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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第182話 揺れる馬の背

 夜も明けやらぬ薄明かりのなか、兵士へと飛ばされる指揮官らの声が風に運ばれている。


 夏の盛りも通りすぎ、秋を思わせる早朝の空気は、穏やかなれど皆の心を引き締める冷たさをはらんでいた。


 第一門要塞の攻略は、修道騎士カーリアの率いる教会兵力の合流を待たずに決行されることとなった。


 今日にも到着するであろう増援を待たなかった理由は、早急に攻撃を仕掛けたかったとの理由だけではない。セチュバー側へと、合流した人族から作戦がもれるのを恐れたためでもある。


 高司祭モルーの一件をケータソシアが知り及んでいるため、修道騎士であるトゥームもそれに同意したのだ。


 馬の背に跨った三郎は、白みはじめる空を見上げていた視線を、整然と並ぶドワーフ族の隊列へと落とした。


「ゴボリュゲンさんの軍って、やっぱり軽騎兵団には見えないよな」


 独り言のように呟く三郎に、馬の手綱を握っているトゥームがドワーフ軍へと目を向ける。


 彼らの姿は、太い二本足で大地を踏みしめる爬虫類の友獣シュターヘッドに、人型をした寸胴の金属の塊が取り付けられているように見えた。


「人族でドワーフ族の装備を身に着けて、まともに動ける人なんてそういないんじゃないかしら。少なくとも私は、普段のように槍をふるえる自信は無いわね」


 トゥームは肩をすくめて、後ろに乗っている三郎へ答えた。


「動けるだけすごいと思うけど。俺なんか、その場で倒れたままになる自信しかないよ」


「サブローだって、体内魔力制御の練習はしてるんだから、さすがに立つくらいならできるでしょ」


 ゲージの操作も含め、三郎も体内魔力の制御についての訓練はしている。


 時間さえあれば剣の稽古やら魔術の研鑽などをしている仲間の横で、三郎だけがただぼーっと眺めているだけというのは、怠けている感じがして気が引けるから、との理由ではあったが訓練を続けてはいるのだ。


「いや重すぎて腰を痛めてる未来が見える。それに、先頭の部隊が装備してるあの武器。ハンマーの部分が他より一回り以上大きいんじゃないか」


 三郎達の斜め前方に位置するドワーフ軍の部隊は、他の兵士とは異なる装備をしていた。


 鎧こそ同様ではあったが、背負う武器は大きく、跨るシュターヘッドも鎧らしきものをつけている。


「あちらの部隊はですね『破開鎚はかいづち』部隊と呼ばれるドワーフ族の攻城兵達なのです。その名の示すとおり、城や要塞の門などを破壊し開かせる先鋒部隊でして、シュターヘッドごと門に突撃し、後続への道を切り開く先兵であると読んだ記憶があるのです」


 三郎の疑問の声を聞いたシャポーが、隣の馬上から説明をよこした。


 シャポーを乗せた馬を操っているのはムリューだ。中央王都奪還の時と同様に、シャポーはひっしとムリューの体にしがみついている。


「あ、魔法とかで門を壊すんじゃないんだ。直に殴っちゃう系なのね」


「魔法による攻城攻撃は、防衛魔法などによってどうしても威力減衰が生じてしまうのです。その点ドワーフ族の破開鎚部隊は、直接攻撃を行うため理に適っているとも言えますです。その分兵士の負うリスクが、大きくなってしまうのですが。しかしですね、その波状攻撃に耐えられる門は存在しないとも文献にあってですね、耐えられるのは中央王都の正面門だけとも―――」


