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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第214話 「ふいー」とシャポーは言う

 トゥームは敵の剣筋を見極め、後ろに引いている右足のかかとを、とんと床に降ろした。そうすることで、頭の位置は拳一つ分スウェーバックする。


 横薙ぎに振るわれた相手の剣先は、トゥームの眼前を通り過ぎて空を切った。


 振り抜いたことで『虚』となった敵の左脇の下へ、後ろ足を伸ばすことによってトゥームはするりと自身の体を移動させる。


 床から返るわずかな抗力をも利用したその動きは、並みの兵士に反応することすら許さないものだ。最短の距離で前に出された左足は、トゥームを敵の真横にまで難なく踏み込ませた。


 そして、肩へ担ぐように構えた修道の槍を、敵の無防備となった脇へ軽くあてがう。


「ふっ」


 トゥームの吐いた短い呼吸と同時に、右足は自然と前に出された。素早い移動によって、修道の槍はその切れ味を何倍にも高められ、敵兵の肩を大きくえぐり取るように切り上げられる。


 致命傷だ。


 既にそれを理解しているトゥームは、冷徹ともいえる照準を次なる標的へと合わせていた。


 斬撃による負荷から解き放たれた槍の穂先は、制御不能ともいえる速度にまで達している。


 敵を間合いにとらえるため、トゥームは更に一歩大きく踏み出した。


 出された左足のつま先は、敵兵の体の正中線へと向けられている。トゥームは、加速した修道の槍を左足の向きによっていともたやすく制御すると、鎧を纏う兵士を袈裟懸けに切り下ろした。


 修道の槍が備えている本来の威力に加え、トゥームが体内魔力を循環させて斬撃能力を上げたことで、敵の兵士の上体は斜めに切り落とされる。


 敵の体を通過してもなお振り抜いた勢いの残る槍を、トゥームは後方へ流すと同時に前足で床を蹴りつけ、ステップを踏んでドワーフ軍の隊列へと戻るのだった。


「とんでもない動きをしおるわ」


 戻ったトゥームへ向けて、ゴボリュゲンが感嘆の声を上げる。


 そう言ったゴボリュゲン本人も、巨大鎚で敵兵の盾に攻撃をあてると、そのまま相手を床へと叩き伏せて見せるのだった。


「とんでもないのは、ゴボリュゲン殿の方だと、思いますよ」


 トゥームは、突きこまれてきた長槍を掴むと、勢いを利用して引っ張り持ち主の体制を崩させる。前のめりになった相手の顎を狙って、防具を装備している膝を合わせた。鈍い音と共に、敵の体は脱力して崩れ落ちた。


「そうかそうか。強き者に認められるは、愉快極まりないわい」


 武器を構え直したゴボリュゲンは、口元に笑いを浮かべて言うのだった。


 そして、トゥームの目に、魔導砲が敵兵の合間から見えるまでに迫っているのが見えた。


「もう少しです」


「おうよ」


 気合の声を交わすと、トゥームとゴボリュゲンは一層の集中力で敵の布陣を切り開いて行く。


 修道の槍により、数名の敵が倒れた先に、魔導砲と呼ばれる円柱状の物体が姿を現した。


 アーチ状の天井に支えられた奥が行き止まりとなっている通路に、大人の男性が一抱えする程の直径をゆうする柱が、台座の上に寝かされている。魔導砲は、複数のエネルギールートに接続されており、法陣の処理が追いつかない量の魔力供給をされているのだった。


「防衛陣形!敵を近づけさせるなよ」


 過魔素流かまそりゅうと呼ばれる、エネルギー供給過多となっている魔導砲は、ぎゅいぎゅいと不規則な音を発しながら発光現象を起こしている。


 その魔導砲を背にするかたちで、ドワーフ軍は敵兵へ向けて陣形を素早く整えるのだった。


「どう見ても数が足りん。さっさとこの柱をぶっ壊すぞ」


「だめなのです!暴発するのに十分な魔力が、蓄積されているのですよ」


 ゴボリュゲンの言葉を、追いついてきたシャポーが鋭い声で制止した。


「時間も無いのだろう。一か八か、破壊するしかあるまいて」


 ドワーフの目から見ても、暴発寸前の危険な状況であるのがわかるほど、魔導砲が光を発するたびに過剰な魔力があふれ出しているのだ。中途半端に生成された魔力弾が、時折ぶれるように形を変形させているのも不気味に映る。


「魔導砲が正常に作動していればですが、まだ少し発射までに時間がかかるのです。暴発させるのにも二つの方法があるのですよ。一つは正常動作している状況で、魔力放出の術式を起動せずに魔力供給を続ける方法。二つ目が、魔導砲に施工されている術式の処理速度を無視して、魔力供給だけを加速させる方法なのです。あふれでている魔力と法陣の状態から、後者であると断定できます。エネルギー供給速度から見ても、正常砲撃に要する時間の半分程度で暴発に達すると思われるのですよ」


 薄緑色の光を両目から放っている魔導師の少女は、興味深そうに魔導砲を観察しながら言った。


「おい、このお嬢ちゃんは、何を言っとるんだ」


 少しばかり混乱した表情で、ゴボリュゲンはシトスに通訳を求めた。


「声色から察するに、シャポーさんは『間に合う』と言っているのかと思いますよ」


 シトスにしては歯切れの悪い感じで答えを返す。


「ならここは嬢ちゃんに任せる」


 エルート族がそういうのだから間違いないと確信し、ゴボリュゲンは早々にドワーフ軍の指揮へと戻っていった。


(間に合うようには聞こえましたが、シャポーさんの声から『興味』の音ばかりが強く響いてしまっていて、少しだけですが不安になりますね。耳を疑ってしまいますよ)


 シトスは自分の耳に触れると、メーシュッタスの剣を構え直して、精霊魔法の準備を始めるのだった。


 シトスの仕草を見て、シャポーの横顔へと視線をうつしたトゥームは、呆れた表情となって目を細める。


「シャポー」


「・・・」


 返事が無い。


「シャポーってば、早く解除しないと、暴発するんじゃなかったの」


「っは!そうでした。魔導砲が稼働しているのを見るのは初めてだったので、ついつい興味深く観察してしまったのです」


 トゥームの二度目の呼びかけで我に返ったシャポーは、申し訳なさそうな表情で返事をした。


 二人の会話が聞こえていたシトスは(真実の耳に頼りすぎてもだめですね)と、自分の修行不足をしみじみと実感するのだった。


「この場所は死守するわ。シャポーは解除に集中してちょうだい」


「分かったのです」


 トゥームの言葉に、気合を入れ直したシャポーが握りこぶしで答える。


 ドワーフ兵の布陣もとりあえずの形を整え、いざ防衛戦に入ろうかという刹那、思わぬ声が上がった。


「ふいー、終わったのです」


 激しい戦闘を覚悟した矢先、味方の士気を下げるほど頼もしい言葉が、魔導師少女の口から発せられるのだった。

次回投稿は10月17日(日曜日)の夜に予定しています。

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