第190話 おっさんの不安な親心
「試みたい方法、ですか?」
ケータソシアは、シャポーの言葉に疑問を抱いて聞き返した。
言葉には、シャポーが自ら何事かを行おうとしているのだという、意思の響きが聞こえて来ていたからだ。
「はい。第一門要塞の地下にあった魔法陣を解析解除した情報に基づくのですが―――」
そう切り出したシャポーによると、破壊の魔法陣は母体の魔法陣と子となる数個の魔法陣が繋がり、要塞全体に影響を及ぼす巨大魔法陣の役割を果たすとのことだ。
子の魔法陣から魔力エネルギーを戻す作業をした際、母体と繋げられている術式も解読しており、互いに状態を送信し合っていることが判明したのだという。
「フィードバックを互いに送り合ってるってことか」
「ですねですね。魔法陣解除の時には、遠隔地にある法陣へ向けて送られている信号をですね、正常値に固定して・・・っと、解除の説明は長くなるので省かせてもらうのです。相互送信の術式がある目的は、魔法全体の発動後に遠施法陣のいずれかに何者かがアクセスした場合、部分的に切り離す役割があるのです」
母体の魔法陣が制御を奪われても同様で、子側の魔法陣が自立起動に移行するようになっているのだとシャポーは説明する。そして、母体法陣が地下に設置されていたのに対し、子側の法陣は要塞の上階に設置されていたのが解っていることも伝えた。
建物の上下に施された破壊の魔法が相互作用を起こすことで、要塞全体が壊滅的に崩壊するよう設計されていたのだ。
「すべての魔法陣が接続されていたというのは分かったわ。シャポーが試してみたいことに関係があるのね」
トゥームは、理解した内容を短くまとめると、話の先を進めるようにシャポーを促がした。
「要するにですね、子である遠施法陣の制御を奪えば、基軸となっている母体法陣の解除が行えると、シャポーは解ってしまったのですよ」
荒い鼻息とともにシャポーは言い切る。その頭の上では、ほのかが鼻から小さな火球をふんふんと吹き出していた。
「偵察の際に、と先ほど言われていましたね。シャポーさんが偵察班と共に行動し、解除を行うと解釈すればよいのですか」
ケータソシアの表情は、指揮官としての責任をうかがわせる真剣なものだった。
「はい。建物の大まかな構造がわかれば、遠施法陣の位置が割り出せます。シャポーの解除魔法を一点に集中して行使できれば、要塞の防衛魔法を反応させることなく法陣へのアクセスが可能なのです」
シャポーは座り直して背筋を正すと、はっきりとした口調で返した。
「リスクが全くないという分けではないようですね。解除できないと予想される場合を教えてもらえますか?」
シャポーの声の響きから、ケータソシアは不測の事態もあるのだということを理解して聞く。
「破壊の魔法が設置されてないことが想定できるのです。法陣へ接続できれば種類の特定も可能ですが、遠施法陣自体が無ければ何もできないのですよ」
「その際には、精霊魔法による通常の偵察を行うことになりますか。罠とおぼしき法陣の有無や位置も見極めておく必要がありますね」
「偵察班にとって、シャポーが単なるお荷物になってしまうと思うのです」
部隊員以外の者を同行させるだけでも、偵察班の行動の負担となる。ましてや、偵察の訓練もしていないシャポーが同行するならば尚更だ。シャポーはその部分も踏まえて提案をしているのだった。
「破壊の魔法が無いと分かるだけでも攻めやすいというもの。我々にとって有益な提案と言っても、言い過ぎではないだろうよ」
黙って聞いていたゴボリュゲンが、口の端を上げて満足気な表情を浮かべて言う。
ドワーフ族の気質から、勇気ある作戦を口にしたシャポーを痛快に感じているのだ。副官のドワーフ達も、うんうんと首を縦に振っている。
「危険を伴う作戦です。サブロー殿のご判断もいただきたいと思いますが」
三郎へ視線をうつしたケータソシアは、真面目な表情を崩すことなく指示をあおぐように言った。シャポーの三郎を射貫かんばかりの真剣な視線も向けられていた。
「偵察の情報収集に加えて破壊の魔法の有無まで分かるのならば、有用な作戦と言えるでしょう。しかし、偵察班の負担という面においてですが、大人数になってしまうのは大丈夫なのでしょうか」
シャポーが頑張ると言っているのだ、三郎も一肌脱ぐつもりで答えるのだった。
(偵察班って何人編制なんだろう。俺達が加わったら、最低でも五人増えることになるもんな。明るい時間帯だし、大所帯すぎないかねぇ)
精霊魔法で何とかなるのか、などとのんきな考えが浮かぶ三郎であったが、居合わせているグレータエルート全員から、疑問を孕んだ視線を向けられるのだった。
「サブロー殿も行かれるおつもりでしたか?現時点では、シャポーさんお一人が同行するという方針で話を進めていたのですけど」
少々困った顔をしてケータソシアが言う。
「え、そうだったの―――」
「有用な作戦なのですね。シャポーは頑張っちゃうのですよ」
三郎の返事に被せて、シャポーが気合の入った声を上げた。
(耳の性能差が出たのか。俺の理解と食い違ってた。いやいや、シャポー一人行かせるとか、もう少しじっくり考えてだな・・・)
娘を冒険へと送り出す親の心境になってしまい、三郎はたまらずトゥームへ助けを求める視線を送った。
しかし、そこにあったのは、小さなため息と呆れた表情を返して来るトゥームの姿だった。
(あら。耳の性能じゃなく、理解力の差だったのかなぁ?)
