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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第19話 マフュとトゥーム -2-

 トゥームは、自身の体内魔力操作が上達している事を確信していた。


 修道騎士たるマフュの踏み込みは、決して甘いものではない。修練兵のトゥームがそれに対応できたのは、ソルジ西門で魔獣との戦闘を経験した為だった。


 あの日、咄嗟の事ではあったが、繊細な魔力制御が必要とされる修道騎士の筋力制限解除を、トゥームはやってのけた。後々、何らかの支障が出るのではないかと心配こそしたが、スルクロークに診てもらった結果、特に問題が無いと言われて安心していた。


 筋力制限解除の魔力制御は、トゥームがそれまで行っていた四肢の魔力操作にも影響を与える物だった。精密さが増し、初動への瞬発力が格段に上がり、五感をより研ぎ澄ます事が出来るようになったのだ。


(突然の手合わせだったけど、マフュに感謝しないといけないわね)


 トゥームは心の中で呟く。修道騎士と剣を交えた事で、ソルジを旅立つ前に、自身の状態を確認できたのだから。


 トゥームは、敬意を示すように剣を大きく振ると、構えを変化させた。剣を右手で持ち、右足を一歩踏み出す。微かに膝を折ると、全身の力を程よく抜いた。右手首を僅かに返すと、剣を優しく握る。


 トゥームのとった姿勢に、マフュは身の引き締まる感覚を覚えた。その構えは、前方に居るマフュに全神経を集中している事を意味していたからだ。


 マフュは、トゥームが修練兵であると言う先入観を捨てなければならないと、自分に言い聞かせていた。目の前にいるのは修練兵ではなく、自分以上の『騎士』であり、全力をもって対峙せねばならない者なのだと。


(・・・でも、負けないわ)


 マフュは、最初の踏み込みよりも鋭く速く、トゥームの懐へ飛び込んだ。




 三郎は、マフュとトゥームの剣の動きを何度も見失いはしていたが、その美しいまでの応酬に歓声を上げていた。


 マフュが鋭い斬撃を放つと、トゥームがしなやかにいなし、流れるような動きで下段の足払いを放つ。


 マフュは、トゥームの足払いをステップを踏んで避けると、更に速い斬撃でトゥームに斬りかかる。


 三郎と並んで座っている面々も同様に、マフュとトゥームの攻防に声が出てしまっていた。そんな中、オルガートとエッボスは、二人の動きを追いながら、何やら真剣な顔で話をしている。


 三郎は、話をしているオルガートとエッボスに気づき、立会人だから勝負の評価でもしているのだろうかと、少し気になりつつもマフュとトゥームに視線を戻した。


 三郎が視線を戻すと、ちょうどマフュがトゥームから少し距離を開けて、渾身の刺突を繰り出すところだった。


 踏み切った足で地面がえぐれる。見ている者は、マフュの姿が一瞬消えたかのような錯覚を覚えた。


 次の瞬間、聞いた事もないような金属の擦れ合う音を響かせて、トゥームとマフュが近距離で対峙していた。


 マフュは、繰り出した突きをトゥームの剣によって軌道をそらされ、剣を高々と掲げる様な姿勢となってしまった。隙だらけとなったマフュの胴へ、トゥームは左肩で当身をくらわせる。


 マフュは咄嗟に、トゥームの当身の威力を和らげようと、剣と足に力を込めて後方へ飛んだ。だが、トゥームはそれを利用して、マフュの剣を押し上げて弾き飛ばそうと動いていた。


 動きを完全に読まれたマフュは、思った以上に後方へ飛ばされる。トゥームに追撃されれば、完全に負けるタイミングだ。剣は弾き飛ばされないように掴むのが精一杯で、振り下ろせるような状況ではなかった。