 三郎が心の中で(ドワーフ先輩、脳筋ぱねぇっす)と感心している間も、シャポーは説明を追加してゆく。


「シャポーさんのおっしゃるとおり、我々グレータエルートの使う大地の精霊魔法より、確実な要塞攻略の一手となってくれることでしょう」


 声の主はケータソシアだった。馬をゆっくりと進めて三郎達へと合流すると、その歩みを停止させた。


「本当に良かったのですか。ケータソシアさんが我々『解析班』に加わってくださるのは非常に心強いです。しかし、軍の指揮系統を急遽変更させてしまうことになりましたが」


 シトスが、馬を並べたケータソシアにグレータエルート軍の指揮を気遣った言葉を投げかけた。


 ケータソシアが加わることで、解析班の安全と任務遂行能力は飛躍的に上昇する。だが、グレータエルートの指揮を副指揮官に任せることとなり、各部隊の編成も多少の再編が行われた様子だったからだ。


 グレータエルートの軍にとって、ケータソシアの存在の有無はそれほどの影響力を持っているといえる。


「私の副官はとても優秀ですから問題ありませんよ。それに、戦ともなれば指揮官が命を落とす場面も想定できるというものでしょう」


 にこにことした笑顔で返すケータソシアに、シトスは「確かに」と頷いた。そして、何かに気付いた素振りで、シトスとムリューがグレータエルート軍の方へと視線を向けた。


 三郎達もつられるようにして、そちらへと顔を向ける。


 副指揮官の女性が、ケータソシアへ向けて親指を立てているのが三郎の目にも見て取れた。


(この遠さで、今の会話が聴き取れてたのか。グレータエルート先輩も聴力ぱねぇっす)と、心の中でおっさんは呟くのだった。



 野太いゴボリュゲンの声が行軍の合図を告げ、破開鎚部隊を先頭に全軍が動き出す。


 三郎達『解析班』は、その目的が故にすぐにも動き出した。


 三郎は今回の作戦を切り出した当初、ケータソシアが非戦闘員であり内乱鎮圧の総指揮官でもある三郎を、軍の後方へ下げると言い出すのではないかと考えていた。


 ケータソシアが解析班に加わると申し出た時も、三郎と交代するつもりなのかと勘繰りもしたものだ。


 三郎は、お世辞にも足が速いとは言えない。その上、戦闘ともなれば役立たずだと自分で断言できるほどであり、解析班の担う任務には適していないのが三郎でも分かっていた。


 要塞内部に足を踏み入れれば下馬する必要があり、迅速に行動せねばならないのは言わずもがなだ。


 だが、ケータソシアは懸念を示すどころか、三郎が足を引っ張るなどとは露ほども考えてもいない様子だった。


 作戦を知らせたドワーフ軍のゴボリュゲン団長からも、何ら指摘されることもない。


 三郎は中央王都奪還作戦において、王城の長い地下通路でエルートの部隊から遅れてしまったという苦い記憶を思い出し、その胸中を作戦会議の際に皆に伝えたのだ。


 しかし返ってきたのは、少々呆れたトゥームの視線と「問題ない」という満場一致の答えだった。


(俺の走る速度は大丈夫だとか、変なお墨付きをもらったんだけれども、おじさんは不安で仕方ないんですよね。うああ、今更ながらに心配になってきたぁ。馬、速い、揺れるうう)


 駆ける馬の背に揺られ、トゥームに必死にしがみついて、三郎は昨晩の会議を思い返していた。


 ゴボリュゲンから作戦についての異論が一切出なかったのは、三郎の精霊力の流れを見極めて、力量ある精霊使いだと判断した為でもあるとケータソシアが言っていた。


(ドワーフ族は、熱や鉱物の色を目で判断して武器や細工物へと加工するから、精霊力の流れを見る目が優れてるんだっけか。俺を精霊使いだって見立てたのが間違ってて「目を疑うわい」とか後で言われなきゃいいけども。って、マジで速。気抜いたら、振り落とされるわ、これ)


 舌を噛まないように歯を食いしばりながらも、三郎は間抜けな考えを浮かべるだけの余裕が不思議とあった。


「ひゃばぁぁぁぁ!」


「ぱっぱぁぁぁぁ!」


 隣を走る馬の背から、魔導師少女の悲鳴と始原精霊の楽し気な声が、大地に響く行軍の音のなか三郎の耳に届くのだった。

次回投稿は3月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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