第213話 何かの際の袋
「魔導砲を暴発させようとしています」
トゥームは、最前線にいたゴボリュゲンの横に並ぶと、敵兵の一人に突きを放って言った。
「おう、エルートの二人から聞いておる。猶予は?」
鎚をかちあげながら、ゴボリュゲンは振り向きもせずに言葉を返す。さすがに、敵兵と剣を交えているさなかにゲージへ目を落とす余裕は無く、シトスとムリューから連絡の内容を伝えられた様子だった。
「シャポー、暴発までどれくらいの時間が残されているかわかる?」
小脇に抱えている魔導師の少女へ、トゥームは質問を投げかけた。その間も、セチュバー兵の攻撃をいなし、巧みなステップワークで敵を倒してゆく。
「あうあ、恐らく暴発までぇ、っんが、四半刻もないか・・・とぅ!」
がくんがくんと首を揺らせて、シャポーは目を回しつつ必死に答えるのだった。
「撤退するにも時間がありませんね」
ふわりと、トゥームの傍に降り立ったシトスが言う。彼も両目を青白く発光させ、魔導砲から放たれている不穏な魔力を視覚的にとらえているようだった。
「なれば進むだけ。トゥーム殿、行けるか」
「そのために来ましたので」
敵兵を押し返し力強く言うゴボリュゲンに、トゥームは平時と変わらぬ冷静な声で返す。
「肝の座った姉さんだ。愉快愉快」
ゴボリュゲンは豪快に笑うと、味方へ向けて「一点突破」の命令を飛ばした。当然、一点とはゴボリュゲンとトゥームが並び立つ場所を示している。後続の部隊と切り離されてしまうのを覚悟して前進しようというのだ。
槍で敵を突き放して一瞬安全な空間を作りだしたトゥームは、シャポーを床に立たせるとシトスに託して言った。
「シャポーをお願い。それと・・・サブローにも連絡を」
「わかりました」
声色から意図をくみ取ったシトスは、間髪を入れずに答える。
トゥームの声には、シャポーの護衛を頼むと同時に、サブローへ撤退するよう連絡を入れてほしいとの意思が込められていた。
短く礼の言葉を残したトゥームは、魔導砲への道を切り開くため走り出す。
(サブローが我々を置いて要塞から脱出してくれるとは思えませんからね)
シトスはゲージを操作すると、三郎にではなく御者の二人へ向けて事の仔細を送るのだった。少なくとも、三郎の身の安全を考えて動いてくれるだろうと期待してのことだ。
「どしたの、シャポーったらフラフラしちゃってるじゃない」
ドワーフの援護から一たび戻ったムリューは、シャポーの両肩をおさえて心配そうに顔を覗きこんだ。
「ヒャポーは、大丈夫なのれすよ。しょれよりも、急がないとれすので」
いまだに目が回って足元の定まらないシャポーだったが、懸命に前へ足を踏み出そうとしてる。
「ムリュー、私達はシャポーさんを護りつつ、ドワーフ軍の援護を続けます。前を行く部隊から離れぬよう、気を付けて進みますよ」
「了解。シャポーには傷ひとつ付けさせないんだから」
やりとりを交わしている二人の間から、頬を叩くぱんぱんという音が響いた。
「ヒャポーのことも、頼ってくだすって結構れすので」
表情を引き締め、しっかりと前方を睨んでいるシャポーがそこにいた。少し頼りないろれつだったが、意識は持ち直したようだ。
「ドワーフ族の突破力に、肩を並べられるのはトゥームさんだけです。私達は支援役に徹しますよ。くれぐれも離れないよう注意してください」
頑張っているシャポーを認めるように、シトスはにこりと笑って言う。
ムリューとシャポーが「スィッ」と了解の合図を返すと、三人は前線へと駆けだすのだった。
御者の二人は、ゲージに送られてきた内容を互いに見せあいながら、どうしたものかと話し合っている。
