第194話 我慢という戦い
シャポーの用いた魔法は『術式五十六、改訂ラーネポッポ零点八二、遠方知覚魔法変更版』というものであった。
術式の五十六とは、術者の意識を触覚のように伸ばすことで、暗い洞窟や死角となっている場所に脅威が潜んでいないか調べるための魔法だ。
視覚や聴覚にとどまらず、匂いや触れた感触といった多くの情報を知ることができるため、超高等魔術に位置づけられている。
その難易度の高い術式に、シャポーが独自の更新をかけたことで、改番が付いているのだ。
主な変更点は、精霊魔法を阻害しない式を組み込み、法陣へアクセスするための魔道的なルートが確保されていることだ。更には、敵の防衛魔法に察知されないようにと、意識の触覚を可能な限り細くする術式などがパッケージングされてもいた。
シャポーの行った改定は大きく八個含まれており、内の二つを後から改善したので改訂番号を零点八二としているのだった。
余談ではあるが、遠見の魔法と呼ばれる物も同じ系統に分類されている。こちらは「見ること」に特化されており、一つの感覚に的を絞っているため、より遠方からの発動が可能となっている魔法だ。
魔導師の熟練度にもよるところではあるが、術に乗せる感覚器官が増えれば増えるほど、魔法は複雑となり効果の得られる範囲も狭まると言うのが魔導業界の常識とされている。
だがしかし、師匠であるラーネ以外の魔導師と交流の無いシャポーが、魔導業界の一般論などを知っているわけもない。
この魔導師少女は、普通に術式五十六を発動し、必要であるから精霊魔法を邪魔しないように式を加え、敵にばれないようにアレンジして、可能だからと離れた場所から難しい魔法を行使しているのだった。
(ふんふんふ~んなのです。偵察で見つけてもらった監視魔法の隙間が、思ったよりも大きかったので楽ちんなのですよ。意識を伸ばすのも上手く行ってますので、精霊さん達の嫌がっていたという場所を一つづつ確かめて、遠施方陣を見つければ任務完了ですですね)
シャポーの脳内に、知覚魔法から送られてくる挟撃要塞最上階の様子が映し出されていた。
警備兵に気取られる恐れも考慮して、壁や天井をはうように意識の先端を進めて行く。
広い要塞内部は、外壁に沿うかたちで廊下があり、建物の中央部分に部屋が集まった作りとなっていた。廊下には小さな窓が点在し、敵の動きを把握し攻撃するのに適した造りとなっている。
廊下も幅広く設計されていて、多くの兵士が防衛のために素早く移動することが十分に想定されているのが分かった。
シャポーは一つの窓に意識を伸ばすと、自分達がいるであろう場所へと視線を向ける。そこには平地にできた小さなくぼみがあるだけで、偵察部隊とシャポーの姿は完全に隠されていた。
もっと遠くへと目を移せば、道の先にドワーフ族の築いた一直線の防壁が見えるのだった。
(隠遁の精霊魔法はすごいのですね。ぜんぜんシャポー達が居るなんてわからないのです。ドワーフ族の建築力も凄まじいのです。って、シャポーったら、好奇心を満たしている場合じゃないのでした。精霊さんの嫌がっていたというポイントを調査しないとでしたよ)
シャポーが廊下へ意識を戻すと、ちょうど二人の兵士が会話をしながら横を通り過ぎた。
門要塞からの連絡が途切れたらしいとの内容を口にしつつ、足早にその背中は遠のいて行く。
(気付かれていないのですが、兵士さんとすれ違う時はキンチョーしてしまうのです。セチュバー方面には警備兵がまったく配置されてないとのことでしたから、そちらまで魔法を届かせられればドキドキせずにすんだのですよ)
ケイとルパの調べによれば、中央王都方面にのみ兵士が配置されており、挟撃要塞のセチュバー側半分は廃墟のように人が居ないとのことだった。
