第234話 商人はしたたかなりや
(天幕に入る前、わしらが話していたことを、そっくりそのまま大声で言いおったわ。ドワーフ並みの声量を出せるなんぞ、聞いておらんぞ馬鹿者め)
耳まで真っ赤になったゴボリュゲンは、気に入ってしまってるが故、人族三人の起こす行動が面白くてたまらなくなっていた。
箸が転んでもおかしい年ごろの娘のように、笑いのツボに入ったまま抜け出せなくなっている。我慢せねばならない場面だからこそ、尚更と言えるかもしれない。
しかし、何も奇妙な行動をしていないトゥームが、完全に巻き込まれる形となっているのは『ワンセット』としてカウントされているからであり、仕方のないことであった。
「ねえねえ叔父上がさ、あまりにも下らないものを見せられすぎて、すごく怒ってるみたいなんだけど」
ドワーフ軍本隊の指揮官が、隣の参謀官にぼそぼそと話しかけた。
分厚い全身鎧の上で露わとなっているその顔は、無骨な装備品とは対照的に、ぷっくりとした柔らかそうな頬に大きな丸い目が印象的な女性のものだった。
凛々しい眉やベリーショートな薄茶の髪が、中性的な雰囲気を作り上げている。だが高い声によって、女性であることを誰もが理解するであろう人物だ。
彼女が叔父上と言ったのは、当然ゴボリュゲンのことである。
「お怒りごもっとも。ドワーフ族きっての冷静さと知略を兼ね備えた私ですら、頭に来ていますから」
「いや、ドンドスはどっちかっていうと、叔父上より切れやすいから。ああ、叔父上がぶち切れる前に、この会議さっさと終わんないかな。まじで怖いんだけど」
ドンドスと呼ばれた参謀官は、頭髪を全て後ろに寝かしつけ、広いおでこを目立たせたドワーフの青年だ。ドワーフ族にしては軽装な鎧をまとい、事務用のゲージを鮮やかに使いこなしている様子は、参謀官だと紹介されれば納得しそうなものだ。が、人族基準ではかれば、十分に重装備に見えてしまうので、役職を紹介されるまで三郎が気付くことはないだろう。
「マイリュネン将軍の方こそ、どの口がおっしゃっているのか。貴女が怒った時には、その上を行くブチ切れを私がしない限り、暴走を止められないという計算に基づいた行動だと毎回申し上げているでしょう」
「はい?ドンドスが、自分の立てた作戦全部捨てて全軍を突進させようとして止めてるのアタシなんだけど。参謀官殿は、切れたら記憶も飛んじゃうんですかー」
マイリュネン指揮官が、ぼそぼそ声ながらに嫌味たっぷりの言葉を返した。
「さて、会議の流れに集中しないと」
マイリュネンの抗議をさらっと無視し、ドンドスは議場へと視線を向ける。マイリュネンの「流さないでよ。どうせアタシ達は暇なんだから相手しなさいってば」と続けた文句も、ドンドスは右手を左右に振るだけで受け流すのだった。
この二人は同年代で軍の同期、子供のころから知古としている仲だ。ラフな会話を交わしているのは、幼馴染であるからこそと言えた。
そんな軍の幹部同士のやり取りとは思えぬ会話に混ざり、ドンドスとは反対側の席からマイリュネン指揮官にひそひそ声がかけられた。
「ゴボリュゲンに追いつくまで、ずーと茶番みせられてた。今更ひとつ増えても、下らないの変わらない。モは、戦うために来た。そろそろ、帰りたくなる」
自分を『モ』と呼称した毛むくじゃらの人物は、机の高さスレスレまで下げた視線で、軍議の場をじっと観察しつつ呟いた。
白色を基調とした毛並みに、様々な濃淡をもつ灰色の毛がアクセントとなっている。頭頂部からぴょこりと出ている二つの耳は、先にかけて尖っており、柔らかな毛が先端からふわりとばらけていた。
ネコ科を想像させる顔つきから、クレタスでは描人族と呼ばれている種族の者だ。
