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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
217/312

第215話 力なく倒れ

「終わったの?」


「終わったのです」


 きょとんとした顔で尋ねるトゥームに、シャポーは薄い胸をいっぱいに張って答えた。


「解除ってことよね」


「ですですね」


 更に事実確認をするトゥームへ、深く頷き返したシャポーは自信満々だ。


「そんな簡単・・・だったの?」


 思わずこぼれ出てしまったトゥームの一言を聞き、シャポーはさも「ショックだ」と言わんばかりの表情で説明を始める。


「簡単ではないのですよ。暴走を始めた術式のエラー部分を補正し、エネルギーの流れを一度整えてですね、過剰供給によって不協調化した魔素を、可逆術式をもちいて分類し直し、収容できる状態に別術式で転換して思考空間へ一時保存をかけたのです。同時進行で、エネルギールートを遮断しつつ、起動管理権限を変更しつつ、溢れたものも魔力溜まりにならないようにしつつですね―――」


「分かったわ。詳しい話は後で(サブローが)聞くから!さすがシャポー『頼れる』わね」


 怒涛のごとく押し寄せる説明攻撃に、トゥームは慌てて言葉を挟む。


「えっへへー。トゥームさんに頼りにされちゃったのですよー」


 ほっぺたを人差し指でぽりぽりとかきながら、シャポーは照れ笑いを返した。


 ちょろいほどに機嫌のなおってしまう魔導師少女へ背を向けると、トゥームは気を取り直して「解除完了」を皆に伝えるのだった。


 一瞬、知らせを受けたドワーフ軍内に、動揺の気配が駆け抜けた。しかし、敵と対峙している彼らは、些末なことを引きずっている余裕はない。


 ゴボリュゲンの指揮が飛ぶと、ドワーフ軍は魔導砲の設置してある通路へと徐々に移動をはじめた。


 接敵している面積を減らすことで、後続の軍が追いつく時間を稼ごうというのだ。セチュバー側も、突出して孤立したドワーフの部隊を先に殲滅するよう動いている。時間稼ぎが、いま打てる唯一の作戦といえなくもない。


 だが、魔導砲の機能停止を目の前で見せられたセチュバー兵の間に、ドワーフ軍以上の動揺が走っていたことが幸いした。犠牲をはらいながらも、ゴボリュゲン達は魔導砲の通路へ入り、陣形を整えることが出来るのだった。


「こんなにさっさと解除できる代物なら、遠距離からでもできそうなもんだわい」


 詳細を知るためトゥームのもとへ走ってきたゴボリュゲンは、開口一番にドワーフ族の特徴とも呼べる皮肉った言葉をはく。


 シャポーは、再び「ショックだ」という表情を作ると、ゴボリュゲンへ一歩踏み込んでカウンターパンチのごとく説明攻撃を開始した。


「探知系の魔法の先では、思考空間から法陣を呼び出すことはできないのです。観察する眼も魔力抵抗の僅かな狂いで、別の回答が導き出されてしまう場合もあるのですよ。魔装臼砲は重複術式の法陣で形成されていますので、直接誤作動や破損した部位を見定めないと、正常化できませんし、過剰魔力を制御できる状態に変換することも困難なのです。何より、探知魔法で解除をするには、あらかじめ術式を組み込んで―――」


 両拳を上下に振りながら一所懸命に説明するシャポーは、防御力に定評のあるドワーフ族のゴボリュゲンすら圧倒するかの勢いだ。


「ま、まってくれ、魔導師の嬢ちゃん。わしは種族がら魔導には疎くてな。軽はずみなことを言ったようだ、謝るわい」


「あ・・・えとえとですね。シャ、シャポーも熱くなりすぎたのです。申し訳ないのです」


 困り果てたゴボリュゲンの様子に、シャポーも我に返って頭を下げた。

 

