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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
204/312

第202話 敗走

 メドアズの攻撃魔法に反応し、暗黒色の積層魔法陣は多くの防御魔法を瞬時に展開した。


 ばらばらに動いて周囲を牽制していた棘をも集め、ゾレンの盾となるよう作動していた。


 だが、メドアズの放った混成魔法は、空気を切り裂く音すらも立てずに棘や防御魔法を貫通し、ゾレンの体と背後に浮かぶ積層魔法陣をも容易く貫くのだった。


「うご・・・おお・・・」


 ゾレンが震える手で胸のあたりを触ると、絞り出すような呻きをもらす。


 心臓があったであろう場所には、拳大の穴がぽっかりと口を開けていた。あまりの高熱に焼かれた傷口は、肉が焦げついて血液があふれ出すことも無い。


 暗黒の積層魔法陣は中心部を打ち抜かれ、浮いたままの状態で八つのブロックに分断されていた。防御にと伸ばされていた棘の先端は、本体からちぎれ飛び大気中に魔力を散らせて消滅してゆく。


 攻撃対象を通過したメドアズの魔法は、上方向へと軌道を変化させ、広場に隣接する建物の一部を削り取りながら遥か上空で消えるのだった。


 あまりにも一瞬のことであったため、広場に居た多くの者が現状を理解できずにいた。魔導師団であっても、メドアズの攻撃とゾレンの防御を把握できたのは数人もいなかっただろう。


「ふぅ」


 メドアズは、演算に使用していた脳を落ち着かせるため短く息をはいた。複数の高出力魔法をまとめ上げるのは、緻密な演算と集中力を必要とする。それを物語るように、幾筋もの汗がメドアズの端正な顎の線をつたって地面に落ちていった。


 束の間の沈黙が流れると、魔導師団の中からざわめきの声が囁かれはじめる。


 魔力残渣の状況やゾレンの様子、そして分裂した黒い積層魔法陣を目にして、メドアズの勝利を感じ取ったのだ。ゾレンの魔力が明らかに弱っまているのも理由の一つと言えた。


 魔導師団で徐々に大きくなる鬨の声は、第二兵団へも広がって行く。


(問題解決の一歩目なのだが、一時喜ぶのも許すとするか。消耗も少なくゾレンを倒せたことは、我々にとって大きな意味を持つからな)


 胸に手を当てたまま立ち尽くし、魔力を失いつつあるゾレンを見据えて、メドアズは今後の方策を考えていた。


 セチュバーに仕掛けられた魔法陣の解除もあれば、砦群を攻め上がってきているクレタス諸国も相手せねばならない。更に考えるならば、セチュバーの民が魔法影響下から解放されるかどうかも問題としてあげられるのだ。


 最悪の事態を列挙すれば切りはない。


 だが、今現在考えられる最善の一歩を踏み出せたことに間違いはなかった。


(ゾレンが倒れた後、積層魔法陣から魔力溜まりが発生するかもしれん。そちらの対応も指示せねばならないな。まずは確実にヤツの息の根を止めるのが最優先か)


 メドアズは、軍の指揮官として気持ちを引き締めると、全軍に向けて命令を下そうと手を上げた。


 そこへ突然、メドアズの行動を阻害するかのごとく、兵の上げている喜びの声を押しのける拍手の音が広場に鳴り響いた。


「合格点をあげようじゃないか、メドアズ君。私の防御魔法を全て穿ち、あわや積層魔法陣にまでダメージを与えようなどとは、クレタスの魔導師として誇ってくれて良いレベルだよ。兵が歓喜の声を上げるのも無理はない。合格点だ、素晴らしい」


 メドアズは信じられないものを目にしていた。


 胸部に穴の開いたゾレンが、手を高らかに上げて打ち鳴らしている。あまつさえ、喜びに歪んだ笑いを髪の隙間からのぞかせているのだ。


 それだけではない、先程まで消耗していたはずの魔力が、会敵した時同様に満ち溢れてさえいた。


「全軍、臨戦態勢を。敵はまだ健在だ」


 驚愕に目を見開きながらも、メドアズは指揮を飛ばす。


「おやおや、もっと驚いてくれると思ったのだが。メドアズ君は冷静すぎてつまらんな。そこだけは不合格としてしまおうかね」


 言葉の内容とは違い、さも嬉しそうな表情でゾレンは言う。


 場の異変に気付いた第二兵団と魔導師団は、隊列を整え直して再びの緊張状態に入る。いや、今まで以上の緊張に包まれてしまっていた。


 胸にぽっかりと風穴を開けた男が、高笑いとともにメドアズへ拍手を送っているのだから、異様な空気になるなというほうが無理だ。


「さてさて、メドアズ君の力量も理解できたところで・・・戦闘は飽いたな」


 すっと無表情に戻ったゾレンが、両手をだらりと下げた。と同時に、八個に分解していた暗黒色の積層魔法陣が一つの塊へと戻り、魔導文字を明滅させて起動を再開する。


「確実に心臓を射貫いたはずだ。積層魔法陣も魔力を失いつつあっただろう」


 メドアズが絞り出すような声を投げかけると、ゾレンは「ふむ」と唸って自分の顎を一撫でした。


「己の脳にすら手を入れ、かつ軍事魔法に心血を注ぐ男がだ、人族共通の急所をそのまま放っておくと思うかね。双子の片割れが私に攻撃を通した際に、気付けたかと考えていたのだがな。ああ、流石の私でも脳は『移動困難』だったと付け加えておくよ」


