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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第185話 崩れ始める部屋

「安全確保。シャポーさんお願いします」


 ケータソシアの声が、魔法陣のある部屋に響く。


 同時に部屋へと飛び込んだトゥームとシトスとムリューの三人も、部屋の隅々まで急いで調べると、敵が居ないことを確認し合って頷いた。


 魔法陣は明るさを増しており、音のしない微弱な振動が空気を伝わって感じられる。


 シャポーは瓦礫と化した扉に足を取られつつも、急いで部屋の中央にある魔法陣へと駆けだす。


 扉から顔だけ出して様子をうかがっていた三郎も、シャポーと一緒に部屋のなかへと走るのだった。


「サブローさま。扉を壊す音に紛れてしまっていましたが、軍事法式八十四と遠施法陣という文言が聞こえたように思うのです」


 小走りに走るシャポーが、三郎へ確かめるように話しかける。だが、三郎は魔法に関する言語を学習していないので、敵の魔導師が何を言っていたのかまで理解できようはずもなかった。


「何か呪文みたいなのを大声で唱えてたのは解るけど、俺は魔術系の言葉は勉強してないから内容までは・・・」


「うう、そ、そうですよね。間違いないと思うのですが、シャポーだけが聴いた気がするだけだというのは、自信が揺らいでしまうのです」


 すまなそうに返した三郎に、シャポーが気弱な表情になって言った。


 そんなやり取りを聞きつけて、シトスが二人に近づき声をかける。


「人族の魔法には詳しくありませんが、どのような文言だったか教えてもらえますか。音だけでしたら、私も聴き取っていましたので」


「えっとですね『軍事方式八十四』と『遠施法陣』というカルディ語の軍事暗号を含む文言なのですけれど」


 シャポーの言葉を聞いて、三郎は(シャポーさん、そんな難しそうなものを俺に確認しようとしたんですね。言わなくても無理だって分かりそうなのに、シャポー緊張してるのかな)と内心考えるのだった。


「シャポーさんの発声と同様の箇所が、かの魔導師の詠唱の中に含まれていましたね。扉を破ったと同時に響いてきた言葉です」


「私も同じようなの聞いたよ」


 ふむと唸って言うシトスに、ムリューが同意を示す。ケータソシアも魔導師の詠唱が聞こえていたのだろう、奥の扉を調べながらシャポーの方へと頷いて見せた。


 部屋を揺らすような空気の震えは増しており、魔法が徐々に効果を現しはじめているのが三郎にも理解できた。


 シャポーは魔法陣の前に立つと、両手を胸元でぎゅっと握りしめる。


「ならなら、解析魔法を省略、軍事魔法八十四式と断定して解除を。それよりも、この法陣から起動許可と魔力供給を受けている遠隔魔法陣との繋がりを絶たないといけないのです。その前に、魔力の流出を反転させて、注がれた魔力を戻さないと。遠施法陣の数はここに組み込まれてると思うので分かりますし。て、手順は間違えれないのです。母体魔法陣のエネルギーオーバフローも対応しないとなので・・・」


 小声で口早に思考をまとめているシャポーの肩は、小刻みに震えていた。


 軍事法式八十四とは、シャポーが最悪の場合と想定していた通り「要塞を破壊する魔法」だった。


 それが既に起動しているのだから、焦るなという方が無理な話といえる。要塞を崩壊させるため、壁にある天然のエネルギー結晶から、起動した魔法陣へと魔力が注がれ続けているのだ。


 それでも尚、目の前の魔法陣を停止させるだけなら、シャポーにとって決して難しいことではない。複雑化させているのは『遠施法陣』の存在だった。


 目の前にある巨大魔法陣を親機と考えるならば、遠隔地に設置された法陣は子機と位置付けられれる。


 親となる魔法陣を無理に停止させた場合、エネルギーの供給を受けていた子となる魔法陣が、魔法の効果を担保する働きをしてしまうのだ。破壊の規模は縮小されるかもしれないが、要塞の大部分が崩壊することが予想される。


 その為、シャポーは子の魔法陣へ流れたエネルギーを引き戻そうとしているのだ。その上で、母体の魔法陣との接続を絶ち、全てを停止させようと考えていた。


「て、て、て、手順は問題ないと思うので、やってみるのです」


 ごくりと生唾を飲みこんだシャポーの肩に、ぽんと優しく手が触れる。


「落ち着いてやれば大丈夫。任せたわね」


 手はトゥームのものだった。


 トゥームは、自分たちが入って来た扉を警戒するため、シャポーの横を通り過ぎようとしていた。その際、シャポーの肩の震えが目にとまたのだ。


「ま、任せて下すって、結構ですので」


 シャポーは我に返ったように大きな声を発すると、トゥームを見上げる。


「ん」


 口元に微笑を浮かべて頷くと、トゥームは扉へ向かい歩いて行った。


「サブローさま。シャポー、やります!」


 隣で見ていた三郎へ、シャポーは気合のこもった言葉を口にする。


「お、応援してる!」


「はい」


 三郎が咄嗟に返したのは少しばかりずれた答えだったが、シャポーは笑顔で元気よく返事をした。


(応援してるってなんぞ。応援しかできないってのが正しい表現じゃないですかねぇ。まぁ、シャポーの迷いが晴れたみたいだからいいことにしとくか)


