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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第180話 イントネーション

 ドワーフ族の活気ある陣営をぬけると、案内の騎士は「お気をつけて」と言って引き返していった。


「何と言いますか、酒場の中を通ってきた気分だ」


 騎士の後ろ姿が遠ざかると、三郎は独り言のように呟く。


「樽を横において豪快に飲んでたわよ。さすがに、人族の酒場でも見ない光景だったわ」


 トゥームが、あまりのカルチャーショックに額に手を当てて、ため息交じりに言った。


 騎士という同じ立場の彼女からすれば、最前線での酒盛りなぞ言語道断といわざるを得ない。敵の奇襲にあったら、どうするつもりなのだろうかとさえ考えてしまうのだった。


「彼等からすれば、酒も水と変わらないのだと聞きますよ。酒にのまれる者は一人もいないのが自慢だとか」


「いやいや、めちゃくちゃ楽し気に飲んでるようにしか見えなかったんだけど。ドワーフ族って陽気な種族なのかねぇ」


 笑いながら答えるシトスに、三郎はドワーフ族が日ごろからあんな様子なのだろうかと疑問をいだく。


「いえ、陽気な種族だと表現するのは正しくないですよ。彼らは職人気質で頑固な一面もあり、口数もけっして多いとは言えませんからね。酒を飲んだ時くらいじゃないでしょうか、気さくで明るくなるのは」


「酔ってんじゃん」


 シトスの解説に、三郎は間髪を入れずにつっこんだ。


 シトスは「酔っているともいえますが」と笑って話を続ける。


「彼らの会話や笑う声からは、戦いに身を置く者が放つ緊張の響きが聴き取れました。事が起これば、即応できると思いますよ」


 三郎を安心させるように、シトスは穏やかな口調で言うのだった。


「確かに、見張りや巡回の兵には十分な数を割いていたものね。人族の尺度で考えて、非難めいた物言いをするのは失礼だったわ」


 トゥームは言うと、自身を納得させるように何度か頷いてみせた。


「あー、見張りとか巡回の人、そんなにいたんだ」


 言われて初めて、三郎はそんな者達がいたのだと気づかされた。酒盛りしていた小さな力士達に、目も心も奪われすぎていたようだ。


 ドワーフ族への認識を改めていると、グレータエルートの野営地は目の前に迫っていた。


 互いの陣営は、敵の攻撃を受けた際、即座に救援を出せる距離で設営されている。三郎達が他愛ない雑談をしていれば、あっという間に到着してしまう距離だ。


 裏を返せば、奇襲にあった場合に共倒れとならないよう距離を保っているとも言えた。


「シトスさん、見張りらしき兵士が、こっちに停車するよう合図をおくってきてますぜ」


 御者台にいるホルニが車内へ向けて声をかけた。


「兵の傍まで行って停めてください。私が要件を伝えてきましょう」


 シトスが言って程無く、馬車はグレータエルートの陣営を前に停車する。


 身軽に下車したシトスは、見張りの兵士達と二言三言交わすと馬車の中へと戻ってきた。


「このまま真っ直ぐ進めば、指揮官の天幕に行きつけるそうです。ケータソシアさんが夕食も準備して待ってくれているみたいですよ」


 再び動き出した三郎達の馬車は、グレータエルートの野営地の中を進んでゆく。


「言われてみれば腹が減る時間だったか。準備してくれてるのは有難いなぁ」


「ですですよ。ドワーフさん達の食べっぷりを見たせいか、空腹感が一層増しているきがするのです」


 三郎の言葉に、シャポーがこくこくと頷きながら同意するのだった。


***


 指揮官の天幕で三郎達を待っていたのは、ケータソシアだけではなかった。


 重厚な鎧に身を包み、巨大なハンマーを背負った男が、三郎を値踏みするように睨みつけていた。


 背の高さは、エルート族のそれよりも小柄だが、横は倍以上の幅をしているのが鎧の上からでも分かる。うっそうたる髭と頑固な表情も相まって、三郎の想像する正にドワーフといった人物であった。


