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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
202/312

第200話 暗黒色の積層魔法陣

 魔導師団長であるメノーツの放った魔法が、ゾレンを挟み込むような軌道をとり向かい行く。


「ほう」


 ゾレンは満足げに口角を上げると、思考空間より出現させた法陣へと魔力を循環させた。すると、メノーツの魔法の行く手に、透明で干渉色に発光する障壁が構築される。


 音速にまで迫った二つの攻撃魔法は、ゾレンの出現させた防御障壁に突き刺さった。


 分厚い金属にぶつかったような「ゴグンッ」という音を響かせ、攻撃魔法が衝撃波を発生させて消滅する。


 衝撃は周辺の空気を圧縮し、一瞬ではあるがゾレンの視界を遮る白布のような蒸気が大気中に現れた。


 瞬きをも許さぬその隙をついて、二つの影がゾレンへと切迫する。魔力で形作った刃を前面に押し出し、カカンとクスカが突撃してきたのだ。


 二人の刃は、ゾレンの体を挟みながらも、互いに引き寄せられるかのごとき動きを見せる。


 メノーツの攻撃によって魔力強度の削られた防御魔法へ、カカンとクスカの攻撃が容赦なく打ち付けられた。


「「死んじゃえ」」


 双子の声が同時に響くと、受け止めていた防御魔法がすらりと切断される。手ごたえを覚えたカカンとクスカの口元には、満面の笑みが浮かんでいた。


 だが、戦場には似つかわしくない二人の笑顔よりも、ゾレンのそれのほうが歪な笑いを浮かべているのだった。


「面白いな、互いの魔力が磁気を持ったように引き合うのか。膂力など関係なく、引力によって威力が増大すると言ったところかね」


 カカンとクスカの攻撃は、確実にゾレンをとらえていた。魔力の刃はゾレンの体に到達はしているのだ。


「何で切れないのよ」


「ぜんぜん分かんないよ」


 クスカが苛立たし気に言うと、カカンが困った表情で答えた。その間も、双子は魔力を高めて引き合う力を強めてゆく。


「くくくっ。研究対象が増えて、私は大いに満足しているよ」


 ゾレンから膨れ上がる圧を感じ取り、カカンとクスカが攻撃から一転して体をのけ反らせる。


「やっば」


 クスカが一言もらした次の瞬間、双子の目の前で大気の爆発が起こった。


 二つの体は吹き飛ばされ、放物線を描きながらゾレンから離れて行く。追い打ちとばかりに、ゾレンは二人の上部に大気の爆発を再び作り出した。


 二重の爆発音が広場を震わせた後、しかして双子が地面に叩きつけられる音はしなかった。代わりに、軽やかに着地する足音が聞こえた。


「ほほう」


 ゾレンは興味深げな視線を左右に走らせる。


 カカンとクスカは、効力の続いている飛翔魔法を使い、ゾレンの攻撃をかわして見せたのだ。


「あっぶな。女の子の顔狙うとか、おじさん性格最悪でしょ」


「ほんとだよ。私達じゃなかったら危ないところだよ」


 着地と同時に文句を言った双子は、流れるように次の動作へうつり詠唱を始めた。


『『我が真名を基軸に、重力圧へ指向性ゼロ度を入力、重力素魔法九百七十八ノ三ニ七式を無変数にて起動許可する』』


 何ら合図も送りあっていない二人が、同じ魔法を行使する姿を前にして、ゾレンは膨れ上がる探求心に身を震わせた。


「双子の魔導師こそ珍しいが、共鳴するかのように繋がっているのも興味深い。分解して一つに合成したら、魔力が干渉し合って、増大するのか消滅するのか。実験してみたいものだ」


 手の指を奇妙なほどばらばらに動かせて、ゾレンは裏返りそうな声を上げる。


 クレタスにおいて、一卵性の双子が強力な魔導師となるのはとても稀なことだ。


 妊娠出産の過程で、母体の摂取し吸収する魔力量には限りがある。双子の場合、体内で成長する際に魔力を半分づつ受け継いで生まれて来るとされており、一卵性においては分裂時期の違いによっても魔力保有量の差があらわれると言われるのが一般的だ。


 成長するにしたがって、個人差はほぼなくなってしまう程のものなのだが、魔導師ともなれば話は変わる。生まれながらに保有魔力の多い者が、魔導師適正は高いとされ、名だたる魔導師達も例外ではなかった。


 倫理的な配慮から研究は進んでおらず、謎の多く残されている分野であるのは事実なのだ。カカンとクスカの呼応するような動きを見て、ゾレンの研究者魂に火が付いたのだろう。


