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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第一章 異世界の教会で
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第18話 マフュとトゥーム -1-

「まだよ、もう一本!」


 午後も深まり、木々の陰が長く伸び始めた広場に、修道騎士マフュ・アーディの声が響いた。


 マフュは、トゥームに弾き上げられた剣を握りなおすと、必死に正眼の位置へ戻す。


 間髪を容れずに鋭い踏み込みから、トゥームの腰付近を狙った横薙ぎの一閃を放った。


 トゥームは、左足を引くと同時に剣を滑らせて、マフュの剣を軟らかく受け止める。マフュの剣の勢いを殺すと、トゥームは全身のバネを利かせて押し返した。


「なっ!?」


 マフュの踏み込んだ足が浮き上がる。トゥームに剣を押し返されたことで、マフュの体の重心に回転力が生まれ、触れられても居ない身体が宙に浮く。


「うそ・・・」


 マフュの口から、疑問の言葉が出ると同時に、背中から地面に落ちた。


 咄嗟に起き上がろうとするマフュの咽元に、トゥームの剣の切先が向けられていた。


「うぐっ」


 マフュは、悔しそうな押し殺した声を出しトゥームを睨み上げる。ソルジに到着してから数時間も経たない内に、マフュはトゥームに三度も負けてしまっていた。


「何で突然、手合わせなのよ。昔から、唐突に何かする子だったけど」


 トゥームは、半ば呆れた様な、懐かしむ様な顔でマフュに言った。


「・・・唐突じゃない・・・」


「え?」


 マフュがあまりにも小さい声で呟いたため、トゥームは聞き返す。


「唐突なのは・・・トゥームの方よ!」


 一度、口を引き結んだマフュだったが、感情の我慢がきかなくなりトゥームへ言葉をぶつけていた。


 そんな二人の光景を、修道騎士オルガートとエッボス、そして教会の面々が見つめていた。


 三郎は心の中で『青春だねぇ』などと呟きながら、二人の様子を眺めていた。


 事の始まりは、修道騎士達がソルジの教会へ着いた時間にさかのぼる。


***


 昼下がりの午後、修道騎士の到着を待ちわびていたティエニとリケが、窓の外に三人の騎士の姿を見つけて三郎に知らせに来た。


 三郎が聖堂に向かうと、同じように知らせを聞いたスルクロークが、騎士達を迎え入れるために扉を開けている所だった。


 三郎は、スルクロークの横まで行き扉の外に目をやる。教会に続く公園の道半ばほどに、馬を進める三人の騎士の姿が映った。


「馬もいるんですね」


 三郎はソルジに来てから、馬車を引く四速歩行の見慣れない生き物は目にしていたが、こちらの世界で馬を見るのは初めてだった。


 クレタスでは、魔力が強くなってしまった獣に襲われる事が間々ある。その為、商人や旅人は、魔獣に対抗できる生き物に馬車を引いてもらい利用する。


 人々はその獣の事を、魔獣と区別して『友獣ゆうじゅう』と呼ぶ。友と呼ばれるほどに人間と親しい獣で、ワロワやグダラと呼ばれる種類がおり、おいしい食べ物の見返りに人に協力していたり、単に人族を弱い生き物と思い護ってくれていたりと、知性の高さから協力してくれる理由も様々であった。


 馬が使われない理由は、単に魔獣よりも弱いからであり、居ないわけではない。足の速さでは優秀である為、魔獣に対抗できる武芸を身に着けた者は、移動手段として馬を使う事がある。


「足速そうだなぁ」


 三郎は、元居た世界のサラブレッドを思い出しながら見ていた。


「速そうだねぇ」


 三郎の横から顔を出したラルカが、三郎の言葉に相槌をうつ。ラルカは学校から戻ってから、トゥームとともに夕食の支度をしていた。人数が多いので、下ごしらえを早々に始めていたのだ。


 トゥームとともに教会の聖堂に来たラルカは、そわそわと落ち着きのない様子で、目を輝かせながら修道騎士の姿を見ている。先日の魔獣の事件から、更に頑張って剣の稽古に打ち込む様になっていたラルカにとって、憧れの修道騎士を目の前にしているので仕方ない事だった。


 騎士達は、教会前で馬を降りると、聖堂に入りスルクロークと挨拶を交わす。


「スルクローク司祭、お久しぶりですね」


「本当に、十年近くになりますか、オルガート卿と直接お会いするのは。エッボス卿もお変わりなく」


 オルガートの挨拶に、スルクロークが穏やかに返事をする。スルクロークは、オルガートの隣に立つエッボスにも、うやうやしく頭を下げて挨拶をする。


「オレは今回、オルガートのお守り役の一騎士として来ただけだからな。硬い挨拶は無しと行こうじゃないか」


 エッボスはそう言うと、自慢のスキンヘッドをぺしりと叩いてにやりと笑う。それを見たティエニが、エッボスの真似をして自分の頭をぺしりと叩いて笑い顔を作った。


 オルガートもエッボスも、教会本部では修道騎士をまとめる立場であり、一騎士として旅に出たことを少なからず楽しんでいるのだった。


「そちらは、マフュ・アーディ殿ですね。若くして修道騎士となられたとか」


 スルクロークは、オルガートとエッボスの後ろに控えていたマフュに声をかける。


「はい。このたび要請に赴きました、マフュ・アーディと申します」


 マフュは、一歩前に出ると背を正し、軽く握った右手を左肩に当てた。マフュの玲瓏れいろうたる声と美しい騎士の礼に、子供達と三郎が感嘆の表情を浮かべた。


「はー、凄い美少女・・・」


 三郎は思わず、口に手を当てると小さい声で呟いていた。光沢のある赤く長い髪が、マフュの動きにあわせて流れる。十八歳の少女らしさを残した凛とした顔立ちに、町ですれ違えば誰もが振り返るのではないかと思ってしまう。


