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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第九章 立ちはだかる要塞群
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第178話 やっぱり椅子からずり落ちる

「メドアズ様。エルート族に、いまだ動きは無いとのことです」


 メドアズの横に立ち、宰相補佐官を兼務している魔導師団長メノーツが報告する。


 メドアスは、そうかと一言返して前方に向き直った。


 眼前に整然と並ぶのは、再編されたセチュバー第二兵団と魔導師団から成る兵士たちの姿だ。


 セチュバーの誇る十一ある要塞の中で、第十要塞は通称「ツインタワー」と呼ばれている。


 その名の示す通り、要害として敵の進軍を阻む門と壁が、天にも届こうかという巨大な二つの塔を繋ぐ様に配置されているのだ。


 要塞の敷地内へと侵入した敵は、はるか頭上から降り注ぐ魔法や矢のボルト、岩石などによって数を減らし、生き埋めとされてしまうことであろう。


 その侵入者を誘い込み殲滅するための広場には、硬い表情の兵士たちが規則正しく整列しており、数段高い位置から見下ろすメドアズへと視線を集中させていた。


「これより我々は、第十一城塞を越えてセチュバー本国へと進軍する。皆も既に聞き及んでいよう。本国はゾレンと呼ばれる魔導罪人によって占領下とされている」


 多くの兵士が居並ぶなかにあって、ざわめきたつ者は一人もいない。


 作戦開始に先立って兵士達へと本国の状況は開示されており、皆が果たすべき役割をきちんと把握している証でもあった。


「我々の目的は殲滅ではない。罪人ゾレンの身柄を拘束し、かけられた法陣の解析と解除に全力を注ぐ」


 メドアズ含む第二兵団は、ゾレンを捕らえるのを最重要事項としていた。そして、魔導師団はメノーツの指揮に従い、地中に張り巡らされている『支配の法陣』を解析し解除するため行動するとされている。


 支配の法陣と呼称しているのは、作戦対象とするため便宜上の名を付けただけに過ぎない。精神操作なのか支配なのか、はたまた肉体的にも変容を与える魔法なのかについては、解析しなければ分からないことだ。


 一つはっきりとしていることは、偵察の時にメドアズの精神保護魔法によってゾレンの術式からの干渉を抑制できたという事実だけである。


 セチュバー本国からの補給が絶たれている状況下にあって、保有しているエネルギー結晶から作り出した『精神保護のアーティファクト』の生成数は第三兵団にまで行き届かなかった。出来る事ならば、全軍を率いての短期決戦と行きたいところだったが、メドアズは第二兵団と魔導師団が動けるだけまだ良いと考えていた。


(アーティファクト生成の魔法に一つでも間違いが起きていれば、作戦変更も余儀なくされていただろうからな。魔導師団にはもうひと踏ん張りしてもらわねばならんが・・・)


 メドアズはちらりと魔導師団の副団長である双子に目を向ける。


 魔導師団の最前列に立つカカンとクスカの顔は、普段の様子とは違い疲労を色濃く浮かべていた。後方に整列している団員達も同様で、一晩の休息を与えてはいたが完全に回復していないのは明らかだ。