門要塞と同じように、兵士の数を通常よりも少なく配備していることから推測しても、破壊の魔法が設置されている可能性は非常に高いと考えられた。
(あ、魔法陣発見なのです)
シャポーの視線の先には、精霊が避けていたと伝えられた場所があった。知覚の触手をするりと伸ばし、法陣の種類を特定する。
(ふんむー。これは侵入者を感知する魔法でした。廊下にあるものは別物と考えて良さそうなのです)
脳内に起こしてある要塞の図面から、シャポーは力学的に重要だと考えられる部屋をピックアップしてゆく。地下にあるであろう魔法陣と共振させ、前面と後面がお椀状にへこんだ挟撃要塞を、エネルギー効率良く崩せる場所を計算して割り出すのだった。
(この~お部屋がぁ、怪しいの~ですよぉ)
意識の触覚を平たくのばしながら、扉の隙間へと入り込むと目星をつけた部屋の中を観察する。
小さな部屋の中ほど、まだエネルギーの注がれていない遠施魔法陣が暗がりにひっそりと存在していた。
(門要塞で見覚えのある法式が刻まれているのです。当たりなのですよ)
シャポーはすぐさま法陣へのアクセスを試みる。術式五十六に仕込んでいた魔法を次々と発動させ、地下にある破壊魔法の本体へと干渉を始めるのだった。
***
ドワーフの設置した壁の裏では、ドワーフやグレータエルート更に修道騎士達がひしめきあっていた。
一見して雑多に集合しているようにもみえるのだが、各々の兵士が役割に応じた配置をされている。壁の近くには先陣を切るドワーフ族が陣取り、そのすぐ後ろに三郎達と修道騎士、続いてグレータエルートの一団がかたまりとなっている。
「シャポー達からの連絡がくるまで、この状態で待つのか」
トゥームの操る馬の背に乗る三郎は、所狭しと集まっている軍勢の真ん中あたりに埋もれていた。
「挟撃要塞の見張り兵に、こちら側が攻撃の準備を整えていると悟られないようにしているんだもの。もうしばらくは我慢しないといけないわよ」
トゥームの言葉通り、ドワーフの作り出した壁に身を隠し、何時でも出撃できるようにしているのだ。
「いや、不満がある分けじゃなくてさ、シュターヘッドも馬もよく大人しくしてるなと思ってさ」
言い聞かせるように言われたため、三郎は訂正して返した。
すると、傍に控えてじっとしていたシュターヘッドが、首だけを動かし三郎へ顔を近づけると小さく喉を鳴らした。
金属光沢のある硬そうな頭部を三郎が撫でると、シュターヘッドは再び喉を鳴らすのだった。
「シャポーさんと偵察部隊が、無事に任務を果たせているなら、馬達の負担もそれほど大きくはならずに動き出せるでしょう。我慢してもらうしかありませんね」
シトスは跨る馬の首を優しく撫でる。
「私達は、偵察部隊とシャポーを拾い上げるのが任務だからね。あー、何だかソワソワして落ち着かない」
今すぐにでも駆け出したいといった様子で、ムリューが体をゆすりながら言った。シャポーの事が心配でたまらないという響きが、三郎でも分かるほどに含まれている言葉だった。
「出撃の合図がいつ出るか分からないんだから、サブローもしっかり捕まっていてくれないとだめよ」
そう言うと、トゥームはシュターヘッドを撫でている三郎の手を掴んで、強引に自分の胴へと回させた。
「そうだな。振り落とされでもしたら、この隙間の無い状態だと踏みつけられて怪我するだろうし」
「怪我で済めばいいわよ。いくら私だって、引き返してサブローを拾い上げる自信ないからね」
トゥームは、三郎の呑気な答えに強く言い返すと、更に腕を強く引っ張るのだった。
(・・・トゥームさんってば、腰細いんだもんなぁ)
三郎は、出来る限り考えないようにしていた言葉を心の中で呟いた。
後ろに乗って出撃を待つだけという時間は、おっさんに無駄なことを考えさせてしまうのだ。別の意味での我慢が、今しばらく続くのだった。
次回投稿は5月30日(日曜日)の夜に予定しています。




