第220話 おっさんに注がれる熱い視線
ケータソシアの声が、得られている情報を共有するために、とつとつと天幕内の空気を揺らしていた。
兵員の配置や物資の状況、負傷者の治療の進み具合などが報告される。その間、誰一人として口を開く者はいなかった。
「セチュバー兵の尋問は概ね終了いたしました。この第五要塞を我々の軍が制圧したことは、既に敵側に伝えられています。幸いなことに、乱戦であったこともあって、私達の被害状況を詳細には把握できていなかったようです。次なる要塞から敵兵の出撃してくる様子が、いまだ見られないことから『篭城する最低限の兵力は残っている』と考えていると思われますね」
そして、第六要塞に『攻めるだけのセチュバー兵が配備されていない』と仮定するのは、軽々に過ぎるだろうとも付け加えると、共有すべき現状の確認がおわるのだった。
「諸王国軍について、第三要塞を出発したとの報告が入っています。ドワーフ軍や教会の兵力が先行を申し出ても、中央王都の軍上層部が異を唱え、足並みをそろえるしかないようです」
続いてカーリアから、合流を急ぐでもない諸国軍の鈍重ともいえる進軍の様子が伝えられる。
「戦場に加わろうとしているにしては、能天気なものだわい」
鼻を鳴らして言うゴボリュゲンは、苛立ちを隠そうともしていない。
野営も覚悟した上で強行軍を行っていれば、第四要塞には到達できていそうなものだ。危機感も感じられず、一日に一つの要塞まで駒を進めるといった、安穏とした行軍に聞こえても仕方なかった。
「私達の現状を伝えてはいませんからね。快進撃を続けていると、楽観視していてもおかしくはありません。セチュバー軍をあなどる要因にならなければ良いのですけれど」
ケータソシアの言葉通り、前線における被害状況などといった細かな情報について、諸王国軍はもちろんのこと共に行動しているドワーフ軍の本体や教会の兵団にも報告していないのだ。
高司祭モルーの件に加え、商業王国ドートの商会との繋がり、キャスール地方での正しき教えの一件などを踏まえれば、セチュバーの息のかかった者がどこに潜んでいるか警戒するなという方が無理な話だ。
戦場で敵側に情報が洩れるのは、危険を呼び込んでいるも同然といえよう。半壊以上のダメージを受けた今となれば、尚さら細心の注意を払わねばならなかった。
「今日にも攻められれば、わしらの全滅した姿を合流する奴さんらは拝むことになる。流石にあなどりゃせんだろうさ」
皮肉たっぷりにゴボリュゲンは答えた。
「少しでも篭城戦ができるよう、皆に要塞の内部構造について把握するのを徹底させましょう」
「たいした時間稼ぎにもならんだろうがな」
寂しそうな表情を浮かべるケータソシアへ、ゴボリュゲンもそれしかあるまいと言った顔で返した。
ドワーフ族もエルート族も、回復する見込みのある仲間を切り捨てるような選択をする気はない。
そして、諸王国軍の到着を待つ間、重度の傷を負った者の多くが命を落とすことも、この二人は十分に理解している。
各軍の指揮官である二人は、辛くも厳しい判断を下さねばならない立場なのだった。
「総指揮官殿、偵察を出しつつ篭城戦に備えるとの方針、変更なしといたします」
姿勢を正したケータソシアは、三郎へ軍議の終了を確認する言葉を述べた。
フードを目深にかぶり、下を僅かに向いている三郎の表情は、誰からも読み取ることが出来ない角度となっている。
普段であれば、賛成の意を返して来るタイミングになっても、三郎は沈黙したまま顔を上げなかった。
「サブローさん?」
呼吸の音から、三郎が眠っているわけではないと承知していたケータソシアは、少しばかり不安げに再び声をかける。
三郎が大きく吐いた息に、深慮と迷いの響きが込められていた。
「私が口を出してよいものかと悩むのですが」
戸惑っている心がありありと浮かび上がる三郎の声は、さもすれば、やはり止めておきましょうと言い出しかねない様子だ。
だが、ケータソシアの耳は、三郎の言葉の奥にある『一人でも多く命が拾えれば』というふわりと暖かな感情があるのを聞き逃さなかった。
「どのようなご提案でもかまいません。聞かせてはもらえないでしょうか」
エルートの守護者に位置付けられる者が、現状の報告を受けて導き出した考えなのだ。ケータソシアは、どうしても聞きたいと必死に手を伸ばす思いで言った。
三郎は「確認せねばならない事は多いのですが」と一言前置きをして、まず結論から口にする。
「前進するという作戦は、立てられないでしょうか」
その場の全ての視線が、おっさんに集中するのだった。
次回投稿は11月28日(日曜日)の夜に予定しています。




