第237話 舞台は用意される
流石は商業王国の国王と称賛すべきか。
三郎が机から飛び出している猫耳を興味深げに観察している間に、シュカッハーレは閉口を余儀なくされていた。
カルモラは、シュカッハーレの権限がこの軍議においてどれ程の影響を有しているのかを明確に線引し、損益の観点から第六要塞の攻略が最も優先されるべき事項であると渋々ながらも納得させてしまったのだ。
事のついでとばかりに、カルモラ自身も前線指揮官としての立場を残しているだの、諸王国軍の兵力として一番多いのはカルバリとドートの軍勢である事などを合間合間に挟んでアピールしていたのは、商売人の悪い癖としか言いようがない所ではあったが。
中央王都の為政者や軍の幹部が沈黙したのを確認すると、カルモラは一つ大きく手を打ち鳴らした。
「さて、場も温まったことですから、早速ですが第六要塞攻略の軍議に入りたいと思いますよ。さしあたって、前線への合流について、諸王国の軍勢はサブロー殿の指揮下にはいることでよろしいですかな」
普段浮かべている偽の笑顔に戻ったカルモラは、自分の左手側に席を並べている面々に向かって確認するように言う。
(温まったのか?中央王都のお歴々は、流れに置いて行かれてる勇者君以外、全員冷めた表情なんだけども。カルモラさんは、王様なだけあってメンタルえぐいんだなぁ)
手を叩く音に視線を戻しつつ、三郎はちらりと正面の席の様子を見て思うのだった。
「カルモラ王がおっしゃられるのなら、我らカルバリは首を横に振る理由がありませんね」
高価な魔導師のローブに身を包んだオストー王が、両手を広げて誰よりも先に答えを返す。カルモラは感謝の言葉を口にすると、他諸国の者達へと視線を移した。
要塞国トリアのナディルタ女王が、腕を組んで思案する様子を見せる中、先に立ち上がったカムライエがテスニスの意向を述べた。
「我々テスニスは、教会の評価理事サブロー殿からお預かりしている部隊を保有戦力としております。当然ながら、国の総意として理事殿の指揮下へ入ることに異存はございません」
カムライエは、カルモラ王へ体の正面を向けると、背筋を正して軍の敬礼を送る。
「ふむ、まあ良いでしょう」
ぴくりと眉の端を浮かせたカルモラが、値踏みするような視線をカムライエへと返した。
カムライエの言葉に、どう軍議の内容が運ばれたとしても、テスニス軍は教会評価理事の指揮下にあるのだということが暗に含まれていたからだ。いやあの軍人は、あからさまに解るような言い回しを選んだのかもしれない、とカルモラは感じ取ってすらいた。
(テスニスで起きたことの詳細な報告は受けていますが、想像以上に繋がりが強くなっていると考えておいた方がよさそうですね)
今後の参考までに、とカルモラは心の中で呟いていた。そのように考察しているところへ、凛とした女性の声が割って入る。
「トリア要塞国も、指揮下へ加わることに同意しよう。本来であれば、中央王都奪還の作戦時から加わっておかねばならなかったのだからね」
ウェーブがかった黒髪を背中へと払いながら、ナディルタはカルモラの顔を見ることも無く答えた。
「同意するというよりも『加わらせてもらえる』とお考えになられたほうがよいですよ。要塞国の名が泣くというものですからね」
嫌味たっぷりな声色で、カルモラはナディルタに返した。多くの血を流したドートと、参戦すらできていなかったトリアとの立場の違いは、軍議の場でカルモラが相手を非難する言葉を口に出来るほど明確になっている様子であった。
しかし、ナディルタ女王も、三郎に男装の麗人と思わせただけの傑物で、机に肘を乗せると威圧感のある笑いを浮かべてやり返す。
「我が軍の先頭は、私自らが剣を持ち、責任をもってつとめよう。カルモラよ、それで文句はあるまい」
「あ、姉上様。そのような危険なことを軽々しく・・・」
ナディルタの隣に座っていた優男が、びくりと身を震わせると慌てて割り込む。だが、ナディルタに一睨みされ、語尾がごにょごにょと小さくすぼんでしまうのだった。
「お前の判断が招いた結果だ。留守を預かるとは、私の判断と同義であることを努々(ゆめゆめ)忘れぬようにしておけ」
「・・・はい」
トリア要塞国サイドのやりとりを眺めていた三郎は(あれが噂の王弟閣下か)と胸中で納得していた。
ナディルタ女王の命を盾にとられ、セチュバーの要請に屈して、トリア要塞国の国境封鎖を行った弟君なのだ。ドワーフ族を無理に足止めして、協力関係にひびを入れてしまった張本人だとも聞いていた。
(かっこいい女王様の弟なだけあって、黙ってるとかなりイケメンなんだけど。中央王都国王とは違う意味で頼りない感じがするなぁ。要するに、シスコン閣下ってことだろうね。俺の手を握り潰そうとしてきた理由も、そこいらへんに一端がありそうなきがする)
当たらずとも遠からずな推理をする三郎なのであった。
「剣匠と呼ばれるその腕前を発揮していただけるのならば、文句は言いますまい。大いに期待しておりますよ」
口元の歪みを一層大きくして、カルモラはナディルタに笑顔で頷き返した。
「戦場では私に接近しすぎるなよ。敵と間違えて斬ってしまうかもしれないからな」
