第210話 ドリフト酔い
ゴボリュゲンを先頭に、第五要塞へと突入した部隊は、巨大な魔力砲弾の洗礼を受けた。
轟音とともに放たれた魔力の塊は、門の外まで到達することなく消え去ったが、ドワーフ兵をシュターヘッドともども一瞬で消滅させる威力をもっていた。
砲撃に飲み込まれた数名のドワーフ兵は、霧散してゆく魔力とともにその存在を消されてしまっていた。
「短距離高出力に調整した攻城兵器。あると知らなければ、突入した全員が消し飛んでおったわ」
数人の犠牲を歯噛みするように、ゴボリュゲンが後方を確認して呟く。
先行していたゴボリュゲンは、魔力の高まりを感じたと同時にシュターヘッドを横跳びさせ、砲撃をすんでのところでかわしていた。背後に続いていた部下も、左右に散ることで砲撃を避けており、戦闘が継続可能な者達が陣形を整えるよう即座に集結しはじめている。
門から要塞内部へと続く通路において、壁際へと寄り切ることができなかった兵士らが砲の直撃を受けてしまったのだ。
(魔導師のお嬢ちゃんには、礼を言わねばならんな)
第四要塞の構造分析をしたシャポーから、侵入直後に発動する可能性の高い罠や攻撃について、作戦会議で伝えられていた。
その情報は、軽騎兵団員の全てに通達していたが、全員無事というわけにはいかなかった。しかし、心構えがあったために、被害が抑えられたのは事実といえる。
「ゴボリュゲン団長、敵の姿が無いですね」
副団長の男が、周囲を警戒しつつゴボリュゲンに言う。
言葉の通り、要塞内に目を向ければ、無骨に積み上げられた灰色の石壁と、どこへ繋がっているのかようとして知れない幾つかの通路の入口があるだけだった。
「前の要塞と同じく、ここも放棄するつもりなのでしょうか」
副団長の問いに「いや」とゴボリュゲンは短く答えた。肌の表面をざわつかせるような殺気が、要塞内の空気に満ちているのが感じられるのだ。
潜んでいるセチュバー兵の姿こそ見えていないが、機をうかがっている様子がぴりぴりと伝わってくる。
「射線上はさけておけ。エルート軍の到着まで安全確保を優先し、砲を潰すのはそれからだ」
ゴボリュゲンは言うと、通路奥で静かにこちらへと向けられている魔導砲の位置をちらりと確認した。
円柱状のそれには、何本ものエネルギールートが接続され、複数の魔道術式が紋様のように刻み込まれている。再び発動すれば、脅威となる火力なのは間違いない。
だが、ゴボリュゲンが破壊するのを焦らなかったのには二つの理由があった。
一つは、砲が設置されている場所まで距離があるという点だ。シュターヘッドを一駆けもさせればとどく位置ではあるが、到着までには横へと繋がる通路の入口が数個見受けられる。挟撃の憂き目にあう可能性が高いのは語るまでもないことだ。
その上、魔導砲のある場所は、開けた空間になっている様子が見てわかる。上階から見下ろすことのできる造りであれば、挟撃される以上の被害は免れないのも予想できた。
二つ目としては、高出力の攻城兵器などは、エネルギーの充填に時間が必要だという点だ。魔導砲の再稼働にさえ注意しておけば、砲撃の射線上から逃れる時間も十分確保できる。
上手くすれば、装填と術式の完成前までに接近し、砲身の破壊すら可能だと考えられた。
「さて、どう出るつもりかね」
呟いたゴボリュゲンは、軍の先頭で砲の設置されている正面を警戒していた。
砲撃によって一時は乱されていた隊列も整い、ドワーフ軍は周囲を警戒しながら、じわりじわりと安全な範囲を広げて行く。
ドワーフ達は、巧みなハンドサインを送り合い、通路などの要塞内部構造の情報を共有しあっていった。
「第四要塞とは、内部構造が異なっているようです」
兵士達から送られてくる情報を、第四要塞のものとゲージで比較しつつ、副団長がゴボリュゲンに伝えた。
その瞬間、ゴボリュゲンの耳に石のずれる微かな音が入ってくる。鉱物資源の採掘場で、坑道が崩れ落ちる予兆として聞こえるものに似ていた。
音のした方へと振り向けば、兵士が横に伸びている通路へと慎重に進みながら、後続とハンドサインのやり取りをしている姿があった。その兵士達の頭上、天井石の継ぎ目に僅かな段差が生じているのが、ゴボリュゲンの目に違和感として映りこむ。
「上に注意しろ。通路に入ってはならん」