「う、うむ。何やらすさまじく難しいことをやってのけたのはわかった。嬢ちゃん、やりおるの」


「やりおったのです」


 笑顔で握手を交わしあう二人。


 そんな中、戦いの流れは少しづつ劣勢へと変化してゆく。


 通路に入ることで、トゥーム達は正面からの敵のみに集中できる体制をとっている。だがそれは、魔導砲の設置された逃げ場の無い場所に追い込まれたかたちでもあった。


 要塞に残る全ての敵が、自分達へと集中しているのではないかと錯覚するほどの厳しい防衛戦。後続の味方がどれほどの距離にまで来ているのか、厚いセチュバー兵の層に阻まれて目視できないことが、実際の経過時間よりも長く感じさせるのだった。


「我々を先に殲滅するつもりなのでしょう」


「まずいのう」


 トゥームとゴボリュゲンは、額に大粒の汗を浮かべながらも、冷静な声で言葉を交わしていた。


 二人は、セチュバー軍に押し込まれそうになるたび、戦線を戻す役を担っている。味方が陣形を整えるまでの時間、足止め役としても働かねばならなかった。


 一方的な防衛戦は、恐ろしいまでに体力を消耗させる。そして、勢いづこうかとする敵軍を押し返す作業は、さらに激しい疲労となってトゥームとゴボリュゲンの中に蓄積されていた。


(たった三度、セチュバー軍を後退させただけで、体を重く感じるわ)


 魔導砲までの道を切り開き、立て続けに防衛戦を行っているのだ。味方のドワーフ兵の体力は限界にきているのだろう。


 その先陣を切っていたトゥームは、尚更ともいえる。


(陣形が乱れるのも速くなってきているし、あと何回立て直せるかしら・・・)


 トゥームは、緊張で浅くなりやすくなっている呼吸を一度とめると、胸に大きく息を吸い込んだ。貯めた空気を、ゆっくりと口から出す。


 体内に酸素が送られたことで、僅かに疲労が軽くなったのを感じる。体内魔力の循環も幾ばくか改善され、手に持つ修道の槍を強く握りなおした。


 そして、ドワーフ兵の倒される姿がトゥームの瞳の端に映りこむ。彼女は反射的に床を蹴っていた。


 ドワーフ兵の体が完全に床に落ちる頃には、槍を構えたトゥームが場所を入れ替わり、セチュバー兵の追撃を阻止にかかっていた。


(足が重い)


 他の者からすれば、驚異的ともとれる反応速度ではあったが、トゥームは自身の動きが鈍くなりつつあるのを実感する。


 不意をつかれた敵兵の武器を払い上げ、隙だらけとなった胴に全体重を乗せた石突の一撃をくわえる。


 鎧がへこむほどの打撃をくらったセチュバー兵は、背後の仲間を巻き込んで吹き飛ばされた。


(浅い)


 致命傷の手ごたえを感じなかったトゥームは、槍を正眼に戻す勢いとともにセチュバー兵への追い打ちをかけた。


 巻き込まれて体勢を崩した者も見定め、全員に致命傷を与えられるようにと思考が回る。


 しかし、思い浮かべた動きに、実際の体は微かに遅れて動き出した。


 危機感を覚えたトゥームは、石突でつきとばした者にだけ止めをさすと、突出しすぎないようにバックステップを踏んだ。


 セチュバー軍のなかから突き出された新たな槍が、トゥームの服をかすめて切り裂く。


(無理をしていたら当たっていたわ。いえ、反応が遅れて深手を負っていたかもしれない)


 次に繰り出されてきた攻撃を修道の槍で弾き、トゥームは服の切られた右肩をちらりと確認する。


 服の切れている位置は、傷を負っていれば血管や神経を傷つけられ、右腕が使い物にならなくなっていたかもしれない場所だった。


(鎧も、持ってきておく、べきだったかしら)


