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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第201話 混成魔法の起動許可

「第二兵団は戦場の確保、操られた国民などの侵入を阻止しゾレンを孤立させよ。魔導師団は漏魔力対応および、戦闘部隊の支援を優先。広場外への被害を最小限に抑え込め」


 メドアズが魔力により拡散力を増加させて放った指揮の声は、広場に展開している兵士達へと響き渡る。


 復唱があちらこちらから上がり、第二兵団と魔導師団はメドアズの指示通りに動き出した。


「ほほぅ、素晴らしい統率力だなメドアズ君。さりとて、十二分に訓練された兵であればこその反応ともいえるな。さすが守衛国家セチュバーの兵士だ。我が兵となるに合格点をあげようではないか。ごうかく、合格だよ君たちぃ」


 喜びの声を上げななら、ゾレンは両手を叩いて称賛の意を第二兵団に送った。


 メドアズの号令一下、第二兵団は広場を歩いていた国民を追い出すと、繋がる道の全てを即座に封鎖して見せたのだ。


「余裕、ぶっこくな」


 怒りとともにクスカの撃ちだした貫通矢の魔法が、一束の雨となってゾレン目掛けて降り注ぐ。


 黒い積層魔法陣は、棘や魔導文字をぐるぐると回転させて、クスカの魔法に呼応するかのごとく防御魔法を出現させた。


「余裕であるからして、周りの状況が把握できるのだよ。猛進するしかできない攻撃馬鹿の小娘とは、経験に差がありすぎたようだがね」


 両手を広げて肩をすくめたゾレンが言うと、クスカの行使した矢の魔法が、ゾレンの防御魔法へ吸い込まれるように打ち消されてゆく。ほぼ同時に、積層魔法陣から一本の棘がするりと伸ばされ、反撃とばかりにクスカの頭部へと振り下ろされた。


「むっかつく!」


 体内魔力操作で増加させた脚力を頼りに、クスカが棘の一撃を横跳びにかわす。


「素体は無傷で手に入れたいところなのだが、ちょこまかと動かれると加減が出来なくなってしまうじゃないか。まぁ、少しばかりの損傷は許容するかね。仕方ないことだ」


「加減って、今の当たってたら頭ぺしゃんこなんだけど」


 ゾレンの言葉に、クスカが地面を指さして大声を上げた。


 広場の分厚い床石が大きく破損しており、棘一本の破壊力の大きさを物語るようだった。


「防御魔法の一つも使えば、打撲程度で済むことだろうに。防衛の法陣を展開していないようだが」


 魔導の初歩だよと付け加えつつ、ゾレンは二本の棘を操りクスカを挟むように攻撃を放つ。


 クスカは「魔導?あんたのも物理攻撃じゃん」と文句を返し、体を空中で捻りながら二つの攻撃を軽やかに避けた。


「見方によるのだよ、魔導師たる者――」


「全部攻撃に使えばね、短い時間で相手を殺せるんだよ」


 ゾレンの懐からカカンの声が聞こえた。声の主へと目を向けると、彼女の右腕に魔力の塊がまとわりついているのが目に入った。


「ぬぅ」


 黒い積層魔法陣は、カカンへもその棘を伸ばしていた。ほぼ自動で行われる魔法陣の攻撃は、周囲の魔力に反応して行われている。


 魔導師団員に対しても、十分な牽制としての役割を果たし続けていた。


 カカンも、数本の棘の対処に追われていたはずだ。だのに、ゾレンの不意をつくかたちで、今まさに双子の片割れが間合いに入り込んできていた。


「死んじゃえ」


 カカンの右手が瞬時に繰り出され、ゾレンの体を魔力の塊が突き抜ける。貫通性を高めた魔力弾を、ゾレンへと直に撃ち込んだのだ。


 ゾレンがクスカに意識を向けていた理由は、魔導師団において一番攻撃性が高いと見て取ったからだ。当然、メドアズを除いた魔導師団のなかで、という意味ではあるが。


 カカンの嬉しそうな笑顔を目に、ゾレンは考えを改めざるを得なかった。


(私が見誤った?こちらの少女のほうを注視すべきだったのか)


