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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第20話 引き継がれる者

 マフュとトゥームが、ダイニングルームの奥にあるソファに座り、難しい表情をつき合わせていた。


 サイドテーブルの上には、結構な数の業務的な内容の書かれた書類が並んでいる。その中の一つに対し、マフュが納得行かないと言い出した為、二人が難しい顔をする事になっているのだ。


 三郎は、ダイニングテーブルに座り、エッボスが子供達の勉強を見る横で、自分も本を広げて文字の勉強をしていた。


 朝食の時、トゥームからマフュに、教会雑務の引継ぎをする話が出たので、エッボスが子供達の面倒をかって出てくれたのだ。ラルカは学校へ行くし、オルガートとスルクロークは、西の森の魔獣調査について話をする事になっていた為でもあった。


 エッボスは、中央王都に孫が三人居るとの事で、子供の世話はお手の物なのだと言う。言葉通り、ティエニとリケがエッボスに懐くのも早く、大人しく勉強していた。


「やっぱり納得いかないわ。何でソルジ教会の予算が、こんなに絞られてるのよ」


 マフュは一枚の紙面を拾い、トゥームの顔に突きつける。


「さっきも説明したじゃない。ソルジは中央政府の意向で警備隊の増強があって、漁師組合も治安維持に組み込まれているから、教会の人員削減が進んだ結果なのよ」


 トゥームは、先ほどから説明している内容を繰り返す。通達の書面通り、教会本部の決定通りの回答をしている。


「トゥーム?私を馬鹿だと思ってる?この額が少なすぎるのは、私にだって一目で分かるわ」


 マフュはそう言うと、トゥームの目を真っ直ぐに見つめた。澄んだ瞳が、トゥームに『説明しろ』と訴えてくる。


「ははは、説明してやればいいじゃないか。もう、ここに来た時点で蚊帳の外と言うわけにも行くまいよ」


 子供達に勉強を教えていたエッボスが、トゥームとマフュの様子を見て笑いながら言った。トゥームはエッボスの言葉に、反論するような表情を一瞬見せたが、すぐに諦めのため息をついてマフュに向き直った。


「子供に聞かせるような話じゃねーな。ティエニ、リケ、外で体でも動かすか」


 エッボスは、ティエニとリケを促して部屋から出て行く。三郎は、話を聞いてよいものか考えたが、トゥームとマフュの話を聞く事を選び部屋に残った。


 子供達の背中を見送り、三郎に一度目配せをすると、トゥームはマフュに語りだした。


「結論から言えば、スルクローク司祭に力を持たせないためよ」


 三人の残ったダイニングルームに、トゥームの真面目な声が響く。




 十年前、バ・スルクローク・アベントイル司祭が中央王都からソルジへ赴任した事に端を発する。


 中央王都では、中央政府と教会で互いを利用し、自勢力を強めようとする権力者が増えていた。権力は富を引き寄せ、クレタスに住む人々の生活格差を生み出していた。


 分権派と呼ばれる者達が、権力の腐敗に警鐘を鳴らし、政治勢力と教会勢力の完全分離と相互監視を掲げていた。スルクロークも、その分権派の一人であった。


 スルクロークは、トゥームと同じく『王より賜りし名』である『バ』を冠する家の出身でる。教会内での求心力も強く、賛同する若い司祭も多かった。そして、高司祭候補として推す声もあり、分権派の中心人物と位置づけられるまでになっていた。


 そんな中、事件は起きる。


 分権派の若い司祭が、政府高官への暴力行為で捕らえられたのだ。祭事についての会議があり、教会本部を訪れていた政府高官と廊下で口論となった末の事だという。


 若い司祭は、スルクロークに賛同する者の一人であった。


 スルクロークが事件を聞きつけて面会に向かった時、若い司祭は言った。


 彼の者は、祭事における不正な支出を作り出しているのだと。そして、面会の最後に言う。彼の者は、スルクローク司祭の名をおとしめる一言を口にしたのだと。


 だが、若い司祭の言葉を裏付けする事実は出て来なかった。そして、その司祭だけが処罰される事となった。


 この事件を最初に、スルクロークに賛同する若い司祭達の周りで、次々と問題が起こったのである。


 スルクロークは、高司祭選出の日に向かって、騒動が起こっている事に気付いていた。家名も有り、求心力も強い分権派のスルクロークに、高司祭となられては困る者が居たのだ。


 スルクロークが高司祭への推薦を辞退する事で、騒ぎは起きなくなった。


 心を痛めたスルクロークは、ちょうどその時期に空席となっていたソルジ教会の統括司祭の任へ、自分から願い出たのだった。


 赴任当時のソルジ教会は、司祭や修道女など十数名在籍していたのだが、年々何らかの理由で減らされて行った。トゥームが来た五年前には、スルクローク以外に三名が残るばかりとなっていたと言う。


 『王より賜りし名』を持つ者が二名となった為か、その見えない圧力は露骨なまでに強くなり、現在の状況になるのに時間は要らなかった。




「何で、そこまで分かっていて、教会本部に訴えを起こさないの?」


 マフュは、眉間に皺を作って疑問を口にする。


「実際、そう仕向けているのが誰かも分からないのよ。無闇に事を荒立てるのも得策ではないと、スルクローク司祭は仰っているわ」


 トゥームは困った顔を作って、マフュに答えた。若い司祭達に起こった事が、ソルジ教会の関係者、特に子供達に降りかかる事を危惧しているのは、話を横で聞いていた三郎にも何となく察しがついた。そして、危惧する中に自分も入っているのであろう事も。


