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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
213/312

第211話 お嬢ちゃんと姉さん

「突陣形。魔導師のお嬢ちゃんへ敵を寄せつけるな」


 ゴボリュゲンの力強い声が戦場に響く。


 団長であるゴボリュゲンを含むドワーフ兵は、シュターヘッドから降りて、両手で巨大鎚を構えていた。後方の敵はグレータエルートと修道騎士団に任せ、防御力の高い鎧を最大限に活用した突進力で、魔導砲まで接近しようとしているのだ。


 陣形を整えたドワーフ軍は、要塞内の空気を震わせるほどの鬨の声を上げて前進し始めた。


「我らの一歩は岩をも穿つ。人族に止めることはできんぞ」


 凶悪な速度でハンマーが振り下ろされるごとに、ドワーフ軍は一歩一歩と魔導砲への距離をつめてゆく。


 その陣形の只中に、魔導師のお嬢ちゃんことシャポーを含む三郎の仲間一行が肩を並べていた。


 彼等も既に馬車から降り立っており、魔導砲の破壊へと向かうドワーフ達に加わって戦っているのだ。


 重厚な鎧をまとうドワーフ兵とて無敵ではない。踏み越える敵の屍が増えるにしたがい、味方の被害も徐々に大きくなっていった。


 敵の刃に倒される兵士が出れば、陣形が崩れる要因となるのは当然だ。


 トゥームは持ち前の俊敏さをいかし、崩壊しかけた陣形を幾度となく立て直させるのだった。


「シャポー、魔導砲の充填があとどれくらいで完了するのか予想できる」


 陣形の維持をドワーフ兵に託したトゥームが、シャポーのもとへ戻ると疑問を口にした。


「えとえとですね、設置されている物は『魔導臼砲』の改良型に見えたのです。攻城兵器のように魔力エネルギーを放出するだけのものと違い、臼砲は『弾』を術式によって生成して射出するのですよ。要は、時間がかかると言うことなので、この分なら間に合うのです」


「シャポーが言うなら、安心材料になるわね」


 必死に早口で説明してくるシャポーに、トゥームはお礼代わりの笑顔を返した。


 だが次の瞬間には、表情を真剣なものに戻し、間隔の開いてしまったドワーフ軍の陣形を埋めるべく駆けだすのだった。


「陣形を崩すな。修道騎士の姉さんに助けられてばかりだぞ」


 ゴボリュゲン自身も、陣形の乱れを支える働きをしつつ軍全体を鼓舞する。


 ドワーフ達から上がる気合の声を聞きながら、走る勢いもそのままにトゥームは陣形の合間に修道の槍を滑り込ませた。


 速さののった槍は、盾を構えるセチュバー兵の一人を突き転がせ、その奥にいた兵士へも迫る。


 トゥームは、倒れた兵士を盾の上から踏みつけて自由を奪うと、次の敵の腹部めがけて槍を繰り出した。


 目の前の仲間が不意に消えたせいで、トゥームの槍を並みの兵士では防ぐことはできなかっただろう。だが、その者は驚異的な反応速度で剣を操ると、トゥームの刺突を受け止めて致命傷をさけてみせたのだった。


(魔装兵が配備されている。セチュバー側が第五要塞を『要所』に位置付けている証ともとれるわね)


 頭の片隅で冷静な思考を巡らせて、トゥームは眼を鋭く細めた。


 守衛国家セチュバーの主戦力であり、国家特有の戦力ともいえるのが魔装兵の存在だ。


 中央王都でトゥームが槍を交えたラスキアス・オーガ率いる『機巧槍兵』は、魔装兵の上位互換とも呼べる兵士達であり、クレタス諸国ですら知り得ていなかった軍だった。その者らとは違い、いま目の前にいるのは、セチュバーの常備戦力として情報公開されている一般的に『魔装兵』と呼称される兵士だ。


 装備する鎧や武器に、天然のエネルギー結晶から魔力を供給し循環することで、運動と攻撃性能を飛躍的に高めることができる。魔装兵には種類があり、重装備を身に着けている者を『魔装重兵』と呼び、セチュバーの通常兵装に近い者を『軽魔装兵』もしくは一般として『魔装兵』と呼ぶ。


 トゥームの前に現れたのは、魔装兵に分類されるセチュバー主戦力の兵だ。故に、セチュバーがこの要塞を防衛の要と考えているとも受け止めることができたのだった。


 一人目の盾によって勢いが削がれていたとはいえ、トゥームの突きを受け止めたのは魔装兵であったればこそといえた。


 トゥームは自然と体内魔力操作の精密度をあげ、魔装兵の動きに意識を集中する。


 足元で起き上がろうともがいた兵士が、戦いの流れを不利にさせる要素になると判断し、トゥームは首の根元を素早く蹴りつけて息の根をとめた。


 その間も、魔装兵の動きからは目を逸らすような真似はしない。


 トゥームが槍を引いて構えると、魔装兵も剣を前に出して迎え撃とうと体制を立て直す。しかし、修道の槍をまともに受け止めてしまったせいで、魔装兵の体に衝撃が残っており僅かに体を傾かせた。


