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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第188話 勇気ある馬鹿ども

 シャポー・ラーネポッポの小さな鼻から、赤いものがつっと流れ落ちていた。


「ほら、興味があるのはわかるけど、血が止まるまでこっちへ顔向けなさいってば」


 トゥームは、シャポーの頬を両手ではさんで強引に前を向かせると、鼻を拭ってやりながら額にそっと手の平を当てた。


 修道騎士は司祭の位も修めているので、治癒の教会魔法も身につけている。普段は騎士としての行動が優先されるが故に、体内魔力を消耗する教会魔法は使わないようにしているのだ。


 だが、頭部に内出血があれば危ないと判断し、トゥームが急いでシャポーの治療に当たっているところなのであった。


「はひ。頭を使ひすぎたのれふ。脳へと流れる血液の圧力れ、鼻の毛細血管が切れたのれふ。修行中もたまにあったのれふよ。ほがほが」


 上位の精霊魔法で覆われた部屋に興味津々のシャポーは、大人しく治療を受けながらも、目だけを動かして部屋の中を見回した。


 空間の振動は既に停止しており、シトスやムリューは床に腰を下ろして携帯食料や水を口に運んでいる。少しでも疲れを抜いておくという、グレータエルートの戦士としての行動だ。


 ケータソシアは、メーシュッタスの根の盛り上がっている場所に座り、外の部隊とゲージで連絡を取り合っている。


 魔法陣の解除された室内は、エネルギールートの途切れていない数個の照明器具が、うすぼんやりと現状を浮かび上がらせているだけとなっていた。


 トゥームは治療の手を動かしつつ、部屋が今の状態になるまでをかいつまんでシャポーに説明する。シャポーは「ほへー」と感嘆の声を何度も上げて聞くのだった。


「トゥームって、教会魔法も使えるんだ。初めて見たかも」


 隣に座って治療を眺めていた三郎が、感心した様子で呟いた。


「そうだった?あー、ムリューを治療した時、サブローは馬車の外だったわね。あとは、グランルートの町フラグタスで貴方が高熱を出した時だけど、意識が無かったから知る分けないか。それよりも前だと、貴方がソルジで魔獣に襲われた時も、スルクローク司祭のお手伝はしていたのよ」


 シャポーのおでこをぐりぐりと手で押さえながら、トゥームは三郎に答える。シャポーは「んあんあ」と声を上げ、されるがままになっていた。


「お世話をかけております」


 三郎が神妙な声で深々と頭を下げたのに対し「今さら改まって」とトゥームは笑って返した。三郎の頭の上にいるほのかも、自分事のように深く頭を下げている。


「でも、シトスの怪我の治療とか、中央王都でトゥーム自身が怪我した時とか、使ってなかった・・・よな」


 三郎は記憶をたどると、小首を傾げた。


 シトスと初めて出会た日、ムリューの治療の後に、シトスの手当もしていたはずだ。そして、中央王都でトゥームが勇者テルキを助けた際、彼女自身が深手を負っていたのも思い出される。


「極力使わないようにって、修道騎士は厳命されているの。理由は簡単で、修道騎士として剣を振るうことが優先されているからよ。教会魔法で体内魔力を消耗していたら、戦闘パフォーマンスが落ちてしまうもの」


 トゥームの言葉に、三郎はそっかそっかと納得して見せる。


「それに、あの時のシトスは意識がはっきりしていたから、薬や治療帯で十分だったわ。私が負傷した場合なのだけれど、教会魔法は対象者の自然治癒能力を活性化させる助力となる術なの。体内魔力や血流の乱れていた私が、自分の傷を治すのは無理なのよね」


「自然治癒力を助けるって話し、前にも聞いてたな」


 三郎が何処で聞いた話だったかなと考えている横で、トゥームはシャポーの治療を終えていた。


「これで血は止まったと思うわ。内出血も無さそうだし、鼻血だけみたいね。でも一応、外に出たら医療班に診てもらうといいわ」


「どうもです。何だか頭がすっきりとしたのですよ」


 トゥームが笑顔で言うと、シャポーはむんと力こぶをつくって立ち上がった。


「脳みそ使いすぎて鼻血が出るとか、そうそう聞く話じゃないよな。それとも、こっちの世界だとよくある事だったりするのかね」


 元気なシャポーを見上げつつ、三郎は何気なく質問する。


「そういわれると、シャポーも聞いたことは無い気がするのです。でもでも、脳の演算力を上げると、酸素と魔力の消費量が必然的に増えますので、血流を上げるのは効率がよいのですよ」


