要塞内の様子をうかがい知ることの出来ない状況であること。更には洞窟の天井をはじめとした内部に、荷重を要塞へと集めている構造物が確認された話にまで進められる。


 集中荷重の構造物については、笑いを堪えすぎて頭痛のしてしまったゴボリュゲンに変わり、緊張全開のたどたどしい話し方でシャポーが説明することとなった。シャポーのガチガチで噛み噛みな説明に、ゴボリュゲンの笑いが再燃したのは言うまでもない。


「ふうむ。要塞への侵入は壁の一部を破壊すれば可能でしょうね。ですが、問題は『破壊の魔法』と数多く見つかったという『構造物』でしょうか」


 各々のゲージへと共有された洞窟の状況を確認し、カルモラが攻略の算段へと議論を移す。


「入り口より、構造物の置き換えをして行くのが妥当であると提案させていただきます。我が魔導師団が早速にでも、と申し上げたい所ではありますが、洞窟の構造計算に多少の時間をいただかねばなりません。建築魔法術式の構築もせねばなりませんので」


 技研国カルバリのオストー王が、横に座っている魔導師団の幹部と相談しつつ答えた。


「構造計算ならば、石材の扱いに慣れている我等ドワーフ族もお手伝いしましょう。加えて、精霊魔法にて洞窟を支える柱が構築できるか、地盤の状況も含めて検討させてもらいます」


 ドワーフ軍本隊の参謀官であるドンドスが、魔導師団への協力を申し出る。


「クレタスでも石材や鋼材に詳しい匠と称される方々が手伝ってくださるとは、作業も速くなりますので是非ともお願いいたします。カルバリ魔導師団も、構造物の置換を検知するトラップ魔法等、仕掛けられていないか確認する時間がつくれますから。ご協力感謝いたしましょう」


 オストーは、称賛の言葉を並べ立て、椅子から立ち上がり優雅な挨拶をドワーフ族の将軍と参謀官へ送った。


 わざとらしいくらいの優雅な所作を前に、マイリュネン将軍が『こいつ苦手だわ』といった表情で小さく舌を出していた。


 第六要塞攻略の作戦が、徐々に固まってゆく中へと、再び勇者である少年の声が割って入った。


「そんな悠長な作戦でいいんですか。洞窟はかなり長いみたいだし、一気に攻め込んで破壊の魔法とかってのも壊してしまえばいいと思います。話を聞いていれば、要塞の壁に穴をあけるのも、魔導師団やドワーフ軍の手にかかればすぐにできるんですよね」


 ばんと机を叩き、テルキが前のめりに立ち上がって言った。


 確かに、話し合いの内容では、目算して四日から五日以上かかるとされている。


「そうですね。第六要塞一つに長々と時間をかけるのは、よろしくないのは勿論ですよ。セチュバーは通常の街道以外に、ソルジや深き大森林へと向かう手立てを持っていると考えられますからね」


「じゃあ」


 無謀ともとれるテルキの発言にも、カルモラの頭の中では一理ある内容があった。第六要塞で手間取っている間に、諸王国軍サイドで知り得ていない手段を使って、逃走を許してしまうことも否定できないからだ。


「全軍を投入して、要塞を即時に制圧できるならば良い。しかしながら、攻略に時間をかけてしまった場合を想定して、全滅しない方法を優先すべきかと考えるのですよ。慎重こそが最短なり、これはドートの商人の間で言われる言葉なのですが、意を得ていると思いませんかね」


 相も変わらず笑っていない笑顔で、カルモラはテルキに返した。


「全滅しないのが大事なら、最低限の人数で部隊をつくって攻めればいいじゃないですか」


 勇者の言葉を聞いて、天幕内の空気がざわりと動く。


「ふむ。これだけ解かっている情報がありながら、その上で決死の部隊を募れと『勇者』が言うのですね」


「オレが部隊を指揮すれば、簡単に死んだりしません」


 諸国の王たちには、テルキがはっきりと言い放つ不確かすぎる自信の出所が掴めない。しかし、三郎には何となく嫌な方向で察することができていた。


(勇者君・・・主人公こじらせてんな。美女軍団を抱えてるのが、変な自信になってやしないかね。おじさん心配しちゃうなぁ)


 そろそろカルモラが話を振って来るだろうと思いつつ、三郎は心の中で深い深いため息をついた。


「総指揮官殿、勇者テルキ殿がこのように言われていますが。どうされますかね」


 その時のカルモラの表情を見て、三郎はふと引っかかりを覚えた。普段の笑わぬ笑顔の中に、呆れとも諦めともつかない瞬間的な表情が浮かんだからだ。


 それは、クレタスの人族にとって勇者の言葉が、三郎の思っていた以上に重要視されるものなのかもしれないとの考えに結び付くのだった。


次回投稿は4月10日(日曜日)の夜に予定しています。

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