第197話 シャバシャバな姉と頼れる姉
「命があったのを喜び合うって、ケータソシアさんも言ってたな」
シャポーを見送った後、三郎ははたと気づいて呟いた。
軍議も兼ねた席で、ケータソシアが皆に食事を促がす時に言っていた言葉だった。
三郎の呟きに、シトスが「そうですね」と一言返してから話を続けた。
「サブローも知っている通り、エルート族は長命な種族です。故に我々にとって『死』というものは遠い存在なんですよ」
「よくよく考えてみたら、シトスとムリューも長生きしてんだよな」
思い出したように言う三郎に、シトスが笑って相槌を打つ。
「寿命が長い分、草木や動物たちなど他者の死に向き合う数もおおくなります。そのため、エルートの者達は生きていることを大切に思い、互いに喜び合うという習慣が身についているのだと考えられてますね」
エルート族の学者あたりが提唱しているのだろう。シトスは説明口調で言った。
「生きているのが当たり前になると、命への執着が希薄になりそうなイメージがあるけど、そうでもないんだな」
三郎が頭の中に浮かべていたのは、元の世界の映画や小説で描かれる仙人のような人々だった。常時賢者モードを発動して、パッションの欠片も無い人間離れした者達だ。
全ての作品で同じように表現されてないのは理解していたが、三郎の中で『長命な種族』のイメージがそこに紐づけられていた。
「サブローの言わんとしていることは理解できますが、そういう種族なり人物なりがいたのでしょうか」
「あー、いや。そう聞かれると、見たことも会ったこともない、想像の産物だったわ」
質問するシトスに、三郎は半笑いで答える。
「しかし、サブローの言葉に寄せるなら、長く生きれば『冷静さ』は身についているかもしれませんね。経験が豊かになり、感情を抑えられなかったり動揺してしまったりする機会が減るかもしれませんから」
「それだ」
三郎は意を得たりといった顔をして、人差し指をシトスに向けるのだった。
小さな人影が、要塞の屋上にあるでっぱりに腰かけ、星空を見上げていた。
「はぁ~」
「ぱ」
その長いため息に答えたのは、頭にへばりついている更に小さい影だ。腹ばいで髪にしがみつき、同じく夜空を見上げている。
「シャポーさん、お一人で?何か悩み事ですか」
声をかけてきたのは、グレータエルートの指揮官であるケータソシアだった。
彼女は、部下との軍議を終えて作戦行動をまとめた後、新鮮な空気を吸おうと天幕から外へ出た。そして、ほど近くからシャポーのか細いため息が聞こえたので、様子を見に来たのだ。
「ケータソシアさん。えっと、テントに帰る途中だったのですけれど、星が綺麗だったので、ちょっと眺めていたのですよ」
「それにしては、乙女の切ないため息に聞こえたのですけれど」
慌てて言いつくろうシャポーに、ケータソシアは笑いかけながら隣に腰を下ろした。
「そうでした。真実の耳でわかっちゃうんですよね。でも、乙女と言われると恥ずかしいのです」
シャポーは照れ笑いを浮かべつつ、眉根を困ったように寄せて言った。
「お話を聞くだけならできますよ。もし、話したくないのであれば、聞こえなかったことにしますけれど」
ケータソシアは、そっとシャポーの表情から視線を外すと、空を見上げて静かな声で言う。そして、悩むように「うーん、うーん」と頭を揺すっているシャポーの次の言葉を待った。
夏の星座が暗闇を彩り、戦場の最前線であることを一時の間忘れさせてくれるようだった。
「あのーですね。偵察隊の皆さんの所に行くときに、サブローさまに送り出されたのですよ」
シャポーがぽつりと語りだしたので、ケータソシアは空を見上げたまま優しく相槌を返した。シャポーは促がされるように話を続ける。
「その時にですね、お父さんっていうのはサブローさまみたいな感じなのかな、と考えてしまったのです。そしたら、それが頭から離れなくなってしまったのです」
「声色から察するに、父親みたいではだめなようですね」
