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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
201/312

第199話 一つの生物として

 メドアズは、魔導師団を引き連れて軍の先頭に追い付いていた。


 兵からの報告を受けたメドアズは、町の様子を横目にしつつ、急ぎ突撃部隊に合流したのだ。


「セチュバーに何が起きているのでしょうか」


 冷静さを装った声で、副官であるメノーツが囁くように話しかけた。


 当然ながら、魔導師ゾレン・ラーニュゼーブの行使する魔法影響下に置かれていて、今の状況になっていることは語らずともわかる。


 だが、メノーツの知る限り、魔導研究院で目にしてきた軍事魔法や類する魔導の蔵書の中にあって、現状を説明できる術式に覚えが無い。


 魔導師の間でも天才と称されるメドアズであれば、何ら気付くところが有るのではという思いから、メノーツは疑問を投げかけずにはいられなかったのだ。


 セチュバー本国の景色は、平時と呼べるほどの穏やかな時間が営まれているように見えていた。国民たちが浮かべている無表情な顔と、会話や笑い声の一つも聞こえて来ない異常さを除いたならば。


「精神支配を受けているのは明らかだろう。しかし個々が『日常』をすごしているのも確かだ。その上『異物』と呼べる我々を認識しながらも『避けて』歩いてすらいる。ある程度の判断能力は『残されている』もしくは『与えられている』かのどちらかだろうな」


 メドアズも記憶を掘り起こし、該当する研究や論文が無かったかと思考を巡らせてはいるが、答えに行きついていなかった。


 精神を支配されているならば、人としての役割や人格は失われ、術者の傀儡となるのが一般的だ。国として経済活動が行われているとも言える現在のセチュバーには、精神支配の魔法や術式は当てはまらないと考えられた。あまりにも『社会性』があるからだ。


 同じ系譜として、洗脳魔法もあげられるのだが、これも現状にそぐわないと判断できた。


 洗脳の魔術は大きく分けて二種に分類される。


 一つは、脳内にスイッチとなる魔法を仕込むもので『異物』を認識したり決められた言葉を聴いたりすることによって、本人の意思に関わらず与えられた行動を起こしてしまうというものだ。主な行動としては『相手を襲え』という命令が与えられることが多い。魔導心理学の分野で、人族なら誰しもが『攻撃性』を持ち合わせているからだと言われている。


 二つ目として、思想の固定化という方法が存在する。これは、人物や物事を妄信させたり、深層心理に働きかけて行動変容を起こさせたりするものだ。


 しかし、洗脳魔術のどちらであっても、普段の生活においては『人間性』を失わないというのが基本とされている。


 その他の派生魔術においても、メドアズの記憶の中でセチュバー本国の状況を再現できるものは引っかからなかった。


(ゾレンが改編して作り出した精神支配の術式なのだろう。最悪の場合、既存の知識や事例と当てはまらない『新しい術式』とも考えられる。ゾレン自身、魔人族の術を見て理論から再構築したなどと言っていたからな)


 メドアズが想定する内で最悪とするのは、かけられている魔法が解除魔法を使っても解けないケースだ。


 ゾレンを討ち取ったとて、セチュバーの民全ての命を奪うまで戦いが終わらないことを意味する。更には、クレタスで内乱を起こした理由すらも失うことになるのだ。


「このまま王城にいるゾレンを目標と定める。退路の確保は怠るな」


 メドアズは、決して大きくはないが凛とした声で兵士に命令を飛ばす。


 受け取った兵士達は、各部隊の隊長に向けて無言のままにゲージにて指示を送るのだった。


 町を行き交う国民たちを刺激しない様、メドアズは全軍に「黙して進め」との厳命を既に与えている。そこには、たとえ見知った者が居たとしても、決して声をかけてはならないという命令も含まれていた。


 不明な魔法影響下にある者を、無暗やたらと刺激しないことは魔導師団において基本中の基本とされている。何が魔法発動のスイッチになっているか分からないのだから当然と言えよう。だが、以前本国に潜入した際に近衛兵の一人がとった行動の件もあるので、厳命としてすべての兵に伝えたのだ。


 目指す王城は、緩やかなカーブを描くセチュバー本国の大通りの先にある。丘上に建てられた灰色の力強い城の姿を、これほどまでに遠く感じるのは初めてだとメドアズは内心で毒づく。


 軍の先頭を行くメドアズらは、道の中ほどにある広場までさしかかっていた。祝日ともなれば、市が立ち並び賑わいを見せる場所であったが、無言のまま行き交う国民がちらほらと散見されるのみであった。


「偉大なる魔導師は王城におらぬのだが、それでも目指すつもりかね」


 足音だけが聞こえていた静寂の中に男の声が響き渡る。


 遠からぬ記憶で聞き覚えのあるその声は、メドアズの怒りとともに思い出されるものだ。


「ゾレン」


 メドアズは兵に止まれと合図を送ると、静かに男の名を呼んだ。湧き上がる憤りこそあれど、感情に流されては判断を間違える。メドアズは感情を腹の底に押し込めて、冷たい視線でゾレンを見据えた。


