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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第209話 峡谷に鳴り響く音

 ドワーフ族軽騎兵団は、迷いの一切見られない動きで第五要塞の門へと突進して行く。


 側面を固め並走する教会の兵は、槍を大振りに振り回し、魔法と金属の矢から軽騎兵団を護っていた。


 第五要塞から放たれる矢は、第四要塞のそれよりも激しく、猛烈な数と勢いでドワーフと教会の軍勢に降り注ぐ。


 精霊魔法による大気の防衛をもってしても、全ての矢を逸らせるには至らない。修道騎士団と修練兵達は難しい防衛戦を強いられ、修練兵の中には犠牲となる者も既に出はじめていた。


「我らが目指すは門。鉄槌の威力をもって同志への返礼とせよ」


 ゴボリュゲンが太く大きな声で鼓舞すると、ドワーフ軍から地を震わすような雄叫びが返される。


 ドワーフ達は、正面から襲い来る魔力弾に怯むことも無く、シュターヘッドに加速を促した。正面から向かい来る矢は、シュターヘッドの頭部に弾かれ、ドワーフの分厚い鎧を貫通できずに壊れて消滅してゆく。


 彼らのなかにも運悪く倒れる者が数名出てはいる。だが、ドワーフ族の士気を下げることはできなかった。


 先頭を進む破開鎚部隊の巨大ハンマーは赤熱し、これまで見せたこともない幾筋もの光跡を描いて第五要塞の門へと迫る。体内エネルギーを武器に循環させ破壊力を上昇させていたものを、今回は『放出』する攻撃へと作戦を切り替えたためだった。


 鎚に宿る精霊達が、打撃の威力を高めるため活性化し、赤い発光現象となってあらわれているのだ。


 ドワーフの手にする巨鎚は、軍の先頭から伝播するように次々と赤い光を帯びてゆく。破開鎚部隊含むドワーフ軍の全てが、門の破壊のみに集中していた。


「鎚の一番もらったり」


 部隊の先頭を任された者が、怒声を上げて赤熱したハンマーを振りおろした。


 金属のぶつかり合うけたたましい音が、何重にも反響して峡谷内を一瞬支配する。


 ハンマーに込められていた熱量は門扉へと注がれ、固く結ばれた分子構造にまで損傷を与えるように働く。しかし、魔力によって防衛力を高められた門は、精霊力を相殺して形状を維持するのだった。


「続けえ!」


 部隊長の命令と同時に、次から次へと勢いを乗せたハンマーが振り下ろされてゆく。


 要塞の防衛機構から打ち出される魔力の矢を押し潰し、ドワーフの鎚のひらが空気をも圧縮する勢いで門を何度も打ちつけた。


 金属の巨塊を鍛造するような音は、峡谷の壁に跳ね返され、後方にいる三郎のもとにも届いていた。


「聞いたこともない、凄い音の連続だな」


 両手で耳を押さえた三郎は、仲間に大きな声で話しかけた。まるで、金属加工の工場に、イヤーマフを装着せずに放り込まれた感覚だった。


 言いながら、三郎がエルート族の二人を見やれば、何食わぬ顔をして前方を注視している。戦況を見極めるため、耳を傾けているようにすら見える。


(精霊魔法で音の量を制御してるのか。グレータエルートってやっぱり優れた耳の持ち主なんだな)


 改めてエルート族に感心しつつ、横の仲間へと目を移す。


 トゥームは片膝をついて、何時でも動き出せるような姿勢で戦場を見据えている。その隣で、窓から半分顔を出して、恐々と外を伺っているシャポーもいた。


 同じ人族であるはずの二人も、耳の奥底に痛いほど響いてくる音に包まれている状況でも、問題ないような表情をしているのだった。


「トゥームとシャポーも、こんな金属音がしてて耳大丈夫ないのか」


 振り向いた二人が、何事か三郎へと言ってくる。が、耳を塞いだ上に騒音のなかであるため、聞き取ることは出来なかった。


(聞こえなかったけど、唇の動きで大体分かった)