御者とはミケッタとホルニのことであり、つい先ほどまでは御者台の上で剣と盾をしっかりと握りしめて周囲を警戒していた。だが、突然ゲージへと送られてきたシトスのメッセージに、決断を迫られて小さな声で話し合いを始めたのだ。
一応の上司ともいえる三郎に相談すべきなのだろうか。いや、シトスから三郎へ連絡が入っている様子がないことから、理事である三郎の身の安全を第一に行動すべきではないのか。しかし、この教会評価理事が仲間を置いて退避するのをよしとするだろうか。はたまた、クウィンスが、三郎の意向に反して要塞から脱出してくれるのか。などであり、別としてシトスの意向に反する可能性すら頭の片隅によぎってしまっていた。
文面からは、迷いに許される時間がさほどないことが読み取れている。
「で、どうするよ」
ホルニの問いに、ミケッタが決意を固めた表情で顔を上げた。
「理事には伝えずに、急いで出発しよう。シトスさんからの指示だ、咎を受ける覚悟でいこう」
「だな」
御者二人が互いに頷き合ったところで、がっちりと肩を組んでくる人物が背後から現れた。
「うっぷ。さっきからひそひそと話し合って、ちらちらと俺の方を確認してた・・・おぇ、よな」
今にも何かを吐き出しそうにえづきつつ、ミケッタとホルニの間から顔を出したのは三郎だった。
「ぱっぷ。ぽぇ」
三郎の頭の上では、ほのかが嗚咽を真似しながら身を乗り出している。
「いえ、あの、サブロー理事には、シトスさんからの連絡は届かれていないのかなと」
「おい」
真面目なミケッタが、ゲージをそろりと差し出して答えてしまった。ホルニは、生真面目すぎる相棒に、額を押さえて天を仰ぐ。
「うぷ」
内容を確認した三郎は一つえづく。
「急いで退避した方がいいです。シトスさんからの指示でもありますし」
ホルニは気を取り直して三郎に進言する。シトスが自分達に理事の命を護るよう伝えてきたのだ、信頼を裏切ることは出来ないとも感じていた。
更に、いよいよ青白さが増してきた顔色の三郎を、安全な場所まで連れ帰りたいとの思いもあった。
「外に出たとして、防衛機構の攻撃を全てまともに受けたら、馬車は持ちこたえられるのか・・・うっ、な」
グロッキーな三郎だが、御者二人の肩を掴む手には力が入っている。
「全力で駆け抜ければ、クウィンスの足なら、どうにか」
確証が無いのだろう。ホルニがわずかに目を泳がせて言った。
三郎は口元をほころばせると、力強く掴んでいた手を広げて、御者二人の肩を軽く叩いた。
「どちらも危険なら、おえ・・・選ぶ道は一つだと思うんだうぇ」
ミケッタとホルニは見た。三郎の言葉に、クウィンスの両耳が反応を示したのを。
((あっ、やっぱりか))
二人の頭の片隅をよぎった『シトスの意向に反する可能性』が確かなものとなった瞬間だ。
「クェェ」
クウィンスは馬車の方向を変えて動き出す。要塞の奥、魔装砲が設置されている場所へと。
「二人は、この状態で『吐くぞ』って『理事に脅された』とでも言ってくれれば・・・おえ、動き出したらキタっす」
ミケッタとホルニの肩を掴んでいた三郎の手に、妙な力が入れられた。
「きたなっ、今ちょっと出たっすよね。理事、ちょっ、まじっすかー」
ホルニが投げやりになった声を上げつつも、剣と盾を構え直して前を見据える。
「あーもういいです。具合の悪い人は、車内に戻ってうずくまっててください。乱戦の中じゃ、クウィンスも全速は出せませんし、揺れは大きくなりますから、覚悟してくださいよ」
ミケッタも完全に諦めた口調で手綱を握って、盾をしっかりと体に密着させるのだった。
「・・・あい」
おっさんは申し訳なさそうに返事をすると、馬車の中へと戻って行く。トゥームが準備しておいてくれた『何かの際の袋』を口元にあてがうのも忘れないようにするのだった。
次回投稿は10月10日(日曜日)の夜に予定しています。