 広場の中央、一段高い場所に立つゾレンは、演技がかった身振りで両手を広げる。


「さてさて、私の偉業は目に焼き付けてくれたかね。君のことだ、影響範囲が城壁の外にまで拡大しているのも感じ取ってくれたことであろうよ」


 ゾレンは道行く民を指し示すと声を響かせて言った。


 軍勢の一歩前に出たメドアズは、横目で民の姿をちらりと一瞥しただけで答えを返さない。その背後には、メノーツに続いてカカンとクスカが身構えて控えていた。


「セチュバーの魔導師トップであるメドアズ君ならば、私の魔術式の素晴らしさが肌身で理解できると思ったのだがね」


 冷徹な表情のまま眉一つ動かさないメドアズに、ゾレンはさも残念といった表情をして首を振った。


「・・・精神支配の術式であることは理解できた。新しい概論とやらで作成した『新術式』と言ったところか。既存の精神魔法における論文には見ない状況だ」


 一呼吸の間をおいて、メドアズは口を開いた。僅かな情報でも、引き出せるならばそれに越したことは無いと判断したためだ。 


 メドアズが興味を持ったと考え、ゾレンは嬉し気な表情を浮かべると語りだす。


「解析の魔法も使わず、町を見ただけで推察した君の眼はなかなかと言えようか。確かに、精神操作の魔法と同系統だと呼べるものだよ。古今において発表されている術式には無い物だと断言できるとは、魔導をよく学び理解している証拠だ。なかなかどうして、私の助手として・・・私の後継者として申し分ない頭脳ではないか。実に惜しい逸材だよ、メドアズ君」


 ゾレンは手を大きく打ち鳴らし、実に惜しいと何度も繰り返す。


「偉業と言っていたが、貴様を守る素振りもなく、ただ現実を彷徨うだけに見えるがな」


 ぶつぶつと繰り返しているゾレンに、メドアズは疑問を投げかける。


 メドアズの後方では、第二兵団がゆっくりと広場に展開し、ゾレンへの包囲網を広げようとしていた。


「ふむ、個々を観察すればその答えに行きつくだろう。だがね、国全体として大きくとらえれば、その見え方も変わってくるのではないかな」


 メドアズに向き直ったゾレンが、まるで教師のような口調で語った。


「精神支配されてはいるものの『経済活動』を行っている、とでも言えば満足か」


「経済活動とは、実に政治的な文言だな。魔導師として残念だ。実に残念だよ、メドアズ君」


 メドアズの答えを聞いて、ゾレンは小ばかにするような仕草で指を回して言葉を続けた。


「政治家に染まった君にも分かりやすく説明してあげよう。この国は生きる一つのコミュニティーとして『群体ぐんたい』のていを持つに至ったのだよ。人という種として必要な行動のみを行い、不要な感情や活動の全てを切り捨てることに成功した。例えるならば、一人一人が臓器の役割を担い、一人一人が細胞の一個を担っていると言えようか」


 身振り手振りを加え、ゾレンは大きな声を広場に響かせる。


「群体だと」


 呻くように言うメドアズに、ゾレンは無感情な顔となって答えを伝える。


「個々が感情を持ち、自己満足などのために使う時間など無駄であろう。規則正しく動き、生産性も増殖性も一つの意思として管理される。強力な軍事力をもつ国が効率よく出来上がるということだよ。多数の者が集まり一つの個体として活動するならば、人族は更に上位の種族となり、魔人族ですら怖れぬ存在となる。そういう理論なんだがね」


「精神を支配し従わせるのと同じことだろう」


 眉間に皺をつくったメドアズが吐き捨てる。


「全く別物だ。個々は与えられた役割を全うし、健康な肉体を維持し、自ら繁殖もする。役割は脳で直接理解し、子は育ち、老いた者は死んでゆく。戦争ともなればすべての個体が連動し、外敵を排除するよう最適解をもって攻撃行動を開始する。理想の軍事国家だと思わんかね」


 反論しようと口を開きかけたメドアズへ、ゾレンは片手を上げて首を左右に振った。


「セチュバー宰相メドアズ・アデューケ。魔導師ならばもう少しましな問答をしたいものだが。どうも政治屋の回りくどい物言いが、板についてしまっているようだ」


 白髪交じりの長い髪からのぞきこむように、ゾレンはメドアズの表情を観察していた。


 メドアズは感情的な口調になりながらも、魔術が国民に与えている影響を聴き出し、解除できうる術式を脳内で検索していたのだ。


 メドアズの表情が、常日頃見せる冷静なものへと戻る。


「ならばあえて問う。貴様は解除の術式も確立しているのか」


「・・・答える義務があろうかね」


 饒舌だったゾレンが、低く静かな声で返した。


「言っていただろう『解する者には知を与えよ』の精神ではなかったのか」


 メドアズの冷めた視線と、ゾレンの闇深い眼光が交錯する。ゾレンは首をゆっくりと捻りながら、瞬きもせずにメドアズを凝視していた。


 そして、誰にも聞こえない声でぼそりと呟く。


「君の脳に、私の記憶と思考を、移植するのも、面白いかもしれんな」


 誰の耳にも届かない小さな声だった。


 九十度にまで曲げられた顔を戻し、ゾレンは新たな興味を見出したという表情になる。


「求める者に答えを。解除する理由が私にあろうか。いや可能性すらゼロであると答えよう」


 天を仰いで両腕をかかげると、ゾレンは求められた答えを口にした。


「ならば貴様を殺し、解析するまでだ」


 メドアズの言葉を合図に、広場に展開した軍が包囲を完成させる。


 メノーツが馬を操り前に出ると、二種の速射性のある攻撃魔法を打ち出した。


 その攻撃魔法に合わせて二つの影がゾレンに向けて詰め寄る。カカンとクスカの双子が飛翔の魔法を行使し、強力な攻撃魔法を構築しながらゾレンとの距離を縮めたのだ。


「才能と時間と運が有れば、解析できるかもしれんな」


 ゾレンは数種の魔法陣を思考空間から出現させ、襲い来る魔法へと対処するのだった。

次回投稿は7月4日(日曜日)の夜に予定しています。

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