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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
231/312

第229話 やっぱり名前が覚えられない

 負傷兵の治療用として設置されている前線基地は、日が昇る時間には慌ただしさを取り戻していた。


 明け番として働いていたグレータエルート達から引き継ぎ、負傷者らの手当てに取り掛かるのだ。周辺警戒は、主としてドワーフ族が担っており、彼らも同様のシフトで交代しているようであった。


 トゥームやシャポーも、朝食を早々に済ませると、修道騎士団から引き継ぎを受ける。当然、三郎の姿もそこにあり、左右の肩と手には多量の薬や治療布などを持たされていた。


 三人が本日最初に訪れているテントの中には、数名のエルート族が横たわっているのだった。


「容体の急変する者はいませんでした。皆、回復傾向に入ったおかげで十分な睡眠がとれている様子です。夜番も明け番の我らも、負担が減ったので助かりました。我々もこの状態であれば、いつ戦闘が始まっても即応できるくらいですよ」


 引継ぎを終えた修道騎士は、そう言い残すと三郎に恭しく騎士の礼を送って立ち去る。荷物が多く教会の印を切れない三郎は、笑顔で会釈を返すので精一杯だった。


「いつにも増して丁寧な敬礼だったけど、体力が十分残ってますので安心してくださいって感じで、騎士の礼をしてくれたのかね」


 手荷物をそっと降ろしつつ、修道騎士の挨拶について三郎が何気なく口にした。


 素人である三郎の目で見ても、修道騎士団は常日頃から『騎士の中の騎士』と呼ばれるにふさわしい立ち居振る舞いをしている。役目を交代する三郎等を気遣ったうえで、何かの際には気兼ねすることなく声を掛けられるよう、配慮してくれたのではないかと三郎は思ったのだ。


「なにを言っているのよ」


 横たわるグレータエルートの青年の治療布を、新しい布と交換するため袖をまくって準備をしていたトゥームの手が止まる。そして、呆れた表情を浮かべて三郎を見上げた。


「彼の騎士の礼には、アナタに対する感謝と深い敬意が込められていたの。皆の負担が減っているのも、負傷者の傷が順調に回復しているのも、サブローの一言から始まったことでしょう。相手の『礼』にどんな気持ちが込められているのか、推し量るというのも理事の務めなのじゃないかしら」


 トゥームは小さくため息をつくと「謙虚すぎるのよ、サブローは」と呟いて、再び手を動かしはじめるのだった。


「と言われてもねぇ。実際に頑張ったのは周りの仲間たちで、俺は提案しただけにすぎないからなぁ。今だって荷物運び程度しか役に立ててないし」


 荷物の中から必要な物を取り出し、三郎はシャポーとトゥームの横へと並べて行く。散々繰り返していた作業なので、三郎の体は自然と動くようになっていた。


「エルートには『決断は始まり、英断は結果』という言葉があります。エルートの守護者たる理事殿の言葉が無ければ、現状はあり得なかった。その点は英断として語り継がれるのだと、心に留めおかれたほうが良いかと。少なくとも、この場にいる者からは『その御方』として接せられるのだと理解していてください」


 半身を起こしたエルート族の青年が、三郎へ穏やかな表情を向けて言った。三郎は、自分が考えている以上に持ち上げられているような気がしてしまい、照れも含む複雑な表情で返すのだった。


「怪我人にまで気を使わせるなんてね。得意気に威張られるよりは良いのだけれど、困ったものだわ」


 トゥームは、再び身を横たえる青年を介助しながら、肩をすくめて見せる。


「そういえば、人族には嘘をつくほかに『図に乗る』という習性もあると聞きましたが、理事殿の声の響きからは、想像もできません」


 青年は軽く笑って言う。トゥームは「自分の立ち位置が、いまだに理解できていないだけじゃないかしら」と、三郎へちらりと視線をよこしてから答え返した。


 三郎が「おっしゃる通りです」とぼやきつつ、心の中で(自分の位置を理解してません『迷い人』なだけにね!上手い!)と一人ボケをかますのだった。


「魔導師の世界では、謙虚さは新たな学びに繋がってゆくと考えられているのです。逆に、不遜さを持つ者は、知の前進を阻害してしまうともいわれるのですよ。サブローさまの謙虚さはシャポーも見習いたいと思うところなのです」


 薬の効果を高める術式を右手の平で発動しているシャポーが、左拳を握りしめて力説する。


「シャポーこそ、もう少し自分に自信を持ってもいいと思うわよ」


「そのようですね。騎士殿は、妙なご苦労されているようで・・・」


 トゥームの諦の音が染みわたった声を聞き、エルートの青年は同情の相槌をうつ。シャポー大先生は、薬効を極限にまで高めてみせながら「精進あるのみなのです」と、ちんぷんかんぷんな意気込みを返すのだった。


***


 昼も近くなる頃、クレタス諸王国軍の到着を告げるドワーフ兵の野太い声が、陣営内に響いた。


 人手不足もあることから、出迎えはケータソシアと三郎達が行う手筈となっている。ゴボリュゲンなぞ「のんびり屋にかまっとる暇は無い」と言い、役目を早々に辞退してしまっていた。