「ふーん、サブローは、マフュみたいな子が好みなのね」


 いつの間にか隣に立っていたトゥームが、三郎の言葉を聞いて非難めいた視線を向けてくる。


「うぉ、ビックリした。いや、好みは・・・ははは」


 三郎は、完全に独り言であった言葉をトゥームに指摘され動揺してしまう。あまりにも動揺したため、好みが誰なのか言いそうになって笑いで誤魔化した。


(俺、今、好みはトゥームみたいな女性だって、言いそうになってなかったか)


 好みという単語で脳裏に浮かんだ人物に、三郎自身が、この時初めて気づいたのだった。




 三郎の動揺を他所に、教会の面々と修道騎士達の挨拶は滞りなく行われた。


 オルガートやエッボスは、子供達と丁寧な挨拶を交わすと、すぐに気に入られていた。マフュはまだ若い為か、騎士としてきちんとしなければと言う思いの為か、非常に硬い挨拶を交わすに留まる。


 ラルカは、マフュの騎士然たる態度に憧れの気持ちが芽生えたようで、子供ながらに恥ずかしくない挨拶を返していた。


 だが、三郎は昨日執務室でトゥームから聞いた、マフュの印象との大きな違いを感じずには居られなかった。トゥームと交わした挨拶も、久しぶりに再会した幼馴染のそれではなく、非常に他人行儀な物だったからだ。


 トゥームもそれは同様だったようで、腑に落ちない表情をしていた。


「長旅でお疲れでしょうから、今日はゆっくりと体を休めてください」


「そうさせてもらうとしよう。だが、明日からこき使われるのは、勘弁願いたいがな」


 スルクロークが、聖堂から移動するようにオルガートとエッボスを促す。スルクロークの言葉に、エッボスは豪快に笑って答えた。自慢のスキンヘッドを鳴らすのも忘れない。


 ティエニが、エッボスの真似をして自分の頭をぺしぺしと叩き、豪快な笑いも真似してついて行く。リケも、珍しく人見知りしていない様子で、楽しそうにエッボスの後をついていった。


 遅れて続こうと歩き出したトゥームの前を、マフュがさえぎった。


「トゥーム・ヤカス・カスパード。私と真剣で勝負なさい」


 マフュは、トゥームの顔に人差し指を向けると、聖堂の床を踏み鳴らして言い放った。トゥームは、あまりにも唐突な言葉に声も出ない。


 様子に気づいた面々が、後ろを振り返る。三郎は、トゥームの後ろに居た為、背中越しにその様子を見ていた。そして場違いなまでに『トゥームのフルネーム初めて聞いたな』などと考えていた。


「ほう、勝負か。そいつぁ面白いな」


 エッボスは、嬉しそうにそう言うと、立会人を買ってでるのだった。




 教会横の草地に、七つの椅子が並べられた。まず、立会人としてエッボスが、一番右手に座ると、隣に第二立会人となったオルガートが座る。スルクローク、ティエニ、リケと順に席に着き、続いてラルカが座る。一番左手の椅子に、三郎が腰を落ち着けた。


 その草地は、日頃からラルカがトゥームに剣を教えてもらっている場所で、椅子を出しては皆でその様子を見学している場所だった。だが今は、修道騎士マフュ・アーディと修練兵トゥーム・ヤカス・カスパードが、数歩の距離をあけて対面していた。


 トゥームとマフュは、腰にブロードソードを下げている。修道の槍で手合わせをすると、その破壊力から互いに無事では済まないため、騎士達の勝負は剣で行われる物という慣わしがある。だが、持っている剣は真剣であり、危険な事に変わりはなかった。


 トゥームは当初、練習の組み手程度と思って承諾したのだが、マフュを正面に見据えるとその考えを改めた。マフュから向けられる、真剣なまでの闘志を感じたからだ。


 トゥームとマフュは、互いに剣を抜くと切先を相手に向けた。


 エッボスが、両者の頃合良しと見て、立ち上がると右手を高々と上げる。


「修道騎士エッボス・ウムが立会いの下、存分に振るわれよ」


 勝負開始を宣言すると、右手を振り下ろした。




 エッボスの右手が振り下ろされると同時に、マフュが低い姿勢でトゥームに詰め寄る。


 修道騎士が使う、魔力で脳の一部を麻痺させ、一時的に筋力制限を解除した鋭い踏み込みだ。剣の心得がない者に、マフュの姿を追う事は出来ないほどの鋭さだった。


 マフュはこの一撃でトゥームの剣を弾き飛ばし、地面に組み伏せる自信があった。修練兵であるトゥームに、修道騎士であるマフュの動きが捉えられるはずは無いのである。


 マフュは、トゥームを間合いに捉えるべく、最後の一歩を踏み込む。それと同時に剣を繰り出し、トゥームの持つ剣を弾き飛ばさんと軌道を描く。


 その時、マフュは鋭い視線に気づく。


 詰め寄って剣を繰り出す、ただ一瞬の間だったが、マフュは静止した時間の様に感じた。マフュの動きを、捉える事が出来ようはずもないトゥームと、視線が合ったのだ。


(何で!?)


 マフュが心でそう叫んだ瞬間、マフュの手から剣が弾き飛ばされていた。


 トゥームは、呆然とするマフュの首元に剣をそっと向けた。はっと我に返ったマフュが、後方に飛んでトゥームとの距離をあける。


「少し、油断しただけよ」


 マフュは、弾かれて地面に刺さっていた自分の剣を抜くと、トゥームに向けて再び構えをとるのだった。

次回更新は、1月7日(日曜日)の夜に予定しています。

12月31日(日曜日)の更新は、お休みさせて頂きます。

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