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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
223/312

第221話 それぞれの役割を胸に

 三郎は、軍議の交わされている最中、瞑目して自身の考えに浸っていたのだった。


 三人の指揮官は、被害を最小限に抑えるよう篭城戦に備える構えを見せている。


 撤退の決断をすれば、傷が少しずつでも回復傾向にある仲間へ負担をかけ、命を落とす者を増やしてしまうというのが理由だ。


 第四要塞までの道のりは、魔力薄き谷の異名の通り、精霊力でさえも弱まり乱されるクレタス岩盤層がむき出しとなった地形。深手を負ったエルート族やドワーフ族の傷の回復にも影響を与え、『死の谷』と化した場所を一日以上、休まずに行軍するのは悪戯に犠牲を増やすだけといえた。


 さりとて、篭城戦を選んだからといって負傷兵の全てが助かるかと問われれば、答えは「否」であった。


 仲間による必死の治療を受けて、ここまで命を繋いでいる者も少なくはない。薬や止血布といった物品の数にも限りはあるし、なにより治療に当たっている者達の魔力や精霊力も枯渇するぎりぎりの所で持ちこたえている。


 回復傾向の者がいると同時に、時間の経過とともに悪化して行く者もいるのだ。


(体内エネルギーが整わないから、治療の魔法も効果を発揮しきれないんだもんな。岩盤層に囲まれている状況が悪いんなら、一番近くで精霊力が整ってる場所に陣を移すのが先決、でいいと思うんだ。偵察部隊も敵兵を見ていない今なら・・・)


 三郎は、自身の発した「前進する」との提案が的外れではなかっただろうかと、心の中で再確認しつつ一つ大きな深呼吸をする。


 次の言葉を待っている仲間たちの顔を見回すと、不思議な安心感が腹の中をじわりと満たすのを感じた。三郎の考えが間違えていれば、この者達が軌道修正して、より良い判断をしてくれるだろうとの信頼からきているのかもしれない。


「まず確認しなければならないのは、精霊力が正常に働いている場所まで、距離がどれくらいあるのかという点です」


 三郎の発した言葉で、場の全員がその意図を理解した。


「治療用の前線基地か。敵の動きを察知し、撤退が間に合う距離ならば、ありかもしれんな」


 ゴボリュゲンが興味深げに唸ると、三郎が頷いて返した。


「んっとですね、第五要塞から半日もかからない距離に断層があるはずなので、地質が変化するといえばその地点かとおもうのです」


 シャポーは小首を傾げて虚空に視線を漂わせながら、記憶をたどるように言った。


 おもむろにカーリアが地図を取り出すと、皆の中央に広げる。


「断層というのは、この辺りではないでしょうか。地形から読み取って推測するならば、ですけれど」


「うむ、この図が正しいなら、わしも同じ意見だの」


 ケータソシアがすっと指でなぞった場所は、素人目に山や川が無作為にあるようにしか見えない。だが、クレタ山脈の峰の形状や川の位置を、自然に対する知識ある者が注意深く観察すれば、断層の存在が浮かび上がってくるようだ。


「ですですね。クレタスの地質学的な文献によれば、東にある深き大森林では大地の隆起と共に聖峰ムールスとなる巨大噴火が起き、隆起のエネルギーが程よく分散され、広大な平野と聖峰をつくるに至ったと言われているのです。西側のセチュバーでも同様の隆起があったと考えられているのですが、地下のエネルギーが薄魔峡部を押し上げたことで、噴火にまでは至らなかったとされているのです。けども、セチュバーの標高は深き大森林よりも高くなってしまい、領内がずっと緩やかな上りとなっているのです」


 シャポーは口早に知識を披露する。


「偵察部隊へ大地の精霊力についても、注視するよう申し付けておけばよかったですね。シャポーちゃん、断層の外で精霊力が正常に働いていると断定してもよいでしょうか」


「大地の精霊と断層の因果関係を推し量る論文は、魔導師からは発表されていないのです。恐らくはという予想しかできませんので、ケータソシアちゃんの期待に応えられる知識はもっていないのです」


