第225話 心強い増援
「なんとなんとも、情報通なパリィさんの同業者みたいな人がお仲間になっていたってことでしたか。やっぱり、納得の人心掌握術と言いますか、サブローさんは毎回耳を疑わさせてくれるってもんですよ。しっかし、このパリィが顔を忘れるとは・・・」
腕を組んで歩くパリィは、言葉の内容とは違って少しばかり悔しさを滲ませた表情を浮かべている。顔を思い出せないというのが、パリィにとってさぞかし屈辱的だったのだろう。
テント設営に一区切りをつけた三郎達は、夕食の準備が行われている場所へと歩いていた。向かう先には、先ごろ到着したばかりの補給部隊の姿がある。
荷下ろしを終えたグランルート族が、疲弊している軍にかわって食事の準備を買って出てくれたのだ。
「カムライエ自身は、悩みの種だっていってたけどな。魔法とか使って分かりにくくしてるんじゃなく、本当に体質なんだってさ。日常で待ち合わせする時も、困っちゃうみたいに言ってたぞ」
三郎は半笑いで、フォローともつかない返事をした。
「やっぱり、これはリベンジせねばパリィさんも納まりが悪いってところで、帰りに会うことがあれば、バッチリ覚えてやろうってもんですよ。ついでに、ちょっとした悪戯でも、仕込んであげた方が面白いってもんですかね」
良いことを思いついたとばかりに、パリィはにっこりと笑って三人を振り返った。
「彼はかなり真面目な性格だから、あまりからかわない方がいいわよ」
「お堅い軍人さんなら、やっぱりなおさら面白ってことで、成果については後日ご連絡入れますからお楽しみにって感じで」
トゥームの警告を聞いたことで、俄然やる気を増してしまったパリィは、あれやこれやと思いつく悪戯を指折り数えはじめる。
互いの実力を把握する良い機会になるかもしれないと考えることにして、トゥームは説得をあきらめるのだった。
そんな会話を交わす彼らの横には、荷下ろしされた補給物資が整然と積まれ、必要とする部隊や部署に運ばれるのを待っている。
特に深く考えずに視線をそれらに向けて歩いていた三郎だったが、ふと医薬品が多いことに気づいた。馬車数から見て、積める量の絶対値をざっとみつもっても、負傷者が多いという現状にマッチした補給物資の種類に思える。
「治療用の補給品が多いように見えるんだけど、フラグタスを出発したのって十日以上前のはずだよな。今の状況を予想して、物資を編成してきたのか」
「何を言ってるんです。戦況報告が入れば、道すがら不要な物は売り払って、必要な品を補充するのは鉄則ってもんですよ。まぁやっぱり、敵地の中を進んで来たわけじゃないから、出来る芸当ってもんですけどね」
十本ほどの悪戯を指折り数えていたパリィが、当然でしょうにと笑って答える。
「いやぁ、敏腕なだけあって、さすがパリィさんだよな」
「いやいや、この状況で前進して陣を築いちゃおうだなんて、やっぱりサブローさんもさすがってことで」
「いやいやいや、信頼できる仲間あってこそ。パリィもその中の一人ですけどね」
「いやいやいやいや、サブローさんが動いてなければ、パリィさんも深き大森林の警備をしてたってことで、サブローさんあってのパリィって感じですかね」
いやいやと、お互いに褒め合うおっさん二人の会話を聞きつつ、トゥームは小さなため息をつくのだった。
「はんわ。良い香りがするのです」
すんすんと鼻を動かせて、シャポーが瞳を輝かす。ほのかも、小さな鼻をひくひくとさせて「ぱぁ!」と喜びの声を上げた。
「前線であっても美味しいものを口にすれば、皆の士気も上がるってもんで。大切な作戦の一環ってことで、グランルート一同腕をふるっちゃいますよ」
パリィは晴れやかな笑顔を浮かべて言った。
「不味いまではいかなかったけれど、前線では食事が簡素になりがちだもの。補給部隊の到着を歓迎する、理由の一つと言っても良いかもしれないわね」
トゥームも僅かに目を細め、風に乗ってくる香りにほっとした表情を浮かべていた。
手の空いた者から食事をとっているのだろう。敷物の上に腰を下ろした兵士達が、一時の安堵の表情を浮かべてスプーンを口に運んでいる。
その光景のなか、硬い表情をした数人のグレータエルート達が、三郎の方へと近付いてきた。
ただならぬ雰囲気に、トゥームが一瞬目を鋭くするも、敵意が感じられなかったためすぐに警戒を解くのだった。
「教会の評価理事殿ですね。我が名はバジェン。一言だけでも礼を申し上げたく、お会いできればと待たせていただいておりました」
バジェンと名乗ると、胸元で右手の甲を三郎へ向け、首を垂れて挨拶をよこした。
エルート族の中では、体格の良い部類に入るのであろう彼は、顔にはしる横一線の古い刀傷が目を引く男だ。
その背後に控えていた三名のグレータエルートも、同様の挨拶を三郎へと送るのだった。
「えっと・・・不肖の身ながら、教会評価理事を拝命しておりますサブローと申します。失礼とは思いますが、お会いするのは初めてになるのでしょうか」
一瞬面食らった三郎だが、すぐさま教会の理事としての顔を取り戻すと、にこりと笑って応対する。胸元で教会の印を形作るのも、自然と出るようになっていた。
しかして(どっかで聞いたような気がする名前だなぁ)と記憶の糸をたどるのであった。
「はい。お会いするのは初めてとなります。深き大森林にて、大地の精霊を戒める魔術から解放していただき、命を長らえました者です」
バジェンの話を聞いて、三郎は「そうでしたか、そちらの方々も」と聞き返す。
