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おじさんだって勇者したい  作者: 直 一
第八章 正しき教え
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第176話 名前の真実と緊張の理由

 三郎が、キャスールでかいた赤っ恥を思い出し悶絶している横で、皆の話し合いは順調に進められていた。


 天啓騎士団の扱いについては、情報機関の下部組織としてテスニス軍に再編させるとのことだ。機関トップであるカムライエが、直接動いた案件であるのも考慮すれば、テスニス政府や軍の内部からの意見は抑え込めるのだと言う。


「ともなれば、テスニス国内においては、私がサブローさんと一番強い繋がりを持つ者となれますので」


「そちらが本心のようですね」


 笑顔で語るカムライエに、シトスが口の端を微かに上げて言った。


 カムライエは「今後とも長く太くお付き合いができますからね」と笑った後、表情を真剣なものに変え姿勢を正した。


「しかしながら、この御恩は必ず返させていただきたいと思っています。我が部下は、クレタスの各国にもいますので、情報などがご入用の際にお申し付けください。お役に立てるよう尽力いたします」


 軍服姿という服装も相まって、カムライエはテスニス軍人さながらの様子となり硬い口調で三郎に言った。下手をすれば、その場で直立し敬礼する勢いでもある。


「いやいや『御恩』だなんて大層な。結局は、教会の問題でもあったわけで、途中からは『仲間の国の問題解決』みたいな感じだったしさ。困った時はお互い様ってことで、今後とも仲間としてよろしくお願いしたいかなぁ」


 他人行儀な態度をするカムライエに、三郎は苦笑交じりに返した。


 実際、三郎が『迷い人』であると直接的に知らせている者は数少なく、カムライエを身内と呼んでも大げさではない。


 だが、カムライエは複雑な表情を浮かべた。


「仲間と言っていただけるとは、恐縮するとともに嬉しい限りです。ですが、私はこれより、軍属としてテスニスに残らねばなりません。ジェスーレ王の帰還や軍の手配など動かねばなりませんので」


 一緒に行けないのを悔いるように言うと、カムライエは皆に向かって頭を下げた。


「行動が別になるからって、仲間であることに変わりは無いからなぁ。事情はそれぞれあるもんだし、連絡が取れなくなる分けでもないんだろ」


 ゲージを取り出して言う三郎に、カムライエの口元が緩んだ。


「そうですね・・・できれば、緊急時はサブローさん以外の方から連絡をもらえると助かります。誤字脱字で、詳細を読み違えてしまうと大変ですので」


 カムライエの表情から、僅かに浮かんでいた後ろめたさが消えると、本気とも冗談ともつかないことを言う。


「確かに言う通りかも。サブローってば、いまだにゲージの扱いでミスが多いものね。妙な語尾のこともあるし。『にゃ』とか『にょ』とかって語尾についてたときは笑っちゃったわ」


 トゥームがカムライエに『了解』のハンドサインを送りながら、余計な一言を付け加えた。


「大事な会議の最中とか狙って、怪文書を送ってあげようじゃないか」


 三郎が開き直って言うのに対し、カムライエは「無表情は得意なので、何時でもどうぞ」と笑い返すのだった。


 そしてカムライエは、ジェスーレ王の帰還を待たずに、テスニス軍をセチュバー方面へ進軍させるとの約束も口にした。


 本来であるなら、正しき教えの一連の騒動について、国王が国に戻り鎮静化の宣言をすることではじめて事態が収束したとされる。軍をセチュバーに向けて動かすのは、その後に行うべきなのである。


 だが、王の帰還を待っていては三郎達に大きな遅れをとることになってしまう。その為、国王代行としての権限を使い、早期にセチュバーへの遠征軍を派兵するとカムライエは言うのだ。


 ジェスーレ王にも既にカムライエから伺いを立てており、異例ではあるが承認するとの回答をとりつけていた。


「天啓騎士団の再編もあるし、カムライエは大忙しになっちゃうな」


「直属の部下をジェスーレ王の護衛にと、中央王都に残して来ていますから人手が足りないのは事実ですね。ですが、ご心配なさらず。二日内には必ず、遠征軍を整えてみせます」


 手伝えない申し訳なさも含めて三郎が言うと、カムライエにしては珍しく親指を立てて見せた。


 天啓騎士団の件については、三郎が増やした仕事と言っても過言ではない。


「そう言えば、その騎士団の名前をあんたが許可したとか言ってたっけね。ならまぁ、そっちの再編ってぇのは、そこまで手間がかからならないだろうさ。心配するこた無いね」


 右手をぶらぶらさせながら、ラーネが安心の太鼓判を押すように言った。


「許可とは言っても、そのままの団名を使えばいいって提案しただけですよ」


 不思議そうな表情で言う三郎に、ラーネも不思議そうな表情を返した。


「あんた『名を許す』とか『名を与える』ってのを、軽く考えてやしないかい」


 ラーネの言葉を聞いて、トゥームから小さなため息がもれる。


「そうみたいなんです。ほのかの件もあって、理解してくれていると思ってはいたんですけど。中央王都警備隊の長官にも名を『許し』ましたし、今回も軽い感じだったので、後で確認しておかないととは思っているんです」


「ん?おや?まずかった?」


 トゥームが言うのに、目を丸くした三郎が挙動不審に聞き返した。


 ラーネが「警備隊の長官かい、そりゃ大層なことだね」と笑う。


「警備隊は、中央王都奪還に多大な貢献がありましたので、百歩譲れば許されると考えても良いです。しかし、今回に限っては軽軽であったと思えます。仮にも、情勢不安を作り出した集団だったのですから」


