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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
214/312

第212話 過剰なのは良くない

 ドワーフ族の軽騎兵団長ゴボリュゲンの戦いっぷりは、グレータエルートの二人も驚いてしまう程に荒々しいものだった。


「ぐおおおおおお」


 獣の咆哮にも似た太い雄叫びとともに、数名のセチュバー兵が宙を舞う。


 振り抜いた巨大鎚によって、ゴボリュゲンの脇に大きな隙がうまれると、セチュバー兵が槍を突き入れてきた。だが、その攻撃がゴボリュゲンに傷を負わせることはない。


 眼光も鋭く敵兵らの動きから目を逸らさないゴボリュゲンが、硬い鎧で攻撃を受け止めて、力任せに押し返してしまうからだ。


 金属の削り合う嫌な音が響くと、再びゴボリュゲンの野太い雄叫びとともに、巨大な武器が空気を切り裂いて押し通る。そして、二から三人のセチュバー兵が、仲間を巻き込みながら吹き飛ばされて行くのだった。


 団長の切り開いた穴を押し広げるように、ドワーフ軍が続々となだれ込んでゆく。


「遅れるなよ皆の者。砲を撃たれたでは済まされんぞ」


 ゴボリュゲンの命令を受け、了解の声を合図に進軍速度はさらに加速する。それゆえ、ドワーフ軍の隊列は必然的に伸びはじめ、負傷する者の数も当然増していった。


 シトスとムリューが、大気の精霊魔法によって空気抵抗を高めて、セチュバー兵達の動きを鈍化させていなければ、犠牲者の数は倍以上となっていることだろう。


「さすがに、隊列が長くなりすぎると、後方の支援までは手がまわりませんね」


「別れて支援する?わたしが後ろにいこっか?」


「互いの負担は増しますが、隊列を途切れさせて前線が孤立するのは危険です。お願いできますかムリュー」


 シトスにムリューが答えようと口を開きかけた瞬間、要塞内の遠く、上階の奥で魔法のトラップが作動するような音が微かに聴こえた。グレータエルートの中でも優秀な聴力を持っていなければ、戦いの雑踏で聞き分けることが出来ないほどの音量だった。


「今の音・・・」


 ムリューが長い耳に手をあてて、シトスへ確認する。


「魔導式のトラップが作動したようですね。小さな衝撃音でしたが、魔法特有の周波数が混ざっていましたから」


 シトスは答えると、味方の軍勢の後方へと視線を向けた。


「どうやら、私達はこのまま前線の援護を続けていて良いようです」


 前へと向き直ったシトスは、新たな大気の精霊を敵の只中に解き放つと、メーシュッタスの剣を抜いて駆けだした。


「さすが私達の同胞ね、やることが早くて助かっちゃう」


 シトスの声から、全ての状況を理解したムリューも、剣を手に走りだす。


 後方のセチュバー兵と戦っていたグレータエルートが、十分な安全を確保しおわり、要塞の内部構造の調査を本格的に始めていたのだ。二人が聴き取った先の音は、大気の精霊が魔法のトラップを誤作動させて無力化した音だった。


 シトスが振り向き目にしたのは、長くなってしまったドワーフ軍の隊列後方に加わるグレータエルートと修道騎士達の姿であった。


「ムリュー全力で行きましょう。魔導砲を使われたら私達と敵の双方に、甚大な被害が出てしまいますから」


「とうぜん。この混戦状態で撃たれたら最悪だし」


 シトスとムリューの交わす声には、隊列の中ほどを心配する響きは含まれていない。なぜなら、二人が信頼している修道騎士トゥームと魔導師シャポーが、ドワーフ軍の中にいるからだ。


「しゃひぃぃ」


「ほら、私の前に出ないの」


 首根っこを掴まれたシャポーが、トゥームに引き戻される。


 今までシャポーの頭のあった空間を、セチュバー兵の剣が通り過ぎた。


「た、助かったのです。魔法に意識を集中しているとですね。ぼうっと歩いてしまう感じになるのです」


 トゥームの背中へ隠れるように動いたシャポーが、情けない声で言い訳をした。


「魔法を使っていて大変なのは分かるけれど、命は大事にしてもらわないとこまるわよ」


 ドワーフ軍の隊列をすり抜けて駈け込んで来たセチュバー兵を難なく切り伏せ、トゥームはシャポーを背中に抱えるようにしつつ周囲を警戒する。


「申し訳ないのです。でもですね、地下の調査はしゅーりょーしたのですよ。崩壊の魔法は、この第五要塞には仕掛けられていないのです」


 鼻をふんふんと鳴らしながら、シャポーは得意げに語る。


「皆には?」


 近くにいたドワーフへ振り下ろされそうになっていたセチュバー兵の剣を、トゥームは修道の槍で弾き飛ばしつつ聞く。ドワーフは「ありがとよ姉さん」と言って、セチュバー兵に止めの一撃をお見舞いするのだった。