 元気なポーズをしたまま、シャポーはさも当然のことのように答えた。


(効率が良いから脳への血流を上げる・・・もっと聞かない話なんですけど。この子、都市伝説ですかね)


 三郎はこれ以上突き詰めても、常人離れした回答しか返ってこないことに気付き「ふーん」と軽い相槌を打つだけにしておくのだった。


「要塞の制圧が完了したとの報告が入りました。これより、我々の救出に動き出すとのことです」


 ゲージで連絡を受けたケータソシアが皆に内容を伝えた。


「一安心って感じか。ちなみに救出作業ってどれくらい時間かかるのかな。どっちの出入り口も塞がってるから、大変なんだろうし」


 ほっとした三郎は、両腕を上げて伸びをしながらトゥームに聞いた。


「どうかしら。シトス達はそう思ってないみたいだけれど」


 修道の槍を拾い上げたトゥームは、服を手で払って整えながら立ち上がる。


「え?」


「ぱ?」


 言われて、三郎とほのかがグレータエルート三名の方へと目を向けると、座って休息をとっていたはずの彼らは既に身支度を終えていた。


「土族が共にいることですし、大地の精霊と親交の深い同胞もいますので」


 三郎の間の抜けた声に気付いたケータソシアは、優しい微笑を浮かべて言った。


「さっき、大気の精霊に調べて貰ったら、階段全体が埋まってるんじゃないでしたっけ」


「間違いなく」


 三郎の疑問に、ケータソシアは変わらずの笑みで返す。


 ドワーフやエルート族が優秀とは言え、流石に連絡を受けてすぐに待ち構えるのはいかがなものかと、三郎は心の中で考えていた。


 その時、低い地響きの音とともに、部屋の床が振動をはじめた。


「うおお、魔法陣が再始動したのか」


 驚きのあまり地面に手足をついて、三郎は魔法陣のあった方向を確かめる。


 そこには静まったままの法陣があるだけだ。


「サブロー、多分だけれど、もう少しこっちへ来た方が良いみたいよ」


 トゥームの声に顔を向ければ、裏手口の方へと皆が数歩下がっているのが目に入った。三郎の頭の上に居たはずのほのかも、シャポーの頭上へといつの間にか移動している。


 更に、三郎の後方、地下へ降りてきた階段からは、いくつもの野太い声が響いてきていた。


「どっせい」「どっせい」「どっせい」「どっせい」


 凄まじい勢いで近付いてくる掛け声にあわせて、床の揺れも大きくなる。


(祭りっすかね・・・んなわけない!)


 三郎が振り返った瞬間、野太い掛け声は気合の声にかわった。


「ラストオオオオォ」


 轟音とともに、入り口を塞いでいた瓦礫が部屋の中へとなだれ込む。


「うおおおお」


 突然のことに恐れおののいた三郎は、手足をばたつかせて仲間の方へ駆けだした。


 再び背後を確認した三郎の目に、巨大ハンマーをフルスイングしたドワーフ族の姿が映る。口元に笑いを浮かべた軽騎兵団の団長であるゴボリュゲンだった。彼の背後では、多くのドワーフ兵が石柱を出現させて通路の補強と安全確保に動いていた。


「勇気ある馬鹿どもを発見したぞ!一人なぞ腰を抜かしておるわ」


 大きな笑い声をあげて、ゴボリュゲンは部屋の中へと入って来た。そして、尻をついている三郎の目の前に、彼の大きな手を差し出す。


 声も出せないほど驚いていた三郎は、目を瞬かせて力強く引かれるままに立ち上がる。


「ようやるわ。人族にしては、溶岩よりも熱い根性を持っているな、お前達は」


 ゴボリュゲンは三郎に言うと、ばしんと肩を叩いて再び豪快に笑った。


(痛ってぇ。肩の骨おかしくなりそう。まじで、凄く痛い)


 この作戦における一番の痛みに、おっさんは悶絶するのだった。

次回投稿は4月18日(日曜日)の夜に予定しています。

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