 「でも」と言うマフュに、トゥームは一変して冷静な表情になった。三郎は、トゥームが魔獣との戦いにおもむいた時の、鋭い目を思い出す。


「『立ち向かうべきモノを見定めてから』と、スルクローク司祭は私をおいさめになった事があるわ」


 修道騎士であるマフュには、トゥームの言葉と表情が全てを察するのに十分な答えとなっていた。修道騎士の戦術論において『無謀なる一手、座視違ざしたがわず』と言う言葉が有り、闇雲に剣を振るうのは、傍観しているのと何ら違いは無いのだと教えられる。


「そう、ならいいわ」


 気持ちを切り替える様に、マフュは赤い髪を勢い良く払いながら言う。スルクロークとトゥームが、甘んじてこの状況にあるのではないのだと理解したマフュは、すんなりと引き下がった。


「ただし!何かある時は、私にもちゃんと言う事!」


 マフュは、風切音がするほどの勢いでトゥームに人差し指を向けると、ぴしゃりと言い放った。


「ふふ、ありがと」


 トゥームは、心からの笑顔で答えた。


「・・・で、こっちの書類は何なのよ」


 トゥームに向けていた人差し指を、サイドテーブルの書類にスライドさせ、別の意味で難しい顔となったマフュがトゥームに聞いた。口元が引きつっている。


「それは、漁師組合が夏季に開く、海の神への感謝祭の手伝いについてで、こっちは、ソルジの夏季豊穣祭りの教会の役回りの件で、これが、教会主催で行ってる平和の祭事の次第よ。あと、これが・・・」


 トゥームは、マフュに書類を一つ一つ見せながら説明する。


「まったまった、何これ、私が全部引き継ぐの?全部?」


 書類の量を見て、マフュは信じられないと言う様な顔をして言う。


「オルガート卿やエッボス卿に、私の仕事をさせる訳にはいかないでしょ?」


 さも当然と言った口調で、トゥームは言った。


「ぐぅっ」


 ぐうの音しか出なくなったマフュは、そう返事するしかなかった。


「じゃぁ、一個ずつ説明するから。時期的に一番最初は、漁師組合の祭事が控えてるわ、海の神の感謝祭は・・・」


 マフュの『ぐぅ』を承諾と受け取ったトゥームは、書類の内容について話し出す。


「ちょ・・・ちょっとまって、こんなに一気に説明するの!?そっちのソルジの祭りには、まだ時間があるじゃない!」


 トゥームの勢いに、マフュは押され気味になりながらも、両手を前に出して一旦停止を呼びかけた。


「一気にって、そんなに時間的余裕は無いのよ。早ければ明後日くらいに、私とサブローは、中央王都に出発するんだから」


「は?出発?何それ」


 トゥームの言葉に、マフュはあっけに取られた表情になる。


「言ったじゃない、サブローは『別大陸からの漂流者』で身分証が無いから、教会本部へ作りに行かないといけないんだって」


 朝食の折に、さらりと触れた会話を指して、トゥームは当然のように言った。三郎は、二人のやり取りを見ながら、トゥームが一緒に行く話はマフュにしていない事に気付いていた。


「身分証を作りに行くって、トゥームも一緒に、行くって事、だったの?しかも、明後日?」


 マフュの目から光が失われていく。五年も音信不通だった幼馴染と再会し、仲直りを果たした矢先に、今度は得体の知れないおっさんと旅立ってしまうと言うのだ。


 当のおっさんである三郎と言えば『美少女のリアルベタ目、初めて見たなぁ』などと心の中で呟いていた。


 だがしかし、他人事の様に見ていた三郎の視線と、マフュの死んだ魚の様に光を失った視線が交錯する。


「いい大人が?身分証を作りに行くのに、若い娘に付いて来てもらう?へぇ、子供じゃあるまいしね、どうなのかしらね?作りに行くくらい一人で行けるでしょうに。漂流者?もう何だか十分言葉が通じてる様子だし、問題ないじゃない?大丈夫、行ける行ける、大人なんだし」


 ブツブツと心の声を垂れ流すマフュに、三郎の本能が危険を知らせる鐘を鳴らす。


「あはは、引継ぎ大変そうだから、退散しとくかな。じゃ、引継ぎ頑張って!」


 三郎は、片手を挙げて爽やかに退散の意思を伝えると、ダイニングルームから去るために立ち上がる。


「あ!逃げるのね!?ちょっと待ちなさい!」


 マフュはそう言いながら、三郎を引きとめようと立ち上がるが、トゥームがマフュの服を掴んでソファに座らせる。


「逃げようとしてるのは、誰かしら?時間が無いの、じ・か・ん・が!」


「ぐぅっ」


 逃げ損ねたマフュに、トゥームの怖い笑顔が追い討ちをかけて、ぐうの音を引き出す。


「だって、サブローっていい大人でしょ、過保護すぎじゃない!?」


「あーもぅ、いいから、引継ぎの説明をさせなさいってば!」


 マフュとトゥームの喧騒を背中に、三郎はそそくさとダイニングルームを後にするのだった。


 この二日後、トゥームの言葉通り、中央王都へ向けて旅立つ事になる。

次回投降は、1月21日(日曜日)の夜に予定しています。

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