第236話 机から飛び出ている耳
「カルモラ王の言われるのも最もであるか。軍議にて虚偽ばかりを並べられては、勝てる戦も敗走することとなりましょうが。だが、我ら諸王国軍の合流を待たずしてセチュバー領へ攻め入り、あげくに、進軍を続けていたことへの弁明。カルモラ王には、問いただす必要性があることを重々ご承知願いたいのだが」
シュカッハーレは苦々しい表情をしながらも、カルモラの「嘘を言っても益がない」との発言をのみこんだ。為政者が顔を合わせている軍議の場は、公式の会議に位置付けられる。公の場で諸国の王が、明らかな嘘の報告をしたともなれば、後々面倒なことになるのはシュカッハーレも十分に理解していた。
故に、カルモラの言葉を受け入れつつも、三郎の行動を必ず追及するように釘を刺したのだった。
「無論そのつもりですよ」
カルモラは表情を少しも崩さずに即答した。
(ドートの肉蛙め、このシュカッハーレと教会の理事なんぞを天秤にかけるまねをして、自分の価値をつり上げようとでも考えているのだろうが。妙な物言いを続けるならば、中央王都国王の名代として、しかと己の立場を理解させてやることも出来るが)
胸の奥で舌を打ち鳴らしはしたが、シュカッハーレは教会理事を問い詰めると約束したカルモラに、今少しだけ任せておこうかと考える。
商業王国の王だけあって、カルモラが利益や権力に執着する思考の持ち主なのは、中央王都の為政者ならば誰もが知るところだ。そんな男が、政治的な利権の外の存在といえる教会の、しかも一理事に忖度したり便宜を図る理由があろうはずが無いのだ。
第五要塞に到達する行軍の間にも、占領下としたセチュバー領の主権を散々にちらつかせてきてもいた。勇者の下に再編された諸王国軍においても、王都奪還の功績から最上位の指揮官としての立場を約束すらしてもいるのだ。
更には、カルバリのオストー王も利権と言う意味では、シュカッハーレ側に立っていると理解している。セチュバーという土地は、魔導の研究にとって重要な資材とされる、天然エネルギー結晶の採掘場を有している。
(あの理事の急な発言に翻弄されてしまったが、私は堂々としていればよいのだったな)
シュカッハーレは渋い表情のまま、鼻から息を長くはきだして背もたれへと体重を預けるのだった。
「さて、教会評価理事であるサブロー殿にご説明を願いましょう。議題として問うならば『進軍の経緯』を包み隠さずに、とでも言えばよいでしょうか」
笑っていない笑顔の瞳で、カルモラが三郎をじっと見据えて質問した。
「そちらの件につきましては、グレータエルートの指揮官である私から報告させていただきます」
答えを返したのはケータソシアだった。
「ケータソシア指揮官殿よりご説明願えるならば、それに越したことは無いでしょう。グレータエルート族ならば、事実に基づいた報告をしてくれるのは間違いありませんからね」
別人のような表情となって、カルモラは満足そうに何度も頷いてみせる。
(ほう・・・)
グレータエルート族が、人族の軍議に率先して参加してくるとは、シュカッハーレも思っていなかった。少しばかりの驚きもあったが、興味の方がそれを上回っていた。
(虚言を嫌う種族が語るか。こういう場では、受け手がどう捉えるかが大切なのだが)
どこまで真実を語ろうとも、政治的な会議の場では『解釈』こそがものを言う。シュカッハーレは椅子から背を離し、今後に役立つ内容がどれだけ出て来るのだろうかと口の端を歪めるのだった。
「軍議ですので、端的に報告させていただきます」
そう前置きをしたケータソシアは、第一門要塞の異変にグレータエルート族が気付いた時点から、要点をかいつまんで説明する。
軍事的な情報として必要と考えられる、破壊の魔法や魔装臼砲の存在、魔力薄き谷についてやそれによってエルート族とドワーフ族の受けた被害についての報告まで、客観的な視点からの説明だ。
「第五要塞での消耗を回復するため、前線を上げて負傷者の治療を行っています。現在、偵察部隊を第六要塞の有る洞窟入口と中間点に、一部隊づつ配置しているところです」
ケータソシアは、挨拶するでもなくすっと席に腰を下ろした。求められた部分までの説明を終えたからだ。
身を乗り出すようにして聞いていたシュカッハーレは、話が進むほどに口元に浮かべていた不敵な笑みを強めていた。
「では、これらの現状をふまえ、第六要塞をどのように攻めるか。まずは、第六要塞の状況を確認しないといけませんね」
エルート族の簡潔明瞭な話を聞き、あからさまに満足感を浮かべた顔でカルモラは軍議を進めようとする。だが、シュカッハーレがそれを認めるはずもなかった。
「カルモラ王、待っていただきたいのだが。教会理事の愚かな決断により、他種族に多大な被害をもたらしたのは事実。我が軍の合流を待たなかった罪もあろうが、それ以上に功を焦ったが故の行動ともとれる蛮行。指揮権の剥奪は議論の余地もなく、セチュバー第二兵団追撃の作戦からも退いて余りあると考えられるが」
「そうですねぇ・・・」
口元だけの笑顔に戻ったカルモラが、ゆっくりとシュカッハーレへ首を回した。
「私としても、セチュバーの要塞群攻略を開始する報告が無かったのは遺憾ではありますね。グレータエルート族への合流を急ぐ理由を奪われたと言っても良いくらいです」
