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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第177話 体幹おばけ

 テスニス王城の応接室にて、概ね伝えておくべき話を終えた三郎達は、カムライエの招待で昼食をご馳走になることとなった。


 ジェスーレ国王不在に加えセチュバー内乱が終息していない情勢下でもあり、祝宴こそ開けないのだが感謝の意を表したいとのことでの昼食会だ。


 現在、カーリア以下キャスールから帰還した修道騎士達は、明日の出発とキャスール教会へ送る人員の整備を進めている。


 テスニス政府内からは、懇親も含めた晩餐会を開いてはどうかとの声もあったという。しかしカムライエが、戦時であり後々の教会側の予定に支障が出るといけないので、と強引に納得させたというやり取りがあった様子だった。


(まさかこの部屋でお昼ご飯とかならないよな。汚したり傷つけたりしちゃわないか心配で、味どころじゃなくなる気しかしない)


 そんな三郎の心配は杞憂に終わり、昼食の会場は別に用意されているとのことだ。


 カムライエに促され、思い思いに席を立ち扉へと向かう面々の中にあって、三郎に近づいてくる人物が一人いた。


「サブローさん、この部屋をどう思われましたか」


 おもむろに質問を投げかけてきたのはカムライエだった。


 部屋を見回しているカムライエの横顔は、意図的に無表情を作っており感情が読み取れない。


「率直な感想でいいのかな」


 三郎は、他人の様子に左右されない自分の意見が聴きたいのだなと察しながら、一応確認するような返事をカムライエに返した。


「はい」


 カムライエは短く答える。三郎はふむと唸って顎に手を当て、カムライエの横に立ち部屋へと視線を巡らせる。


 豪華な調度品で飾らる中、やり取りに気付いた皆の視線が二人に向けられていた。


「豪華すぎる、とは感じたかな。国政に口を出せない立場だから、それくらいしか言えないけども」


 歯に衣着せぬ言葉を三郎は口にする。


 熟慮する中で浮かんだのは、旅で目にしてきた人々の生活や、セチュバーとの戦いの最前線に立った時の光景だった。


 カムライエは眼を閉じて「・・・そうですか」と静かに言ったあと三郎に向き直る。


「もしよろしければ、これもクレタス現状の一端であると知りおいていただけると幸いに思います」


 真面目な表情のカムライエに、三郎は「わかった」と頷き返すのだった。


***


 翌日、三郎達の姿はテスニス教会前の広場にあった。


 カーリア含む修道騎士達を前に、テスニス駐留の修練兵が整列している。教会評価理事の護衛として、対セチュバーの戦列に加わるとのことだ。


 その場には、見送りのためにカムライエやラーネの姿もあった。


「理事殿、出発いたします」


 カーリアは巧みに馬の首をめぐらせて、馬車内にいる三郎に声をかけた。


 三郎が了承の旨を伝えると、カーリアの張りのある声が出発の合図を告げる。


「サブローさん、ご健闘を。私もすぐに追いつきますので」


「もしもの場合には、あたしがケツ拭いてあげるから、気負わずにやりなよ」


 少しばかり口惜しそうなカムライエの隣で、不吉なことを言いながらラーネが手をひらひらと振っていた。


 百名弱の隊列がものものし気にテスニスの地からセチュバーへ向けて行軍を開始する。


「さてと、あたしはキャスール行の旅馬車でも探すかね」


 全軍が動き出したのを確認すると、魔導幻講師ラーネがそう呟いて立ち去ろうとした。


「本当に温泉へ行かれるのですね」


 ラーネの余裕っぷりに、カムライエは思わず声をかける。


「そりゃ心配の欠片も無いさ。あたしの弟子も一緒なんだからね」


 満面の笑顔で振り返ったラーネは、自信に満ちた口調で答えた。


「確かに、心配は無用かもしれません。私も自分の役割に集中させてもらいます」


 ラーネの言葉で不思議と気持ちが軽くなり、カムライエは自分のできる最善の動きをしようと気を引き締める。


 別れを告げて去ろうとするラーネの背中に、カムライエは再び声をかけた。


「送迎の馬車や宿も、こちらでご用意させていただきますが」