「ケータソシアちゃんとゴボリュゲンさん、当然シトスさんとムリューとサブローさまにも既に伝えたのです」


 ふっふーんと聞こえてきそうな表情で、シャポーは胸を張って答えた。


(グロッキーなサブローには必要なかったんじゃ・・・ま、いいわね)


 言われたトゥームは、どちらでも良いかと考え直す。


「さすがシャポーね」


 シャポーの前を笑顔で通り過ぎると、トゥームは新たに別方向からくる二人の敵兵を、水平にした修道の槍でおしとどめる。


 二対一ならば力負けしないと踏んだのか、セチュバー兵は修道の槍へ全体重をかけるように剣を前へと出してきた。


 だが、重心を低く保っていたトゥームはピクリとも動かない。意地になって力を入れて来る二人の敵に対し、トゥームは片側の剣に加わった力をするりと受け流してみせた。


 その兵士はバランスを崩すと、前のめりにたたらを踏む。


 トゥームは敵の力を利用して、もう一人の頭部めがけて、遠心力を乗せた修道の槍の石突をめりこませた。


 セチュバー兵の兜は、原形をとどめないほどにひしゃげてしまう。かぶっていた者が生きていられるとは、到底思えない変形っぷりだった。


「おのれぇ」


 体制を立て直したセチュバー兵が、怒りの声を上げてトゥームに斬りかかる。


 しかし、振り上げた剣は、空中で硬く固定されたように動かなくなり、振り下ろすことができない。


「んなっ」


 兵士が驚いて見上げた先では、己が掴んでいる剣を軸に複数の小型魔法陣が出現していた。それが、彼の目にした最後の光景となる。


 隙だらけとなった胴を、修道の槍が横一線に通り過ぎたのだ。


「うう、やっぱりシャポーは戦場なんて苦手なのです」


 どさりと落ちる敵兵から、シャポーは顔を逸らしつつ言った。


「でも助かったわ、ありがとう」


 慰めるようにシャポーの肩に手を置いたトゥームは、出来る限りの優しい声で感謝を伝えるのだった。


 戦況を確認するように、トゥームが周囲へ視線を巡らせると、何人かのセチュバー兵の武器が小型魔法陣によって自由を奪われている様子が目に入る。


 要塞地下の探索を終えたシャポーが、ドワーフ軍の援護に魔法のリソースを割き始めたためだ。


 トゥームとシャポーの働きで、乱れそうになっていたドワーフ軍の陣形は持ち直し、更に押し返し始めるのだった。


「むむむなのです」


 何かの気配を感じ取ったシャポーが、額に手を当てて目を細めると、魔導砲のある前方を凝視した。


「気になることでもおきたの」


 周囲への警戒を緩めることなく、トゥームはシャポーに問いかける。


 シャポーは両目の魔力循環を強化し、薄緑色に発光する瞳で観察しながら「ふむむむ」と唸る。


過魔素流かまそりゅうを起こしているみたいなのです。術式の処理速度や能力を無視して、魔力エネルギーだけを過剰に送り込むとですね、ある周波数帯の魔力素が法陣などから発生することがあるのですけれど、それが見えるのです」


「過魔素流なんて聞いたことないけれど、問題があるってことよね」


「ありのありありなのです。魔導兵器の過負荷をつづけるのは、暴発につながる危険行為だと教わる基本中の基なのですよ。過剰流入の防止として術式を組み込むのはもちろんなので、意図的に過魔素流を起こさせているかもなのです」


 両拳をぶんぶんと振って訴えてくるシャポーの様子に、トゥームは言われようのない危機感を覚える。


「暴発すると」


「第五要塞ぜんぶとは言いませんが、吹き飛んじゃうと考えられるのです」


 答えを聞くや否や、トゥームはシャポーを左脇に抱えると、全速力で魔導砲の設置されている場所へと走り出す。


「あばば、あばばばばば」


 過度の風圧によってシャポーの顔面が歪んでしまうのを、気づかってあげる余裕すら失ってしまうのだった。

次回投稿は10月3日(日曜日)の夜に予定しています。

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