体にぴたりとあわせた軽鎧と、手足に最低限の防具として籠手や具足を装備していた。ドワーフ族によって描人族専用にと考案された、動いても音が鳴らないように工夫された一式だ。
装備のなめらかな曲線から、モは描人族の雌であることがうかがえる。
「モの気持ちわかる。トリア要塞国と共闘関係だから、仕方なくこの場にはいるけどさ。無視して先行した叔父上の行動が、正しかったなって今更思っちゃう」
「モは、おなかもへっている」
「わかる」
描人族は、ドワーフ族ととても友好的な関係にあり、マイリュネンとモも種族を超えて親友とよべる間柄だ。互いに若い身でありながら、軍の指揮官に任命されている共通点も、二人の仲の良さにプラスに働いていた。
「ところでさ、モってば何で姿勢をそんなに低くしてんの」
隣で顔の半分だけでテーブルの上を観察している友人に、マイリュネンが尋ねた。
「大きい声、びっくりした」
「あの司祭のさっきの声ね。わかるわかる」
描人族は、トリア要塞国の北に位置する自然豊かな森に居住している。普段の生活が、人族よりも野生動物に近いため、大きな音を少しばかり苦手としているのだ。それが人の声によるものともなれば、尚更にびっくりしたことだろう。
「マイリュネンがわかるレベル、なら相当ひどい大きさだった、納得できる」
「その言い方、何だか引っかかるんだけど」
「ほめ言葉」
ジト目を送るマイリュネンに、モはくくくっと喉を鳴らせて返すのだった。
ドワーフ軍の陣営で、そのようなやり取りが行われている間も、人族の間にはひりついた空気が流れていた。
「合流を果たせていないとは、異なことを申される。仮にも戦闘が始まれば、即座に駆け付けられる距離に居る我らではあるのだが。ましてや退路確保なぞ、我が諸王国軍が敵を退ければ、必要のないことかと。難癖を申されるは、教会理事の言葉とは思えませんが」
シュカッハーレは机にどんと手をつき、三郎へ向ける目を更に細めて言った。
「傷ついた共闘相手を前に置いたまま、陣をかまえて合流したつもりだったということですね。理解いたしました」
「つもりとは、無礼であろうが」
再び机を叩いて、シュカッハーレは怒鳴るでもない声で言う。その瞳の奥は、三郎の表情の変化を見逃すまいとする、暗い光がやどっていた。
(国王の名代だとか権威を散々ちらつかせて、机を叩いて相手を威嚇して見せる。俺が少しでも怯んだ様子を見せたら、シュカッハーレさんに都合の良い流れに話をもっていこうっていう魂胆かな。居たよなぁ、怒ってるふりで自分に都合よく会議を持ってく人。逆に取れば、今は思うように進んでないってことなんだけどね)
意味のあるないに関わらず『会議』の経験だけは、クレタスの人々よりも三郎の方が多い。故に、この軍議の場を俯瞰視して受け止めることが出来ていた。
諸国の王や為政者ともなれば、数多くの会合に出席していて当然なのだが、それはあくまで『上の立場』としての参加が主となる。
三郎のように、親会社としての顔であったり、下請けとしての顔であったり、はたまた競合他社のいる商談の席であったりと、多種多様な立場での会議への参加経験については圧倒的な差があるといえた。
しいてあげるならば、商業王国の王カルモラならば三郎と近しい経験値をもってこの軍議に臨んでいるのかもしれない。
「合流しているのならば、私の指揮下に戻ってもらいます」
「は?」
突然の三郎の言葉に、流石のシュカッハーレからも唖然とした声がもれてしまった。