「お前さんが待っていた教会の理事ってのは、その男か」


 挨拶も無しに、ぶっきらぼうな物言いがケータソシアに向けられる。


 ドワーフは髭に覆われた顎で、三郎を指していた。


「ええ、彼が今作戦における総指揮官を任ぜられている方です」


 ドワーフの態度など意に介した様子もなく、ケータソシアが穏やかな口調で返した。


「我々の到着と同時に攻めておれば、要塞の一つや二つは突破していたであろうに。待たされた程の甲斐がある人物には見えんがの」


 目を細めたドワーフが、三郎の顔をまじまじとのぞいて言う。


「サブローさん、長旅でお疲れのところ申し訳ないですね。彼もサブロー殿に悪意があって言っているのではないので」


(えー、どう考えても良い感じとは言えないですよねケータソシアさん。まさか「どこがやねん」みたいに突っ込めばいいの。突っ込み待ちなの)


 困った表情で言うケータソシアに、三郎は返す言葉が咄嗟に出せなかった。相も変わらず、三郎をぎろりと睨みつけるドワーフの目力は、一向に緩む気配が無い。


 二人がどんな会話をしていたのかも分からない状況で、唐突に向けられた不信感を隠そうともしない視線。


(まぁ、初対面で気に入られてないなんてのは、企業戦士にはざらでしたよってね)


 三郎は心を落ち着けるため、深く息を吸うと営業スマイルを顔に作り上げた。


「お初にお目にかかります。教会評価理事を仰せつかっておりますサブローと申します」


 手を教会のシンボルの形にして胸元まで上げると、三郎は軽く頭を下げて自己紹介をする。


「こちらは、土族の軽騎兵団を率いている団長のゴボリュゲン殿です。どこの軍よりも早く、昨日我々に合流してくれました」


 鼻を鳴らして返すだけのドワーフの男を、ケータソシアが紹介するのだった。


 三郎がチラリと横目で見ると、トゥームが敵か味方かを判断するような鋭い視線でゴボリュゲンを見据えている。下手をすれば、態度の悪さを口にして詰め寄りそうにも見えた。


(トゥームとドワーフ族は、そりが合わなそうだなぁ・・・酒盛りしかり)


 三郎は、参ったなとは考えながらも、穏便に済ます方向へ話を進めようと心に誓うのだった。


「人族の軍では、あと二日か三日はかかりそうであると聞いています。トリア要塞国から中央王都領を越え、ゴボリュゲン殿が素晴らしく迅速な進軍を指揮されたのだと感心させられます」


 まずは相手の名を呼ぶことで、ぐっと距離を縮める。三郎は経験から来る信頼関係構築の手法を試みた。


 ゴボリュゲンは眉一つ動かさず「ふん」と鼻を鳴らすだけで終わってしまう。三郎と言葉を交わす気も無い様子だ。


「トリアの国境封鎖が解除されてすぐ、土族の都を出発したそうです。しかし、一時は合流したトリア軍の動きがあまりにも遅かったため、彼らだけ急ぎ馳せ参じてくれたのですよ」


「そうでしたか。重ねてお礼を申し上げねばなりませんね」


 ケータソシアの説明に、三郎が再び頭を下げて感謝の意を表す。


「礼を言われる筋合いはない」


 低く野太い声で、愛想の欠片もない言葉が返された。


「っ!」


 さすがに見かねたトゥームが、一歩踏み出しそうになったのを、三郎の手が制止する。


 トゥームの歯がゆさをにじませた視線に、三郎は一瞬笑顔を浮かべると首を横に振って見せた。


 三郎の頭の中で引っかかっていたのは、ここまであからさまに失礼な態度をとるゴボリュゲンに、ケータソシアやシトスが何も注意していないという点だった。ケータソシアに至っては『悪意が無い』とさえ言っている。


