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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第218話 消化不良の夕餉(ゆうげ)

 三郎とトゥームは、エルート族より借り受けたテントの中で、敷物の上に並んで座らされていた。


 日中を負傷兵の手当に奔走し、他の者に後のことを引き継げたのは、日の落ちかける時刻となってからだった。


 昼食もろくすっぽとることができなかったため、夕食くらいはまともに食べたいものだと思いつつ、テントに返ってきたのだ。


 トゥームが、ゲージを使ってシトスやムリュー側の状況を確認すれば、そろそろ見張り役を交代する時間だとの返事がきた。そのため、夕食を一緒にとろうという話になり、三郎達は二人が戻ってくるまで少しばかり待つことに決める。


 ほっと一息つける段になると、シャポーが「あっ」と声を上げた。何ごとかと三郎が聞き返せば、シャポーは「お教えする約束を忘れていたのです」と一日の疲れを忘れてしまったかのように、両の瞳を輝かせて言うのだった。


 さて場面は、三郎とトゥームが並んで座らされている、と先に述べたところに戻る。


 二人を前にしているのは、楽し気な表情を浮かべているシャポーであった。彼女の頭の上には、両腕を組んで深く頷いている始原精霊ほのかがちょこんと乗っかっている。


「ということなのでして、エネルギールートを接続する術式が、第一の要塞にあった崩壊の魔法への接続と同じだったのですよ」


 シャポーのたまわく、魔導砲の無力化がスムーズに行えた理由を、三郎とトゥームも知っておいたほうがよいだろう、とのことなのだ。


 理由は、存外に深いところを考えたもので、今後の作戦においてもすんなりと魔法などを解除できる保証はないのだと、二人にも理解しておいてほしいとのことだった。決して、魔導について誰かに説明をしたいといった私的な動機からではない。


「そ、それで解除が早かったのね」


 トゥームは、さも納得しましたという表情で何度も首を縦に振った。


 既にあちこちに脱線しはじめているシャポーの説明は、専門的な様相を呈してきている。トゥームの隣では、疲れも相まった三郎が「・・・」とついていけてませんという表情で目を瞬かせていた。


「いえいえ、それだけではないのです。魔導砲を稼働させている法陣の組み合わせも、シャポーが書籍から学んでいた旧来通りの魔装臼砲の物であったことが、非常に幸運だったのですよ。知り及んでいることなので、解析する時間が必要ではなかったのです。魔装臼砲の仕組みについては、とっても長くなってしまうので、興味があるのでしたらご説明しますけれど」


「大丈夫。そこは省いても大丈夫よ」


 シャポーの言葉に、トゥームは脊髄反射よろしく、手を前に出して問題ないと制止する。


「次にですね、崩壊の魔法に溜まってしまった魔力を取り除くため、エネルギー変換術式を構築していたのが役に立ったのですよ。魔導砲に集められた魔力をすんなりと回収できたのは、シャポーの『経験』があったがためなのです。机上のお勉強だけでは、こうはいかないんだという新たな学びになったのですよ。例えばですね――」


 魔導師という人種は、学ぶことに至上の喜びを感じる生き物だと、世間一般で言われている。シャポーも例にもれることなく、魔導師なのだなとトゥームの心には諦めにも似た感情が芽生える。


(馬車の中とかで、サブローとシャポーが話している時にちょっと話題をふって、サブローで説明欲を発散してもらおうと思っていたのに、完全に油断してたわ)


 小さなため息をついたトゥームは、嬉々として語る魔導師少女へ目を向けた。


 三郎に押し付けようと考えてはいたが、後で聞くと言ってしまった手前もある。何よりシャポーが嬉しそうに話しているのが、トゥームには徐々に微笑ましいことのように思えてきた。


(生き残ったればこそ、というところかしらね。サブローってば、口が半開きになってるじゃない)


 ちらりと見た三郎の横顔に、トゥームは口元を緩めた。


 第五要塞の攻略において、勝利をおさめたとはいえども、味方の被害は相当数にのぼっている。そんな戦いを越え、少なくともこの場は自分達が無事だった証なのだなとトゥームは気づき、シャポーの活き活きとした様子を楽しむことに決めるのだった。


 三郎の口が、ぽかんと開く頃になると、シトスとムリューがテント内に顔をのぞかせた。


「何やら楽しそうですね」


「って言うには、サブローが凄い顔してるけど」


 外にもシャポーの声が漏れ聞こえていたのだろう。シトスとムリューの第一声がそれだった。ムリューの声には、半分ほど笑いが込められている。


「っは。メシか、二人も戻ってきたし、メシにしよう」


 専門用語を浴びてキャパシティオーバーを起こしていた三郎の脳は、二人の声によってリセットされて再び動き出すのだった。


「シトスさんとムリューにも、魔導砲解除についての説明をしておいた方がよいのですかね」


 思案顔をして、シャポーはエルートの二人に尋ねた。


「私達はその場に居て見ていますからね、シャポーさんが行ったことは概ね把握していますよ」


 にこやかに返すシトス。


 人族ならばいざ知らず、エルート族の彼が言うのだから、裏表のない本心なのだろう。


「私も、シャポーが説明してくれたおかげで、だいぶ理解できたわ。ありがとう」


 トゥームは、シャポーへ礼を言って立ち上がる。細かな専門知識を除けば、何処で使ったものをどのように利用したのかは、十分に理解ができていた。


 体調が今少し万全でないのに加え、傷を負った兵士を診て回った疲れも重なっているおっさんも、トゥームに続いて正直な感想を口にだしてしまう。


「疲れもあって頭が回らないせいかな、専門用語が妙に引っかかって・・・半分くらいは、理解できたかなと思う」


 ふぅと息を吐いて立ち上がる三郎を見上げ、シャポーが「むむ」と唸った。


「半分でしたか。もっと簡単な言葉で伝えないといけなかったのですね。『魔導師あるある』とか言われちゃう現象が、シャポーにも起きているのかもです」


 ぶつぶつとシャポーは呟く。


 クレタスの魔導師には、難しい事象をさらに捏ねくりまわした物言いをして、さも自分が賢い人物であるかのように見せようとする悪癖があると世間で言われているらしい。


 シャポーは、そうあるまいと心に誓っているつもりなのだが、いかんせん最近まで生活していた環境が師匠と二人という『魔導師だけ』の世界だったのだ。


 気を付けていても、言葉の端々に魔導用語が混ざってしまうのは仕方のないことだ。


「分かりました。サブローさまにはゴハンを食べながら、もっと分かりやすく説明するのです」


「ぱぁ!ぱぁ!ぱぁぁ!」


 固い決意を胸に、シャポーは立ち上がった。その頭の上では、ほのかも拳を振り上げて立ち上がる。


 三郎とトゥームは、ちらりと互いの表情を確認した。


(消化に悪そうね)


(消化不良おこすかも)


 そして、同じような感想を胸に、夕食を食べるためテントを後にするのだった。

次回投稿は11月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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