 ケータソシアが質問すると、シャポーは少しばかりしゅんとして答えた。


「でしたら、私達が大地についての偵察を引き受けさせてもらいましょう。推測とはいえシャポーさんの見立てですから、距離的には問題ないでしょうからね」


 申し出てきたのはシトスとムリューだった。深き大森林の偵察班をつとめていた二人ならば、人選としては問題の無いところといえる。


 口にこそ出さないが、シトスとしては『三郎の作戦』であるが故に、自分が動いて当然だとの考えもあった。


「時間が惜しい。わしらからも一部隊出し、要塞との距離如何きょりいかんで陣の設営に入ってしまおうよのう」


 状況が動き出したがため、ゴボリュゲンは機嫌を良くした声で言う。篭城戦は、猪突猛進な性格のドワーフ族にとって、気乗りのしない作戦だったのだ。


「では、負傷兵の搬送については、私とカーリアさんの方で準備をさせてもらいます。この要塞にあった馬車も利用すれば、編成次第で安全に運べるでしょう」


「移動に際し、命を落とす者がないよう、修道騎士団は全力をもって支援させてもらいます」


 ケータソシアの言葉に、カーリアが深く頷いて続けた。


「では、ゴボリュゲンさんの報告をもって、怪我人の移送を開始できるよう手配するとしましょうか」


 そう言うと、ケータソシアは両腕を組み、地図に目を落として見落としは無いかと思考を巡らせる。


「・・・距離に多少のずれがあったとしても、現在の物資の量と兵の疲労から見て、少し余裕のある作戦になるかもしれませんね。今であれば負傷兵の体力も持つかもしれません。洞窟の偵察部隊の定時連絡、間隔を短くする必要がありますか。あとは・・・」


 独り言のように呟くと、ケータソシアは顔を上げて三郎に向き直った。


「サブローさんの方から、他に確認の必要なことはありますか」


 次から次へと作戦が固められれて行ったため、三郎の目は点になってしまっていた。


「いえ、私の確認したいことは、出尽くしているかと思います」


 正直に言ってしまえば、目まぐるしく決まったため三郎の頭は追いついていないのだった。


「うむ、部隊編成もあるゆえ、わしは先に失礼する」


「私とムリューは、先行しておきます。ドワーフ族の部隊の方へ連絡をお待ちしてますと、お伝え願えますか」


 ゴボリュゲンが立ち上がると、シトスとムリューもならって動き出す。


「お伝えもなにも、わしがでるぞ」


「ならば安心ですね。要塞から離れすぎた場所である可能性も、考えに入れておいたほうが良いと思うのですが」


「その時は、その時だろうよ」


 シトスとゴボリュゲンは、話し合いを続けながら天幕を出て行った。


「カーリアさん、移動順のトリアージをお任せしてもよいでしょうか。私どもは移動の準備に取りかかりますので」


「でしたら、重症度の高い者から運べるよう考えておきます。エルート族から五名ほどおかりしても」


「分かりました。他にあれば、すぐに言ってくださいね」


「助かります」


 ケータソシアとカーリアも言葉を交わすと、早々に天幕を後にするのだった。


「・・・嵐のように、色々決まった」


 残された三郎はぽつりと呟く。


「貴方の作戦でしょ。ほら、私達も行くわよ」


 トゥームは、三郎を肘で小突くと、天幕の入口へと向かった。


「お、おう。って、役に立てることが思いつかないんだけど」


 そそくさと立ち上がる三郎に、トゥームは振り返って答える。


「クウィンスと私達の馬車の状況を確認するわよ。移動手段はいくらあっても良いのだし、輸送量なら現状ある中で教会馬車が一番かもしれないもの」


 トゥームの肩越しに差し込んだ光で、三郎は目を細める。


 逆光によって、トゥームの表情こそ見れはしなかったが、声が弾むように軽やかなのが三郎の耳に残った。


 そして、一瞬の間をおいて、地質や地形について考えの深みにはまっていた一人の少女が我に返る。


「っは!トゥームさん、サブローさま、置いて行かないでくださいよぅ」


「ぱぁ~」


 指揮官用の天幕から、各々の役割をもった全員が、無事に立ち去るのだった。


次回投稿は12月5日(日曜日)の夜に予定しています。

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