不安だけが膨らむおっさんなのだった。
シャポーの勢いに押される形で、三郎は偵察班への同行を認めていた。
(危険だと判断すれば、偵察班は命優先で引き上げるってことだし、俺の心配が過ぎるのかな。子供をお使いに初めて出すテレビ番組の親の心境ぅ)
三郎の親心的な心配は横に置かれ、目の前では作戦行動の詳細が詰められている。
「心配なのは分かるけど、信じるのも大切よ」
三郎のついた小さなため息に気付いたトゥームは、三郎の肩を一つ小突くと囁くような声で言った。
(トゥームさん、子を信頼してる母親みたいなこと言ってらっしゃる。なーんて言ったら怒られそう)
少しばかり不安の取り除かれた心内で、三郎は口には出せないことを考えながらも、トゥームに感謝するのだった。
「陣営の移動および、門要塞に残す兵について問題ありませんか」
「うむ」
ケータソシアの言葉に、ゴボリュゲンが深く頷く。
「偵察班の作戦行動開始は、軍の移動が完了次第、私から招集し指示をだします。シャポーさんよろしくお願いします」
「はいです」
シャポーは瞳を輝かせてケータソシアに返事をした。
三郎はそんなシャポーの横顔を、子の成長を喜びながらも、微かな寂しさを漂わせる親の表情で見守るのだった。
「失礼します。ケータソシア指揮官、陣に残していた兵より『修道騎士カーリア・アーディ』と名乗る者が、教会評価理事サブロー殿の行方を尋ねて来ているとの連絡が入りました。教会の軍を率いているとのことです」
話し合いも大詰めという段になって、天幕の外から声がかけられる。ケータソシアは了承の旨を伝えて、報告に来た者をさがらせた。
「我々の陣営の移動が先かと思っていましたが、速い合流でしたね。門要塞で留まってもらい、明日合流できるよう調整したい所だったのですけれど」
そうもいかないだろうなと言った様子で、ケータソシアは思考を巡らせるように口元に手を当てた。
人族に軍の動きが知れて、セチュバーがどこからか情報を入手するのを警戒しているのだ。詳細な作戦が洩れでもすれば、偵察班を出すこともできなくなってしまう。
かと言って、合流したという教会の兵を無下に扱うことも出来ない。数日の内には、中央王都を筆頭にクレタス諸国の軍も加わってくることになるのだ。
セチュバーまでの道のりにある残りの要塞群を、グレータエルートとドワーフの軍だけで突破するというのも現実的に無理な話であり、結局は人族の軍勢が主となって攻略をして行くことになるのだから。
「修道騎士団のみ呼び寄せ、カーリア殿と話し合ってはどうでしょう」
ケータソシアが指揮官として抱いている懸念を聞いていた三郎は、一つの意見を口にした。
「修道騎士だけ、ですか」
三郎の言葉に、カーリアがふむと唸る。
「奇しくも、カーリア殿と修道騎士達は、セチュバーとの繋がりの無いことが証明されている人達だといえます」
「どういう意味なのでしょう」
三郎が本心から言っている響きを耳にし、ケータソシアは更に聞き返す。
「高原国家テスニスのキャスールで、私と一緒にシトスとムリューが、修道騎士全員と言葉を交わしているのですよ。当然、顔も合わせています」
「確かに、全員の声を聞いていましたね。敵愾心や裏切りの響きなど、一切聴こえなかったのを覚えています」
三郎の話を裏付けるように、シトスがキャスールでの出来事を思い出して言った。ムリューが同意の相槌を打つ。
正しき教えとの一幕で、シトスとムリューは、人族の裏切りを警戒しつつ修道騎士達との挨拶に同行してくれていた。言葉の端に潜む僅かな違和感も、聞き逃すまいと神経を研ぎ澄ませてくれていたのだ。
「良い案を頂いたと感謝します。直接話ができれば、彼らの行軍による疲労度もわかりますし、共同作戦の提案も行えますね」
ケータソシアは微笑んで言うと、副官に連絡を入れるよう指示を出した。
(あ、悩みの無い顔になった。という事は、修道騎士や教会の軍を含めた作戦が、既にケータソシアさんの頭の中で出来上がったって意味かな。できる指揮官ってすごいよなぁ)
てきぱきと指揮をとるケータソシアを見つつ、おっさんはのんびりと他人任せな考えを浮かべるのだった。
次回投稿は5月2日(日曜日)の夜に予定しています。