 三郎が、ずるいとでも言いたげな表情になったのを見て、トゥームが更に何かを言った。


「聞きとれなかったけど、体内魔力操作で耐えれてるって言ったんだよな。俺も、こんな状況があるなら、もっと訓練しとけばって後悔してるよ」


 三郎の返事にトゥームは微笑で返すと、かわいそうにとでも言いたげな表情になって、三郎の肩をぽんぽんとたたくのだった。


 三郎達が、後方から前線の様子をじっとうかがっている間も、ドワーフ軍の波状攻撃は絶え間なく続けられていた。


 門の防御能力とドワーフの攻撃は、拮抗しているかのように見えていたが、徐々に戦況の変化となって表れ始める。攻撃の手は緩まぬものの、門の周辺に倒れるドワーフ兵の姿が増え始めたのだ。


 修道騎士やエルート族によって後方へと助け出される者もいるが、猛攻の降り注ぐなかにあって救出が追いつかなくなっているのだ。


「怯むな。役目果たすまで、鎚を振り上げろ」


 手に持った巨大なハンマーを高々と掲げ、ゴボリュゲンが命令を飛ばす。


 ドワーフ軍の士気は依然として下がっておらず、野太い雄叫びが答えとして返されるのだった。


 戦況の変化として現れていたのは、ドワーフ軍の様子だけではない。


 第五要塞の門も、打撃と精霊力の流入を受け続けて、相殺していた防御機能が追いつかなくなっているのだ。


 要塞の門は赤みを含み、熱膨張を始めた金属と建屋の石材との間で、擦れ合う異音が鳴りはじめていた。


 次の瞬間、ドワーフ兵のハンマーから注がれた熱量の全てが、相殺されずに門扉へのダメージとなって蓄積される。


「待っておったわ」


 時は来たりと、ゴボリュゲンは跨るシュターヘッドに拍車をかけた。


 門への攻撃は同じように続けられているが、鎚の打ち鳴らす金属音に明らかな異音が混ざりはじめていた。


『鉱物の精霊よ力をかせ。我らが鎚に鍛錬できぬ金属は無い』


 怒号のような叫びとともに、駆ける勢いをも乗せた巨鎚をゴボリュゲンが振り下ろす。


 扉の芯を打ち抜いたその一撃は、まるで焼きなまされた金属のように門をひしゃげさせて、要塞内部への入口を押し開けた。


「かはぁ。人族の造った物にしては、よう耐えたわい」


 口元を笑いに歪めたゴボリュゲンの鎚も、ヘッド部がまるで熔解したかに変形し、柄も曲がりカーブを描いてしまっている。


「鎚をもて!突入するぞ」


 壊れたハンマーを投げ捨てたゴボリュゲンの手に、ドワーフ兵が倒れた者の武器を拾い上げて投げ渡す。


「入口付近の安全確保だ、出すぎるなよ」


 手にした鎚の調子を確かめるように一振りすると、ゴボリュゲンは兵達に注意をうながしつつ、要塞内部へと駆け出すのだった。




 門が打ち破られる少し前、ドワーフの戦況を音で聴き取っていたケータソシアが口を開いた。


「門が開きます。我々も準備を・・・!」


 指示を出そうとしたケータソシアの横を、凄まじい勢いで馬車が追い抜いて行った。


 ドワーフ軍の攻撃の音を敏感に聴き分けたクウィンスが、またもや早々に走り始めたのだ。


「ちょっ、今回は敵兵がいるのですよ。サブロー殿たちは私達の突入後に!」


 慌てて馬を駆けさせるケータソシアと、彼女に続くグレータエルートの軍勢。


 追いすがるケータソシアの耳に、三郎の声が聞こえた。


「クウィンスが『危ないな』って言って走り出したんです。とにかく急ぎましょう」


 野生の勘というべきか、草食動物の敏感な危機察知の能力なのか、クウィンスはドワーフ軍が先行するのを危険だと感じ取った様子だった。


「友獣ワロワが・・・わかりました」


 動植物の声を聞くと言われるエルート族なだけあって、ケータソシアは即座に三郎の言葉を受け入れると、グレータエルート全体へ突撃の命令を下した。修道騎士のカーリアへ向けて、急遽ではあるが突入行動へ移るとの連絡を入れるのも忘れない。


 その時、門のひしゃげる音が峡谷にこだました。ゴボリュゲンが門を打ち破ったのだ。


 ドワーフ族の上げる鬨の声と、シュターヘッドが大地を蹴る足音が、続いて聞こえてくる。


 次の瞬間、攻城兵器もかくやという轟音と、落石を想像させるずしんと響く重たい音が大気を震わせたのだった。

次回投稿は9月12日(日曜日)の夜に予定しています。

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