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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第183話 ぽたぽたと滴る

 疾走する騎獣きじゅうの隊列は大地を揺らし、ドワーフ軍の上げる鬨の声が空気を震わせる。


 ドワーフとグレータエルートの軍が一塊となり、光差し始めた空の下、セチュバー第一門要塞へと向かっていた。


 轟く音は遠方まで響き、軍勢の姿は巨大な影となって地の上を流れるように移動する。


 通常であれば、門要塞からも迫り来る軍勢を目視することができたはずだ。しかし、要塞の見張りに立つ兵士に、その音も姿も確認するのは不可能であった。


 グレータエルート達が大気や水の精霊魔法を行使し、音の指向性を捻じ曲げ、光の屈折を操作して景色を歪めて見せている。


 そして、行軍で舞い上がるはずの土埃や地面から伝わってしまう振動は、ドワーフ族が岩と大地の精霊に願い、全てを制御下に置いているのだ。


 門要塞の兵が気付くのは、ドワーフ軍の先頭を駆ける破開鎚はかいづち部隊が要塞に備わる防衛機構の範囲内に踏み入り、防衛魔法が動き出してからとなるだろう。


 破開鎚部隊は、隊長の号令一下で二列縦隊になると、後方部隊に先駆けて更に速度を増した。


 彼らは巨大ハンマーを肩に担ぎあげ、自身の心に恐怖の精霊が入り込まぬよう、野太い雄叫びを上げ始める。三郎の耳には、雄々しく奏でられる突撃の唄のように聞こえるのだった。


 隊列も整った次の瞬間、ドワーフ軍の先頭で爆発音が鳴り響いた。要塞の防衛範囲に踏み込んだのだ。


 グレータエルート軍は、即座に姿を隠すために行使していた精霊魔法から身を護るための精霊魔法へと切り替える。風と大気の精霊が、一つのうねりとなって、要塞から放たれる防衛魔法を相殺してゆく。


 破開鎚部隊は降り注ぐ攻撃にも構わず速度を上げ、鎧で魔法を弾き返しながら突き進む。


 不運にも魔法の直撃をうけたドワーフの騎士は、シュターヘッドとともに倒れて地面に長い残痕を刻みつけて停止した。


 後続の騎士が素早く反応し、倒れた騎士のある場所に精霊魔法で目印の石柱を出現させる。


 倒れた者の安全確保と、軍全体の行軍の乱れに繋がらないよう、ドワーフ軍人として日夜訓練されている行動だ。


 ドワーフ軽騎兵団の者達は、一糸乱れぬ隊列変更で出現した石柱を避けると、速度を落とすこともなく通過してゆく。


 グレータエルート族も心得たもので、互いに合図を送りあってドワーフ族に動きを合わせるのだった。


「うぁお」


 トゥームは周囲の状況を即座に判断し、全軍の動きに同調させて馬を操る。三郎は、勢いよく左右に揺さぶられて思わず声を上げていた。


 三郎が目にしただけで、少なくとも三本の石柱の横を通り過ぎていた。


「防衛圏に入ったわ。しっかり捕まっていて」


 トゥームのよく通る声が、戦場の雑然とした音を割くように三郎へとかけられた。


 三郎は返事の代わりに、しがみついていた腕に力を込めて頭をできるだけ低くする。


 トゥームは馬の鞍に下げていた修道の槍を手にすると、馬を走らせたまま前方につき出し防御の構えをとった。


 その時、隊列の先から耳慣れない音が三郎に届いた。


 重い金属のぶつかり合う二連続の音が、断続的に鳴り響いてきたのだ。


 破開鎚部隊が門要塞に到達し、突撃を開始したのである。


 行軍の勢いもそのままに、シュターヘッドの頭部とドワーフの巨大な鎚が、門要塞の重厚な扉に打ちつけられた。


 五度目となる連続した音の後、耐えきれなくなった門が大きくひしゃげて、悲鳴にも似た鈍い音を立てた。


 破開鎚部隊は、容赦なく歪んだ扉に向けて次々とぶつかって行き、ついには巨大な金属製の門は要塞内へ向けて吹き飛ばされるのだった。


「このまま、我々は要塞内右手へ」


 怒号や攻撃魔法の飛び交う戦場の中、三郎達『解析班』の耳へとケータソシアの声が届く。


 敵の襲来に気付くのが遅れたセチュバーの兵士たちは、要塞内で待ち構えることも出来ずに混乱の中にあるようだった。襲撃を知れたとしても、門要塞に残されている兵の数は少なく、迎え撃つことなど考えていなかったかもしれない。