「気を付けておきましょう」
互いに凄味のある笑顔を交わし合い、会話は終わりだとばかりに同時に視線を外すのだった。
カルモラは軍議の流れのままに、ドワーフ族の意向を確認する。マイリュネン将軍は、仲間内で交わしていたラフな物言いとは一転、軍人の表情で「今後はゴボリュゲン軽騎兵団と行動を同じくする」と短く考えを伝えた。
「さてさて」
前置きのようにためた物言いをすると、カルモラは中央王都の者達へと顔を向ける。
そのしぐさに反応して、王国の剣のスビルバナン騎士団長がおもむろに立ち上がった。
「中央王都軍は、クレタリムデ十二世陛下の命令に次いで、召喚されし勇者テルキ殿の直轄となることを厳命されています。この場に、名代であるシュカッハーレ長官と勇者殿がおられますので、その指揮下になければならないと申し上げておきます」
「確かに、勇者テルキ殿の名の下に中央王都軍は派兵されていますからね。指揮系統としてはそうなるのでしょうが、共闘はできるのでしょう」
スビルバナンの言葉を否定することなく、カルモラは作り笑いのまま穏やかな口調で言う。
「セチュバーの反乱はクレタスの危機。戦場は共にいたします」
感情の欠片も含ませない声で、スビルバナンは受け答えをした。
「奪還作戦時には、王国の剣騎士団は理事殿並びに前線で私の指揮下にありましたが」
その返事を楽しんでいるかのように、カルモラは質問を投げた。
「王都奪還後の軍議において、カルモラ王の指揮下では戦えぬ意思を既に示しています。中央王都の軍としてお考えください」
淡々とした口調でスビルバナンは言った。
「ふむふむ、よろしい」
カルモラは、面倒な勇者とスビルバナンを遠ざける結果となり、満足げな表情でスビルバナンの申し出に許可を与えるのだった。
「軍の合流については概ねまとまりましたね。総指揮官殿におかれては問題ありませんか」
カルモラの一言によって、三郎へと視線が集まる。机上にぴょこんと出ている猫耳の主は、耳の角度だけを変えて三郎の言葉を待つのだった。
(あらま、スビルバナンさんとカルモラさんの軋轢は、かなり深くなっちゃってるのか。王国の剣はこちら側についてくれるかと思ったけど・・・いや、勇者の剣の指南役か何かだったから、結局はこうなったんだろうな)
頭の中で考えをまとめ、三郎は口を開く。
「問題ありません。先にお伝えした通り、前線のドワーフ軍とグレータエルート族へ加わっていただきますこと、重ねてお願いいたします」
落ち着いた声色となるよう気を付けて、三郎は皆をゆっくりと見回しつつ言った。
ちょうどカルモラと視線が交錯する段に、言い知れぬ威圧感を三郎は受ける。
(分かってますって、約束は守りますから。まじでグルミュリアさんが、ごねながらもオッケー出してくれて良かったわぁ。第六要塞の攻略後に二人で話ができるように取り計らう、だよな。カルモラさんが何を言うつもりなのかは知らんけど、エルート族ガチリスペクト勢だから変なことはしないだろうしね)
しかして、カルモラとの約束はここまでで終わったわけではない。
軍議を純粋な『第六要塞攻略』という方向へ進めるため、協力してもらうというのが条件なのだ。人族の政治的な問題は後に置いて、他種族との共同戦線を円滑に進めることまでもが含まれている。
(ほぼ丸投げした感じだったのに、カルモラさんは流石王様だわ。上手いこと進めちゃうもんだなぁ)
この後も頼っちゃおうかなと、不届きにも考えていた三郎の正面から、全ての流れを遮る少年の声が響いた。
「まってよ、おかしいじゃないですか。勇者がいるのに、何で軍隊が二つに分かれてるんですか。オレが先頭に立って、皆がついて来るのが当たり前なんですよね。五百年前だって、クレタスの人達が勇者に従って戦ったから、平和になったんじゃないんですか。仲間割れなんてしてる場合じゃ無いじゃないですか」
ちょくちょく引っかかる内容ではあったが、一般的には至極まっとうとされる意見を大きな声でテルキが言ったのだ。
(あれま。勇者君、思考が追いついちゃった感じか。違うんだよ、意見や成り立ちは違うけども目的を同じくする団体が、協力するための妥協点に着地したところなんだわ。なまじ『勇者』が相手なだけに、説明が難しいんですけども。カルモラさんはどう答えるんだろう)
三郎がカルモラへと視線を向けると、眼の奥までしっかり笑っている笑顔が向けられていた。笑っているとは言えども、友好的な印象ではなく、面白がっているというのに近い表情だ。
心の中で三郎が(あ、ずるい)と思ったのと同時に、カルモラが口を開いていた。
「サブロー殿、勇者テルキ殿がこのように申されておりますが。どうなされますか」
カルモラの心の声は『お前も参加しなさい』というものであり、面倒くさい少年の相手くらい引き受けろと三郎に押し付けたのだ。
(くわー、お任せコースは許してもらえないですか。そうですよね『軍議で協力する』って約束ですもんね。さぼろうとしたのがバレた感じっすかね・・・)
しんと静まる天幕の中、おっさんの力量が試される最悪の舞台が、用意されてしまったのだった。
次回投稿は4月3日(日曜日)の夜に予定しています。