 だが、トゥームは追う事をしなかった。これは『手合わせ』であり、勝負の着いた相手に止めをさす事は無用だからだ。


「くっ」


 マフュは、たたらを踏みながらも、突き飛ばされた勢いをころす。マフュはこれで、トゥームに二本取られた事になる。


 だが、なぜかこの負けに納得がいかなかった。


「まだよ、もう一本!」


 マフュは、トゥームに弾き上げられた剣を握りなおすと、必死に正眼の位置へ戻す。


 納得行くわけがないのだ、自分に何も言わず消えた幼馴染に、五年も抱えていた悶々とした気持は、二回負けた程度で納まるほど軽くない。


 間髪を容れずに鋭い踏み込みから、トゥームの腰付近を狙った横薙ぎの一閃を放つ。当身の影響で、その斬撃は精彩を欠いていた。


 トゥームは剣を巧みに操り、マフュの剣を軟らかく受け止めると、全身のバネを利かせて押し返した。


「なっ!?うそ・・・」


 マフュの踏み込んだ足が浮き上がり、疑問の言葉と同時に背中から地面に落ちた。


 トゥームは、起き上がろうとするマフュの咽元に、剣の切先を向けた。ここで、三度目の勝敗が決まっていた。


「うぐっ」


 悔しそうな声を出し、睨み上げてくるマフュを見て、トゥームはそれほどまで勝負に拘る理由が分からなかった。


「何で突然、手合わせなのよ。昔から、唐突に何かする子だったけど」


 トゥームは、半ば呆れてはいたが、幼かった頃を思い出して懐かしむ様な表情になり、マフュに言った。


「・・・唐突じゃない・・・」


「え?」


 マフュがあまりにも小さい声で呟いたため、トゥームは聞き返してしまう。


「唐突なのは・・・トゥームの方よ!」


 一度、口を引き結んで言葉を飲み込んだマフュだったが、感情の我慢がきかなくなりトゥームへぶつけるように言葉を吐いていた。


「トゥームが修練兵になった時だって、私、一言も聞いてなかったわ。二日も後になって、全然関係ない所から噂を聞いて知ったのよ!どんなに惨めな気持ちだったか、貴方に分かる!?」


 マフュは、十三歳の時に受けた、言い表せないほどの疎外感を思い出す。


「文句の一つも言ってやろうと思ったわ。でも、トゥームは忙しくなって、全然会えなくて。次に噂を聞いたときには、当主になったですって?修練兵になったお祝いの言葉どころか、ご両親のお悔やみすら言わせてもらえなかったのよ!?」


 一番近しいと思っていた幼馴染の変化を、何も知らず平和に過ごしていた自分に、恥ずかしさすら覚えた記憶がよみがえる。両親が居なくなり、トゥームが落胆しているのではないかと心配して、何度か家を訪ねた冬の寒空を思い出す。手の凍るような冷たさが、まるで自分の心のようで嫌だった。


「トゥームがソルジに赴任したって聞いたのも、ずっと後の事だったわ!私は、馬鹿みたいに変わらず過ごしていたんだから、一言でも伝えてくれればよかったのに!」


 そこまで一気に言うと、マフュは口を引き結び再度トゥームを睨み上げた。


 トゥームは、マフュの言葉に動揺していた。十四歳当時の、慌ただしく過ぎてしまった、自分でも消化仕切れて居ない過去を突きつけられた気分だった。


「色々と、巻き込みたくなかったの・・・ごめんなさい」


 トゥームは少しばかり困惑したが、搾り出すように答えを返した。


 クレタスは、古くからの家名が重んじられる風潮がある。その中でも、トゥームの家は「王より賜りし名」と呼ばれる『ヤカス』を冠する家柄なのだ。権力争いに執心している政府の官僚や、教会での発言力を強めたい司祭連中にとって、咽から手が出るほど欲しい名なのである。


 若くして家名を継いだトゥームは、望まずとも権力争いに巻き込まれる事になった。修道騎士となったマフュに、それが分からない筈はない。


「それでも、話して欲しかったのよ!」


 マフュは、真っ直ぐトゥームの両目を見据えて言う。宝石の様に美しい赤く澄んだ瞳が、トゥームの心に言葉の真意を伝えてくるようだった。


 トゥームは、返す言葉が出てこず、その瞳を見つめ返す事しか出来ない。


 暫くの沈黙の後、見据えられたトゥームの目から涙が溢れ出す。トゥーム自身が気づかぬほどに、自然と流れでた涙だった。


「何でトゥームが涙を流すのよ」


 マフュはそう言うと、力なく自分に向けられている剣を払いのけて、トゥームに抱きついた。


 五年分の思いを込めて、力いっぱい抱きしめる。


***


 晩餐の席は、豪華とは言えないものの、楽しいものとなった。


 三人の修道騎士の旅の道程から、ソルジでの魔獣退治の話になり、先ほどの手合わせの話に及んでいた。


「あれは、私の勝ちと言っても過言ではないわ」


 マフュが、堂々と言い放つ。マフュは負けず嫌いな性格で、歯に衣着せぬさっぱりとした物言いをする子なのだと、三郎は認識を改めていた。


「は?三本も取られておいて、よく言えるわね」


 トゥームも負けじと言い返す。


「剣では負けたのは認めるわ。けどね、五年の歳月において、涙を流したトゥームは、私に完敗したのよ」


 胸を張って、言いにくいことをさらりと言うマフュに、三郎は『いい性格をしているな』と感心すら覚えていた。


「ちょっと、それ、言う事かしら?」


 顔を赤くして声を荒げるトゥームだったが、表情は明るく、なにかが腑に落ちたような雰囲気すら感じられる。


 ラルカとトゥームが、時間をかけて下ごしらえをした、暖かみのある家庭的な料理を囲み、ソルジの夜は更けていくのだった。

次回投降は1月14日(日曜日)の夜に予定しております。今年もよろしくお願いします。

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