第21話 友獣に気に入られる男
ソルジの北東地区は、商業地区と言っていいほど賑わいのある区画となっている。
中央王都へ通じる北門と、東に広がる牧草地帯にある町と繋がる東門に挟まれているのが、賑わいの理由だ。
旅人の宿泊する宿から、交易品を扱う商店、中央王都から運ばれてくるエネルギー結晶を取り扱う店など、所狭しと軒を連ねている。
トゥームと三郎、そしてシャポーの三人が、北門へ向かって人通りの多い道を歩いていた。
トゥームと三郎の二人は、教会の人間が旅に使う皮製の丈夫なカバンを持っている。シャポーは、華奢な体に似合わない大きなバックパックを、軽々と背負っていた。
先ほど、教会の面々に見送られて出発し、中央王都へ行く馬車に乗るため、北門広場へ向かっているところだ。
「ソルジって、思った以上に栄えてるのな」
三郎が、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見て言った。それもそのはず、三郎はこの地区に足を踏み入れたのは初めてだった。
三ヶ月の間、言葉の心配や習慣の違いを理解していない不安から、三郎の生活圏は非常に狭い範囲で成り立っていたのだ。
「シャポーは、この道の奥にあるマセチル亭に泊まっていたのですよ。お魚のおいしいお宿なのですよ」
シャポーが楽しそうに、横道を指差して三郎に言う。
「結構いい所に泊まってたのね」
トゥームが、感心したような声を出す。マセチル亭は、手ごろな予算で宿泊できる上、ソルジ産の魚料理に定評がある、知る人ぞ知る人気の宿の一つだ。三郎は知る由も無いので、トゥームの言葉を受けて「へぇ~」としか答えられない。
「サブローさまの教えを実践した結果なのですよ」
シャポーは、無い胸を張って得意げに言った。三郎から顧客ニーズを教えられて水護の指輪を売り、魚屋の主人から魚料理の美味しい宿を教えてもらったのだ。シャポー個人としては、ソルジライフを大変満喫できた事であろう。
ここ二日間、シャポーは足しげく教会に通い、三郎の旅立ちの日を確認していた。教会の面々と早々に打ち解けて、トゥームとも軽口を叩けるほどに仲良くなっていた。
「そのサブローを『様』付けで呼ぶの、どうにかならないの?悪目立ちすると嫌なんだけど」
トゥームは半ば諦めている事を、シャポーに言う。流石にこんな事から、三郎が『迷い人』だとばれる事はないだろうが、万が一を考えると目立たないに越した事はないのだ。
「サブローさまはサブロー『様』ですよ。命の恩人に対して、敬称を略してはいけないと思うのです」
シャポーは「えっへん」と聞こえそうなほど胸を張って言う。
「まぁ、いいけど。変なところで変な風に拘らないようにしてよ」
不逞の輩が、様付けで呼ばれている者に目をつけないとも限らないのだが、トゥームは、自分が剣となれば大丈夫だろうと説得するのを止めた。
(・・・剣となる・・・か)
トゥームは、何気なく考えた言葉に、重要な意味を思い出し、心の中で繰り返した。
旅立ちの際、スルクロークから三郎に『修練兵トゥーム・ヤカス・カスパードを剣として遣わします』との言葉があった。オルガートとエッボスも、承認の意向をその言葉に続けた。マフュは、驚いた顔をしていたが、司祭と修道騎士二名の承認に異を唱える事は出来ないので、言葉をのみ込んだ。
マフュの驚きは、王より賜りし名である『ヤカス』をも含んでいた為、より大きくなったのだ。
意味の良く理解できていない三郎は、礼を言うに留まったのだが、重大な意味を持つ言葉である事は、司祭と修道騎士、そしてトゥームにしか分からない。
三郎が目を覚ました日の晩、トゥームはソルジの司祭であるスルクロークに、剣として仕える者を定めたと伝えに行った。スルクロークは『そうですか』とだけ言うと、ソルジ統括司祭の権限をもってトゥームの言葉を承認したのだった。
もし『迷い人』であると知れれば、三郎は色々な争いに巻き込まれるだろう。クレタス内の権力争いだけではなく、魔人族との戦争も絡んでくる事になる。それらの事から護りたいのだと、トゥームは決意していた。