後ろで頭を下げていた三名は、マートとリシーセと名乗る若いエルートの二人と、グルミュリアという紫髪の女性だった。
そこで三郎は、はたと思い当たるところがあった。グルミュリアと言うグレータエルートの名だ。確か、ドートのカルモラ王の命を偶然助けて『女神』だとか思われているという話をしたのを思い出したのだ。ムリューが大笑いをしていた光景もがよみがえる。
シトスやムリューとの会話の中に、他の三人の名前も出て来ていた。
「思い出すのに時間がかかり、申し訳ありません。皆さんは、深き大森林でシトスと共に魔人族と戦われた方々でしたね」
「はい。突然声をかけたのはこちらです。シトスやムリューも居ないので、思い出せぬとて無理からぬことかと」
バジェンは答えると、トゥームやシャポーとも同様に挨拶を交わし、感謝の言葉を添える。
トゥームは、修道騎士としてのきちっとした返礼をし。シャポーは、偉大なる魔導師様と褒めたたえられて照れてしまうのだった。
頭の後ろで手を組んでいるパリィは、実に満足げな表情で皆のやり取りを眺めていた。
それもそのはず、補給部隊と共に彼らを連れてきたのはパリィであり、こうなるだろうなと予想してすらいたのだから。
短い時間ではあったが挨拶を済ませたバジェン達は、これからシトスとムリューに合流するのだと三郎に伝えた。
「シトス達も心強いことでしょう。そして、私の言い出した作戦へのご協力、感謝の言葉もござ・・・」
「いやー、バジェンさんもサブローさんも、キャラが違いすぎるってところで、やっぱり対外的なアレコレがあって硬くるしいんですかね」
にまにまとした笑いを口元に浮かべ、パリィが体裁を取り繕っている二人に茶々を入れる。
三郎は(そういうの、普通ぶっこんでくるかね)と屈託のないパリィの笑顔に恨めしい視線を向けた。
「初対面なのですから、多少の堅苦しさもでるものですよ。パリィさん」
わざと丁寧な言葉を使い、三郎はパリィに笑顔で言った。
「そ、そうです。我々としても、敬意を持って接するのが筋。パリィさんには、妙なちゃかしを入れられても、困られる」
会った当初から、所々でニュアンスのおかしかったバジェンの口調が崩壊した。
「困られる、とか言っちゃったよ」
「ね、だからグルミュリアに任せた方がいいって言ったのに」
マートとリシーセが、ため息交じりに首を振った。隣のグルミュリアは「任されても、緊張するから困るし」と首を振っている。
「だぁ。パリィよ、年長者としてだ。エルートの守護者に無礼がないようにしてた俺を、困らせないでくれ」
頭を掻きむしりながら「丁寧なのは苦手なんだよ」と、バジェンはばつの悪そうな顔をした。
「やっぱり、堅苦しくない本当の言葉で伝えるのがいいってもんですよ。どうせ、お互いに『身内だ』って心の底で思ってるわけですし」
してやったりとの表情でパリィは笑うのだった。
「身内だなんておこがましい。俺は命の恩人に直接礼が言いたかっただけだ」
バジェンは恥ずかしそうに鼻の頭を指でかく。
「問題ありません。シトスとムリューの仲間なら、身内も同然です。今後ともよろしくお願いします」
パリィの一言で気さくな雰囲気となったので、三郎は教会の印を解いて頭を下げた。
だが、その様子を前にして四名のグレータエルートが一瞬動きを止める。
「どうかしましたか」
彼らの表情を見た三郎が、不思議そうに聞き返した。
「シトスの言う通り、不思議な人族だ」
「心が打ち解けてる響きなのに、丁寧さがそのままの口調とか、ちょっとびびったな」
「そうだけど、マートってば言葉を選びなよ」
元の世界でサラリーマンとして身に着けた『初対面の人には丁寧語』という習慣が、彼らの耳には不思議な響きとなって伝わったようだ。
「ははは、性分みたいな物だと思ってください。暫くすれば、ラフな言葉遣いになりますから」
三郎は(ああ、これが人族の持つ裏表があるっていうのに繋がる部分なのかな)と、頭の片隅で分析するのだった。
「耳心地の良い響きです。信用に足るってシトスが言ってたのが分かった気がします」
グルミュリアが微笑んで、うんうんと頷いて呟いた。
パリィのちゃかしから立ち直ったバジェンが「早々ですが、シトスに合流しますので」と改めて三郎に別れを告げる。
三郎から先に手の甲を差し出すと、バジェンはためらいを見せつつも手の甲を合わせた。
「シトスとムリューを、よろしくお願いします」
「サブローさんの判断と采配が、多くの稔りへと向かうよう力添えさせてもらいます」
強面に笑顔をたたえ、バジェンはさっと身を翻してかけて行く。他の三名も、遅れずに夜闇の中へと姿を消すのだった。
「かなり安心したんでしょ」
横から覗きこんできたトゥームが、三郎の表情を見てくすりと笑う。三郎が、シトスとムリューの事をずっと気にかけているのを、トゥームは見抜いていた。
「たった二人で、中間地点の見張り役を引き受けてくれたからな。交代の人員も割けない状況だったし、シトスとムリューの負担が軽くなるってだけで、凄くほっとしちゃったよ」
三郎は答えると、胸をなでおろして長い息を吐いた。
「さぁさぁ、安心したところで、美味しいごはんをいただきまして英気を養うのも、やっぱり大切ってことで」
パリィが両手を広げて、グランルートの用意した夕食の席へと三郎達を誘う。同時に、シャポーのお腹が「ぐぅ」と鳴いた。
次回投稿は1月9日(日曜日)の夜に予定しています。
正月三が日は、お休みの予定とさせていただきます。皆様におかれましては、良いお年をお迎えください。




