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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
205/312

第203話 抱きつけない

 守衛国家セチュバーの堅牢な守りを誇る要塞群の攻略は続けられていた。


 山の砦と呼ばれる第三要塞への攻撃時、修道騎士と修練兵からなる教会の軍勢が盾となったことで、ドワーフ軽騎兵の能力が遺憾なく発揮されることとなった。


 山際を沿うかたちで整備された道を遮るように建設されたいくつもの門を、ゴボリュゲン率いる軽騎兵団は次々と突破し山の砦を瞬く間に制圧してみせたのだ。


 修練兵の合流もあり、兵力十分と考えたケータソシアは、次の砦への進軍を早々に決断する。


 第四番目となる要塞は、険しい峡谷を利用し造られたものだった。主に侵略者の足止めと時間稼ぎを目的として設計されており、遠目には第一門要塞と似た建物にみえる。


 しかし、距離が近くなるにつれ、その異様さが際立ってゆく。


 壁面は凹凸の無いのっぺりとした質感をしており、外を警戒する窓の一つも見当たらない。更に恐ろしいのは、遥か上空にまで到達するかという高さだ。


 両側の断崖を支えの柱として、谷間にそそりたつ巨壁は見上げる者を威圧していた。


 正面中央に位置する要塞の門は、大きなものであるはずだが、全容に比べてしまえばとても小さく映る。三郎が、遠近の感覚をおかしくされてしまったような錯覚を覚えたほどだった。


 夜の闇に乗じ、ここまで要塞を攻めてきた作戦と同じく、シャポー含む偵察部隊が先駆けて情報収集にあたる。


 だが、隙間無く塗り固められたような建造物であり、屋上までの距離も遠すぎるため、精霊魔法での内部偵察は思うように進められなかった。


 偵察部隊の持ち帰った情報をもとに、グレータエルートの指揮官用天幕にて作戦会議が開かれたのだった。


 指揮官らに加え、三郎達一行がいつものように顔を合わせていた。


「守衛の数も分からんとすれば、攻めてみるしかないのだろう」


 髭面を撫でつけて、ゴボリュゲンが面白くなさそうに言った。


 ドワーフ族は、巨大な壁を前にして萎縮するようなやわな根性を持ち合わせていない。会議が始まってから一貫して、ゴボリュゲンは攻撃を提案し続けているのだ。


「要塞内にはセチュバー側にまで抜ける幅広の道が通されています。上層階の詳細は、防衛上の機密とされており我々にも知らされていません。しかし、もし要塞の防衛部隊がまともな数を揃えていれば、突入した際に包囲されるのを覚悟せねばならないでしょう」


 カーリアが修道騎士として知り得ている情報を踏まえ忠告する。


「高さもさることながら門扉の厚みでも、十一ある要塞の中で最高峰なのでしたね。密閉度が高く精霊の侵入も拒むほどです、打ち破るには時間が必要になることも想定せねばなりませんね」


 ケータソシアが言うと、カーリアが頷いて返した。


 門を破壊するにしろ、壁に穴をあけるにしろ、時間がかかれば友軍への被害が増えてしまうのは当然だ。


「ならば人族の軍が到着するのを待つかね。いまだに第一の要塞にも到達していないのだから、三日は来んぞ」


 太い三本の指を立てると、ゴボリュゲンは方眉を上げて皆の表情をうかがった。なかなか到着しない人族の軍勢にあきれてすらいるのだ。


「これまでと同様の偵察が不可能な今、クレタス諸国の軍勢を待つのも一つかとは思いますが」


 カーリアは言いよどむと、三郎へちらりと視線を向けた。


(確かに、偵察ありきの作戦だったもんな。破壊の魔法が設置されてて、あの質量の要塞が崩れてきたら無事じゃいられないだろうし。カーリアさんも人族として肩身が狭いよなぁ……って、俺ってば人族の『総指揮官』じゃなかったっけ?うわぁ、今のチラ見はそういうアイコンタクトってこと、ですよね)


 三郎は、カーリアの意図を勝手にくみ取り、いらぬ焦りを覚えてしまうのだった。


 しかして、カーリアの考えはおっさんの浅慮など及ばない深い所にある。


 カーリアの頭には、諸国の軍が合流するまでに陥落させた要塞の数が増えるほど、総指揮官である三郎の地位が上昇するとの思惑があった。故に、攻め落とせるならば攻撃を開始したい気持ちと、失敗は避けたいとの思いが混在しての視線だったのだ。


 現在の情勢下にあっても、主導権争いをして進軍の遅れを招いたという諸国の王や為政者らに、エルートやドワーフと築きつつある友好関係を乱されたく無いとカーリアは考えていた。


 有無を言わさぬ力強い旗印に三郎がなるよう、功績は積み上げれば積み上げただけ役に立つ。


 そんな深慮も露知らず、三郎は胃の掴まれるような緊張をしつつ口を開いた。


「諸国の軍が遅れているのは、人族として申し訳ないことです。散発的な合流となっている責任は、私にも一因があると言えますので」


 三郎の言う通り、王国の剣騎士団長であるスビルバナンなどに、いち早く進軍の要請を送っていれば現状が違った可能性もある。


「なにを謝られるサブロー殿。責を問われるは、主導権争いなぞをして遅れた馬鹿どもよ。おぬしらは十分にその責任を果たしておるわい」


 ゴボリュゲンは、真摯に頭を下げてきた三郎に髭を揺らしながら返した。


「カーリア殿の気持ちも理解できます。作戦も練れない情報の中で、攻め込んでしまうのは危険でしょう。セチュバー側がこの要塞を戦いの分水嶺と位置付けている可能性もありますからね」