 時間にしても、剣を握り直す程度の一瞬の隙。


 そこへ、トゥームは再び修道の槍を突きだした。


 狙いは、剣の軸から外れて傾いた、敵兵の兜と鎧のつなぎ目だ。


 最短距離で到達した刺突は、一瞬にして魔装兵の命を絶つのだった。


「セチュバー兵の中に魔装兵を確認。注意を」


 後続のドワーフ兵に場所を譲りながら、トゥームはゴボリュゲンに向けて警戒するよう声を飛ばした。


 シャポーの傍へ戻りつつ陣形全体を見渡せば、前進に遅れが生じているドワーフ兵は魔装兵と切り結んでいることが、トゥームの目に明らかに映るのだった。


「セチュバーの主力兵か。妙に手ごたえのある奴が混じってると思ったわい」


「通常兵装に近い見た目ですからね。ただ、個の戦闘能力は倍以上だと考えなければならないでしょう」


 隊列を立て直させて戻ってきたゴボリュゲンに、トゥームは警戒心を強めた表情で答えた。


「しかし、見ていたぞ。修道騎士の姉さんもやりおるな。鋭い突きで一撃だったろう」


「一度目は、隙を突きながらも防がれてしまいました。お恥ずかしい限りです」


「ふはは。謙虚な分だけ、伸びしろもあるというものだ。頼もしいわい」


 二人は味方の陣形に視線を巡らせつつ、他愛のない言葉を交わした。


「でだ、姉さんはどう見るかね。魔装兵をまとめて攻めれば、我らが陣形も崩せようはずだが」


 ゴボリュゲンの声色は低くなり、真剣みが増す。


「一時は崩せてもエルート族がいます、時間をかけさせるのが目的なのだと思います。もしくは・・・」


「もしくは?」


 トゥームの言葉の先を促がすように、ゴボリュゲンが方眉を上げて聞き返した。


「魔装兵の配備が少ない。それを悟らせないよう、兵士の中に紛れ込ませているのかと」


 散発的に発生している魔装兵との戦闘が、トゥームの目には明らかに少なく感じられたのだ。


「どちらも正解のようですよ」


 トゥームの言葉を肯定してきたのは、ムリューと共に陣形の中央を精霊魔法によって援護しているシトスだった。


「敵側から聞こえてくる音の中に、魔装兵を有効に活用するようにとの命令が聴き取れました。そして、仲間ごと砲撃して我々に致命傷を与える算段のようです。敵兵の声には、死を覚悟した響きが含まれていますので、間違いはないでしょう」


 続けて言ったシトスの表情は曇っていた。


「ふむふむ。敵とは言えバカな真似をさせる分けには行かんよな」


 巨大鎚を担ぎなおしたゴボリュゲンが、陣形の中央へ向けて歩き出した。


「そっちの魔導師のお嬢ちゃんも賢いが、修道騎士の姉さんも切れ者だったな。頼りになるわい」


 大きな笑いとともに言ったゴボリュゲンは、シトスとムリューの横を通り過ぎざま「手伝ってもらうぞお二人さん」と声をかけて走り出す。


 賢いと褒められてシャポーが喜びだしそうなものだが、彼女にそれほどの余裕は無かった。


 なぜなら、シャポーは第五要塞地下を探索する魔法を行使しつつ、ドワーフ軍の進む方向に魔法のトラップが存在しないかと、二つの術式を平行して発動していたからだ。更に付け足せば、地下を探索する魔法の触覚は複数伸ばされており、先程トゥームの質問に答えたのですら神業ともいえるレベルだった。


 もし、カルバリの魔導研究院の魔導師が居れば、腰を抜かすほど驚いたことだろう。悲しいかな、この場にはシャポーの凄さを確実に理解できるほど、魔導に精通している者がいないのだった。


(シャポーが「お嬢ちゃん」なのに、わたしは何でドワーフ族に「姉さん」っていわれてるのよ・・・複雑な気分だわ。この場にサブローが居たら、質問して困らせてあげたのに)


 トゥームは、どうでも良いことを頭に浮かべると、自分の役割はシャポーを護ることだと判断して気持ちを切り替えるのだった。


 この場にいないおっさん三郎についてだが、グレータエルートの守る後方部隊の馬車の中で、車酔いに負けて伸びていた。


 仲間達に付いて行こうとした際に『そんな青い顔をしてついてこられたら迷惑だ』と全員にはっきりと言われてしまったのが、更なるおっさんへの追加ダメージとなっていたなどとは、現時点で仲間の誰もしらない。


「あ~、俺ってば役に立たなすぎる・・・う、こんなに車酔いしやすかったっけ」


「ぱぁ~ぱぁぱぁぱ・・・ぷぁ、ぱっぱぱぱぁ~」


 隣には、伸びてしまった三郎を真似するように、ほのかが仰向けになって手足を楽し気にばたつかせているのだった。

次回投稿は9月26日(日曜日)の夜に予定しています。

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