修道騎士や修練兵が、剣として仕えると言う事は、主従関係や師弟関係とは意味が異なる。
その者の危機に対し、剣として立ち向かい護るのは言うまでも無いのだが、仕えた者が悪意を持って事を成そうとした場合、責任を持ってその命を絶つ事も含まれる。そして、修練兵であるトゥームの守護戦闘を許可する権限を、三郎が持った事も意味する。
スルクロークはトゥームに、言葉の意味を三郎に伝える事を提案してきたのだが、トゥームは丁重に断った。時が来たら、自分から三郎に伝えたいのだと言って。
「トゥームさんも、サブローさまに『様』を付けて呼びたいのなら、そうすればよいのですよ」
シャポーは、深い意味も無くトゥームに言う。
「いやいや、それは無いな」
三郎は、シャポーの言葉に笑いながら答える。命を救われる事はあっても、トゥームの命の恩人になる未来が全く浮かばない。
「・・・ないわね!」
トゥームも投げ捨てるようにそう言うと、スタスタと早足になって歩いていってしまう。三郎は、シャポーに「ほらね」と言いながら、トゥームからはぐれないように早足で追いついた。
トゥームは、自分の顔が赤くなってしまっている事に気づかれないよう、そっぽを向いて歩く。スルクロークに誓った事や、修道騎士三人の前で承認されたことを思い出していた時に『様付け』などと言われて動揺してしまった。
(くっ・・・なによこれ・・・凄く、小っ恥ずかしい想像しちゃったじゃない!)
騎士を目指した者なら、方膝を突いて剣を捧げる相手を夢見たりする物で、トゥームも例に漏れず想像した事がある。不意の言葉で、その相手に三郎を当てはめてしまったのだった。
「まってくださいよぉ~」
少し遅れたシャポーが、必死に小走りで追いついてきた。
***
北門広場へ到着すると、そこは喧騒でごった返していた。
まるでその場から取り残されたかのように、三郎とシャポーが目を丸くして立ち尽くしている。
魔獣問題が持ち上がり、漁が滞っていて品薄の状態が続いていた為、商人達は別の地域での商売を余儀なくされていた。ソルジ教会の要請で修道騎士がソルジへ向かったという噂が流れると、漁が本格的に再開される事を予想した商人達が、我先にと押し寄せているのだ。
「シャポーがソルジに来た時も、こんなすごい込み合ってたの?」
三郎は思わず、隣で立ち尽くしているシャポーに聞いてしまう。シャポーがソルジに来た際、一人でこの喧騒を乗り越えたとは考えにくい。
「いえ・・・シャポーが来たときは、もっと静かな感じでしたよ」
シャポーがソルジに来たのは、ちょうど魔獣問題で商人達が取扱商品を換え、ソルジに来なくなっていた時期だった。
トゥームですら、この北門広場の状況に驚いて、旅の馬車を探してくるから二人にここで待っているようにと言って、一人喧騒の中へ赴いたほどである。
広場入り口付近にある建物の横に居る三郎とシャポーですら、埃っぽく感じるほど活気に満ちていた。
「サブロー!シャポー!北門広場は商隊ばかりだって。旅馬車は向こうの通りへ移動させたそうよ」
喧騒の中から生還したトゥームが、立ち尽くしている三郎とシャポーに、大きな声で話しかけながら向かってきた。右手で西の通りの方向を指差している。どうやら北門広場を商隊優先として、ソルジから出る馬車は一本西側の通りから出す事になっているようだ。
「ふぅ、警備隊も大変そうだったわ。修道騎士が魔獣問題の解決に乗り出したって噂が流れて、商機と踏んだ商人達が押し寄せてるみたいね。旅行客も増えるだろうって言ってたわ」
トゥームは額の汗を手で払いながら、警備兵から聞いてきた話を三郎に伝える。
「あぁ、漁へ普通に出られるようになるからか。修道騎士が動くのって影響力すごいんだな」
こちらの世界の市場動向を、何となく肌で感じながら三郎は答える。そして、カバンを抱えなおすと、トゥームを先頭に西の通りへ向かって歩き出した。
一ブロック入っただけで、広場の喧騒が嘘のように静かになる。
