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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第216話 口をはさむ余地もない

 友獣達の突撃は、セチュバー軍に甚大な被害をあたえることとなった。


 セチュバー側からみれば、単純に敵の数が増したといえる。そして、友獣の一団が独自に作戦ともとれる行動を起こすとは、思ってもいなかったのだ。


 人族の頭に、友獣は人族同士の争いに加担しないという考えが根付いている。ドワーフ族とシュターヘッド種のそれをも、人族の尺度ではかったが故の誤算だ。


 もう一つ付け加えるならば、ワロワ種が戦場を切り裂いて駆け抜けたがため、セチュバー兵が混乱したのも戦況を動かす要因であった。


 何世代もさかのぼる古き時代、友獣と人族は、現在いまよりも深いかかわりをもって共存していた。


 魔人族の手から、クレタスを取り戻す戦いを共に乗り越えた経緯もあり、仲間意識すら芽生えていたのかもしれない。


 友獣と人族という大きな枠ではなく、個々の繋がりによって共生していた時代だった。


 そんな時代のなか、人族の間で国のぶつかりあう戦争が勃発する。今となっては、どちらに非があるとも断定できない政治的な理由でおきた争いだ。


 ワロワ種以外で人と共にあった友獣達も、二つに分かれて戦うこととなった。当然、ワロワも戦争の担い手となり前線に向かったのだ。


 強力な友獣であるワロワは、次第に戦況を左右する主な戦力となりはじめる。人族の思惑に翻弄され、友獣ワロワが敵側に立つ同胞のワロワを駆逐するという凄惨な状況となって行った。


 後にも先にも、友獣の個体数がこれほどまでに減少した年代は無いとの研究が、人族の間でなされているほどだ。


 高い知能を持つ友獣達は学んでいた。


 愚かしくも親しき隣人である人族と、深く交わりすぎるのは危険なことだと。


 友獣達のそれぞれが、人族との関係に一線を引くことで、友好な関係を維持しながら現代まで歩んできていた。


 腐肉食らいと呼ばれるグダラ種は、人の争いに完全な無関心を決めこんで程よい距離を保っている。人との共存を捨て、森の奥へと姿を消した獣もいた。


 そして、友獣のワロワは、善悪の判断基準を己が持ちあわせることによって、人族に寄り添いながら共生する道を選んだ種族なのだ。


 ワロワが一たび戦場で暴れれば、十名の兵士が簡単に命を落とすと言われている。


 戦線に飛び込んできたクウィンスを前に、セチュバーの兵士達が脅威を感じたのも仕方ないといえよう。


 それでも尚、第五要塞の制圧には時間を要した。


 複雑な構造をした建築物が、残存する敵兵を追い詰める際の障害となったのだ。


 戦いの音が要塞から消えたのは、日が沈みきったあとのことだった。


戦場いくさばの処理は、明朝改めて指示を出します。負傷者の手当を最優先に。それと、捕虜とした指揮官らへの尋問を。敵側へ、我々の状況がどのように伝えられているのか聴き出してください。警戒などは三交代制で、仔細は任せます」


 要塞の屋上に設営された指揮官用の天幕内に、疲れの色が隠しきれないケータソシアの声が響く。


 命令を受けた副官は、短く答えると身を翻して天幕を後にした。


「同胞達の亡骸を、敵と並べておくのも癪だがな」


 ゴボリュゲンが険しい表情で言い、側近の者に手を上げて目配せをする。


 ケータソシアの判断で構わないという合図だ。側近のドワーフ兵は一礼すると、苦々しい顔のまま天幕を出て行った。


 ふわりと開いた隙間から、星の光と夜の闇がちらりと姿を見せ、少しばかり冷えた風が戦いの熱を癒すかのように入ってくる。


 大気と風の精霊が正常な屋上は、エルート族にとって建屋内にいるよりも幾分気持ちの落ち着く場所だ。それゆえ、グレータエルートの仮の陣は要塞屋上に設置されていた。


 具合を悪くしていた三郎も、気分が良くなる気がして顔色を戻しつつあった。


「想定以上の被害が、出てしまいました」


 重々しい空気のなか、口を開いたのはカーリアだった。


 動ける修道騎士は、半数を割っており、その者らも疲れの癒えぬまま負傷者の手当に奔走している。


 三郎の横にいるはずのトゥームも席を外しており、負傷者の治療に加わっていた。シトスの姿も天幕には無く、グレータエルートの再編について、部隊長の集まる別のテントに呼ばれて手を貸している。