「我らが本国を取り戻し、背後から迫るクレタス諸国の愚かなる者に、セチュバーの巌の拳を振り下ろそうぞ」


 腕を振り上げたメドアズに呼応し、それまで黙して動かなかった軍勢が鬨の声を上げる。


 亡き王であるバドキンならば、もっと兵士たちの士気を高められただろうなと、メドアズは心の中で独り思うのだった。


***


「クウィンスって、本当に頭がいいよなぁ」


 三郎が、速度を緩めている馬車のなかで呟いた。


 前方からクウィンスの「クェェ」という声が返事のように返される。


「宿場町の中を通るんだから、安全のため速度を落とすのは当然じゃない」


 今更何をといった雰囲気でトゥームが三郎に答えを返す。


 現在、三郎を乗せた教会の馬車は、テスニス領内にある最後の宿場町を通過しているところであった。


 クウィンスは、開けた道では速度を上げて疾走し、町中や追い越す馬車のある場面ともなれば速度を十分に落として安全に馬車を牽引してくれているのだ。


「いやぁ、深き大森林に行った時もそうだったけど、クウィンスは足も速いし周囲の状況もきちんと見極めているし、毎回感心させられると思ってさ」


 後方に流れて行く宿場の町並みを見送りながら、三郎は感慨深げに言った。


 再び前方のクウィンスが「クェクェ」と鳴いて返す。


「友獣の中でも、特にワロワ種は知能が高いのです。グダラ種やシュターヘッド種などと比べて、周囲の環境に敏感なのですよ」


「グダラ種ってのは、ドートの商人とかの馬車を引いてる頭が骨に覆われてるみたいな友獣だよな。シュターヘッド種って初めて聞いた」


 シャポーの説明の中に聞き覚えのない友獣の名があり、三郎は聞き返す。


「シュターヘッドは、頭部に鋼のような装甲を持つ二足歩行の爬虫類型の友獣なのです。土族とかドワーフ族と呼ばれる方々と協力関係にありますね。なぜかと言いますと、地下に自生する茸が主食で、特に白笠大茸しらかさおおだけが大好物なのだそうです。ドワーフ族は人族用の白笠茸を流通させていますので、その点からドワーフ族と友獣のシュターヘッド種とが親しくしているのも納得なのです」


 シャポーは得意そうに、三郎へと知識を披露する。


「友獣にも色々な種があるんだな。ところで、土族とかドワーフ族って言葉を結構耳にするんだけど、これって別の種族なの」


「いえいえ、古くは土族という呼称だけだったのです。しかしですね、最初の勇者が『ドワーフ』と呼んだのがきっかけで、人族から呼ばれる時はドワーフ族と言われたいのだとか本で読んだ覚えがあるのですよ」


「あー、名前を大切にする文化ってやつかぁ」


 他愛ない三郎の疑問にシャポーが真面目に答えると、テスニス城の応接室で命名することの大切さについて教えられたなと思い出して三郎は言った。


 シャポーは髪を揺らしながら「ですです」と言って首を縦に振る。


「エルート族も、昔は人族から『森族』と呼ばれていたそうですよ。私達自身が名乗る種族名『エルート』が人族の間にも浸透したため、森族と呼ぶ人は誰も居なくなったようです。私が子供の頃に教えられた話ですので、人族にとっては何世代も前の話しなのでしょうね」


 シトスがエルート族についての話をすると、三郎だけでなくシャポーも初めて聞いたと感嘆の声を上げた。


「書物に残されていないこともいっぱいあるのですね。シャポーはまた一つ賢くなってしまったのです」


「ぱぱっぱっぱぁ」


 目を輝かせて言うシャポーの頭の上で、ほのかが目を輝かせる真似をして遊ぶのだった。


「ドワーフ族に爬虫類の友獣シュターヘッドかぁ。興味をそそられるな」


 三郎の頭の中では、恐竜の背に跨ったがっちり体型のドワーフが想像されており、ファンタジック興味の琴音に触れた様子であった。


「あら、それなら嫌でも会うことになるわよ。トリア要塞国の軍はドワーフ族の軍勢と共にこちらへ向かっているはずだもの。今頃は中央王都に集結しているか、出発したあたりじゃないかしら」


 トゥームが、トリア要塞国からの行軍日数を考えながら三郎に言う。


「それなら俺達がグレータエルートの軍と合流するのが先か。順調に行けば、今日の夜にはセルクニルバを越えてエルート軍の野営地に到着する予定だもんな」


 三郎がトゥームに確認するように聞き返すと、馬車を引くクウィンスが「クァ」と一声鳴いた。


「順調に行けばとか言うと、また野盗に絡まれたりするわよ」


 トゥームが悪戯っぽい笑いを浮かべる。


「流石にそれは勘弁願いたぁ、うおおぉぉぉぉ」


 苦笑い混じりに言い返す三郎の語尾が、慣性の法則に邪魔されて雄叫びにかわる。


 宿場町を通り過ぎたようで、クウィンスが加速を始めたのだ。それも、これまで以上の勢いが乗っている。


 三郎が「順調に」などと言ったがため、クウィンスのやる気に火が付いてしまったのだ。


「おうほおおぉ、加速はやぃ。うををを」


 椅子からずり落ちながら、三郎は尻のぞわぞわ感に襲われて思わず変な声を上げてしまうのだった。


 シャポーは既に慣れて体内魔力を上手く操作しており、悲しいかな、妙な格好になったのはおっさんただ一人だけであった。

次回投稿は2月7日(日曜日)の夜に予定しています。

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