幅広の道に、馬車が数台停車しており、利用客を乗せて出発するのを待ている。トゥームは目的の馬車が決まっている様子で、迷い無く一台の馬車へ向かった。
「おはよう。中央王都へ向かいたいのだけど、大丈夫かしら?」
トゥームは、御者らしき男に向かって声をかける。男は、馬車の点検をしていたようで、車軸付近で作業をしていた。トゥームが挨拶をすると、作業を中断して立ち上がる。
「おや、トゥーム殿がソルジを離れるんですか?これまた何事かありましたか?」
汚れた手を布で拭きながら、男は笑顔で返事をした。馬車は、頑丈そうな四つの車輪が付いた幌馬車で、厚地の幌には教会のシンボルと十字架が刺繍されている。車体にも教会のシンボルが彫られており、三郎にも一目で教会関係の馬車である事が分かった。
トゥームと御者が、出発について話している間、三郎はこちらの世界に来てから、よくよく見る機会が無かった馬車に興味を引かれた。シャポーは、役に立とうという意気込みからか、トゥームと御者の話に加わっていた。
三郎が映画などで見て知っている馬車よりも、全てにおいて強度が高そうに見えた。太い車軸をささえるサスペンションも、複雑な構造をしている様子で、乗り心地が楽しみになる。車体は金属光沢を放っており、三郎の目にも木製ではないのが一目瞭然だ。見た目の重量的に、かなり重そうに見えるが、そこは魔法的何かが働くのだろうと、三郎は勝手に納得して見ていた。
三郎は、西門で襲われたような魔獣が出没するなら、幌馬車などで大丈夫なのかと心配したが、道に停まっている他の馬車を見ても、似たり寄ったりな雰囲気だったので、それなりの材質で出来ているのだろうと思うことにした。
そして、車体前方には、当然のように馬車を引く動物が居た。
その四足動物は、三郎と同じくらいの目の高さで、じっと三郎を見つめている。
「確か、友獣ワロワだっけ?よろしくね~」
三郎は、これからの長旅を助けてくれる友獣に、笑顔で声をかけた。
友獣ワロワは、頭の上にフサフサした毛を蓄え、そこから尖った耳がぴょこんと飛び出している。顔を見た時、三郎は何かに似ていると思ったのだが、すぐにインコに似ているのだと分かった。大きなクチバシにつぶらな瞳が愛らしいく、耳が出ていなければ大きなインコそのものの顔をしている。
「お前、可愛い顔してるなぁ~」
三郎は、子供の頃にセキセイインコを飼って可愛がっていた事があり、非常に親しみを感じてしまう。
足は、丈夫そうに太くたくましい物で、後ろ足が前足より短いのか腰が肩の位置よりも少し低くなっていた。尻尾も太く、先端には角の様な物が生えている。振り回して当たれば、痛いでは済みそうにない。魔獣に対抗できる獣なので、強い体躯をしているのは当然ではある。
全身をフサフサの毛が覆っており、三郎は抱きつきたくなるような衝動に駆られるが、触っていいかも分からず微妙な距離で観察していた。強そうだの可愛いだのと、呟きながらソワソワしているおじさんの姿は、少し異様な物だった。
すると、ワロワがゆっくりと三郎に首を近づけて、三郎の頭に頬をすり寄せて「クルクル」と咽を鳴らしてきた。三郎の褒め言葉に気分を良くした結果であるとは、知る由もない。
「お、お、お、なんだ、かわいいな、こいつ」
想像以上の軟らかい感触に、三郎も撫で返すのだった。
トゥームと御者は、出発の打ち合わせが滞りなく終わると、馬車の前方で友獣ワロワとじゃれあている三郎に気がついた。御者の男はぎょっとした顔になり、駆け寄ろうとしたのだが、三郎とワロワの様子に首をかしげてしまう。
「あのワロワ、ずいぶん人の事が好きな子なのね」
トゥームは、三郎の子供じみた行動に少しばかり呆れながらも、御者の男に言う。
「いや、あいつ人に触られるの、すごく嫌がるんですが・・・何なんですかね、あの人」
御者の言葉に、トゥームがぎょっとしたのは言うまでもない。
次回投降は1月28日(日曜日)の夜に予定しております。
ブレーカーが落ちて、データが戻る等してしまい、更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。