「魔導砲を止められねば全滅していたかもしれん」


 ゴボリュゲンは、虚空を睨みつけていた視線を、少しばかり緩めて魔導師の少女へと向けた。


 疲れ切ってしまったシャポーは、エルート族の布にくるまって床の上で静かな寝息をたてていた。


 隣にはムリューが座っており、安心させるようにそっと布の上に手を置いているのだった。シャポーの頭に自分のあたまをくっつけて、ほのかも一緒になって眠っている。


「ゴボリュゲン殿の英断に感謝いたします。私の判断が早ければ、味方の被害が少しでも抑えられていたのではと、後悔するばかりです」


「何を言う。エルート軍とて後方を新手に攻められたのだろう。わしらの場所までよくぞ来てくれたと、こちらが感謝するほうだわい」


 謝罪するケータソシアに、ゴボリュゲンが髭を撫でつけて言い返した。


 グレータエルートと修道騎士は、上階から更に現れたセチュバー兵に急襲され、ドワーフ軍と同程度の被害を受けていた。


 要塞の構造を把握するため、精霊魔法に意識を集中していた後方の部隊が、決死の覚悟で襲い掛かってきたセチュバーの少数部隊に蹂躙されてしまったのだ。


 重い空気が、再び場を支配する。


「・・・負傷者の回復を待ったとしても」


 ケータソシアが言葉を止めると、一つ小さなため息をついた。


「攻める戦力には及ばんだろうな」


 引き継いで言ったゴボリュゲンは、椅子の背もたれに体重を預けた。ぎしりと木製の椅子が音をあげる。


 攻める戦力が無いというのは、裏を返せば守る戦力にも乏しいことを意味した。


 ドワーフ軍として考えれば、シュターヘッドの多くを失ってもいるのだ。移動手段すら危ぶまれる状況といえる。


「諸国軍を待つとしても、今日明日には到着しないことが分かっています。一度引いて合流するのが妥当かと思いますが」


 カーリアの提案に、それぞれが考えを巡らせる。


「撤退を知られ、第六番目の要塞からうって出られた場合、魔力薄き谷で背後をつかれることとなります」


 ドワーフ族もエルート族も、仲間の躯を放置したり、その場で埋葬したりするようなことはしない。


 生き残った者は、命を落とした仲間の体を故郷の地まで送り返す責任を負うという。だからこそ、安心して――というには語弊ごへいを禁じ得ないが――戦いに臨めるのだ。


 撤退時には移動が遅くなるため、第四要塞に行きつく前に背後まで迫られる可能性は非常に高い。移動手段も減った今、敵の動きを確かめずに背を見せるのは難しい判断といえよう。


 そのうえ、岩盤層が露出した大峡谷は、精霊魔法の働きも制限されてしまうため、非常に分の悪い状況に陥ることが想像できた。


「ここで待っておっても、諸国軍とやらが来るかどうかすら怪しかろう」


 皮肉たっぷりな口調でゴボリュゲンは方眉を上げる。


 第五要塞での篭城を匂わせたケータソシアの言葉に、あまり乗り気ではないといった表情だ。


「敵指揮官から得られる情報にもよりますが、早々に偵察部隊を出すことにしましょう。私達の補給隊が、第三の要塞を越えたとの報告も入っていますので、明日の夕刻までに、出来る限り仲間の体を送り出す準備をしておきたいと思います」


「情報収集を優先ということかの」


 ケータソシアへと、ゴボリュゲンはふむと唸ったあとに頷いて返した。


「最悪の状況を、この要塞での篭城戦にしたいと考えています。出来る限り身軽となった上で撤退に移行する、ということでよろしいでしょうか」


 戦況という物は、刻一刻と変化するものだ。それでも命を預かる立場の者は、方針を打ち出さねばならない。


 ドワーフ軍と修道騎士の指揮官に対し、ケータソシアは迷いのない目で作戦を提案した。


「ふむ、敵側にある要塞の門を封印するならば、半日程度かかると頭に入れておいてくれ」


 ゴボリュゲンは、篭城戦を見越した答えを了解の旨として伝える。


「セチュバーの耳目じもくが、何処に潜んでいるかもわかりませんので、諸国軍とともにある教会の者に詳細を伝えるのは難しいですね。私含む修道騎士は、負傷した者の回復に全力を上げさせてもらいます」


 カーリアは、現在おかれている状況が漏洩しないよう厳命すると付け加え、自身の役割を再確認して言った。


 二人の答えを聞くと、ケータソシアは深く頷いて「よろしくお願いします」と一言だけそえる。


(口をはさむ余地がありません。ってか、軍議ってこんなスムーズなものだっけ。命がかかってるから、というか同じ方向を向いてるから、話がまとまるのが速いんだな。諸国の王様とかが加わっちゃったら、なにやら面倒な方向にずれたりするんだろうな。嫌だけど、俺の役割はその時な気がするわ。考えただけで胃が痛くなるなぁ・・・)


 中央王都奪還の際の軍議を思い出しつつ、三郎は鼻からため息を吐き出した。まだ全快とはいえないが、気持ち悪さはだいぶ治まってきていた。


 しかして、この時のおっさんは、想像した以上の厄介事が諸国軍とともに迫っていることを、まだ知りもしないのだった。

次回投稿は10月31日(日曜日)の夜に予定しています。

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