 真実の耳でカーリアの迷いある心底を聴き取っていたケータソシアは、慎重論を口にする。


 エルート族としても、三郎が人族の指揮官であるのは望ましい。それ以前に、三郎達の存在が無ければ、グレータエルートが最前線で戦っていることもなかっただろう。


「だから言っているのだ。我らが門戸をこじ開ければ、風の精霊を存分に送り込んで情報収集が出来ると。誰もむやみやたらと攻め込もうなぞとは言っておらんわい。エルート族が手早い情報収集などできんと言うなら、話は別だがの」


「あ、えっと……『攻める』というのは、そういう意味で言われていたのですね」


 驚いた表情でケータソシアがゴボリュゲンを見た。土族は、策を巡らせるのを卑怯と考え、力で押し切るのを良しとする性格だと言われている。


 まさか、ゴボリュゲンの口からエルート族を頼りとする作戦が提案されるとは思いもしていなかった。


 あまりにも迷いなく『攻める』と言い放たれたがために、ケータソシアは性格も踏まえて『攻め込む』の意味合いとして聴き取ってしまっていたのだ。


「我らが扉を破壊するまで、教会の者が防衛に専念してくれるのだろう。順序がちょいとばかり違うだけで、やることはこれまでと変わらん」


 その言葉を聞き、カーリアまでもが目を丸くした。クレタス全土の認識として、ドワーフが他の種族を尊重するのは珍しい様子だった。


「ぜ、全力でサポートさせてもらいますが」


「おぬしら、ドワーフ族を真っ直ぐ進むしか能が無いと思っておったのだな」


 ゴボリュゲンが意地悪く言うと、ケータソシアとカーリアがぶんぶんと首を振って否定した。つられて三郎も首を振る。


「はっはっ、間違いではないぞ。だがな肩を並べる『仲間』と協力せぬ道理はなかろう」


 愉快愉快と笑うゴボリュゲンの作戦は、翌日の早朝に決行される運びとなる。




 峡谷に朝日が差し込むのは遅い。青さを取り戻しつつある空の下、軍勢の整列する場所には夜の気配が色濃く残っていた。


「我らは要塞の門を破壊し、一度戦線を離脱。グレータエルートの知らせがくるまでに、再突入の隊列を整え備える」


 作戦を再確認するゴボリュゲンに、ドワーフの軽騎兵団が雄叫びで答える。


 大地を震わせるほど力強い声は、味方に勇気を与え、敵には恐怖の念を抱かせることだろう。


「全軍、突撃!」


 ゴボリュゲンが大きな武器を振り下ろすのを合図に、軽騎兵団はシュターヘッドを走らせた。


 その一団にぴたりと寄り添い、両脇を教会の軍勢が駆けて行く。


 最後尾を確認したケータソシアは、右手を高らかに掲げると素早く振り下ろした。


 整然と馬を進めるグレータエルートの中に、一台の馬車が紛れ込んでいる。


 教会の紋を刺繍された幌馬車が、友獣ワロワに牽引されていた。


「クウィンスが……友獣のワロワ種が率先して戦争に加勢するなんて、まじでありえねぇ」


 御者台に座るホルニが、心の底から信じられないといった声をもらしている。


「サブロー理事が戦場に行くたびにソワソワしてたからな。オレは納得って感じだ」


 答えるミケッタは、口元に笑いを浮かべていた。


「クウィンスもそうですが、本当にお二人も良かったのですか。グレータエルート軍の後方とはいえ、決して安全とは言えませんよ」


「落ち着かなかったのは、なにもクウィンスだけじゃなかっただけです」


 シトスが心配そうに言うと、ミケッタが晴れ晴れとした表情で返した。


「お気になさらず。相棒のクウィンスが行くんなら俺らもセットってことで」


 ミケッタも笑いながらシトスに振り返って言うのだった。


「馬車で助かるけど、クウィンスが怪我とかしないか心配になっちゃうなぁ」


「クェェ」


 三郎の言葉に反応して、クウィンスが声高に鳴いて答えた。


「サブロー理事。俺達の心配は無いんすね」


 ミケッタの落胆した声に、三郎は慌てて否定を返す。


「振り落とされないよう必死にしがみつかなくても良くなったんだから、クウィンスと二人には感謝しないといけないわね」


 慌てた三郎を更に茶化すように、トゥームが肘でつつきながら言う。


「ですです。シャポーにとって馬の背中は高すぎますので、いっつも怖い思いをしていたのです。密集した陣形の中で、落っこちてしまったら大変なのですよ」


 シャポーが恐ろしがっていたのは、恐らくムリューの奔放な馬術のせいだろうな、と三郎は思いつつも口には出さないでおいた。


(得をした……ある意味、損をしたとも言えるのでは?いやいやいや、馬車を出してもらえるなんて、感謝感激雨あられですよ。俺は何を考えて、ポリスメーン、ここでーす)


 頭の悪い考えに翻弄されながらも、おっさんは着実に巨大な壁へと向かい進むのだった

次回投稿は8月1日(日曜日)の夜に予定しています。

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