 目の前で両目を青白く輝かせる魔導師少女の横顔に、おっさんは静かに握り拳を作ってエールを送るのだった。




 シャポーの周囲には、幾重にも重なった魔法陣が、金色の光を放ちながら浮かんでいる。


 巨大魔法陣へと接続されたそれらは、遠隔地に設置された魔法陣の位置を特定し、既に流れてしまった魔力エネルギーの逆流を行っていた。


 基となっている魔法陣が、魔力過剰で暴走状態に陥らぬよう、シャポーは自分の思考空間へと魔力エネルギーを安定した形に変換して保存してゆく。


 目の前の魔法陣は最後に解除しなければならず、今もなお破壊の魔法を発し続けている。それ程長い時間が経ったわけでもないのだが、部屋全体を震わせる振動は、徐々に大きくなってきていた。


(遅延の術式を組み込んだので、この部屋が崩壊しはじめる前には、全部停止させれるはずなのです)


 数多くの魔術を同時に操りながら、シャポーは演算する脳の片隅で、自分に言い聞かせるように呟くのだった。


「サブローさん、軍へ撤退指示は出しているのですが、敵の捨て身ともとれる攻勢にあい、足止めをされている部隊が多数出ている状況とのことです」


 裏口の安全を確認したケータソシアは、三郎の傍まで来ていた。


 敵の軍事魔法が発動したのを受けて、ゲージを使い全軍撤退の命令を副官へと送ったのだが、返された答えがそれであった。


 シャポーの気を散らさぬよう、ケータソシアは小さな声で三郎に耳打ちしたのだ。


「シャポーを信じて待つしかないですね。軍の方は、できるだけ被害が大きくならないようにしてもらいたいですけれど」


「はい、そのよう伝えておきます」


 同じく小声で返す三郎に、ケータソシアは敬礼してからゲージを操作するのだった。


(ん・・・今、俺が指示を出した感じにならんかったか。気のせいだよな。ケータソシアさんが状況に応じて命令だしてくれてるんだもんな)


 微かな不安を感じつつも、三郎は集中するシャポーの邪魔をせぬよう言葉を飲み込んだ。


 その時、部屋の中央にある巨大魔法陣が一際大きな輝きを放つ。


「ぷはぁ、遠施法陣へと流れた魔力を全部引き戻せたのです。接続も切りましたし、あとは目の前の魔法陣を停止させるだけなのですよ」


 額の汗を袖で拭い、シャポーが一息つくかのように言った。


「おお~流石シャポーさん、仕事が速い」


 まだまだ時間がかかるものと思っていた三郎が、労いの言葉を返した。


「えへへー、さすがって言われてしまったのですぅ」


 もじもじと照れてシャポーは言う。が、その間も部屋の振動は音を立てて強くなっているようだった。


「えっと、シャポーさん。何やら振動が大きくなってる気がするんですけども」


「遅延の術式を先に仕込みましたので、エネルギーを魔法の発動力に変換するのは、遅くなっているはずなのですよ」


 三郎の疑問の声に、シャポーは説明を交じえて返しながら、周囲に浮かぶ制御用の魔法陣をチェックした。


「はずなのですが・・・た、単体化したら、演算速度が倍以上に!た、た、大変なのです」


 シャポーは慌てたようにして、巨大魔法陣の解除に取り掛かる。


 それを合図に、部屋の揺れが激しさを増してゆく。床や壁が物理的に震えているのではない。空間全体が揺さぶられているような気持ち悪い感覚に三郎は襲われるのだった。


「うえ、胃袋まで揺さぶられてるみたいだ」


 胃の辺りを押さえ、三郎は周囲へと視線を動かした。


 ちょうど三郎の向いた先、目の前の所に、天井からぱらぱらと小さな石が落ちてきた。


 三郎が上を見上げると、天井に組まれた石の隙間から、更に小石が落ちて来るところだった。


「シトス、ムリュー」


 危険を察知したケータソシアは、大きな声で二人の名を呼ぶ。


 シトスとムリューが、大気と風の精霊に呼びかけて、部屋の内部空間を維持するための精霊魔法を行使する。


 大気と風がふわりと広がり、見えない柱となって部屋の形を維持するように空間を埋め尽くす。


 扉を警戒していたトゥームも、異常を感じて三郎のもとへ駆け寄った。


「振動が大きくなったみたいだけれど」


「魔法陣の演算が早まったらしい」


 疑問を投げかけてきたトゥームに、三郎がシャポーの言葉を手短に説明する。


「間に合わないのなら脱出し―――」


 トゥームが言いかけた時、扉の方向から崩れるような音が鳴り響いた。下ってきた階段が崩壊したのが言わずとも理解できた。


 次に裏手の扉へと視線を移すと、そちらからも崩壊する音が聞こえてくる。


「シトス、ムリュー、今少し部屋の維持を。この空間だけでも形を固定します」


 ケータソシアは言うと、腰袋から小さな種を一個取り出し、床の上にそっと置いた。


 見覚えのある種に、三郎は胸に下げた小袋の位置に手を当てる。


 ケータソシアが取り出したのは、三郎が以前に受け取ったのと同じ精霊の種の一粒だった。

次回投稿は3月28日(日曜日)の夜に予定しています。

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