「きっもい」


「最低だよ」


 魔法を完成させた双子から、同時に罵声が浴びせられる。


 罵声が聞こえたかとおもった途端、ゾレンへと圧迫するような硬質の魔力が襲い掛かった。


「重力魔法によって、互いに引き合う力を強めたのだな。君たちの魔力特性を利用した、実に合理的な魔法選択だといえるではないかね」


 空間をも押し曲げるほどの重力圧の中、ゾレンは冷静に分析する。


「何で、潰れないのよ」


 クスカは文句の声を上げながら、魔法の強度を上げるために魔力を上乗せする。片割れであるカカンも同時に魔力を強めていた。


 ゾレンの立つ段上の床石が、強力な圧を受けてめくれ上がると重力に挟まれて粉砕されてゆく。


「セチュバー魔導師団もこの程度だろうな。視野が狭く分析力に欠ける、力押しでどうにかなるとでも思っているのかね」


 大袈裟に両手を広げ、ゾレンは笑い飛ばして言った。


「「潰れろ」」


 双子の魔力が最大限にまで増大すると、空間を軋ませる音があたりに響く。並みの人間では対処できないと思われる圧倒的な力に、ゾレンはなおも涼しい顔で言葉を続けた。


「最初の攻撃時に理解すべきなのだよ。私の行使している防御魔法がどの系統に属しているのかを。まったく、若さだけでは語れぬ脳の足りなさよな」


 床のめくれている周囲とは違い、ゾレンの足元にある石畳みは全くの無傷に見える。


「あんたの魔力ごと圧し潰せばいいんでしょ」


 クスカが言うと、ゾレンは首を振って説明を始めた。


「相性というものがあるのは、魔導師なら見習いでも知っているだろうが、重力魔法に相反する斥力防御魔法だとは考えなかったのかね。ちなみに、私は法陣に魔力循環させて防衛しているのだが、君たちは放出系の攻撃魔法を使ってしまっている。この状況が不利であることも理解できない程、頭が弱いのかね」


 まるで弟子をたしなめるかのように、ゾレンはやれやれといった風でクスカに視線を向けた。


(斥力防御なんて、高度な魔法だとか咄嗟に思いつけってほうが無理じゃない)


 微かな焦りを滲ませるクスカの顔を見て、ゾレンは満足そうな笑みを浮かべる。


「授業料は、君達を実験体とすることで特別に免除してやろう。こう見えても上席魔道講師だったものでね、私の講義料は高額だったのだよ」


 胸を張って言いつつ、ゾレンは新たな魔法陣を起動させにかかる。防御が完全に行われている今、次に放つのは攻撃魔法であることは想像しなくともわかることだった。


「あんたなんかに身体をいじり回されるなんて、考えただけでムリ」


「ほんとだよ。気持ち悪いったらないもの」


「拒否する権利なぞ、君達にはないのだがね」


 攻撃を開始しようとした刹那、一筋の光が上から下へ向けてゾレンの目の前を貫通していった。


 ゾレンは「ぬ」と唸って、魔力残渣をたどり発生源と思われる方向へと顔を向ける。そこには、魔導師団長であるメノーツが次の魔法の準備に入ろうとする姿があった。


「ほほぅ。高圧な魔力素子を作り、場の一点に小さな穴を穿つか。なるほど、初手の防御を見ていたのは、双子だけではなかったな」


 防御魔法に、ぴしりとひび割れにも似た亀裂が走る。


 ゾレンの相貌は、メノーツの隣で自分をじっと観察し続けているメドアズの冷静な視線をとらえた。分析能力の高いメドアズから、部下が助言をあたえられるなど当然と言えよう。


「双子の重力魔法で斥力だと断定し、時間を稼がせて討ち破る術式を完成させたか。なかなかどうしてメドアズ君、部下の扱いが優秀じゃないか・・・」


 言葉が終わるのが先であったか、斥力防御が破砕音を上げて崩れ去る。同時に、ゾレンの立っていた場所から、果実の潰れるようなものと、紙を丸めた時のようなくしゃりと圧縮される音が響いた。


「ふん、口ほどにもないじゃない」


「気持ち悪い音がしたよね」


 クスカが得意気に言うのに対し、カカンは不快さを隠そうともしない表情で言った。二人とも、肩で呼吸をして額からは大粒の汗をしたたらせていた。


 相当量の魔力を消費したのが、誰の目にも一目で理解できるようであった。


 ゾレンの足元にあって無事だった床石が、破壊されたことで粉塵を巻き上げて視界を遮っている。潰れてしまったゾレンを直視するまでの間をとってくれているかのようだった。


 埃が徐々に薄らいでゆくと、中心に黒い物体が浮かんでいることに気付く。


「メドアズさまの言ってた通りの積層魔法だね。あんなのとやり合うのやだなぁ」


「うぇ、思ってたよりもきもちわるい見た目」


 カカンとクスカは、動じた様子もなく額に張り付いた前髪を払うと、出現した暗黒色の積層魔法陣に向き直った。


 幾本も突き出た棘が生き物の様にゆらめき、黒い塊の周りを舐めるようにうごめいている。


 赤い魔導文字が明滅し、魔力供給されて起動状態であることが見て取れた。


「禍々しい魔力ですね」


 メノーツが隣にいるメドアズに呟いた。彼女の目は鋭く、ゾレンの物であろう積層魔法陣から片時も逸らすことはない。


「ふむふむ、なかなかどうして、雑兵だと思っていた魔導師団の者が、私にこの法陣を使わせるとは思わなかった。先に出していた魔法陣を全て粉砕されるなど、想定していただろうか。いや無い」


 くぐもった笑いを響かせると、ゾレンが高々と声を張る。


 黒い積層魔法に守られるようにしていたゾレンは、がばっと両手を上げて天を仰いだ。


「素晴らしい、魔導師団は全員私の直属として動いてもらっても良いな。安心したまえ、今の君達よりも十全な魔導の使い方をさせてやるからな。変化に体がもたない者であっても、実験材料として粗末にはすまいよ」


 双子の驚異的な魔法に対し、無傷で立っているゾレンの姿を目に、第二兵団と魔導師団の中から少なからぬ動揺の声が囁かれていた。


「カルバリの魔導師なぞより、検体として優秀かもしれんぞ。さて、試験の時間だよ諸君」


 ゾレンの言葉を待っていたように、暗黒の積層魔法陣が脈動を開始するのだった。

次回投稿は7月11日(日曜日)の夜に予定しています。

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