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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第226話 ごめんなさいの気持ち

 一夜明けた朝、トゥームの不機嫌な視線が三郎を射貫いている。


 彼らは、朝も早くから三人並んで、とある場所へと向かっていた。パリィの出発を見送る為、グランルート族の部隊の所へと歩いているのだ。


 出発を見届けた後、ケータソシアの天幕に集合し、第六要塞の偵察部隊からもたらされた情報について軍議を行う予定となっていた。


「ほんとうに申し訳ありません」


 三郎は、同じ言葉を繰り返して、トゥームへと平謝りを続けていた。


「バジェンさん達と会えて、シトスやムリューの事で安心したのはわかるのだけれど。あそこまでイビキをかけるものなのかしらね。もし、敵が近付いてきていたら、足音すら聞こえやしないわ」


 寝不足ぎみな目をこすり、トゥームは皮肉を込めていう。


 トゥームならば、三郎がイビキをかいた程度で、敵の接近を許すことはないだろう。


 その上、三郎が過度な緊張状態で眠れていないのではないかと心配すらしていたので、トゥームは複雑な思いはすれども多少の安堵の気持ちを覚えてもいた。


「むむぅ、そんなに凄かったのですか。シャポーは全然気づかなかったのです」


「シャポーも安心しすぎ」


「えへへ~。美味しいゴハンをたくさん食べられたので、ぐっすり眠ってしまったのかもですね」


 シャポーの言うとおり、グランルート族の用意してくれた夕食は、連戦で疲弊していた軍全体をほっとさせる力をもっていた。


 前線である緊張感はそのままなのだが、明らかに昨日よりも兵達の士気が上がっているのが見てとれる。


しょくってのは大切なもんだって、改めて感じさせられるな。まぁ、いきるみなもとなんだから、当然っちゃ当然か)


 陣営内の雰囲気に目を向けつつ、三郎は夜の涼しさの残る空気を胸に大きく吸い込む。


 兵装の確認をしている者や、包帯の取れていない戦士が、体の具合を確かめるように剣を振るっている姿がある。


 体内エネルギーの流れが整えられたことで、傷の回復が早まり動けるようになる者が出始めているのだ。


 昨夜の時点で、治癒魔法の効果が正常に働いていると聞かされていた三郎は、光景を前に(体内エネルギーってのは、本当に重要なんだなぁ)と感心させられていた。


「・・・まぁ、安心できたならいいけどね」


 そんな三郎の横顔へ向けて、トゥームはぽつりと呟く。


「ん、なに。今何か言わなかった」


「言ってないわよ」


 振り返った三郎に、トゥームは半笑いの表情で答えるのだった。


 グランルート補給部隊は、パリィの指揮下で野営の荷物をてきぱきと馬車に収納していた。


「やっぱり、敏腕補給部隊長ともなれば、出発もスムーズに進んじゃうな~」


 三郎達に気が付いたパリィが、数名のグランルート族に指示を出して駆け寄ってきた。


「もう準備は整っちゃってるのですね。厨房みたいになっていたのが、跡形もないのですよ」


「グランルート族の腕にかかれば、ちょちょちょいですって」


 鼻を指でこすり、得意気な顔でシャポーに返した。


「手伝いでもあればと思ってきたけど、ちょっと遅かったかな」


「いえいえ『ここ』で載せるのは、ほとんどありませんし」


 一転して、寂しげな笑顔となり答えたパリィに、三郎は『帰りに運ぶもの』についてはっと気が付いた。


「どんな言葉が適しているのか・・・申し訳ない。皆を『故郷の地』まで送り届ける役目、お願いします」


 人族としてなのか教会の理事としてなのか、三郎の心の中からは謝罪の言葉しかでてこなかった。


 補給部隊は、第五要塞で待っている仲間の遺体を、ピアラタまで運ばねばならないのだ。


「その気持ちだけで十分ですよ。ハイエルダーも伝えているって聞いてますけど、やっぱり、既に『我々』の戦いとなっているので、三郎さんが一人で責任をしょい込まなくても良いって感じですから」


 声の響きから、三郎の心底を聴き取ったパリィは、真面目な口調で言って三郎の肩をぽんとたたいた。


「それでは、急ぎますって感じで。パリィが行っちゃうと、やっぱり寂しくなると思いますけど、三郎さん達に多くの稔りがありますようにってことで」


 明るい声に切り替えて、パリィは帽子を軽く上げると別れの挨拶を送った。


「寂しくなるわ。道中、十分に気を付けてね」


 トゥームは騎士の礼を返して、旅の安全を祈る。


 にかっと笑ったパリィは、手を振りながら「美人さんに寂しくなるとか言われちゃうもんなぁ」とか言いつつ、駆け足で補給部隊へともどるのだった。


「気を付けてな!」


「ですですよ~!」


 三郎とシャポーの声をかき消す音を上げ、一陣の風のように補給部隊は前線基地を後にした。


***


 指揮官用の天幕に集まった面々は、第六要塞を偵察していた部隊から入った情報に、真剣な様子で耳を傾けていた。


 なんでも第六要塞は、洞窟の天井まで届く建造物であり、隙間の類は一切見られないと言う。巧みなカモフラージュが施されているのか、入り口の一つもない『壁』になっているとの報告だったのだ。