 ふうとトゥームが一息つくと、一同から諦めたような笑いがもれる。終わったことだから仕方がない、とでも言いたげな雰囲気だった。


「えっとですね『名』というものなのですが、クレタスには大切なものであると考える文化があるのですよ」


 話の流れを掴めていなさそうな三郎に、優しくもシャポーが説明を始める。


「貴族の家名や中央王都国王より賜った王称は広く知られていて、持つ者は『名に相応しく』と常に自分を律しているのです。王称に限っていえば、サブローさまも王城で目にした通り王典タムリファント・ローテンが顕現してその者の言葉の正しさを証明する場合もあるので『名』が大切と考える文化の一因と言えるのです」


「あー、トゥームの誓いを承認するために、幻みたいな大きな本が現れた時か」


 シャポーの話しに頷き、記憶をたどって三郎は答えた。ですですとシャポーが首を縦にふる。


「そう言うと、私はカスパード家の当主だから『家名』とヤカスの『王称』を持ってる事になるわね」


 トゥームが二本の指を立てて話を補足する。


「またですね、魔導師においてですが、自身の名を魔法の基軸に据えて魔導深度を深めたり、魔法の強度を上げたりするので、これもまた『名』を大切だと考える文化に影響を与えているのです」


「複数の魔法の中心として自分の名を置けば、乗算的に仮の深度が上がりもするのさ。強度は行使する者の魔力や術の熟練度も影響するから一概には言えないけども、深度が一の魔法でも、優れた魔導師が名を込めた物だったら、へっぽこ魔導師の何十という深深度しんしんどの魔法を突き破りもするってことさね」


 シャポーの説明に、今度はラーネが付け加えるように言った。


「我々も、種族名に恥じぬようにと行動していますし。始原精霊は『与名の盟友』に名を与えられることで、この世界に顕現しますからね。エルート族とて名を大切に考えるのは同じなのですよ」


「ほのかは、名を与えられることによって姿を現すっていう、哲学的な存在だったもんな」


 シトスがエルート族についても話すと、三郎は自分がほのかに名前をつけた時のことを思い出す。


 ほのかは嬉しそうに「ぱぁ!」と声を上げ、三郎に名を呼ばれて喜んでいた。


「様々な場面で『名』というものが意味を持つ重要な要素になっていますので、一般社会においても『名』を重要視するという文化が根付いているのです。魔法の品などによっては、自分の魔力紋と名を登録することでコントロールできたりもする物もあるくらいなのです。身近で言えばゲージですのです」


「んーっと、名前って人格形成に少しばかり影響あるみたいだとか、名をつけることで親しみが湧くとか、未知の物に名前をつけると恐怖心が和らぐだとか、そんな程度の認識しか持ってなかったんだけども・・・」


 シャポーの話を聞くうちに、三郎は(ああ、こっちの世界だと名が介在することで、現実に起きる事象に影響するのか。スルクロークさんも守護戦闘の許可をする時に名を口にしてたよな)と実感して行く。


「魔法だの誓いだの、はたまた守護戦闘の許可だのと、こっちの世界だと『名』を要として実行することが多いと。単なる固有名詞の枠を超えているので、皆が名を大切にする文化なのだと言うことか」


「そうなのです。さすがサブローさま、のみこみが速いのですよ」


 理解したことを確認するように言う三郎に、シャポーが目を輝かせて相槌をうつ。


「遅いわよ」


 トゥームが額に手を当てながら呆れ声で言った。


 三郎は、はははと乾いた笑いを浮かべて「すんません」と返すしか無かった。


「理解したところで話しを戻すとだね、あんたの許可した名に恥じぬようにと、相手が必死に頑張るだろうさってことなんだよ。名の許可を相手が求めて来たのなら尚更、相当の敬意と尊敬があってのことなんだろうよ」


 ラーネが話の出発点に戻って三郎に言い聞かせる。


(うわぁ、警備隊長官のベーク・ドゥルーガさんってば、そんな重たい問題を思いつきのように言ってたよな。俺が勘違いした原因ってあの人のせいなんじゃないか・・・)


 三郎は、ラーネの言葉を聞いて最初に思ったのがベークド何某さんの事であった。


「そう言えば、シャポーってラーネポッポだよな。師匠がラーネさんだから名前をもらったの」


 ふと気になったので、三郎は事のついでとばかりに口にする。話の流れを逸らそうという思いも、頭の片隅に少しばかり浮かんでいた。


「ですねぇ。シャポーはとーっても嫌だったのですが、師匠が強引に『魔導師名』として決めてしまったのです」


「嫌だったとか言うんじゃないよ、相応の魔導師になればいいだけさね」


「師匠の名前は重すぎるのです。プレッシャーなのです。分不相応に『ラーネ』の名を語る人として見られるかもなのですよ。実施試験の時は更に重圧になるのですよぅ。せめてラーニャとかライネだとか、他の魔導師達が大魔導師ラーネに憧れて名前に組み込む『匂わせ系』にしてもらえれば、少しは気分も楽だったのです」


「あははは、後にも先にも弟子はあんた一人なんだから、いいじゃないさ。頑張れ!」


 からからと笑うラーネを、シャポーが恨めしそうに見つめていた。


(シャポーが魔導検定だか何だかに落ちてる理由が、新たに分かった気がする)


 師匠と弟子のやり取りを前に、トゥームと視線が合うと(同じこと思ったんだろうなぁ)とおっさんは考えるのだった。

次回投稿は1月24日(日曜日)の夜に予定しています。

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[良い点] 50話ほど貯めて一気に読みました。交渉シーン?は読み応えありました。面白かったです。 主人公が少し頼もしくなってますね [気になる点] 恋愛タグ外れたんですね笑 [一言] お時間あれ…
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