ゴボリュゲンの太く険しい声が要塞内に響き渡る。と同時に、天井の段差がずるりと動き、下に居た兵士達をシュターヘッドごと圧し潰した。落盤にも似た衝撃は、要塞全体を震わせるかのようであった。
他の通路でも同様の現象が発生しており、ゴボリュゲンの一括に反応できなかった兵士らが犠牲となる。
「物理的な仕掛けか。魔力反応にばかり気を回しすぎたわ」
毒づくゴボリュゲンだったが、天井が落ちた方向へと即座にシュターヘッドの首を回す。
天井に開いた穴は、上の階と繋がる通路となり、そこから多くのセチュバー兵が雪崩れ込んできたのだ。
「隊列を乱すな。密集陣形。押し返せ」
ゴボリュゲンが指示を出すも、セチュバー兵の勢いは凄まじくドワーフ軍は浮足立ってしまう。魔導砲の設置された方向からも天井の落ちる音が鳴り響き、セチュバー兵が姿を現したのだから、ドワーフ軍の混乱は無理からぬことといえた。
背後に敵が現れたと知ると、ゴボリュゲンは咄嗟に作戦を変更する。
「敵を正面にとらえるぞ。個々の戦闘は切り上げろ」
シュターヘッドの走力を頼りに、ドワーフ兵達は要塞入口へと踵を返した。
隊列の乱れていない後続とスイッチして入れ替わり、挟撃されている現状を打開するために動いたのだ。敵に背を向けることで発生するリスクよりも、全滅しないことを選んだのだ。
殿を担う覚悟を決めたゴボリュゲンの耳に、再び嫌な予感をさせる音が響いた。大気圧の変化が起きた際に、耳の奥で鳴るような高い異音だ。
音を上げた主は、ドワーフ軍へと狙いを定めている魔導砲だった。
タイミングとしては最悪といえる。砲が放たれるのは、エルート族が要塞へ突入したと同時になるのではないかという考えが、ゴボリュゲンの脳裏をかすめた。
ドワーフとエルートの軍が要塞の入口通路でかたまれば、砲撃の格好のえじきになってしまうのは明白だ。
「撤退!エルート軍にも伝えろ!撤退だ!」
既に回り込んでいた敵へと鎚を振り下ろし、ゴボリュゲンは声の限りに命令を飛ばす。
(わしは間に合わんな)
雪崩れ込んだセチュバー兵を切り抜けるのは不可能ではないだろう。だが、魔導砲の発動前に、要塞を脱出するのは困難だと理解できた。
軽騎兵団の団長として、退く味方へ追い打ちをかけるセチュバー兵を少しでも減らし、敵を一人でも多く砲撃に巻き込んでやるのが務めだとゴボリュゲンは心づもりをする。
(門が壊されている今、砲撃を短距離に設定する必要はない。脱出後の、散開指示を出しておかねばいかんな)
ゴボリュゲンは、最後になるであろう命令をだすため口を開きかけた。そこへ飛び込んできたのは、命令を無視するようにシュターヘッドの首を要塞内へと巡らせる同胞達の姿であった。
「何をしてっ・・・!」
ゴボリュゲンは言葉を飲み込んでしまった。
ドワーフ軍の只中を、一台の馬車が疾風の如く駆け抜けてきたのだ。作戦から鑑みても、到着するには随分と早すぎる。
馬車を追うように、グレータエルートの軍も既に要塞内へと突入しはじめていた。
「おぬしら!」
ゴボリュゲンは、馬車の動きに合わせてシュターヘッドを回頭させる。
クウィンスは、車体をドリフトさせてセチュバー兵を吹き飛ばしながら、ゴボリュゲンの横で馬車を停車させた。
驚いていたのはゴボリュゲンだけではない。要塞外の戦況を聞いていたセチュバー兵達も、あまりにも速い増援に動揺の色を浮かべていた。
「ゴボリュゲン殿。ご無事で・・・って、うっ。最後のドリフトが、胃にきた」
声をかけたのは、馬車の窓から顔を出した三郎だった。ゴボリュゲンを見て安心したのか、三郎は青ざめた顔になると車酔いのため口元を押さえる。
周囲では、追いついてきたグレータエルートが戦闘を開始しており、通路の中を所狭しと立体的に動いて、セチュバー兵を翻弄し押し返してゆく。
ドワーフ軍も戦線に復帰し、形勢が逆転し始めていた。
「っく・・・がっはっはっ!味方にまで奇襲をかけるとは、やりおるわい。魔導砲が再起動しておる、潰すのを手伝え」
唖然としていたゴボリュゲンだったが、大声で笑いだすと気合のこもった声で三郎達に言うのだった。
次回投稿は9月19日(日曜日)の夜に予定しています。
誤字報告をくださり、誠に有難うございます。2021年9月17日確認させていただきました。




