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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第192話 頼りにされた魔導師少女

 三郎達の軍勢は、挟撃要塞とは大きく離れた場所で行軍を停止すると、道幅いっぱいに陣の設営を開始した。


 遠目ではあるが、グレータエルートとドワーフの軍が陣営を築きはじめたのは、敵方の要塞からでも確認できる距離だ。


 ドワーフ族は、要塞方面に簡易的ではあるが岩の壁を出現させ、物見櫓の構築をも進めている。後方ではグレータエルートの軍が、天幕を張りつつ要塞を監視する構えを見せていた。


 そんな慌ただしい中、いち早く張られた指揮官用の天幕に、五名のグレータエルートと三郎達に招集がかけられていた。


 作戦通り、偵察部隊にシャポーが合流するためだ。


 野営地を作っているのは、偵察部隊の行動から敵の注意をそらすことが主の目的となっている。偵察の状況次第で、野営する可能性もあるので完全なダミーとまでは言わないが「今日は動きが無さそうだ」と相手の油断を誘う意味が多分に含まれているのだ。


 ドワーフが精霊魔法によって出現させている壁も、攻撃開始時には一瞬で消すことのできる物となっている。


 指揮官用の天幕は別の物よりも広いとはいえ、十名以上の者が集まっているとさすがに手狭く感じるのだった。


「私が偵察部隊長のロウドと申します。作戦行動中はロドでも隊長でも、お好きな方で呼んでください」


 壮年の風貌をした者が、一歩前に出ると三郎達に敬礼を送る。ロドは、漆黒の髪を後ろに流し、顔に刻まれた皺が静かな威厳を感じさせるような男だった。


 偵察を主任務としているグレータエルートは、情報の伝達を少しでも早める為、二音の呼称で呼び合うのだとロドから説明される。


 彼はケータソシアと同じく、五百年前の戦いにも参加した古参兵であり、落ち着きと頼りがいのある雰囲気をまとっていた。


「ノケイテと言います。ケイと呼んでください」


 左目にかかった前髪を気にするでもなく、ロドの隣の男が半歩前に出て自己紹介をする。夜に溶け込みそうな黒紫の髪をした、物静かなたたずまいの青年だ。見た目の印象とたがわずといったところか、挨拶も短ければ声も小さい。


「これから一緒に行動しようとしてるのに、辛気臭い挨拶から始めないでよ。私の名はヴァナレーチュア。作戦中はヴァナって呼んでくださいね」


 ケイに突っ込みを入れつつ、快活そうな笑顔をシャポーに向け、目の鋭く吊り上がった女性が親し気に挨拶をよこす。細く編み込まれた髪は、茶色味をおびた肩程の長さの黒髪で、明るい表情をさらに印象付ける大きな口が印象的な人物だった。


「私はルパヘストスという名前で、皆からはルパという愛称で呼ばれてます。敵の攻撃の際には、私の後ろに隠れてください。魔導師様の安全は絶対に守りますから」


 にこにこと笑顔を絶やさない男性が、ヴァナの後を引き継いで自己紹介をした。


 グレータエルートの中では骨格の太い体格をしており、偵察部隊の中でルパが一番背が高い。エルート族は性格の裏表がない種族ではあるが、ルパは群を抜いて人の良さそうな顔をしていた。短い癖毛の黒髪が所々跳ねているのも、親しみやすさを際立たせて見せるのだった。


 残る五人目の若いグレータエルートが、そわそわとした様子で一歩前に出た。


「俺はジャンって言います。魔導師さんの安全は、このジャンが保証しますので任せてもらえたらうれしいっす。いやぁ、こんな可愛らしい人が、エルートの守護者のお一人だなんて、何だか挨拶だけで照れるっすね」


 無邪気な笑顔をシャポーに向けて、ジャンは更に一歩前に出て頭を下げた。


 偵察部隊の特性上で髪を黒に染めているのか、根元からわずかに明るい茶色が顔をのぞかせている。


「か、可愛いだなんて、ストレートに言われちゃいますとこちらも照れるのですよ。ふへへ」


 思わぬ誉め言葉に、シャポーは照れ笑いを浮かべて答える。


「ちょっとジャン、こんな時に魔導師様を口説こうとしない。まったく、可愛いっていうのは間違いないけど、ここで言う?」


 ヴァナがジャンの背中を小突いて言った。


「く、口説いてる分けじゃなくて、素直な気持ちを言っただけっつーか。あ、ちなみに俺は、風の精霊と親交が深くて、若手の中で偵察術に一番優れてたから、この部隊に配属されてるんす。一応優秀な方なんで、よろしくお願いします」