「そういう面倒も含めての旅ってもんだろ。あたしゃ独りで気楽に行くとするよ」


 振り返りもせずに、ラーネは手を振りながらその場を後にした。


 そんな二人に見送られた三郎は、後ろに続く修道騎士と修練兵の列を眺めていた。


 教会様御一行となった三郎達は、テスニス首都を出て次の宿場町へと順調に歩を進めている。


「まさか、帰りにこんな大所帯になるとは思わなかった」


 テスニスの首都が遠目にも見えなくなる頃、三郎はぼんやりと呟いた。


「カーリア達が『助けてもらった恩義』って言いながら張り切っていたもの。私もテスニス教会に所属する修練兵全てを動員するとは思わなかったわ」


 トゥームが感嘆ともいえる言葉を口にしているのも頷けるところだった。


 カーリアは実質半日という限られた時間の中で、修練兵を編成しただけではなく、行軍に必要とされる物資も滞りなく整えて見せたのだ。


「流石はアーディ家の人ってところか。統率力半端ないんだな」


「そうね、有力と言われる家名も人々を動かす動機にはなるけれど、カーリア個人の才によるところが大きいんじゃないかしら」


 話の主役となっているカーリアは、三郎達の馬車を二人の修道騎士を伴って先導していた。


「トゥームとカーリアさんって久しぶりの再会だったのに、ゆっくり話す時間も無かったんじゃないか」


「こんな時だもの、全てが落ち着いたら話す時間も作れるわよ。お互いに生き残っていればだけれど」


 思い出したように言う三郎に、また悠長な事をという雰囲気でトゥームが肩をすくめてみせた。


「こんな時だから、とも言えるけどな」


 少し寂し気に呟く三郎の横顔に、トゥームはじっと視線を向けるのだった。


 その時、シトスがおもむろにゲージを取り出すと、真剣な表情で内容を確認する。


「ケータソシアさんからですね。ソルジの救援に行っていた精鋭部隊が合流。セチュバーの門要塞に不審な点があり、調査も含めての攻撃を思案中であるとのことです。総指揮官であるサブローに意見を求めたいと」


「精鋭部隊っていうと、大地の精霊と親交の深い人達の部隊か」


 三郎はソルジに行ってくれたグレータエルートの事を思い出しながら返す。


「ええ、要塞攻略には申し分ない部隊が合流したと言えます」


「不審な点って何なんだろう」


「精霊に門要塞内部を調べてもらい、得た情報のようですね」


 三郎の疑問に、シトスはゲージに送られてきていた内容を説明する。


 門要塞を護る兵士はほとんどおらず、人が居るよう気配を装う魔法が使われていることや、それとは別の魔法陣が要塞各所に仕掛けられていること。また、起動するために残ったとみられる数人の魔導師の存在も伝えられていた。


 三郎は、よく調べ上げたものだなと感心しながら、額に手を当てた。


「総指揮官・・・うん、そうなるわな。中央王都から撤退したセチュバー軍を追ってるんだから、まだそういう立場になるんかな」


 ぶつぶつと言う三郎ではあったが、頭の中ではどう返事をするべきかを必死に考えていた。


「ケータソシア指揮官に一任すると伝える手もありますよ。前線で得られる情報の方が、圧倒的に多いのですから」


 悩まし気に唸る三郎を気づかい、シトスが助け舟を出す。


 確かに、状況を聞いただけの三郎に比べ、前線に陣を構えているケータソシアの方が正しい判断が下せるのは言うまでもない。


 だが、三郎の頭の片隅に僅かだが引っかかる何かが存在していた。


「・・・何て言うか、相手が軍事関係の魔法に長けてるって感じるんだよな。深き大森林でもそうだったし、今回もテスニスで色々と仕掛けられてたろ」


 うーんと頭をひねる三郎に、シトスが口元を緩めた。


「気遣ってくれている声の響きが含まれてますよ。間違った受け止め方はしないので、正直に言ってください」


 三郎の声には、グレータエルートに対して言いにくいことがある響きが混じっていたのだ。


 三郎はシトスと視線を交わすと、首だけで何度か頷いてから口を開いた。


「グレータエルートの力量を信じない分けじゃないんだけどさ、少なくとも俺達が到着するまで待ってもらいたい。魔法陣が仕掛けられてるって分かったなら尚更なんだけど。トゥームやシャポーはどう思う」