 ならば問題ないだろうと判断し、三郎は口を開いた。


「ゴボリュゲン殿におかれまして、意にそぐわない所がおありの様子。良ければお聞かせ願えますか」


 あまりにもストレートに質問した三郎に、トゥームが驚いた表情を向けるのだった。


(仕事でもさ、素直に聞いちゃった方が良い時ってあるんだよなぁ。しかも今は、相手が俺に対して「悪意が無い」ってエルート族のお墨付きが出てるんだから、なんやかんや探りを入れるよりも早いってもんでしょ)


 三郎の腹をくくった声音を含んだ言葉に、ケータソシアやシトスが表情を「成程」といったものに変える。


 そしてゴボリュゲンも方眉を上げて三郎を見た。


「我らは同族とも呼べるエルート族の為に馳せ参じたのだ。人族に礼を言わせるためではない」


「左様でしたか。しかし戦の始まりは人族が原因ですから、礼を言わせてください」


 ぶっきらぼうだが言葉の意図が分かり、三郎は改めて頭を下げる。


「わしが不快であるのも、人族が原因なのだがな。二度三度と無駄に足を止められ、笑顔で挨拶など交わせんのだ」


 分かり難い態度の変化だったが、三郎の謝意は受け入れられたようで、ゴボリュゲンは鼻を鳴らして言葉を返してきた。


「二度三度、ですか」


 意味が分からず、三郎はゴボリュゲンの言ったことを繰り返して口にする。


「深き大森林が魔人族に襲撃されたと聞き、即座に援軍を送ろうとしてくれたのですよ。しかし、トリア要塞国が領内の進軍許可を出さず、更には国境封鎖を行って身動きが取れなくなってしまったそうです。土族の皆さんは、人族の対応を遺憾に思っているのだそうです」


 ケータソシアが言葉数の少ないゴボリュゲンに助け舟を出すように、三郎へ『二度三度の足止め』についての説明をした。


「追いついたかと思えば、人族の理事を待つなどと。急ぎ来た我々が間抜けに映ろうものだ」


 再び鼻を鳴らして言うゴボリュゲンに、三郎はなるほどなと理解した。


(種族のメンツを人族に何度も潰されて、団長として厳しい態度を示さないとって所なのか。頑固な人あるあるで言う「そっちが先に折れろ」的な感じだな)


 ふむと唸ってから、三郎は姿勢を正してゴボリュゲンに向き直った。


「内乱もしかり、トリア要塞国の対応もしかり。総指揮を任ぜられている人族として、謝罪させていただきます」


 三郎の改まった態度に、ゴボリュゲンは「うむ」と小さく頷く。


「エルート族の信ずる者を責める所ではないのだ。だが、その謝罪は受け取らせてもらおう。トリアは、トリアとして別だがの」


 ゴボリュゲンは、この地での足止めについて許す意思を三郎に伝えた。


「ドワーフ族の方々には、今後ともご協力を願わねばなりませんので、よろしくおねがいいたします」


 三郎は、ヒントを与えてくれたケータソシアに心の中で感謝をしながら言った。ドワーフ族がへそを曲げたまま、エルート族には協力するが人族には協力しないなどとなれば、関係性がややこしくなってしまうからだ。


 トリア要塞国は別途、ドワーフ族に対して謝罪をしなければ許されない様だったが。


 しかし、内心胸をなでおろしていた三郎の営業スマイルを、ゴボリュゲンの険しい双眸が射貫くように見据えていた。


「サブロー殿といったな。今の言葉、もう一度言ってみせろ」


「こ、今後ともご協力を・・・」


 急な表情の変化に、三郎は言葉を詰まらせる。それだけの眼の圧力をゴボリュゲンは持っていた。


「違う。その前からだ」


「ドワーフ族の方々には・・・」


 途端、ゴボリュゲンの髭面がにんまりと笑顔になる。


「おぬし、いい発音をしているな」


 三郎の言った『ドワーフ』のイントネーションに、高評価を付けるゴボリュゲンなのだった。


次回投稿は2月21日(日曜日)の夜に予定しています。

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