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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第233話 怒ってるわけじゃないけども

 三郎は、いかにも教会司祭といった笑顔を浮かべ優し気に一つ頷いた。


 列席する誰もが、協会の理事は勇者テルキへどのような言葉を返すのだろうかと、各々の立場にそった関心を胸に待つ。


 諸国の王等は、軍議を開始するにあたり、無駄に波風を立てるようなことは言うまいと考え、軍の長や幹部達に至っては、どう勇者を納得させる言葉選びを教会の理事がするのかと、今後の参考にさせてもらおうとすら考えていた。


 彼らは胸中に『勇者が式典用の騎士団を戦場に連れてきてしまった』という想いに近い、共通した本心を抱いているのだ。


「彼女たちは、俺の力になりたいっていう勇気ある決断をしてここにいるんですよ。誉め言葉の一つもかけてあげないつもりですか」


 ほんの束の間のことであったが、しんと静まる天幕の空気に我慢しきれず、テルキはサブローへと言葉を投げかけた。テルキの声には、騎士達が心を決める理由となった自分も、称賛されるべき素晴らしい人物なのだと認めさせたい響きがうかがえる。


 勇者本人もさることながら、騎士団を集めたとおぼしきシュカッハーレも得意満面な顔をしていた。


「そのようなことより、軍議を始めましょう」


 天幕内の時間を、文字通り完全に停止させる一言が響いた。


 出席者の誰一人、サブローが笑顔のまま発した言葉の意味を、即座に解することができなかった。三郎と並んで席に着いている者達が、あたかも当然の発言だといった様子で欠片ほどの動揺すら浮かべなかったのも、場に居合わせた者達の理解を遅らせることに一役買っていた。


 ゴボリュゲンなぞ、シャポーの謎の腹話術以後ずっと顔面をおさえたままだ。あえて変化を上げるならば、三郎の発言によって肩の震えが増した程度だろうか。


(嬢ちゃんもサブローも、鉱物に例えられる精神力をもったドワーフ族のわしを、笑いを堪える我慢の限界まで追い詰めるとは。こやつら、やりおるわ)


 ぷるぷると肩を震わせているゴボリュゲンは、心の中で『話の腰をぼっきり折りおったわい』と楽しんでさえいる。寡黙で知られるドワーフ族なので、仲間の土族でさえも笑いを必死に抑えているとは思っていなかった。


「そ、そんなこと?どういうつもりで・・・」


「どうもこうもありません。言った通りの意味ですよ」


 怪訝な表情で聞き返すテルキに、三郎ははっきりとと答える。だがその表情は、司祭然とした優しい微笑みのままだ。


「無礼であろうが。勇者テルキ様が、ご紹介くだされた騎士団に対し粗略な物言い。教会の所属といえども、許される言動ではないが」


 机を叩いたシュカッハーレが、語気を強めて三郎へ非難の声を上げた。三郎から、あまりにも予想だにしていなかった答えが返ってきたため、唖然とするのはテルキの番となっていた。


「出席されているお歴々への挨拶もなく、いち騎士団を紹介されて何を言えましょうか」


「勇者様の名の下に集った騎士団を、愚弄していると受け止められるが」


 柔和な笑顔のまま答える三郎に、シュカッハーレは立ち上がって抗議する。三郎を強く叱責する言葉ではあるが、シュカッハーレの声は決して荒げられているわけではない。彼の瞳の奥は、じっと三郎を観察し続けているようであった。


「前線より、七名もの指揮官が出席しているのです。早急に主題へと入るのが礼儀かと思います」


『びょぶっ』


 三郎の言葉に、シャポーが驚いて吹き出した妙な声が、仲間内の耳に届けられた。シャポーは、いつ何時から自分が指揮官になったのかとびっくりしてしまったのだ。


 シャポーの変な声に、ゴボリュゲンの肩がいっそう震えることになったのは言うまでもない。


「どの口が礼儀を語るか。勇者様の後見役として、見過ごすことは出来ないが」


「後見役であればなおのこと、軍議を遮らせ、ましてや前線を目前とした場での行動になりますから、配慮を促すべき立場かと」


 声のトーンが下がったシュカッハーレに、三郎は変わらぬ表情と口調で返す。


 諸国の王や軍幹部は、ひそひそと内々でやり取りを交わしつつ、場に割り込むのを控えて情勢を見極める姿勢をみせていた。三郎と軍議を交わした経験のあるカルモラ王は、品定めをするかのように鋭い視線を両者にむけるのだった。


「参謀長官として言わせてもらうが、その前線を押し上げ構築したのは理事殿の判断であったはずだが。勝手極まる作戦を進め、あまつさえ配慮せよと命令されるとは驚きに耐え難いのだが」


「参謀長殿であればなおのこと、最善の策を講じられることが肝要かと。軍議を進めようではありませんか」


 さらに低くなったシュカッハーレの声に、三郎はにこりと笑って答えた。


 当の本人である勇者テルキは、笑顔絶やさぬ三郎の態度に翻弄されており、会話の流れを全くつかめずにいる。


「中央王都国王の名代である私を軽視されているように思われるが。教会理事殿の発言として記録し、中央王都にて審判にかけることもできるのですが。いかがなものか」


 三郎へ見下した視線を向け、シュカッハーレが最後通告を言い渡すように指さした。それでも、三郎の態度を変化させることはかなわなかった。


「教会評価理事とは、教会に苦言を呈する役目も負っています。故に、国政を監視するという教会の特性上、国政に対しても苦言を呈する覚悟をもって、お役を拝命しているつもりです。お相手の顔色をうかがっていては、務められぬ重責と最近は考えているところです」


 考えるようになったと口にしているが、覚悟したのはシュカッハーレと会ってからですけどねと、三郎は心の中で舌を出していた。


 シュカッハーレも為政者の一人として、教会と国政の関係性は十分に理解している。教会の高司祭ともなれば、諸国の王と同等の発言力を持つほどだ。


 教会評価理事などというぱっと出の役職とはいえ、三郎という男が高司祭のみが出席するコムリットロアに席を並べていたという情報も耳に届いていた。


(別大陸からの漂流者で、言葉を覚えて間もないとの情報を得てはいたが、存外に口の達者な男だったか。最初に会った印象とは別人のようだが、話につきあってやる義理もないか)


 シュカッハーレは、簡単に丸め込める人物のようだとの印象を捨て、三郎との問答を切り上げる方向へ考えを改める。


「軍議が開始できぬのは、現状で理事殿の長話しとなっているが。進めよと申されるならば、今すぐ始めようではないか。勇者テルキ様も、ご着座を」


 振り返ったシュカッハーレが、唖然としているテルキに座るよう促す。テルキは「え、でもさ」とシュカッハーレに食い下がろうとした。


 その時、三郎の張った声がシュカッハーレの後頭部を打つように、天幕の中をびりりと揺らせた。


「前線にも合流を果たせていない軍勢が、軍議を主導するとは何事か。陣を敷くのみならず、その退路までをも塞いでいる。現状の説明をするのが最優先事項でしょう」


 突然の大きな声に、シュカッハーレは驚いて向き直る。諸王国軍として参加している者達も、目を見開いて三郎へと顔を向けた。


(うわぁ、思った以上に声が響きましたわぁ。怒る時に怒鳴ってみて、自分が一番びっくりしちゃうアレですわぁ。怒ってるわけじゃないけども)


 しかして、発した当のおじさん自体が、一番びっくりしている始末となっていた。ゴボリュゲンは、いよいよ酸欠状態へと足を踏み入れるのだった。

次回投稿は3月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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