「打ち破る門がないのなら、壁を破壊すればよいだけだわい」


 ゴボリュゲンが、答えは簡単とばかりに言ってのける。


「我々の進行を阻止するため、新たな壁を構築したのでしょうか」


「可能性はあります。しかし、情報に間違いが無いのでしたら、壁は第六要塞のあるべき位置に存在していることになります」


 ケータソシアの疑問に、カーリアはゲージを素早く操作すると、皆に内容を見せた。


 ゲージ上には、洞窟の構造と偵察部隊の送ってきた座標が図に起こされており、第六要塞と『壁』の位置がぴたりと重なっていることが表示されていた。


 三次元的に図が回転しても、二つの位置関係はずれることはない。


(すっげぇ、ゲージってそんな事もできるのか。計算ってどこでやってんだろう。ってか、アプリみたいのがあるのかな)


 関係のない所に感動する三郎を残して、話し合いは続く。


「洞窟内の測量は、三種の計測方法で行っていますので、間違いはないでしょう」


「ならば、門や窓の類を全て閉鎖した、と考えるのが妥当でしょう。魔法によるカモフラージュを、精霊魔法では感知できなかったのですよね」


 三本の指を立てて言うケータソシアに、カーリアは質問で返した。


「シャポーさんは、どう思われますか」


 専門家の意見を求めるように、ケータソシアはシャポーに尋ねた。


「憶測での判断は危険なのですが、魔導は対精霊魔法用に研究されている実績はないのです。あくまで、魔人族との戦闘や、魔導の純粋な追求として発展してきているので『精霊をあざむけるとは考えにくい』というのがシャポーの出せる現段階の答えなのですよ。現地で確認してみないと正確に解析できないのです」


「幻術の可能性は低いが、実物の躯体くたいかどうかは確認しないと分からんということか」


 ゴボリュゲンの言葉に、シャポーが「ですです」と相槌をうつ。


「要塞について、偵察部隊で調べられることは無いと判断してよさそうですね。安全な距離まで退かせ、敵の動きを警戒するよう指示をだします」


 腕を組んで考えを巡らせた後、ケータソシアは偵察部隊の今後の作戦行動を皆に確認した。


「シャポーが偵察部隊さんに合流してですね、お調べするというのもありだとおもうのですが」


「現時点で勇み立って調べたところで、我々には攻める戦力がない。復帰できる兵の数を考慮しても、不足に変わりわないからのう。のろまな諸国軍とやらを待つしかないのは、歯がゆいがの」


 シャポーの勇気ある申し出を、ゴボリュゲンがやんわりと制止する。


 第六要塞が、壁と化しているのか、はたまた幻術によるカモフラージュなのかが判明したところで、攻め手がいないのであればどうしようもないのだ。諸王国軍が合流する前に、偵察をしておくというのも策として浮かびはするのだが、負傷兵の治療が現在において優先される事項なのであった。


 薬効をぐんと高めるシャポーの術式は、重症の者にとって貴重な治療の一つとなっている。彼女が偵察に出てしまえばそれが失われるのだ。


 より端的に表せば、軍としてのリソースが『足りていない』の一言に尽きる。


(クレタスの諸王国軍は、第四要塞を出発したとか報告があった。明日には到着するだろうし、技研国カルバリの魔導師団がいるんだから、無理せず任せたほうがいいと思うしな。セチュバー側を下手に刺激して、打って出て来られても迎え撃つ戦力がないみたいだし)


 三郎が、頭の中で自分の考えを整理していると、複数の視線が自分へと向けられていることに気付いた。天幕の中はしんと静まり返っている。


「サブローが奇抜な作戦でも思いつかん限り、現状維持だのう」


 物思いにふける三郎の姿に、奥の手でも考えているのではないかという期待が、微かに膨らんでしまった様子だった。


 ごめんなさいの気持ちを込めて、三郎は口を開いた。


「・・・えっと。それで良いかと思います」


「そ、そんな、勝手に期待感を持ったのは私です。サブローさんが謝られることはありませんから」


 ごめんなさいを聴き取ったケータソシアが、慌てた様子でフォローを入れてくれるのだった。

次回投稿は1月16日(日曜日)の夜に予定しています。

本年も頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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