「ですです。シャポーには好きな本がありまして、その主人公の女の子と恋人になる男の人がいるのです。サブローさまとの出会いから、ずっとそれだと信じて来たのですよ」
「その思いが、突然揺らいでしまった気がするのですね」
「ですのです。違うのではないかと考えてしまった自分に対して、何だか落ち込んでいたといいますか」
「ぱぁ」
シャポーが強く頷いたため、上下した勢いでほのかから声が出る。
真実の耳をもつケータソシアが相手だと思ったとたんに、シャポーは心の内を話し始めていた。嘘を見抜かれるのは勿論なのだが、誤解せずに聞いてもらえると思えたからだ。
「シャポーさんの迷いが晴れるかは分かりませんが・・・」
じっと見つめてくるシャポーに、ケータソシアは言葉を選びつつ口を開く。
「揺らいだ心が確信に変わるまで、傍に居ておもい続ければいいんですよ」
「どちらの気持ちを、でしょうか」
「両方とも、と言ってしまうのは簡単なのですけどね。どちらにせよ、好意を抱いていることに変わりはないのですから」
真剣な顔のシャポーに、ケータソシアは微笑んで返す。
「どっちも・・・シャポーはそんな器用な女子ではないのです。この状況を何と呼べばよいのやら」
クレタスの魔術系女子は、術式があって答えがはっきりと出るのを良しとする。シャポーも例にもれず、心が宙ぶらりんの状態であることに不安をおぼえているようだった。
「私がシャポーさんの心境でしたら、それを『敬愛』と表現しているでしょうね」
「敬愛、なのですか」
ケータソシアの言葉をシャポーが繰り返す。
「尊敬すべき人物であり、傍に居たい、役に立ちたいと思える相手。『敬愛』という言葉が一番当てはまっているかと」
シャポーは何度か「敬愛」と呟いているうちに、腑に落ちたような感覚を覚えた。
「敬愛!なんだかとても素敵な響きなのです」
現状を言い表す的確な言葉を得て、シャポーはすっきりとした表情となって言った。ケータソシアは笑って「それは良かったです」と答えるのだった。
「あのーですね。もう一つご相談が」
「・・・なんでしょうか」
シャポーの改まった口調から、更に大きな悩みなのかと心を引き締めて、ケータソシアは聞き返した。
「トゥームさんを、お母さんみたいだなんて、思っちゃってるのですけど、考え方を切り替える良い方法は無いものでしょうか」
「・・・相当、重要なのですね」
真剣な響きを含んでいるシャポーの声に、ケータソシアはただごとではない雰囲気を感じ取る。
「命にかかわるかと」
シャポーの答えに、ケータソシアが息を飲むと両手で口を押さえた。シャポーの声からは、嘘偽りの響きが一切無かったためだ。
驚きを隠せないケータソシアに、以前三郎がトゥームを年上扱いして怒られた事件などを、シャポーは手短に説明した。
頷きながら聞いていたケータソシアが、不意になにかを思い出した顔をする。
「シャポーさんにはお師匠様がいらっしゃいましたよね?女性の方なので、母といえばそちらが思い浮かぶのでは」
「あれはですね、あくまでもシショーではあるのですが、どちらかと言えばシャバシャバ性格の『姉』といった方がしっくりくるのですよ」
「あぁ、なるほど。言われて納得という感じですね」
アレ呼ばわりされた師匠について、シャポーとケータソシアの思い描いた人物が合致する。
「あれれ、ケータソシアさんは、シャポーの師匠とお知り合いなのでしたか」
きょとんとした表情をしてシャポーが質問した。
「五百年前の戦争でご一緒しました・・・けれど、性格的に馬が合わなかったと言いますか」
苦笑いを作って、ケータソシアは答えを返した。
「なーるほどなのです。シショーは自由奔放なので、ケータソシアさんが苦手に思うのが分かる気がします」
「お弟子さんに理解してもらえて、なんだかほっとしました」
二人は、魔導幻講師ラーネの話題で意気投合して笑い合う。
そして結局のところ、トゥームへの対策は『頼れる姉だと思おう!』ということで決着するのだった。
次回投稿は6月20日(日曜日)の夜に予定しています。