 言いながら、三郎は二人に視線を向ける。


「サブローがそう考えるなら、私は同じ意見よ」


 トゥームが迷いのないはっきりとした口調で答えを返した。


「ですね。サブローさまの言ったとおり、セチュバーは軍事魔法に詳しいみたいなのです。巧妙にかくされていた魔法陣や森で使用された魔導砂、それに魔力で強化された見知らぬ魔装兵などなど、シャポーも気になっている所なのです」


 続くシャポーも、鼻息を荒くして同意を示す言葉を口にした。


「ぱぁ!ぱっぱぁ!」


 シャポーの頭の上で、深き大森林での炎の一件を思い出したほのかも、鼻息を荒くして同意の声をあげた。鼻息は小さな炎となって空気に溶けて消える。


「グレータエルート族だから任せてもらっても問題ないよって言いたいけど『エルート族の守護者』が口をそろえて言うんだもん。ここは待ってもらうべきだと思うな」


 ムリューが腕を組んで言うと、目を瞑り一つ大きく頷いた。


「ケータソシアさんにはそのように伝え、我々も急ぎ合流することにしましょう」


 シトスはいつもの穏やかな笑顔で言うと、ゲージの操作を始める。


「クェェェ!クェェェ!」


 その時、馬車を引いていたクウィンスが声高く鳴いた。


 異常でもあったのかと、皆の視線が御者のミケッタとホルニへと向けられる。ゲージを操作していたシトスも顔を上げていた。


「急ぐってのが聞こえたみたいで、突然やる気を出したみたいです」


「我々だけでも急ぐってんなら行けますぜ。クウィンスものろのろ歩くのに疲れてるかんじでさぁね」


 御者の二人は、襟元にまとまっていた布を鼻先まで引き上げながら馬車内に声をかける。やる気を出したのはクウィンスだけではない様子だった。


 トゥームが判断を仰ぐ様に三郎へ振り返る。


「行けるならお願いするか。でも、おぉぉ?うおぉぉぉぉ!」


 三郎の返事を聞いた途端、馬車は急加速を始めた。三郎は慌てて姿勢を引くして、椅子にしがみつく。


「速馬車じゃないんで、少々揺れますから気を付けてください」


 ミケッタはそう声を張り上げると、御者台と車内を繋ぐ位置にある前方の幌をばさりと閉じた。


 外でカーリアの「何事ですか」と言う声がしたのも束の間、それは後方に置いて行かれる。


「カーリアにはゲージで説明しておくわ。出来る限り急いでもらうようにも伝えておくわね」


 あまり驚いた様子もなく姿勢を崩してもいないトゥームが、ゲージを取り出して三郎に言った。


(加速中なのに、微動だにしない体幹って、すげーな)


 シトスも平気な顔をしてゲージの操作をしていた。


「んわぁ~なのですよぅ」


 だが一人、三郎の横でひっくり返っている人物がいた。


 クウィンスの加速に間に合わなかったシャポーが、ムリューに足を掴まえてもらっている。下手をすれば、馬車の角に頭をぶつけてしまうところだった。


「二人とも、見てて飽きないよねぇ」


 ムリューは笑いながらシャポーが起き上がるのを手助けする。


「ぱぁぁ~ぱぁぁ~」


 シャポーの下敷きになっていたほのかが姿を現すと、のびてしまったような声を上げるのだった。

次回投稿は1月31日(日曜日)の夜に予定しています。

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