 命を奪うことに喜びを見出している顔だ、ゾレンは頭の中でカカンの微笑に少女らしからぬ歪なものを感じていた。


 棘の攻撃により受けたであろう傷が、少女の顔や肩から赤い血を流させている。それをもいとわずに、カカンという少女が『攻撃』の為だけにゾレンへと肉薄したであろうことが理解できた。


(いや、そうではないぞ。答えは既に我が脳に浮かんでいたではないか。こやつら双子は『同じ』だったろう)


 思考の点と線がつながった瞬間、ゾレンは両手を伸ばしてカカンの襟首をつかんだ。


「私としたことが、個々人として考えてしまったよ。二人で一つの個体と認識すべきだったのにな」


 顔を近づけて口早に言うと、カカンの体をぐいと持ち上げる。ゾレンは口角を歪に上げて、歓喜を滲ませた表情をしていた。


「とすればだ、もう片割れも接近しているのだろう」


 両腕に魔力を循環させたゾレンは、左上の方へがばっと顔を向けた。


 そこには、腕に魔力をたぎらせたクスカが迫っていた。


 逃れようとするカカンを意にも介さず、ゾレンはクスカへ向けて掴んでいた少女を投げつける。


「きゃあ」


「うっそ、このタイミングで・・・カカン!」


 攻撃魔法を解除して、クスカはカカンを受け止める。あまりの勢いに、一塊となって双子は吹き飛ばされた。


「いったぁ・・・後頭部うったし」


「ごめんねクスカ、大丈夫?」


「へーきへーき。ってか、女の子を放り投げるヤツがさいてーじゃん」


「攻撃の手ごたえはあったんだけどね、効いてないみたい」


 カカンとクスカは、互いに助け合って立ち上がると、ゾレンの方へ視線を向けた。


 体を突き抜けたはずのカカンの魔力なぞ無かったかのように、ゾレンは楽し気な表情で双子の方を見ていた。


「魔法での戦闘など何時ぶりだろうか。とは言え、それも訓練でしかなかったがね。魔導の戦闘もなかなかに興味深いものがあるのだと、今更ながらに知らされた思いだよ。さぁ君達、私をもう少し楽しませてみてくれないかね」


 にこやかに迫ってくるゾレンに、双子は「うぇ」と言って舌を出した。


「きっもい」


「変態だね」


 二人は同時に言葉を吐き捨てると、素早く左右に別れてゾレンの注意を分散する。と同時に、初手で防御を切り裂いてみせた『切断の魔法』を紡ぎだす。


「斥力防御への対応術式を加えるならば詠唱は長くなる。さてさて魔法の構築が先に終わるか、はたまた叩き落とされるのが先か。せいぜい羽虫のように逃げ回ってくれたまえ」


 ゾレンの背後に浮かぶ暗黒の積層魔法陣が、活発に作動をはじめると、カカンとクスカの魔力に反応して棘を素早く繰り出した。


 持ち前の軽やかな動きで、二人の少女は詠唱を続けながら棘の攻撃を避けて行く。


 カカンとクスカの腕に集約された魔力が、刃の形となって具現化され始めていた。


 その時である、ゾレンの積層魔法陣の動きが強制的に停止させられたのは。


 双子を追い続けていた棘の動きが鈍化し、黒い積層魔法陣からぎしりぎしりと硬いものをすり合わせる嫌な音が鳴った。


「む・・・ほほぅ、防衛一辺倒かと思っていた魔導師団が、なかなかに高度な魔術をつかうではないかね」


 振り返ったゾレンの暗い双眸は、師団長のメノーツを中心とした数名が、積層魔法陣に向けて『離散化』の術式を行使している姿をとらえた。


 積層魔法陣は、魔術の文言や魔法陣というパーツの集合体と言える。その一つ一つが流動的に動き、パズルのように組み合わさることによって強力な魔法を作り上げることが可能となる技術だ。