「確かに、そのような視点からも理事には非があると考えられましょうが」
カルモラの言葉に、シュカッハーレは深く頷いて同意を示す。しかし、それに対しての返答は、シュカッハーレの思惑とは違う方向であった。
「中央王都も含む諸王国間での協定により、魔人族の脅威に対し総指揮官へ任命したのですから、指揮権の剥奪などと安易に発するものではないのも事実なのですよ」
「なんと。ではカルモラ王は、そこな教会理事を総指揮官だと言い張るつもりか」
シュカッハーレは、三郎を指さしてカルモラ王を問い詰める。
「中央王都奪還後に、総指揮官の任を解かれたわけでもありませんからね。セチュバーの追撃作戦の前段階として、テスニスの新興勢力を武力解除させたのではなかったでしたかな。どうでしたか、ジェスーレ王の代理殿」
「はっ。我がテスニスはカルモラ王のお言葉通り、総指揮官であるサブロー殿のもと、エルート族との共闘作戦として行動しておりました。二名のグレータエルートの方々に同道していただきました」
カルモラに促され、カムライエは素早く立ち上がって発言する。
「グレータエルートの方々からは、サブロー殿の要請以外で作戦行動を供にしないと、王都奪還の前に念押しされてしまっています。要するに、テスニスでの作戦中も総指揮官であったといえなくは無いでしょうね」
カムライエの回答に付け加えて、カルモラはふむふむと頷いて言った。
「先ほどは、戦勝の宴において一区切りついた、とも申されていましたが」
シュカッハーレは、カルモラの言葉を引き合いに出し、睨みつけて返す。
「戦勝の宴の開催が決議された会議では、先にテスニスへ向かう作戦が立案されておりました。教会側からの提案によるものですが、中央王都国王クレタリムデ十二世陛下もお認めになられた正式な決定であったと、申し上げさせていただきます」
淡々とした報告口調でいうカムライエに、シュカッハーレの不機嫌な視線が向けられる。
「テスニス国王の名代ふぜいが、許しも得ずに私とカルモラ王との間に割って入るは、無礼であろうが」
「はっ。失礼をいたしました」
カムライエは即座に敬礼をして謝罪した。ジェスーレ王の代理として出席しているとはいえ、一軍人に他ならないとわきまえているのだ。
「シュカッハーレ殿も落ち着かれたほうがよろしいかと。ここはセチュバー追撃にと集った軍議の場ですからね。第六要塞の攻略について話し合うのが何よりも優先すべき課題かと思いますよ」
落ち着かせるような声色で、カルモラ王がシュカッハーレを宥める。
「どうやらカルモラ王に軍議の進行をお任せしたのは、間違いであった様子であるが。中央王都国王の名代として、進行役の任を解きましょうか。諸王国の軍勢の指揮官としても、この様ではお約束できかねますが」
ばんと机を叩き、シュカッハーレは最後通告として口にした。
だが、相手を知らないにも程があるなと、蚊帳の外で傍観していた三郎は(あちゃー)と内心で呟いていた。
「国王の名代ふぜいが、商業王国ドートの王カルモラに対して御大層な口をきくではありませんか。一つ言っておきますが、我が大切な隣人に被害が多くでたのは、貴様ら中央王都の軍が、そこの勇者近衛騎士団の宿に配慮して要塞毎に行軍を停止していたおかげではありませんか。少しばかり急いでいれば、第五要塞の激戦に我らも加われたものを」
カルモラの言う大切な隣人とは、エルート族のことをさしている。
先のケータソシアからの報告を聞いて、ドワーフ軍とグレータエルート族の被害の大半が、第五要塞での戦いによって負ったものだと知らされたのだ。ドート領内にある深き大森林を『宝箱』とのたまうカルモラとしては、後悔せずにはいられない事柄である。
「諸王国軍の上官であり名代でもある私を愚弄するとは、クレタリムデ十二世閣下を軽視されたも同然と―――」
「面白いですね。中央王都国王が決められたテスニスへの作戦をも覆す権限が、貴様に有るとでも言いたいのでしょうか。それこそ越権行為として取り上げてもよいのですよ。名代という立場であることをもっと大切にした方がよろしい。それにですが、総指揮官が合流したのですから、私の上官はそこに座っている妙な理事以外にありえないのではないでしょうか」
笑った口の形を維持したまま、眼を大きく見開いてくるカルモラ王の迫力に、シュカッハーレは圧倒される一方となっていた。
(妙な理事って、こっちを指さしてるから俺のことですよね。カルモラさん、表情めちゃくちゃ怖ええし。ってか、諸王国軍が遅れてた理由って、あの勇者君の美女騎士団を野宿させないためだったんか・・・うわぁ、騎士団の人達がめちゃくちゃ申し訳なさそうな顔してるじゃん。騎士団への配慮じゃなくて、勇者君への忖度って感じなんだろうなぁ)
カルモラがシュカッハーレを追い詰めるのを見つつ、三郎は諸王国軍の内部事情をそれとなく把握する。そして、その視線はやっとドワーフ軍本隊の面々へと向けられた。
(うおっ、獣みたいな人が机から半分顔出してる。あ、目が合った・・・引っ込んだ、けど耳だけ出てる)
外野を決め込んで天幕内を観察し始めたおっさんだが、この流れを仕掛けた張本人であることは、軍議が進むうちにわかってくることであった。
次回投稿は3月27日(日曜日)の夜に予定しています。