 三郎が「面倒だからケータソシアさんと私に押し付ける気ですよね」と皮肉れば、ゴボリュゲンは「わかって来たじゃないか、サブロー。がっはっはっ」と大笑いして三郎の背をバンバン叩く始末だった。


 そんなやり取りを三郎が思い出していると、一台の馬車が先んじて近付いてきていた。周りには中央王都の兵士が馬を駆り付き従っている。


 中央王都の軍旗をかかげる馬車は、一見すると何の変哲もない軍用の馬車に見える。だがほど近くなると、幌の側面に軍の物ではない法陣をあしらったシンボルが、大きく刺繍されているのがわかった。


 三郎達の前で馬車は停車し、役人風の男が一人だけ降りてくると、紙を懐から取り出して仰々しく広げる。


「中央王都国王名代および、諸王国軍の旗印たる勇者様後見役であらせられる、勇者召喚省のシュカッハーレ・オルホーソ長官である。その言葉は中央王都国王のお言葉であり、諸王国軍参謀長として全軍に対するあらゆる命令権を有すると、重々ご理解されたし」


 読み上げた役人が、かしこまった様子でさっと馬車の横へ移動すると、車内から護衛の兵士に続いて戦場に似つかわしくない為政者然とした服装の男が降り立った。


 先に紹介のあったシュカッハーレ・オルホーソ長官というのが、この人物なのだと誰でも理解できる登場の仕方だなと、三郎は心の奥で感想を述べていた。


「出迎えが少ないが」


 三郎達を一瞥したシュカッハーレ長官は、鼻を鳴らすように言い放つ。


 丸い輪郭の顔なのだが、ほほ肉が下がって角ばった印象を受ける男だ。開かれた鋭い眼は細く切れ長で、横に大きな口は薄い唇が誇張してより横長に見えた。


 戦場用と思われる金属製の帽子のつばにも、馬車の幌とおなじ法陣を模したシンボルが大きく描かれている。勇者召喚省なだけに、召喚の魔法陣をデフォルメ化した省紋なのだろう。


 三郎は目の端で、そんなシュカッハーレの言葉に対してケータソシアの肩がぴくりと反応したのを察知し、仲間の誰よりも先に口を開いた。


「教会より評価理事を仰せつかっておりますサブローと申します。長官殿におかれましては、前線基地にて人手が不足している状況、ご理解賜りたいと存じ上げます」


 営業スマイルも満面に、教会の印を胸元で作った三郎は一歩前に出てシュカッハーレ長官にやんわりと言う。だが、声や表情とは裏腹に、その心中は穏やかではなかった。


(出迎えとか何様だ。慌ただしい最前線の現場をお客様気分で視察に来た政治家じゃあるまいし、登場シーンも最悪なら人となりも最悪ってか。まぁ、時々一般企業でもいたんだよな、トップの代理人だとかって皮をかぶって偉そうな態度とってくる人。あの類かよ、めんどくせぇ)


 三郎の心底の響きを聞き取ったケータソシアは、その横顔を確認すると留飲を下げたように殺気立つ気配をおさえるのだった。


『皆さん、この男ですが、サブローさんを品定めするために、あえて諸王国軍よりも先に来たようです。護衛の腕も確かなのでしょうが、出迎えを「少ない」と言い表した際に、僅かな安堵が込もっていました。多くを占める感情は、虚勢といったところでしょうか』


 ケータソシアは精霊魔法を使い、三郎とトゥームとシャポーにだけ聞こえる声で、男について分析したことを伝えた。


 彼女の言葉通り、シュカッハーレは細く鋭い眼で三郎をじっくり値踏みすると、おもむろに口を開いた。


「人手不足などという報告は聞いていないが、説明を求めてもかまわないかな。一つ気付いたことを伝えておくが、ここに来るまでの各要塞で、土族軍とエルート軍の被害が妙に多いと思ってはいたのだよ。そこも含めて願いたいものだが。漂流者の理事とやら」


 細い目がさらにすっと細められる。


『・・・サブローさん、気を付けてください。あなたを貶めようとする響きが、気分が悪くなる程ふくまれて聞こえてきます。我々エルート族が居ようがいまいが、関係ないとすら考えているようです』


 ケータソシアの警戒する声が三人の耳に届けられた。


(うわぁ、胃を痛くさせてくるおじさんの登場かぁ。ってか、名前一回聞いただけじゃ覚えられなかったんだけども。シュカ・・・なんちゃらホーソーンだっけか。違うそれは小説家の名前だぁ。あーだめだ、誰かがぽろっと言うか、教えてもらうかするまで『長官殿』で誤魔化しきれるのかしら、おれぇ)


 名前を覚えられなかったことで、二重に胃の痛くなる思いをするおっさんなのであった。

次回投稿は2月6日(日曜日)の夜に予定しています。

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