第230話 酷評されるあの男
勇者召喚省長官シュカッハーレは、自分の投げかけた『現状の説明』について教会の理事である三郎が、即答してこない様子を見て満足していた。
(セチュバーの占領下から中央王都を解放した指揮官だと聞いていたが、あんがい容易く扱える人物のようだが。正確な戦況報告を怠っていたのは明々白々、ともなれば教会の評価理事であろうとも、指揮官として『不適格』であると断じる材料はいくらでもだせるか。この男を表舞台からおろし、勇者テルキを全軍の指揮官に据えれば万事憂いは無くなるが。とはいえ、油断することは詰めを甘くする。気を付けねばならんか)
心の奥でほくそ笑むシュカッハーレだが、表情には一切出さずに三郎の返答を待った。
「・・・諸王国軍参謀長殿のお立場として、ドワーフ軍並びにグレータエルート軍の被害状況をお伝えしていなかったのは事実ですので、遺憾であったことでしょう。大変申し訳なく思っております」
三郎は営業スマイルから一転、真剣な面持ちになると、言葉と共に深く頭を下げた。
三郎がすぐさま返事を出来なかったのは、犠牲となったドワーフやエルートの兵士達を思えばこそであり、決して後ろめたい気持ちからではなかった。だが、シュカッハーレは三郎の作ってしまった『間』を、言い訳を考えるがゆえに停止したのだと認識していたのだ。
「謝罪を聞きたいのではないのだが。この場で参謀長である私に釈明ができないのであれば、後の全軍による軍議にて正すことになるが、覚悟の上と判断するのだが」
口の端をほんのわずかに上げ、シュカッハーレが言う。三郎に対して『御しやすい相手』との評価をつけたのだ。
「ご説明させていただくのは、正式な場ですべきかと存じます。内々におさめていただくご配慮で、先んじて来ていただいたものと勝手な推察をするところですが、ご迷惑をおかけするわけにもゆきませんので」
頭を下げたままの姿勢で、三郎は答える。
「なれば、中央王都国王の名代として問うが、セチュバー領への軍事行動について、独断により進軍を開始したと関係各所から報告が上がっているが。我が言葉を国王の言葉として、お答え願おうか」
「グレータエルートの軍勢へ私が合流し、後に進軍を開始したのは事実です」
ふむりと唸って、シュカッハーレは口元を拭う仕草を見せた。
(功を焦った結果、他種族に犠牲を強いたとも糾弾できるが。何より、軍が反乱を起こしたとはいえ、セチュバー領はクレタスの一部。中央王都国王に許可も求めず『他種族の軍勢』を使い、クレタスの領土に『侵攻』をしたともいえるのだが。戦争終結後にその方向へ持って行き、消えてもらうのも悪くないか。だが、この男は愚かなのか。独断専行したと認めるとは)
三郎はとつとつと真実を述べているだけなのだが、シュカッハーレの頭の中では足元をすくう算段が積み上がってゆく。シュカッハーレが口元を押さえたのは、笑いそうになる頬を強引に抑えんがためだった。
「最後に、諸王国軍は勇者テルキ様を指令官として、クレタス全土から『新しく』編成された軍であると理解しておくよう。中央王都奪還時とは異なる情勢下にて組まれた軍組織でり、中央王都国王より反乱鎮圧を拝命した正規の軍であると伝えおく」
表情の緩みをおさえこんだシュカッハーレは、威圧的な口調で三郎含めその場に居合わせた者全員に命令するかのように言い放った。
「クレタス諸王国軍編成の際には、私はテスニス領がキャスール地方に向かっており、軍の解散も再編も承認する立場にはありませんでしたので」
三郎は、下げていた頭をさらに垂れるのだった。
険しい表情を終始作っていたシュカッハーレが、不意に口元を隠すことなく不気味な笑顔を浮かべる。そして、トゥームへと視線を移すと、指さして何度か頷いて見せた。
「勇者テルキ様の後見役として聞いておくが、従者となるのを断った修道騎士というのは君か。戦勝の宴の席であったと報告を受けているが」
「・・・成り行き上、お断りする形となりました」
トゥームは不愉快さを覚えつつも、必死に押しとどめて短く答えた。
そんなトゥームの顔を、シュカッハーレは粘りつくような視線で熟視する。