 矢継ぎ早にセチュバー軍からだされてくる攻撃に、トゥームは一歩二歩と引くことを余儀なくされる。


 全ての攻撃をやり過ごしつつも、反撃に転じれなくなっている自分を実感させられてしまう。


 だが、活性化したトゥームの視神経は、敵の動きが重なるのを見極め、修道の槍が自然と敵の武器を払い上げるよう動いていた。


「はあ!」


 気合の声とともに放った槍は、数人の武器を同時に弾いていたが、勢いが不足して逆に抑え込まれてしまった。


「くっ」


 トゥームは、腕にのしかかった重みと無駄に押し合わぬように、肩を捻ることで腕を返し、修道の槍の自由を確保する。


 また一歩引くことで、間合いを確保しようと考えた刹那、セチュバー軍の背後で異変が起こった。


「うわぁ」


「おわぁぁぁ」


「ごふ」


 セチュバーの兵士が、次々と宙へ舞いあがる。


 ある者はそのまま落ち、ある者は天井にまで激突し、ある者は壁にまで飛ばされて行く。


「・・・暴走したワロワ種が、シュターヘッドを引き連れて・・・」


 騒がしくなったセチュバー軍の中から、トゥームは不穏な叫びを耳にした。


「ワロワ種・・・」


 トゥームが思い浮かべたのは、空色の友獣クウィンスのことだ。


 大きく一歩下がり、浮足立ったセチュバー兵の一人に狙いを定めると、トゥームは修道の槍を素早く突き出す。


 鎧ごと貫かれたセチュバー兵は、絶命の声も上げられずに崩れ落ちた。


 その向こうに、見覚えのある馬車を牽引するワロワが姿を現す。


「クウィンス」


「クェ」


 トゥームに応えた友獣は、くちばしに大きな斬撃の跡がくっきりと浮かび、空色と白のコントラストが美しいはずの毛並みは、あちらこちらから流れ出る血で赤く染まっていた。


 近くにいたセチュバー兵を前足で蹴り飛ばし、トゥームのもとへと駆けて来る。


「あなた達、傷だらけじゃない」


 御者台には、盾の陰にうずくまるようにしているミケッタとホルニが、生傷も痛々しく震えあがりながらしがみついていた。二人は、やばいだの死んだだのとぶつぶつ呟いて視線が定まっていない。


 両手でしっかりと握りしめている盾も、形が変形する程に攻撃を受けていた。


 トゥームが後方へ視線を移すと、ボロボロに切り裂かれた幌をなびかせている馬車が目に入った。


「っ!」


 疲れているのも忘れ、トゥームは荷台へと駆け上がる。そこには、おっさんが一人、目を瞑ったままぐったりと倒れ込んでいた。


「サブロー!」


 トゥームは青ざめた顔になり、三郎の両肩を揺さぶって名前を呼んだ。


「・・・うう、トゥーム」


「こんな・・・大丈夫なの!?」


 こんなと言ったのは、切り刻まれた幌を指している。だが、よくよく見れば、三郎には流血している様子は見受けられない。


「気持ち、悪い、揺すらないで、くれ」


 ゴン


 トゥームは両手を放した。自然と三郎は荷台に倒れて、したたかに頭を打つ。


「いたい・・・」


「痛い程度なら大丈夫よ」


 言葉を返すと、トゥームは修道の槍を掴み、周囲へと視線を巡らせて戦況を確認した。


 クウィンスに着いてきたであろうシュターヘッド達が、傷だらけの状態でセチュバー兵と戦闘を繰り広げている。その後方には、グレータエルートの軍が追いついてきているのが見えた。


 トゥーム達を攻撃目標としていたセチュバーの軍が、背後を襲われたかたちとなったようだ。それも、後続の進行を抑えていた敵を、クウィンスが無理やり突破したがための現状なのだろうと、トゥームは理解する。


「サブロー、そこで大人しくうづくまっていて。外を見ようとして頭をあげないでよ」


 注意の言葉だけ残すと、トゥームは馬車を飛び降りて戦場へともどって行く。僅かに覚えた安堵の気持ちが、トゥームの槍に鋭さを取り戻させるのだった。

次回投稿は10月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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