 正確に言うなら、門要塞内のセチュバー軍は、撤退する猶予すら与えられなかったのだ。


 ドワーフとグレータエルート軍の侵入により混然となりつつある戦場を背にして、三郎達は一つの扉の前で馬を降りていた。


 目立たない位置にあるそれは、裏口のような様相をしており、要塞の構造に不案内な者であれば見落としてしまうだろう。


 シトスがいち早く扉に寄ると、内部の様子を探るために耳を当てる。


直近ちょっきん五。他に足音が四ですね」


 ハンドサインも交えて敵兵の数と位置をシトスが伝えると、ケータソシアが剣を振るって扉を破壊した。


 ケータソシアは躊躇することなく内部へと侵入する。シトスとムリューも、流れる動きでそれに続いた。


 開け放たれた扉から、うめき声が五回連続して聞こえたあと、敵兵の上げる怒声と斬撃の音が四度響いた。


「安全確保。進みます」


 精霊魔法によって耳元で囁かれたケータソシアの声を合図に、三郎とシャポーが急いで扉のなかへと駆け込んだ。


 後方を警戒していたトゥームが最後に内部へと足を踏み入れた。


「地下への入口はこの通路の先ですね。急ぎましょう」


 シトスは全員の顔を確認すると、頭の中に叩き込んでおいた構造図を思い出しながら言うのだった。




 三郎達が入った扉は、長い廊下の途中に設置されたものだった。


 廊下の壁面には、通路や上下階へ行くための階段などが幾つも点在しており、要塞が複雑な構造をしているのが想像できた。要塞と言われるだけに、飾りの類は一切置かれていない。


 天井にエネルギールートで結ばれた照明器具が、点々と取り付けられているだけだった。


 その廊下を、グレータエルートの三人を先頭にシャポーと三郎が続いて駆けていく。殿しんがりをつとめているのはトゥームだ。


 主戦場となっている要塞の門からはだいぶ離れたようで、三郎の耳に戦場の喧騒は届かなくなっている。


 突発的なセチュバー兵との戦闘こそあったが、解析班は目的の場所へ順調に向かっていた。


(けっこう、全力疾走なんすけど。足音も抑えながらのこの走りは、本当まじで辛いですよって)


 息の上がりそうなおっさんは、隣を走る魔導師少女をちらりと確認する。


 シャポーは「ほっ、ほっ」と息を弾ませながら、真剣な表情で走っていた。


(お世辞にも速そうだとはいえないフォームなのに・・・平気な顔してついていけるのか。いやいや、俺も必死なのは変わってないけど頑張ってるよな)


 呼吸の乱れはじめた三郎は、心の中で自分を鼓舞して頑張るのだった。


「シュッ」


 三郎が必死に走っていると、先を行くシトスから警戒の合図が送られてきた。


 全員がその場で停止して、身を低くかがめる。三郎は荒くなった呼吸音を小さくするため、自分の口へと手を押し当てた。


「前方に人影が、一・・・いや二ですか。我々の目指す地下への入口付近です」


 壁に背を張り付かせたシトスが、目を細めて前方を確認する。点在する照明のちょうど狭間の位置で、人影は暗く沈んで見えにくくなっていた。


「服装から、魔導師の、よう、なのです」


 両目を青白く光らせたシャポーが、息を整えながら切れぎれに伝えた。


「下へと降りて行きましたね。法陣を作動させる恐れがあります。我々が先行しましょうか」


 耳を澄ませていたケータソシアが振り向いて言う。三郎に向けられたその表情には、僅かばかりの心配の色が浮かんでいた。


 三郎の息から、体力の限界だという響きが聞こえてしまっていたのだ。


「いや、作戦通り、皆で、行こう。ぜはぁ。大丈夫、目と鼻の先だ」


 ぽたぽたと流れる額の汗を拭い、三郎は握り拳を作って見せた。


「スィッ」


 シトスが、前方を警戒したまま振り返らず、了解の合図のみをよこして再び走り始めるのだった。

次回投稿は3月14日(日曜日)の夜に予定しています。

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