 ジャンはめげずに、シャポーへと自己アピールを続けるのだった。


 シャポーは「魔導師様」と何度も言われ、自分の自己紹介がまだだったと気づき、照れ顔から表情を戻して口を開いた。


「わ、私はシャポー・ラーネポッポと言います。偵察部隊の足を引っ張らないように頑張りますので、よろしくお願いします。シャポー・・・作戦中はシャポとなるのですか、そう呼んで下すって結構ですので!」


 緊張の入り混じった声でシャポーが勢いよく頭を下げる。


「お役に立てるよう努めねばならぬのは我々の方かと。門要塞の偵察をお褒めいただいたと聞き、光栄に思っているのですからね」


 ケータソシアから伝えられたのか、ロド隊長は穏やかな笑顔で再びシャポーへと敬礼した。


「いえいえ、要塞に仕掛けられている防衛魔法は、遠見の魔法などを簡単に通すようなものではないです。今回の作戦も、内部構造を把握できるから実現できると言えますので、優れた偵察情報があってこそです」


 シャポーも背筋を正して答えを返す。


「尊敬するシャポーちゃんに見こまれてるなら、倍以上に働くってもんすよ」


 爽やかな笑顔で白い歯を輝かせて、ジャンがさも嬉しそうに言う。ジャンとしては、シャポーの声から緊張の音が響いて聞こえているので、場の空気を和ませるために言った言葉だった。


 しかし、おっさんの警戒心に火をつけたのを、彼はまだ知らない。


(偵察部隊の人達はいい人ばかりみたいだから、シャポーは問題なさそうだな。しかしなにだね、ジャン君といったかな、少しばかり言葉がチャラすぎるんじゃないかいね。シャポーを預けて大丈夫なのか心配になるじゃないか)


 三郎が訝しむ表情をする横で、トゥームも同じような視線をジャンに向けるのだった。


 自己紹介も済み、作戦の概要も再確認できたところで、どかどかという重い足音が天幕に近づいてきた。その人物は挨拶もなしに、おもむろに入り口を払いあげると、野太く大きな声で中の者達へ話しかけた。


「そろそろ壁を完成させちまうぞ。右手の山裾が要塞からの視線を遮れて、お前らが出るには良さそうだ」


 声の主はゴボリュゲンだった。偵察に出るのに適した場所を知らせに来てくれたのだ。


 髭に覆われたゴボリュゲンの顔は、楽しそうな表情を浮かべている。ドワーフ族というものは、蛮勇であれ何であれ、勇気ある者や行動が異様に好きな種族なのだ。


「では、偵察部隊に作戦の開始を命じます」


 ケータソシアの一言に、部隊の面々が真剣な表情となって敬礼を返した。シャポーもつられて姿勢を正して敬礼をしていた。


 天幕を出る際、シャポーがふと不安げな表情で三郎達を振り返る。


 自分から申し出た作戦とはいえ、三郎やトゥームと別々に行動するのは、ソルジを立って以来初めてのことだった。


「頼りにしてる。気を付けてな」


 三郎は親指を立ててシャポーを送り出す。クレタスで「健闘を祈る」というハンドサインだ。


「た、頼ってくだすって結構ですので!」


 シャポーも親指を立て返して、元気な声で言うと天幕から飛び出すのだった。

 

「シャポーちゃん、何だか嬉しそうっすね」


 走るシャポーの横に並ぶと、ジャンがその表情を見て声をかける。


「ですです。シャポーは頼られてるのです」


 何時もの調子に戻ったシャポーが笑顔で返した。


「そっすか。なら、作戦大成功で凱旋としゃれこみますか」


 ジャンの言葉に、偵察部隊の面々から「当然だろ若造」だの「失敗するのはアンタだけよ」だのと返事がくるのだった。


「ひでぇ。シャポーちゃんの前で、ひでぇ」


 和やかなやり取りの中、ジャンの心には疑問が浮かんでいた。


(サブロー殿の『気を付けて』って言葉から、どうも俺に向けた棘が聴こえたんだよな。気のせい・・・じゃないよな、耳を疑うって感じなんすけど)


 ジャンのそんな思いを抱えつつ、偵察部隊はドワーフ族の作る壁を越えるのだった。

次回投稿は5月16日(日曜日)の夜に予定しています。

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