「後悔することがあれば『わたしが』口利き役となってやらんでもないが。いつでも相談に来るといい」
下卑た笑いとともに言い残すと、シュカッハーレは馬車に乗り込み、諸王国軍の元へと戻ってゆく。
残された三つの人影だけが、動くこともなく馬車と護衛の後ろ姿を見送るのだった。
「うわっ。なによ最後のあれ。後見役があんなのだから、勇者の言動がおかしくなってるんじゃないのかしら」
ぞわりと身震いを覚えたトゥームが、自身を抱きしめるようにして言った。
「発する言葉の全てが権力欲に満ちあふれ、明確な敵意や害意がある分けでもないのに、純粋に『貶めよう』という意思だけが働いていました。聴いているだけで気分が悪くなったのは初めてです」
疲れ切った表情で、ケータソシアは大きなため息をはいた。
頭を下げたままの姿勢で固まっていた三郎が、二人の言葉を聞いてゆっくりと顔を上げる。
「真実の耳をもつエルート族が居てもお構いなしって感じか。支配欲とか権力欲の塊みたいな人だな」
と言って、三郎もこれから何度顔を合わせることになるだろうかと、気分を重くするのだった。
「権力欲というものは、持てば持つほど大きくなると、魔導心理学の世界でも言われているのですよ。稀にですが、突然悟りを開いてしまったかのように、権力をあっさりと捨ててしまう人もいるようなのですけれど」
三郎の陰に隠れていた四人目が、ぴょこりと顔を出すとシュカッハーレの去って行った方向を確認して言った。
「シャポーずるいわ。途中から完全に隠れて気配を消してたでしょ」
身震いおさまらぬトゥームが、シャポーを恨めしそうに見る。
「えへへー、シャポーは小柄なので、サブローさまの後ろにすっぽりなのですよ」
「ぱぱぱっぱ~」
嬉しそうに笑うシャポーの背後から、更に小さいほのかがぴょこりと顔を出して真似をする。トゥームは不満を口にするのを諦めて、肩をすくめるのだった。
「隠れて正解だと思います。私のことも相当見ていましたし、シャポーちゃんは可愛いらしいのでいっぱい見られてしまい危険だったかもしれません」
ケータソシアは、いたって真剣な顔で言う。エルート族の彼女のことだから、ふざけているわけではないのだろうなと三郎は考えていた。
女性三人と精霊一人は、権力欲などなどにまみれたシュカッハーレについて、これでもかと酷評するのだった。
「ときにサブローさん、面白い返答をしていましたね。ご本心のようでしたが、全面的にあの男とやり合うおつもりなのですか」
思い出したように、ケータソシアが三郎に質問を投げた。
トゥームとシャポーは、何のことだと言った風で、三郎の答えを待つ。
「うーん、平和的にやり過ごしたいんだけど、あそこまであからさまに『任せてはダメな人』だって思わされるとね。しょうがないのかなぁって」
おもむろに髪をかき上げると、三郎はくるりと後ろを向いて前線基地へと歩き始める。
「ケータソシアさん、面白い返事って」
三郎の背を追いかけるように歩き出しつつ、トゥームが聞いた。
「サブローさんは、事実のみを答えつつ『中央王都奪還作戦の時の軍を、解散したと承認してはいない』と、あの男にお答えになっていたので」
「「ああー」」
「ずっと頭を下げて見せていたので、あの男は『勘違い』をして帰って行ったのでしょうね」
ふふっと笑うケータソシアは、シュカッハーレの名を絶対に口にしないと決めたようで、常にあの男と呼ぶようになっていた。
「しっかし、中央王都国王の名代に諸王国軍参謀長に勇者の後見役・・・っていう、召喚省の長官ね。肩書き大好きおじさんって感じだよなぁ~」
三郎はポツリと呟く。自分が、肩書きいっぱいおじさんになっていることも忘れて。
(っていうか、長官さんの名前けっきょく何だった。ケータソシアさんは言いたくなさそうだから、トゥームかシャポーに後で聞いておかないとだめだな)
この時の三郎達はまだ知らない、シュカッハーレ・オルホーソとの邂逅以上に面倒くさい再会が待ち構えていることを。
次回投稿は2月13日(日曜日)の夜に予定しています。