「再編前ですので、カルモラ王を指揮官としてカルバリ軍と王国の剣騎士団は前線に加わってもらいます。ドワーフ軍本隊は、ゴボリュゲン殿と協議し、共闘体制についてお教え願えると助かります。各軍は、エルート族とドワーフ軽騎兵団を主軸として、陣の設営をお願いします。私はグレータエルート族の指揮官用天幕に居ますので、正式な軍議はそちらで行うとしましょう。それと、新たに加わったトリア軍と中央王都軍についてですが・・・」
「なにを!待て、何なのかねその指示は。待てと言っていようが」
三郎が流暢なまでに全軍に指示をあたえるのを、慌てたシュカッハーレが止めに入る。
軍議の場は、静寂から一転してざわりざわりと騒々しさを増していった。
「総指揮官としての役割をつとめているまでですが、どうかなさいましたか」
しれっとした笑顔を浮かべて三郎が答えた。その言葉を受け、天幕内が一層ざわめく。
「総指揮官などと、何の権限を持って命令するか。勇者テルキ様率いる軍勢であることを忘れたとは言わせぬが」
両手で勢いよく机を叩くと、シュカッハーレは語気を荒げた声で三郎に言った。
「トリア要塞国の軍は別として、そちらの近衛騎士団と中央王都の軍は、私の指揮下ではありませんでしたね。領分を超えて指示をだしてしまうところでした。申し訳ありません」
教会の印を胸元で作ると、三郎は深々と頭を下げて謝罪を口にする。
「諸王国軍は、すべからく勇者様の指揮下に入り中央王都国王クレタリムデ十二世の命によりセチュバー討伐にむかうべきなのだが。中央王都奪還時の役割なぞ、すでに任を解かれて久しいと思われるが。理事殿は『総指揮官』にしがみつかれるおつもりか」
シュカッハーレは、机を叩くことも止め、三郎へと人差し指を向けて眉間に深い皺を寄せた。
「さて、私は総指揮官としての任務のまま、テスニス領における新興勢力へ相対してきました。セチュバーへ進軍する際に、背後の憂いを無くすためです。その間にグレータエルートの軍は、セチュバーの軍が再び進行して来ないか、監視の任務に当たってくれていました。消耗しているにもかかわらずにです」
三郎の話しに合わせ、ケータソシアが立ち上がって一礼すると再び席に着いた。
「同じように消耗していた諸国の軍も、補給を済ませたならば戦線に復帰するのが道理。その作戦行動の中に、我々は今もあるのですよ。魔人族が再び現れる可能性もゼロではない現状、クレタス諸王国間での協定が無効となる条件はそろっていません」
自分が総指揮官に祭り上げられた時、三郎は『自分の知らない協定のせいで任ぜられた』と恨み節よろしく強く覚えているのだ。
その上、魔人族に関する三郎の言葉も、あながち間違いとは言えない。魔人族の侵攻は無いであろうとの情報は、エルート族が捕らえたセネイアから得たものだ。
侵略者の洞窟の向こうで、方針転換でもあれば魔人族が出現しないとは言い切れない部分も残っている。
一応の保険として、シャポーの師匠であるラーネが、攻め込んでこないようにと魔人族の有力者に釘を刺してくれたようだが、魔人族にも様々な勢力があるのだから油断はできない。
限りなくゼロに近いが例外も排除できない、とケータソシアも含めた仲間全員の共有している考えだった。
だがしかし、ケータソシアにとってラーネがちゃらんぽらんすぎて、信用に欠ける人だと思っているとの裏事情があることは、当の大魔導師には伝えにくい話でもあったりする。
「確かに、協定の履行中ともなれば、協会理事殿の言葉が正しくあるのでしょう。さりとて、戦勝の宴により一区切りが成されたと考えるならば、勇者殿の軍勢であるともいえますね」
笑っていない独特な笑顔を浮かべ、ドートの王が口を開いた。それは、商談を進める商人のように、非常に穏やかな口ぶりだった。
次回投稿は3月13日(日曜日)の夜に予定しています。