 頭に人差し指を突き立てて、ゾレンは楽し気に語りだした。


「それにね、私の積層魔法陣はもともと八個であるのだよ。君とて三つもの積層魔法陣を操っているではないかね。分離させてやり過ごしたにすぎんのさ」


「八個もの数を、制御しているだと」


 ゾレンが得意気に説明するのに対し、メドアズは眉間の皺を深めて呟いた。


「次に、魔導師として相手の魔力消費時を狙うのは定石。君の全力を見たかったが為に、わざわざ機会をくれてやったのだよ。感謝こそされども、恨まれる筋合いはないと言いたいのだがね。どう思うかね、メドアズ君」


 ゾレンの見下した講釈に、メドアズは奥歯をかみしめて睨みを強める。


「ふむふむ、納得いかんといった表情だな。そうかそうか、私の魔力についての答えがまだだった。私としたことが、あまりにも単純な答えすぎて失念しかけていたよ」


 嘲るような笑いを含ませてゾレンは体をのけ反らせる。左胸に空いた拳大の穴が強調され、兵士たちの間に少なからぬ動揺が走った。


 周囲の反応など気にも留めず、ゾレンは右足をとんとんと踏み鳴らす。


「気付かんのなら答えてあげような。私の術式が下にあるのは知っているだろう。セチュバー本国全域を影響下としている魔法のことだ。その魔法陣は何から魔力を得ているのか、というのが答えなのだがね」


「天然エネルギー結晶」


 鋭い視線を送り続けるメドアズの横で、メノーツが呟いた。


「正解だ。魔導師は術式に魔力を注ぐ。その逆が不可能という道理は無いと思わなかったのかね」


 天然のエネルギー結晶から、己に魔力を補給する。考えた事のない魔導師のほうが少ないだろう。


 魔力枯渇を心配することなく魔法を行使し続けられたならば、それは魔導師の理想とも言える。


 無機物である結晶と、人族である魔導師をエネルギールートで繋ぐという単純な発想から始まる考えで、不可能とは断定されていない技術だ。


 だがそれは、ルートから流れ込む多量の純粋なエネルギーを自身の魔力に変換し、供給量の制御もせねばならず、理論を確立した者は今のところ存在しないとされている。もし行えば術者は『魔力過負荷』と呼ばれる症状を引き起こし、脳や神経に深刻なダメージを受けてしまう。


 獣が魔力溜まりの影響で『魔獣』と化すのと同様に『変異』を起こしてしまうため、魔導生物学の分野において人族の体は変化に耐えられないとされている。言ってしまえば、人ではなくなってしまうことを意味していた。


 天然のエネルギー結晶とは、それ程までに純度の高い魔力物質といえる代物なのだ。


 故に、セチュバー軍の魔装兵のように、結晶から鎧という無機物へとエネルギーを注ぎ込み、人が装備を制御するという軍事技術が主流として研究開発されている。


「魔力補給論を確立したとでも言うのか」


「君たちが良い被験者を与えてくれたろう。機巧槍兵とかいう名を冠していたかな。魔力増幅とその影響について随分と良いデータが取れたんだがね」


 ゾレンの答えに、メドアズは「ぐっ」と唸って言葉を飲み込んだ。


「さあ、私の高尚な講義は終わりとしようじゃないか。そうさな、授業料は君達全てだ。エネルギー結晶を採掘し、実験の素体となるも良し、私の手足となって命尽きるまで動いてくれたまえよ」


 ゾレンが高らかに言い放つと、背後に浮かぶ積層魔法陣が魔導文字の組み合わせを高速で並べ始める。


 広場の地の奥底、仕掛けられている術式へと注がれる魔力が膨れ上がったのを、メドアズはぞくりと感じ取った。


「メドアズ様」


 傍に控えていた突撃部隊の隊長が、腹部に手を当ててメドアズの名を呼んだ。


「どうした」


「腹の中で、何かが、割れたような、小さな衝撃が・・・があ」


 隊長は言葉を最後まで言い終わることなく、白目をむいて痙攣をしだす。


 メドアズは直感的に、精神保護魔法のアーティファクトが破壊されたことを悟った。


「全軍撤退!急ぎ本国から離脱!」


 メドアズの決断は速かった。それでも尚、多くの兵士や魔導師団員が、呆然と立ち尽くしたり頭を抱えて呻いたりしはじめている。


「周囲に構うな!魔術に取り込まれるぞ!」


 馬に駆けよりひらりと跨ると、メドアズは迷うことなく踵を返して拍車をかけた。


 目の端に映り、メノーツが追従してきているのだけが理解できる。後方からカカンとクスカの双子が撤退行動へと移った声が響いてきた。


(何人が、脱出できるのか)


 メドアズは全力で馬を走らせながら、心の中で歯噛みする思いを抱いていた。


 見立てが甘かったのか、作戦が間違えていたのか、自分が指揮官としても魔導師としても未熟だったのか。それら全てが当てはまるような思いすら浮かぶ。


 害のなかったセチュバーの国民が、メドアズ達を逃すまいとして、第二兵団や魔導師団を馬から引きずり降ろそうと掴みかかってきていた。


「躊躇するな。振り切れ!」


 正気を保っている兵士に命令を飛ばし、メドアズは本国の門を目指して駆け抜ける。


 その日、第二兵団のほぼ八割と魔導師団の約半数が、ゾレン・ラーニュゼーブの支配に取り込まれることになるのだった。

次回投稿は7月25日(日曜日)の夜に予定しています。

昨日はかどったので、午前中ではありますがアップさせてもらいました。

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