 逆手にとれば、術式が組み合わさるのを阻害し、個々の魔法を分割してしまえば、積層魔法陣の優位性は失われると考えられている。


 メノーツが主導となって発動したのは、ゾレンの積層魔法陣にブロック化したセクションを強制的に割りつけるというものだ。一つ一つの文言や魔術を連動しないよう分散させる『離散化の術式』と呼ばれる高難易度の魔術式だった。


「カカン、クスカ!」


 凛と張りのある指揮官然としたメノーツの声が広場を駆け抜けた。


 それを合図に、ゾレンの左右から双子の気配が間合いをつめる。


 鈍化した棘の動きなぞ、魔力制御に熟達しているカカンとクスカにとっては止まっているも同然。


「「終われ」」


 高く響く少女達の言葉が重なり、ゾレンの首を狙いすました魔力の刃が振り下ろされた。


 だがしかし、その斬撃が肉を絶つことは無かった。


 ゾレンが暗黒色の積層魔法陣に膨大な魔力を流しこみ、自分を中心に遠心武器のごとく魔法陣を振り回したのだ。


「良いな、良い結果をみた。難しい多人数での複合魔法により、離散化術式を戦の最中に構築するとは。舐めていた、実に君達を舐めていたよ」


 大きく一呼吸つくと、ゾレンは周囲を見回して言った。


 積層魔法陣の直撃を受けた双子は、遠くまで飛ばされて石の地面に倒れ伏している。攻撃の届く範囲にいたメノーツ達も、他の団員の防御魔法に守られはしたものの、少なからずダメージを受けたようだった。


 ゾレンの積層魔法陣は、魔力強度を急激に高めたことで、力任せに離散化の魔法を跳ねのけていた。


「カカンとクスカは」


 膝を着いていたメノーツが、双子の安否を気遣って顔を上げる。メノーツ自身も部隊の前方にいたため、ゾレンの攻撃を強く受けてはいたのだが、直撃を受けたと思われる二人を気遣わずにはいられなかったのだ。


 もぞりと動いたカカンとクスカの様子に、メノーツは安堵の表情を作った。眼の端には、二人に駆け寄る師団員の姿も映っていた。


「セチュバー魔導師団の実力は把握できた、とでもいったところか。試験としては及第点。私は教育者として厳しい方でね、胸を張れる結果だと自慢しても良いぞ、君たち」


 満足げに何度も頷き、ゾレンは右手左手と順にひろげて告げる。


 彼の背後に戻った積層魔法陣は、魔導師団から反撃する意思を刈りとるため、次の攻撃の準備へと入っていた。


 しかし、ゾレンが多くの魔力を消耗したせいか、棘の動きはかすかに重く、暗黒色の魔法陣は先程までの精彩さを欠いているように映る。


「短時間でも、守衛国家セチュバーの魔導師団を抑えたことを、お前こそ誇ってもいい。死後の世界でな」


 声の主であるメドアズは、大きな三角形の頂点に三種の積層魔法陣を配置し、片手をゾレンへと向けていた。


 各々の積層魔法陣が高速で術式を組み上げ、濃度の高い魔力の正三角がメドアズの前に出現する。


『メドアズ・アデューケの名を基軸に、高速術式による混成魔法の起動を許可。誘導標識に敵魔力の残渣値を入力。進行ベクトル指向性を解除』


 球状の物は熱の属性を練り上げ、円柱は魔力を凝縮して鋭く尖った個体を形成してゆく。そして、三角錐の積層魔法陣が渦巻く回転力を高めていた。


 メドアズの右手は正三角の中央に置かれ、積層魔法陣によって形作られた魔力弾を高速で射出する術式を完成させていた。的を外さぬようにと誘導軌道の魔法を組み合わせてもいる。


 セチュバー宰相であり天才と呼ばれた魔導師は、虎視眈々と敵が魔力を消耗する時を待っていたのだ。


 威力を極限にまで高めた攻撃魔法が、メドアズの手から解き放たれるのだった。

次回投稿は7月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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